第143話 再会

 アスナの声や俺たちが動く音でマリナスも目を覚ました。


 「ファウスト? ファウストなのか!?」

 「久しぶり、父さん。色々と迷惑をかけてすみませんでした」

 「そんな他人行儀な振る舞いはよしてくれファウスト」


 うん、マリナスも昔のままだ。


 「話したいことが沢山ありすぎてなにから言えばいいかわからないわ。でもとりあえず隣の子は誰?」

 「この子はマンデイだよ。あの時に比べると随分と成長したけど」

 「本当に? この子がマンデイちゃんなの?」

 「えぇ間違いなく。マンデイもお母さんに会いたがってた」


 恐る恐るマンデイの頬に触れるアスナ。驚くのも無理はない。最後にアスナが見たマンデイはまだ目も耳もなく、自力で生命を維持することすら出来なかったのだ。それが久しぶりに会ってみると、普通の生き物とほとんど変わらないクオリティになってる。俺だったら顎が外れるほど驚くと思う。


 「アスナ」


 マンデイが言う。


 「え? 喋れるの?」

 「喋れるよ。物も食べるし目も見える」

 「どうやってそんな……」

 「知の世界の管理者から貰った能力、創造する力で未発達な細胞ベイビー・セルという人工の擬似細胞を造ったんだ。選ばれた体を有する強個体から採取した細胞を分裂させる段階でストレスを与えることによってよりプリミティブなステージの細胞を抽出できることに気が付いた。もともと成長する力グロウ・ファクターという技術があって、それを生物の体に近く、かつ未分化、未発達な状態にしたのが未発達な細胞ベイビー・セルだね。いまはいないけど、ラビッシュ・イーターの幼体を保護してて、その子が容器を落として割ったお陰で発見できたんだ。これを埋め込んで体に順応させていくと、自分が思い描く理想像に近づくように成長していく。感覚器官がなかったマンデイは身体能力や視覚、触覚、味覚、嗅覚、聴覚などを、面白い成長をした例では影が薄くなったりリザードマンになったヒトもいた。結構夢のある発明なんだ」

 「そ、そうなのね」


 懐かしいなぁ。実に懐かしい。俺がこうやって妙なことをすると露骨に引かれていた。


 「ファウスト」

 「なに、父さん」

 「お前が着ているその妙な服はなんだ?」

 「これは暗殺用のスーツ【蚊】だよ。他にも空を飛ぶフライングスーツとか色々なバリエーションがある。いまは【蚊】だけど、よく見ててね。はい。【梟】になりました。これは消音性に優れてるんだ。ここじゃあ天井が低くて飛ばないけど、そのうち見せてあげるよ。羽音すらしないんだ」

 「空を飛ぶのか!?」

 「もちろん。フライングスーツだから。これは遅い方だけど、速度特化のスーツや戦闘用、敵の邪魔をする用、殲滅用のスーツなんてものもあるよ」

 「それはすごい!?」


 ふふふ、コレも懐かしい。目がドルマークになってる。マリナスは金になりそうな物が大好きだからな。俺がきんや偽札を造れると知ったら興奮しすぎて頭の血管が破れるかもしれない。


 「すごいけど売り物にはなりそうにないよ」

 「なぜ?」

 「使いこなすのが鬼のように難しいから。僕が安全に空を飛べるようになるのに一年近くかかった。その間、墜落事故なんかで何回も死にかけたし、マンデイも僕とおなじ魔法で操作するパワードスーツを着てるけど、やっぱり年単位の修練がいる。種族的に水魔法が得意なマンデイと成長率の向上というギフトを授かった僕でもそれだけの苦労をするんだから、一般人はもっと大変なはず。死ぬまで使い熟せない可能性すらあるレベルの難易度だから」

 「もっとシンプルに出来ないのか? もっと一般的に」


 完全に商人の顔だ。なにからなにまで懐かしい。


 「やろうとすれば出来るけど質はかなり落ちるよ。もちろん空は飛べないし、出力も期待できない。あとフライングスーツは背中に発信器を埋め込む手術も必要だね。これだけしないと強くないんだ。一般人が導入できるレベルにまで落とすとなると、本当にただの動く鎧くらいしか造れない」

 「動く鎧だと!?」


 もっと話したいところだが、今日はもう止めておいた方がいい。なぜなら折角の再会なのに商人モード全開のマリナスの後ろでアスナがビリビリの準備をしているからだ。


 「マリナス、感動的な再会をお洋服のお話で終わらせるつもりかしら? これ以上そんな話を続けるならビリビリする?」

 「ちょっとまってくれアスナのこれは大事なことなあばばばばばばばは」


 懲りないなこの人も。


 そして物音を聞きつけて起きてきたのが……。


 「何事ですっ!?」

 「テーゼ!」

 「坊ちゃん?」

 「会いたかったよ」

 「私もです坊ちゃん!」


 うん。ハグをしてくれるのはいいのだが、俺の呼吸にも配慮してくれると助かる。たいそうご立派なお胸のせいで窒息死しそうだ。


 「あっそうだ。紹介したい仲間がいるんだけど、いい?」

 「マンデイちゃん以外に?」

 「うん。ちょっと体が大きいんだけど、この家は通路も広いし大丈夫だと思うんだ」

 「人?」

 「狼」

 「噛んだりしない?」

 「人間レベルの知能をもってるから」

 「わかった」


 一応アスナとマリナスが侵略者に感化されていた場合をケアするために隠れていたマグちゃんに合図。すると羽音だけを残して消えた。


 「いまのはなんなの?」

 「待機していた仲間に合図したんだ。いまは僕たちのチーム、ゲノム・オブ・ルゥは四個体で活動してる。僕とマンデイ――」


 と、言いかけたところでテーゼが。


 「ちょちょちょっとまってください。先程からマンデイちゃんの名前が出てきますが、もしかして坊ちゃんの隣にいるその女の子が……」

 「うん。この子がマンデイ」

 「へっ!?」


 みんな似たようなリアクションになるよな。


 俺はアスナにした説明と似たようなことをテーゼにもしてやった。


 すると……。


 「は、はぁ、そうですか」


 想像はしていたが、やっぱり引かれた。


 そんなことをしているうちに、ハクを連れたマグちゃんが戻ってくる。


 「これがいまの僕の仲間。この子がラピット・フライのマグノリア。マグちゃんって呼んであげて欲しい。種族的にかなり素早いんだけど、未発達な細胞ベイビー・セルによる成長でさらに速くなった。普通の生物じゃ視認できないほどの速度で飛んで、その上、毒の魔法も使える」

 「ラピット・フライ!?」

 「あっ、世間一般で思われてるような凶悪な性格じゃないから安心して。すごく優しいんだ。知の世界の管理者が寂しいだろうってプレゼントしてくれた感じだね」


 ペコリと頭を下げるテーゼとマジマジと観察するアスナ。見られることに慣れていないマグちゃんは少し恥ずかしそうにしてる。


 「ファウストが口から卵を生んだ」


 おいマンデイ、それは言わない約束だろ? そんなことを言ってしまったら……。


 「へ、へぇ。口から卵を……。さすがは坊ちゃん」

 「す、すごいわねぇ。お母さんも鼻が高いわぁ」


 こうなるから。


 「これにはわけがありましてですね。といいますのも管理者、神と話している時に、寂しいとぽろっと口から漏れた言葉をどう解釈したのか腹のなかに卵を生成するという斜め上の贈り物にしてくれたのですよ。つまりこの件に関しては僕はなにも悪くないし、むしろ戸惑って困惑したくらいなんです、はい」


 マグちゃんの出生に関しては俺に非はない。100%あのドジっ子のせいだ。なぜ口から卵を生ませようと思ったのかを問い詰めたい。


 「坊ちゃん。安心してください。例えあなたが口から卵を生んだとしても、どんどん人間から離れた存在になっていっても、このテーゼ・ルグマンはずぅと坊ちゃんの味方ですから」

 「そうよファウスト。口からラピット・フライを生むなんて普通じゃ出来ないわ。あっ普通じゃないっていうのは悪い意味じゃないのよ? すごいねぇって意味。誇っていいことだわ」


 ダメだ。リカバリー出来る気がしない。


 「マグちゃん、この人は俺の母さんだ。これからもちょくちょく会うだろうから挨拶して」

 「よろしク」


 パチパチと瞬きした後、目を見合わせるアスナとテーゼ。


 「ねぇファウスト、もしかしてこの子に戦わせたりしてないわよね?」

 「マグちゃんも戦うよ?」

 「ダメよ! こんなに小さくて可愛い子に戦いなんてさせちゃ!」

 「小さくて可愛いのは認めるけどマグちゃんはかなり強いんだ。それに怪我はしないように最大限の配慮をしてる」


 アスナがマグちゃんに触れようとするが、そこはラピット・フライ、簡単には触れられない。


 「ダメだよ母さん、ラピット・フライは体が脆いから本当に信頼した相手にしか体を触らせない」

 「そう、残念だわ。ヨシヨシしたかったのに。とくにあの触覚のフワフワしてるとこなんて……。ねぇマグちゃん、ちょっとだけ触らせてくれない?」


 アスナは可愛い物が好きだ。なんたって昔、マンデイを着せ替え人形にしてた人だからな。


 「ファウスト、どウすル」

 「マグちゃんの好きにすればいい」


 俺がそう言うと少し考えたマグちゃんは。


 「触覚トハネ以外なラ、触ってモいイ」


 と答えた。


 「まぁありがとう、マグちゃん」


 アスナが冷静だったのはここまでだ。


 「うわぁ、スベスベしてるわ。くすぐったいの? なんて愛らしいのかしら。テーゼ、あなたも触らせてもらいなさい」

 「え? いいんですか? それでは失礼して……。本当にスベスベですね。あら、ここが気持ちいいのですか? えいっ」

 「もう辛抱ならないわ。テーゼ、大至急お人形用の洋服をもってきなさい」

 「はいっ! ただいま!」

 「マグちゃ〜ん、いまからお洋服をもってきましゅからねぇ〜。ヨチヨチヨチヨチ」

 「アスナさん! こんなのでどうでしょう!?」

 「うふふ、テーゼ、よくわかってるじゃない」

 「そうでしょうとも! マグちゃんに似合うのこれだとピンっと来ました!」

 「あら、でもこれじゃあ翅が入らないわ」

 「すぐさま切って参りましょう」


 楽しそうでなによりだ。しかし……。


 「母さん、それくらいにしとこう」

 「へ? どうして?」

 「マグちゃんが困ってるから」

 「あっ、ごめんなさいねぇ、マグちゃん。あまりの可愛さに我を忘れてたみたい」


 マグちゃんはこんな扱いを受けたことがないから、気の毒なくらい恥ずかしがってる。顔が真っ赤だ。


 世間的にはあんまり良い印象がないラピット・フライでもこうやって接してくれるのは嬉しいな。


 「で、この子がハク。僕の五歳誕生日プレゼントに貰ったフロスト・ウルフの魔核から創造した。氷の魔法が使える」

 「マンデイちゃんとおなじね」

 「そうそう。マンデイの妹になる」

 「触ってもいい?」


 どうぞご勝手に、みたいな顔をしているハク。なんでこの子は俺以外の人には普通に接するのだろうか。謎は深まるばかりだ。


 「ハクちゃんは気を付けなくちゃいけないわね」


 気を付ける?


 「どうして?」

 「この街には様々な物が流通するの。私たちの傘下、ボイド食肉加工が最大手だけど、それ以外にも獣の肉や獣毛を扱う組織はある。これだけ立派な狼なら死に物狂いで強奪しにかかるでしょう」


 世紀末に絡まれたのはそれが原因か。


 「充分に気を付ける。ところでさっき傘下とかなんとか言ってたけどあれってどういう意味?」

 「そうね。その話をしないと……。でも今日はもう遅いわ。長い話になるから明日にしましょう。泊まっていける?」

 「うん、大丈夫」

 「すぐに寝室を準備させるわ」

 「ありがとう」


 なんか最近昼夜逆転気味だからまったく眠くないが、アスナに付き合わせるわけにもいかん。今日は眠ろう。

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