第145話 精霊
前世を含めても、こんなに認められたことはなかった。
向けられる羨望の目、女性から上がる叫び、少し歩けば握手やサインを求められ、なにか発言するたびに「おぉ」と感嘆の声が漏れる。
こんなにいい街だったのか小メロイアンは。
「おぉ、あれが世界最悪の人でなしか。案外普通だな」
「なに言ってんだオメェは。あぁいう風に普通に見えるのが人でなしだから特別なのさ。あの人こそ悪の権化。最恐最悪の男さ」
「へぇ」
「オメェんところも娘がいるだろ。隠しとけよ? なにされても文句も言えねぇぞ」
「おっかねぇ、おっかねぇ」
盛大に誤解されているせいか、ん? となる物言いもされるがそれは追々訂正していけばいい。
スターの気分は最高だ。チヤホヤされるのに免疫がないから、気分の高揚の仕方は半端なものではない。
知の世界の代表者という恵まれた出生からクソみたいな人生を送ってきた俺。ようやく世間の評価が追いついてきたのかもしれないという頭の悪い錯覚すら起こしそうだ。あくまでもこの現象は局所的なものだというのを忘れないようにしなくては。
謙虚さ、大切。
だがしかし、こういう過激な反応には必ずネガティブな側面を内包しているもの。
「おい、貴様が狂鳥か」
情報が広まるのは早い。
特にメロイアンみたいな陽の当たらない場所に突如スターが現れた、なんてセンセーショナルなニュースは山火事が広がるように住民の耳に入った。
別にチヤホヤされたかったわけじゃなくて、両親が暮らすメロイアンという街を見学したかったから散歩してたんだけど、結構な頻度で絡まれる。
「貴様みたいなガぁぁあああばばぱばばば」
俺の武勇伝に心酔する者がいる。噂されている悪行の数々に圧倒され、怯える者も存在しているだろう。こういった人種は別に面倒でもなんでもない。俺の姿を見てコソコソと隠れたり、握手やサインを求めてくる程度の可愛いもんだ。厄介なのは狂鳥を倒して名を挙げようという輩や、腕試しをしたがるアホである。
いま俺から針を刺され、通電されたせいで口から泡を吐いてビクビクしている愛らしくユニークな人は量産型アホの六号機だ。
初号機はマンデイの美しい
「坊ちゃん、すいません。お手を煩わせちまって」
「いえいえ」
アラーノ兄弟の反応速度はその辺の一般的な生物のなかでは速い方だと思う。だが不干渉地帯の獣や闘将ユキ・シコウなんかと
護衛としては楽だろうが、プライドは傷つけられるだろう。ならば余計な手出しをしないのが一番なのだろうが、そのせいで誰かが怪我したりなんかしたら嫌だ。
「帰るか」
「うん」
もっと自然なメロイアンを見てみたかった。狂鳥を崇拝する街。あるいは俺のホームになるかもしれない場所。
「手厚い歓迎を受けたよ」
俺の表情で察したのか、アスナはクスクスと笑う。
「スーパースターも大変みたいね」
「うん。あるいはこの街がホームになるかとも思ったんだけど、先は長そうだ」
「焦っちゃダメよ、ファウスト」
「わかってる。ミクリル王子にとってのデルア、獣の代表者にとっての虞理山みたいに奥の手として小メロイアンがあれば僕の行動の自由度が増す。なにか収穫があるかと思ったけど、さすがに民度が低すぎる」
俺の意見を聞いて微笑するアスナ。
「本当にそうかしら」
「というと?」
「まだ私たちの話をしていなかったわね」
「そうそう、あれからどうなったのかを教えてよ」
「なにから話そうかしら……、そうねぇ――」
俺が出発した後、アスナはすぐに行動を起こした。
美しい魔法の提唱者、スパルタ、大魔法。
例え相手が凄腕の剣士である死の番人ヨークであろうと、環境さえ整えてしまえば戦える。そう踏んだアスナはマリナスとテーゼに事の顛末を説明。すぐさまヨークの迎撃態勢に入る。
選んだ舞台は古城。
かつては栄えていたが衰退してしまい、ゴーストタウンとなった街へと速やかに移動した。ヨークを討ち取れる自信はない。しかし息子が逃げ切る時間を稼ぐくらいは出来るかも。
緻密な魔力のコントロールで張り巡らされた罠、決死の攻撃魔法。追っ手のヨークはあらゆる角度からの攻撃に対応するはめになった。
「体中に火傷を負わせたわ。それでもあの男は倒れなかった」
死の番人ヨークの力は想像以上だった。どれだけの傷を負っても、どれだけ長い時間攻撃し続けても倒れない。それどころか一層動きは鋭くなっていく。三人はジリジリと追い込まれていった。
タフすぎる剣士、常に向けられる本物の殺気、ガンガンと消費されていく魔力、一歩間違えれば命を落とすという状況にすり減る神経、それでも彼らが戦い続けたのは、すべて俺の逃げる時間を稼ぐためだった。それでも限界というのは訪れる。刀は折れ、矢尽きる、万事休すだ。
死を覚悟したその時だった。
――ねぇねぇ、なんでそんなに綺麗な魔法を使えるの?
声が聞こえた。
「誰です?」
「よく眠る子なの。そのうち紹介するわ」
その生き物の出身がどこの世界なのかはわかっていない。最も近いのはレイス。生物と非生物の中間に位置する存在。
彼らの発生の仕方もわかっていない。時代の転換期に突如現れる、わかっているのはそれだけだ。
ルゥの著書にも何度か登場し、そして彼らの存在こそ属性魔法のモデルになった。
人々は彼らのことをこう呼ぶ、【精霊】と。
「やっぱりいまの時代にも存在してたんだ」
「知ってたの?」
「千年前、属性魔法が開発された。それまでの古い魔法は衰退し、自然を模倣するという手段がメジャーに。属性魔法の第一人者は希代の魔術師ル・マウという人物なんだけど、いくら彼が天才でも無から属性魔法を構築することは出来ない。彼にインスパイアを与えたのが精霊だよ」
アスナは驚いた顔をしている。
「ファウストは物知りなのねぇ」
「まぁ多少は勉強したから」
時代の転換期、つまり勇者転生の時期に生じ、世界が安定すると消えてしまう。つまり彼らは……。
「で、その精霊はいまどこに?」
「森のなかよ。ひっそりと暮らしてるみたい」
「敵に回る可能性はありそう?」
「敵に? それはないと思うわ」
「なぜ」
「とってもピュアな子なの。戦いも嫌いみたい」
戦いが嫌いか。
「残念だ」
「どうして?」
「彼らはたぶん【セカンド】。僕や他の世界から代表者が再構成される時のエネルギーの残滓で生まれる強個体。味方になればこの上なく頼りになるけど、敵になったら……」
「大変かもね」
アスナを救った精霊の名はノーム。いままでに見たこともないような圧倒的な魔法で周囲を更地にしたらしい。
土魔法の使い手といって真っ先に思い浮かぶのは不干渉地帯の元主、怪鳥ムドベベだ。あれも中々変態的な規模だったが、ノームはどれくらいの魔法を使うんだろうか。
また俺の影が薄くなりそうだ。
「ノームの話は後でゆっくり聞くよ。それから?」
「それからは――」
元々死地に赴く心持でヨークを迎え撃ったアスナたちは、旅に必要な物などなにももっていなかった。しかも体力は極限まで削られ、魔力も底を尽きている。足に使っていた馬も激しい戦闘で死んでしまっていた。
死ぬつもりでいた、でも少しでも生への光明が見えると、なんとかして助かりたい。そこでアスナはノームと交渉をした。
「精霊と交渉なんて前代未聞だと思うけど……」
「必死だったのよ」
美しい魔法を教える代わり助けて欲しい、アスナはそう持ちかけた。アスナの使う無駄のない魔法に興味津々だったノームは二言返事で提案を呑んだ。
「で、この街に流れ着いたんだね」
「そう」
「ここまでの話は理解できたんだけど、どうして極道になったの?」
「それはね――」
精霊ノームの助力もあり無事に小メロイアンに亡命した彼らは働く必要に迫られた。
職がなければ生活はできない。一刻も早く仕事にありつかなければならないが、こんな治安最悪の街には親切な隣人もなければ、
アスナは人材派遣の会社の育成部門、マリナスは販売、テーゼは食堂の給事。こう言うとまともな職に聞こえてしまうが、実際の所、すべて極道や反社会的な組織だった。アスナが育成した者達は別れるともう帰ってはこなかったし、マリナスが売っていたのは得体の知れない奇妙な物ばかり。そしてテーゼが勤めた食堂にも謎の
刃傷沙汰は日常茶飯事。それでも彼らは懸命に働いた。
アスナの育てる人員の質が高いと評判になったのは移住してから半年後のこと。そして独立したのがその数ヶ月後。
マリナスは働きながら小メロイアンの物流を分析、アスナの独立の同時期に親しい極道の援助を受けて組織を設立した。
成功するまでの道筋を知っている彼らはよく知っている。どこで攻めるべきか、なにをすべきかを。
だが……。
「厳しい街よ。でも優しい面もある。いい街だとは言わない。でも最悪ではないわ」
「かもしれない」
アスナたちの力だけではここまでの地位は築けない。親切な人がいたのだろう。
金の集まる場所には人も集まる。そして集まった人がまた金を生み出す。こうして生活基盤を確立した彼らは脆弱な組織を吸収し、地位を手に入れた。
精霊ノームの力も大きい。アスナやマリナスに手を出すとノームが出てくるという状況は抑止力になっていた。
確かに国に追われたのは不幸だったが、それ以上に彼らには運を引き寄せる能力があった。
「ごめんね、僕のせいで」
俺がそう言うと、クスリと笑ってアスナが返事をする。
「ファウスト、私もマリナスもテーゼもあなたのせいだなんて考えたことはないわ。どんなに苦しい時期も」
穏やかで柔和なアスナの表情に嘘はないように感じる。
あの頃から俺も少しは成長した。不干渉地帯に置いてきた息子がいて、日々研鑽し合う娘がいる。アスナたちの気持ち、親の気持ちがよくわかった。
「ありがとう」
「どういたしまして」
いくら不利益を被っても、辛い境遇に置かれようと、家族に対する愛はそう簡単には枯れないものだ。
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