第151話 決闘 ノ 会場

 猫にゃんからは敵意は感じないのだが、コミュニケーションに使ってくる幻覚が辛い。


 もちろん身体改造なんかと比べると屁みたいなもんだ。あの地獄を経験している俺はなんとか耐えられるが他のメンバーは一度食らっただけでグロッキーになっている。母猫がこの子を捨てた理由は、たぶんこれ。コミュニケーションをとるたびに体調不良になるのは辛すぎる。


 「ということで、この猫ちゃんの身柄は僕が引き受けさせてもらいます」

 (しかしファウスト。管理が出来るのかのう?)

 「わかりません。しかしこのまま野放しにするわけにもいかない」

 (うむ……)


 ガイマンとはまた違った形で捨てられた猫。時折、寂しそうな目をする時があり、なにか物音がするとビクッとなって幻覚を暴発させてしまう。その度に申し訳なさそうに近寄ってきて、舐めてくる。


 えらく不憫だ。可哀想すぎる。


 知能が高いから言葉は理解できるらしく、指示を出すとちゃんと動いてくれる。どうしてもなにかを言いたい時は幻覚を見せてくるのだが、いかんせんそれが辛い。


 ノミ取りシャンプーをしている時にマンデイが提案してきた。


 「未発達な細胞ベイビー・セルを使えば幻覚のコントロールが出来るようになるかもしれない」


 俺も考えないではなかったが……。


 「いま使えば能力そのものを失う可能性がある」


 未発達な細胞ベイビー・セルによる成長は自分の理想に近づいていく。この子は【セカンド】としての特徴のせいで親から捨てられてしまったのだ。こんなもの、なくなってしまえばいいのに、と思えば本当になくなるかもしれない。


 魔法をコントロール出来て、それでもいらないと思えばそうしてもいいが、ちゃんと使い熟すまでは捨てて欲しくない。俺たちだけで悩んでもしょうがないから魔法に詳しい人に訊いてみようと、虞理山に飛んだ。


 獣の魔法に詳しい人。


 「ジェイさん、魔法をコントロールする方法を教えて欲しいんですけど」


 ジェイだ。


 彼女は俺が強化する以前から魔法一本で地位を築き上げ、天災という二つ名まで獲得した個体。なにかわかるに違いない。


 「なに言ってんの?」

 「というと?」

 「魔法のコントロールは私が一番苦手な分野よ。それに相手に幻覚を見せる魔法なんて見たこともない。コントロールの仕方なんてわかるはずないじゃないの」


 ごもっとも。


 「残念」

 「魔法のコントロールならアンタの方が上手いわよ。風魔法で空を飛んで、それをしながら魔力で殴ったり別属性の魔法を使うなんて普通はできないから。アンタが教えればいいじゃないの」

 「僕は成長率を弄られてるから変に器用なんですよ。おなじ方法であの子がうまくなるとは限らない」

 「なに言ってんの?」


 はい?


 「なにが?」

 「いやアンタが使ってる緻密な魔法を教えたのはアンタの母親なんでしょ? で、母親の生徒もアンタと似たような緻密な魔法を使う。なら【セカンド】にも教えればいいじゃない。アンタの母親式のやり方で」


 なるほどそういうことか。確かにアスナ式の教育法は優れた点もある。ちゃんと修行したら美しく無駄のない魔法を使えるようになるかもしれない。魔力制御というただ一点ならあれ以上の修行法はない。


 だが。


 「ダメです」

 「なぜ?」

 「死ぬほどキツいから」


 あれはダメだ。キツすぎて心が歪んでしまう。相当な変態じゃないと耐えられない。


 「魔力を空になるまで魔法を使い続けるんだっけ?」

 「ちょっと違います」

 「?」

 「空になっても使い続けるんです」

 「魔力がなかったら使えないじゃない」

 「あの手法は出来る出来ないの次元の話じゃないんですよ。やるかやらないか、精神論なんです」

 「なに言ってるのかはわかんないけど、でもそれをやったお陰でいまのアンタがあるんでしょ? なにをしてくるか予測できないトリッキーな戦い方、豊富な攻撃手段と土壇場でも巻き返せる魔力の管理。得るものはあるんじゃないの?」

 「まぁそれはそうだけど……」

 「もしその子が本当に強くなりたいと思ってるなら、そしてアンタがその方法を知っているのなら教えないのは不親切だと思うわ」


 うぅむ。俺は根本的な部分を勘違いしていたのかもしれない。


 ここは地球じゃないんだ。そしてクレイ・ドールはただの猫じゃない。あの子には自分がどうなりたいかくらい自分で判断できるくらいの知能がある。もし仲間に出来たらいい戦力になるが、それを選択するかもあの子次第。あの子はペットじゃないんだ。


 「ねぇ、君って名前あるの?」


 【楽園】に戻って猫にゃんに尋ねる。


 ……。


 名前はなさそうだ。


 「俺がつけてもいい?」


 ……。


 これは肯定。


 猫の感情はなんとなくわかる。なんたって猫マニアだから。


 「よし、じゃあ今日から君はフタマタだ。俺がまえに住んでいた世界の言葉で二つの尻尾みたいな意味だけど、イヤか?」


 ……。


 うん。イヤそうじゃない。


 「じゃあフタマタ、俺のアイデアを聞いてもらってもいいか?」


 俺は魔法をコントロールする二つの方法をフタマタに伝えた。


 一つは未発達な細胞ベイビー・セル


 「自分の理想像に近づく夢の細胞だ。体が強くなったりコンプレックスを消したり長所をより伸ばしたりしてくれる。これを使えば魔法をコントロールしやすくなるかもしれない。だが欠点として、どう成長するかはやってみないとわからないというのがある。もしかすると魔法そのものが使えなくなるかもしれない」


 黙って俺の話を聴くフタマタ。悩んでいるようだ。


 続けて二つ目、魔法の修行。


 「これは正直あまりやって欲しくない。魔力が空になっても魔法を使い続けるんだ。このプロセスを踏むことで緻密な魔力のコントロールや美しく精密な魔法を操れるようになる。もしかして幻覚をうまくコントロール出来るようになるかも。欠点はかなりキツいこと」


 ジッと俺の目を見てくるフタマタ。言葉はいらない。この子がなにを考えているのかがわかるから。


 「なぁフタマタ、本当にキツいよ?」


 キッと力強い顔をしている。


 答えは変わらないようだ。この子は頑なで頑張り屋さんな性格なのかもしれない。


 「よし、わかった。俺に魔法を使い続けろ。魔力がなくなってもずっとだ」


 フタマタが使う魔法は特殊だ。デ・マウが習得していた魔術に近いものではあるのだろうが、たぶんシステムはまったく別物。再現不能、習得不可のこの子だけの技。俺の創造する力とおなじだ。こういうのは使い続けて学ぶしかない。


 フタマタを連れて【大風車】へと戻った。


 よし、いまから魔法の修行だ。気合を入れていくぞ!


 「ファウスト」

 「どうしたマグちゃん」

 「アスナとノ約束ハ?」


 約束? あぁ決闘するってやつか。すっかり忘れてた。


 「いつだっけ?」

 「明日」


 おっと。


 いや俺が悪いよ。約束を忘れてたんだからね。俺が悪い。


 「なんでもっと早く教えてくれないの?」

 「ごめン」

 「いや、こっちこそごめん。マグちゃんは悪くない。絶対に悪くない」


 俺は光の速度で支度をする。


 「なぁフタマタ、俺たちはいまから危ない所にいかなきゃならん。お前がついてきたら守れる自信がない。ここで待機しててくれるか? ハクのお姉さんを置いていくからさ」


 約束に間に合わんかもしれないという焦りがあった。だからといってなんの考えもなしにこういうことを言ったのは反省しなくてはならない。


 フタマタは親に捨てられた子だ。


 痩せてボロボロになるまで自力で生き延びて、ようやく自分を保護してくれる相手に出会った。なのにまたすぐに離れようとしているのだ。


 当然混乱するし、悲しい気分になる。自分の力をコントロールしきれてないフタマタは、心が不安定になると幻覚が暴走させてしまう。


 虫下しをまだ使っていなかったから助かったが、もし【ホメオスタシス】がなかったら、みんな意識を失っていた。いままでに受けたなかで最も強力だった。


 「フタマタ! どこにもいかないから幻覚を止めろ!」


 ハクとお留守番させようかと考えていたがこれじゃ無理だ。気が狂ってしまう。


 とりあえずフタマタも連れてメロイアンに行くか。戦っている最中はアスナに預かってもらっておけばいい。


 大好きな猫だからなんとかなると踏んでいたが、まさか能力を制御できないとは思ってなかったなぁ。予測不能の魔法を使う生き物と連携して戦うのは無理だ。不確定要素が多すぎる。


 とにかくフタマタの魔法の制御。これが急務だな。


 俺たちはメロイアンに飛んだ。




 まずはアスナに会うために家に行ったのだがテーゼしかいない。


 「アスナさんとマリナスさんはもう決闘の会場に向かいましたよ?」


 なんてこった。こうなったらみんなで行くか? いや、フタマタを連れて行ったらどうなるか予測が出来ない。なんたって不確定要素の塊みたいな子だから。


 フタマタに恐怖を感じさせないように慎重に……。


 「フタマタ。いまから俺たちは決闘をしなくてはならない。かなり危険だ。お前を守れる自信がない。ここにいるテーゼは俺の家族だ。必ず帰ってからからここで待機しててくれないか?」


 ……。


 いけるか? よし、行けそうだ。


 「テーゼ。ハクとフタマタを置いていくから世話をお願いしたい」

 「それくらいならお安い御用です坊ちゃん」


 緊張する暇もないほどの慌ただしさでアスナが手回ししていた決闘の会場へ。


 「ふぅ。休む時間もなかったな。マンデイ、マグちゃん体調はいい?」

 「うん」「問題なイ」


 スーツや武器はつい最近調整したばかりだから安心だが、疲労はそれなりに蓄積してる。ケリュネイア・ムースにボコボコのボコにされた時にも似たようなことがあった気が……。


 学ばないな俺も。


 さて、自省はこれくらいにして決闘だ。


 会場はメロイアンの端にある平原。ここならある程度ひどく暴れても物を壊す心配はない。


 だが……。


 「「「きょ・う・ちょう! きょ・う・ちょう! きょ・う・ちょう!」」」


 なんだこの数は。加減というものを知らんのか加減というものを。


 とりあえずアスナと合流だ、と空から探してみる。


 アスナは……。


 いた。護衛に囲まれてる。


 「母さん、なにこの数!?」

 「狂鳥と決闘できるって情報を流したら想像以上に集まっちゃったの。本当に申し訳ないと思ってるわ」


 まぁ集まっちゃったもんはしょうがない。やるしかないか。


 マンデイ、マグちゃんに簡単な指示を出す。


 「マグちゃんは潜伏。変な動きをする奴をマークしてくれ」

 「わかっタ」


 マンデイは……。


 「俺が敵を弱らせるから、怪我をしないように闘ってくれ」

 「うん」


 目がキラキラしてる。決闘が楽しみなのだろう。


 「殺すなよ?」

 「頑張る」


 なんて不安な返事なんだ。

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