第144話 塵溜 ノ 星
目が覚めるとそこに立っていたのはマンデイ、ではなく、若い強面が二人と冷たい印象の美女が一人。
軍人みたいに体の後ろで手を組んで神妙な顔をしている。男二人は獣人っぽい。ネコ科の特徴をもっているようだ。美人さんはエルフっぽい感じがする。色黒のエルフ。
「おはようございます! 坊っちゃん!」
はい?
「あのぉ、どちら様で?」
すると強面の一人、一際厳めしい面をした男が答えた。
「俺らはファウスト商会とマンデイ魔道研究会の構成員です、坊っちゃん。あなたのお父様が運営する組織に所属しているというわけですね」
構成員……。薄々感じてはいたが、やはりアスナとマリナスは極道になってしまったようだ。
マリナスの小メロイアンでの偽名はファウスト、アスナはマンデイと名乗っているのだろう。ファウストなんて名前にしたらデルアに狙われる可能性があったはずだが、それよりも将来、俺がこの街を訪ねて来た時のヒントにしたかった、そんな感じかな。
「なるほど。で、なぜ僕の部屋に?」
「俺らはアラーノ兄弟です坊っちゃん。俺が兄のテッド、この図体がデカいのが弟のトニー。昔は喧嘩や脅迫、盗みなんてのをやってましたがファウストのオヤジに拾われてからはファウスト商会にこの身を捧げております。坊っちゃんが滞在中、このアラーノ兄弟が身の回りの世話をさせて頂く所存。どうかよろしくお願いします」
おー、モロだ。モロ極道だ。相当に殴り慣れているのだろう、拳がボコボコになっている。なにを殴ったのかは……。想像しないようにしよう。
「で、そっちの女性は?」
「私はリンネル・マリアーノです坊っちゃん。マンデイ魔道研究会所属、坊っちゃんのお付の女性の警護を任されているのですが……」
「ですが?」
「断られました。いらない、邪魔、と」
苦笑するリンネル。断ったのは確実にマンデイだろうな。口癖がマンデイのそれだ。
「どうもすみません」
「いえいえ、あなたが謝ることではありませんよ坊っちゃん」
その後、俺は三人に促されて朝食の席に。すでにみんな食べはじめているようだ。
ほのぼのとした光景。マグちゃんは顔を真っ赤にしながらアスナにご飯を食べさせて貰っていて、マンデイはマリナスと何かを話している。
「寝坊しちゃったみたいだ」
「あらファウスト。あなたのお寝坊さんは昔から変わってないわね」
「再開できた興奮であまり寝付けなかったから」
寝室はいつも通りだったが、食事の風景はまったくの別物になっていた。
俺に護衛が付いているように、アスナ、マリナス、テーゼにもそれぞれに護衛らしき強面がぴったりとマークしている。
昨夜に潜入した時にも人の多さに驚いたが、こうして見ると本当に多い。
マリナスの護衛をしていた男が一人、ツカツカと歩いてきた。アラーノ兄弟と同様、獣人だ。特徴は犬かな? 背は低く、厳しい目つきをしている。どこかで見たことがあるような……。
「坊っちゃん、ちょっと訊きてぇんだが、どうやってファウストのオヤジの寝室に入りやがった。俺が護衛してたのによ」
あっ、この人あれだ。たぶん侵入した時にパパパッと眠らせた人だ。ていうか名前が面倒臭い。マリナスがファウストでアスナがマンデイ。なぞなぞみたいになってる。彼らの安全はもう確保しているし名前を元に戻してもらいたい。後で提案してみるか。
「えぇっとそれはですね……」
俺が答えようとすると、アラーノ兄弟の弟トニーが。
「おいアルロ、坊っちゃんに対する口のきき方がなっちゃいねぇんじゃねぇか? あんま調子に乗ってっとよ、潰されんぞ?」
「てめぇこそ誰に口きいてんだトニー。痛い目みたくなかったらその手を離せよ」
「痛い目? 小物のアルロ様のちっちゃな
「言うじゃねぇかガキが。やってやろうか」
突如はじまるVシネマ。なんだかんだ言ってもここはメロイアンだ。
「あの……すみません。ケンカは止めて貰っていいですか? えぇっとアルロさんでしたか?」
「あぁ」
「僕らゲノム・オブ・ルゥは潜入と暗殺のプロです。侵入に気が付かなくてもなんら恥ではない。ほとんどの組織は我々の侵入や暗殺を防げないでしょうから」
ちっ、と舌打ちをするアルロ。
この世界に来てから俺は犬派に改宗した。フューリー、ゴマ、ハク。犬に囲まれる生活を送ってきたのだ。
だからダックスフントみたいに垂れた可愛いらしいアルロの犬耳は……、いい。すっごくいい。仲良くなったら触らせて貰いたい。だから仲良くなりたい。
「で、どうやって侵入したってんだ」
「アルロさんは僕たちに襲われた記憶はありますか?」
「襲われた? いや、そんなものはねぇ。気付いたら眠っちまってたんだ」
「僕たちはあなたを襲ったんです。聴力には自信がありますか?」
「あぁ、大概の音は聞こえる」
「僕たちのスーツは消音に優れているのです。聴力に自信があるあなたの耳でも聞き取れないくらいの音で移動し、任務を遂行する。そして本人すら襲われたことに気付かないほどスムーズに意識を奪う。僕たちを止めるのなら常に五人一組で動き、建物の一切の視覚をなくすくらいの密度で配置しなければいけません」
「なんだと!?」
「かりにそれくらいの布陣をひいても暗殺くらいならわりと簡単にやれる自信があります。なのであなたに非はない」
腕を組んでブツブツ呟くアルロ。
侵入を許してしまった負い目、俺に対する怒りはよくわかる。だがアルロはまったく悪くない。相手が悪かったのだ。
朝食は俺が昔食べていた味、おふくろの味ってやつだ。マンデイの料理を食べつけている俺にとってみると少し物足りない感があったが、それでも懐かしい味ってのはいい。
「ところでお母さん。名前が被って面倒なんで元の名に戻すわけにはいかない? デ・マウはもうこの世にいないし」
「デルアが攻撃されたことを知ってるわ。宰相のデ・マウが命を落としたって話も聞いた。でもだからって私たちが狙われないってことにはならないんじゃない?」
あっ、そうか。この人達はなにも知らないんだ。
「僕たちを狙っていたのはデルア宰相のデ・マウだった。でもデ・マウは僕とマンデイがこの手で殺したのでもういない。死体は利用されることがないようにしっかり燃やしたから万が一にも奴が復活することはないよ」
「ファウストが殺したの?」
「うん、間違いなく」
「じゃあデルアと戦争をしたのってやっぱり……」
「僕。マンデイもマグちゃんもハクもみんな戦った。圧倒的に数で負けていたからかなり苦しかったけど、なんとか目的は達成した。もう僕たちを
むっつりと考え込むアスナ。
そして。
「狂鳥ファウスト・アスナ・レイブ。強姦、強盗、窃盗、放火、都市破壊、悪行の限りを尽くし、笑いながら相手の命を奪う極悪人。それは本当にあなたなのね? あるいは私たちをデルアに誘き出すエサかとも思っていたけど……」
おっと。すっごく事実が捻じ曲げられてる。
「狂鳥というのが僕の通り名だというのは間違いないよ。でも強姦や強盗、窃盗はしていないし、放火と都市破壊をした時も被害者が出ないように最大限の注意を払った。実際、最終決戦以外はほとんど死者を出してない」
「本当に?」
「うん」
また深く考え込むアスナ。
噂というのは怖い。デルアから距離のあるこの街にも俺の悪評が届いているとは思わなかった。いや、様々な人が出入りする小メロイアンだからこそ情報が集まりやすかったのか。
「それはマズイことになったわ」
「マズイ?」
なんだ。なにがマズイんだ。
「マンデイの姉御っ! 俺もう我慢できねぇ」
うわ、びっくりした! 突然叫んだのはアラーノ兄弟の兄テッド。
なんだなんだ?
「坊っちゃん! いや、狂鳥のファウスト様! この、アラーノ兄弟の兄テッドと握手なんぞぉして頂けないでしょうかっ!」
握手? いや、別にいいけどさ。
「うぉぉぉおおおお。俺はもう手を洗わねぇ。死ぬまでだ!」
いや、洗えよ。アイドルの追っかけか。
「すいやせん狂鳥様! 俺も握手、いいっすか!」
今度は弟。
いや、いいけど。するけどさ。
「うぉぉぉぉおおお。もう風呂に入らねぇ。一生だ!」
入ってくれよ。頼むから。
「わ、わ、わ、私も握手、いいですか?」
そして次はクールビューティーのリンネル嬢。はいはい、いいけどさ。これなに? なんの流れ?
「はぁぁぁああ匂いが。狂鳥の匂いがぁぁぁああ」
第一印象でクールな感じの人だと思ってたけど違ったみたいだ。出来れば匂いがどうとかは言わないで欲しい。恥ずかしいから。
その後もワラワラと人が集まってきて握手やハグを求められた。失神する奴や踊り出す奴が現れる始末。なにが起こっているのかがさっぱりわからない。
「母さん、これはどういうこと?」
「狂鳥ファウスト・アスナ・レイブはこの街のスターなのよ」
「スター?」
デルア王国と敵対し、様々な嫌がらせを受けてきた小メロイアンの住民にデルアを支持する者はいない。あの無残なまでに傷つけられたアシュリー像がそれを物語っている。
ある時、衝撃的なニュースが街を駆け巡る。少数の賊がデルアを攻撃、将や都市、宰相を葬り去ったと。
なんの
憎き闘将ユキ・シコウを半死半生まで追い込んだ冷徹非道の謎の女、通称・血の聖女。
戦場に立てば一騎当千、数々の敵を闇に沈めてきた美丈夫、最恐の剣士、飛剣のヨル・アスナ・セルチザハル。
攻撃を受けた者は血も凍り、激しい痛みのなかで命乞いをしたという、氷の白狼。
どれだけ攻められても一切ひるまず血の花を咲かせ続けた、地獄の番犬。
デルア最高戦力、ハマドを一瞬で消し去ってしまった光の聖獣。
弓将ルベルの頭を一撃で吹き飛ばした謎の男。
「お祭り騒ぎだったわ。ファウストの名を聞いた時はまさかとは思ったけど、本当にあなただとは思わなかった」
予想外だ。デルアとの戦争がこんなゴミ溜めでフィーバーしているとは。
「もしかしてファウスト、血の聖女って」
「たぶんマンデイ」
すると、周囲の面々が騒ぎ出す。血の聖女だ! 血の聖女がいるぞ!
「坊っちゃん、するとあなた様がお連れのあの獣は……」
「氷の白狼です。たぶん」
うぉぉぉおおおおお!
「「「「きょ・う・ちょう! きょ・う・ちょう! きょ・う・ちょう!」」」」
サインして下さい! 抱いてっ! 狂鳥だぁぁぁあああ!
その熱気たるや前世のワールドカップ並みだ。そして俺はスター。
……。
誰だ!? 小メロイアンをゴミ溜めなんて言った奴は! このスター狂鳥が許さんぞ!
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