第146話 メロイアン 再生計画

 家族と会えたことだし、ゆっくりしたい気持ちはあるのだが、俺には使命がある。メロイアンに長く滞在してもこの世界のメリットにはならない。


 「母さん、そろそろ水に戻らないといけないんだ」

 「あら、どうして?」


 話したいのは山々だが、今回の水の攻略は情報戦。家族だからといって簡単に教えるわけにはいかない。


 「いまちょっと難しい物を造ってるんだ。どう説明していいのかわからないけど、ひどく汚れた布団を洗うのに似ている。洗浄して干す。片面が乾いたら裏返えさなくてはいけない。完全に乾いたタイミングで本当に汚れが落ちているのかをチェックしてまた洗う。乾かしたり洗ったりの作業は自動でやってくれるんだけど、汚れのチェックとか布団を裏返す作業とかは自分の手でやらなくちゃならない。だから定期的に戻らないといけないんだ」


 アスナはしばらく考えて、自分なりに俺の言葉をかみ砕いて理解したようだ。


 「大変そうね」

 「まぁそれなりに」


 これくらいの説明が限界かな。


 次いでテーゼとマリナスにもお別れの挨拶をした。


 テーゼは号泣しながらあれを持って行けこれを持って行けと世話を焼いていたのだが、どれも俺の能力で創造できる物ばかりだったから丁重にお断り。荷物が増えるのが面倒だし、なにより自分で造ったものじゃないと満足できない体になっている自分がいる。なんたって神の能力だ。その辺の職人が作ったやつでは物足りない。 


 マリナスはメロイアンで流通している様々な紙幣を渡そうとしてきたのだが、俺が金を創造してみせると目玉が飛び出るほど驚き、紙幣を下げた。


 「あっ、最後にお願いしたいことがあるんだけどいい?」

 「いいわよ、なに?」

 「次に僕がこの街に来るのはたぶん一週間後くらいになる。もし急用で帰ってこれなかったら母さんと父さんの細胞を使って手紙を送るよ。で、お願いなんだけど、一つは血液が欲しいんだ。人種の坩堝るつぼであるこの街だからこそ様々なサンプルが得られるはず。いま造ってる物に必要なんだよね、沢山の情報が。食肉用に加工するまえの生き物の血液でもいいし、提供してくれる生き物がいればそれでもいい。もう一つは今度メロイアンを訪問した時に決闘をしようと思ってるから、僕と決闘したい生き物、住民を集めていて欲しい。もちろん父さんと母さんに危険がないような手段で」


 怪訝な顔で俺をみつめるアスナ。まぁ突然決闘をするなんて言い出したらそういう表情になるのはわかる。


 「血液は大丈夫よ。うちの魔道研究会やマリナス商会の構成員に頼めば集まるはず。マリナスは食肉も取り扱ってるからそっちからも採れるわ。でも決闘ってなに? なにが目的なの?」

 「たぶんだけど僕が偽物の狂鳥であると思ってる住民がいる。力試しや度胸試しに使われるのも何気に面倒くさいし名を上げたいと思っている輩の相手をするのも疲れるでしょ? だから決闘って形にしてまとめてぶっ飛ばそうと思ってる」

 「この街の住民の実力をなめない方がいいわ」

 「わかってる。でも大丈夫。決闘は一対一ではやらない。さっきも言った通りまとめてぶっ飛ばす。その方がインパクトがあるし、僕の実力を認めざるを得ないから」

 「それを聞いたら余計に心配になるわ。一対一なら殺される可能性は少ないかもしれないけど、集団でやったらどうなるかわからない。暴徒と化せば絶対に止まらないわ」

 「うん、でも大丈夫だから安心していていい。たぶん一方的な展開になるから。それに【セカンド】を探す目的もあったりするから出来るだけ実力者を集めて欲しんだ。あっ、死者は出さないつもりだから母さんもお友達とかを誘っていいよ。でもちゃんと殴ったり斬ったりするから、それだけはちゃんと伝えておいてね」


 パチパチと目を瞬かせるアスナ、呆然としているマリナス。ちょっと突飛すぎたかもしれない。


 「実はデルアとの間に太いパイプがあるんだ。もしかすると小メロイアン、この街を救えるかもしれない。ゲノム・オブ・ルゥのメンバーなら薬や酒の乱用者の治療も出来るし、感染症なんかも治せる。どこにも胸を張れる街になるはず」


 俺の話を聞いた両親、テーゼは共に渋い顔をしている。


 「たぶん、誰も望まないと思うわ」

 「なぜ?」

 「彼らはいまのままで満足だからよ」

 「満足? こんな街に住んでいるのに?」

 「幸せの形は色々なの」


 小メロイアンという街、ゴミ溜めのようなこの街に逃げてくるのには様々な理由がある。犯罪者は多い。だがそれ以上に差別、駆け落ちや同性愛、禁じられた異種恋愛の末にこの地に辿りついた者達がいる。そういう事情がある住民はこの街以外では安心して生活できない。


 「なるほど、じゃあ警察組織や軍隊を作ろう。他国から干渉されないように」

 「無理よ」

 「いや、出来る。具体的な話は決闘が終わった後、この街の主要な権力者や住民のまえでしたいんだ。そういう場をセッティングして欲しいんだけど……」

 「不可能ではないわ」

 「無理をしない程度でお願いしたい。それをすることで命が狙われたりしたら後悔してもしきれないから」

 「わかったわ」


 この街はまだ救える。


 確かに治安は最悪だ。酔っ払いは溢れているし、廃人みたいなのもちらほら散見する。マンデイは露出狂に会ったらしいし、ハクの毛皮を狙う狼藉ろうぜき者もいるようだ。だが、街の建物が傷ついていない。


 建物がキレイ。これがなにを意味するかというと、大規模な戦闘が行われていないということ。おそらくこの街は権力者同士の睨み合い、牽制するような状況が続いているのだろう。


 そして偶然にも両親が権力者の一人であり、偶然にも俺が崇拝されている。これを逃す手はない。


 あ、妖刀を売るの忘れてた。


 「父さん」

 「なんだ?」

 「剣を売って欲しいんだ。僕が造ったことは伏せて」

 「どうしてファウストが造った事実を伏せる必要があるんだ。お前の名前があればかなりの値になるぞ?」

 「あんまり良い武器じゃないんだ。作者が僕だからって理由で使って、そのせいで使い手が怪我したり死者が出たりしたら、今後僕の武器が売れなくなる。壊すのも勿体ない。とにかく使い難くて扱いに困ってるから、なんとか処分したいんだ。もし父さんが無理なら壊すか捨てるしかないけど……」

 「それは勿体ない。父さんが責任をもって売ろう。もちろんお前の名は伏せてな」

 「ありがとう。助かるよ」


 これで思い残すことはないと帰り支度を始めると。


 「ファウスト」

 「なんだマンデイ」

 「マンデイもしたい」


 捨てられた子犬のようにウルウルした瞳をするマンデイ。コイツ、俺のツボを知っているようだ。なにをしたいのかはわからんが、こんな顔をされたら断れん。


 「いいよ、なにをしたいの?」

 「決闘」


 あっ、それな。


 「ダメ」

 「嫌」

 「危ないんだって。アスナも言ってただろう? 集団心理みたいなのが働いて殺されるかもしれないんだ」

 「やる」

 「ダメダメ。他のお願いなら聞くけど、それだけはダメ」

 「じゃあ勝手にやる」

 「そんなことを言うなら水に置いてきぼりにするぞ?」

 「走ってメロイアンに来るからいい」


 うぅん。これはなにを言ってもダメなパターンだ。


 しょうがない。新作武器で釣るか。


 「なぁマンデイ、俺の言うことを聞いてくれたら最高さいっこうにクールでホットな武器を造ってあげるよ。どうする?」


 おぉ、マンデイが悩んでる。こんな姿は見たことない。武器は欲しい、でも決闘もしたい、みたいな感じか。


 いや、マンデイらしくて可愛いらしいんだけど、決闘と武器で悩むってどうも選択肢が女子力に欠けるっていうかなんというか。


 「武器はいらない」


 結局マンデイが出した答えがこれ。ついには武器でも釣れなくなったか。


 「なんでそんなに決闘がしたいの?」

 「楽しそう」


 そうですか。


 「わかったけど危なくなったらちゃんと逃げないとダメだよ?」

 「うん」

 「あと誰も殺しちゃダメだからね?」

 「わかってる」


 本当にわかっているのだろうか。なんの躊躇もなくメイスでガーン、頭がドーンみたいにならないといいけど。


 「あと、さっき話した武器は造ってあげるよ」

 「本当に!?」


 あぁもう! そんな顔されたら全部許しちゃう! もう! バカ!


 「あぁ」

 「どんな武器?」

 「実は俺もよく知らないんだよね。ただ名前と形を知ってるだけ。たぶん戦時中に使われてたんだと思う」

 「どんな形? どんな名前?」


 マンデイのワクワクが伝わってくる。


 「持ち手に鎖、そして鎖の先にトゲ付きの鉄球」

 「想像できない」

 「導線繋いでみて」


 頭のなかでイメージしてマンデイに送ってやる。


 「カッコいい!」

 「欲しい?」

 「欲しい!」

 「よし、造ってやろう。この武器の名は」

 「名は?」

 「モーニングスターだ」

 「モーニングスター!」


 なんかあれだな。最近、孫にオモチャを買い与えすぎて嫁に怒られるおじいちゃんみたいになってる。メイス、トンファー、メリケンサック、投げナイフ、モーニングスター。過剰だ。どう考えても過剰である。


 「ありがとう、ファウスト!」


 まぁいいか。マンデイが喜んでいるのならそれが一番。もっともっと鈍器を造ってあげよう。マンデイは本当に鈍器とか暗器が大好きだからな。


 マンデイとの会話を終えて再度帰り支度に取り掛かろうとしていると今度はマグちゃん。


 「ファウスト」

 「どうしたマグちゃん」

 「私モ戦ウ」


 予想はしていたがやっぱりか。


 「相手がなに使ってくるかわからないからダメ」

 「ファウストのやり方だト正面かラ来ル敵だケを相手にすれバいいとハ限らなイ」

 「すまん、噛み砕いて説明してくれ」


 名を上げたい奴や自らの力を誇示したい輩は正面から攻撃してくる。俺の呼びかけに応じて正々堂々と戦うだろう。スーパースター相手に不意打ちなんてしないはずだ。だが俺のことを偽者の狂鳥であると思い込んでいる奴ら、恨みのある奴らはおそらく正攻法ではこない。


 成功者は恨まれる。


 アスナとマリナスがこの街で権力をもっているということは、ある程度の恨みは買っているだろう。その息子を正式にぶちのめせる機会が与えられたのならなんでもするはず。しかもここは民度の低い街メロイアン。不意打ちは想定しておかなければならない。


 だからマグちゃんは近くの物陰で潜伏。混乱に乗じて怪しい動きをする挑戦者を片っ端から潰していく。つまりいつものマグちゃんの仕事だ。


 「確かにマグちゃんがいれば安心は出来る。悩むところではあるが、わかった。一緒に戦おう。でも絶対に怪我しちゃダメだよ? マグちゃんは打たれ弱いんだから」

 「わかってル」


 てことはあれか。みんなで戦った方がいい感じかな。


 「ハクは……」


 と、眠そうに欠伸をする純白の毛の狼に視線を送る。


 すると。


 なに見てんだゴミがよ。一緒に戦えだ? 生意気言ってんじゃねぇよボケが。おめぇの◯◯に◯◯を◯◯して◯◯してやろうか。みたいな顔をされてしまった。


 だな。ハクはダメだ。女王様は決闘なんてしないから。


 反抗期の娘は本当に扱いに困る。


 「よし、いったん帰るか。兵器の様子を見て、簡単な創造をしたら今度は獣に顔を出してみよう」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る