第147話 娘 ノ 頼ミ

 拠点【大風車】に戻った。


 変ないたずらはされていないし、スキュラのマ・カイが来た形跡もない。目立った問題はなしだ。


 創造中の兵器は……。


 「よく活動している」


 と、マンデイ。


 「思ったより早くできるかな」

 「微調整が難しい」

 「だね」


 フライングスーツやリズの光学迷彩スーツなどの複雑すぎる創造物の処女作は、本当に時間がかかった。最も気を使うのは安全性。強力な兵器や防具、武器は一歩間違えると自分自身を傷つける。何度もテストをしてしっかりとコントロール出来なければ意味がない。焦りは禁物だ。


 「マンデイ、フライングスーツの【カラス】を改良したいんだけど手伝ってくれない」

 「うん」

 「どうも【烏】は子機とのシナジーが悪いみたいなんだ。【鷹】が子機と連携して戦うスタイルだったから、発想がそれに流されてしまった」

 「なぜ」

 「子機は飛行能力を有している分、毒を収納するスペースが少なくなっている。連戦に向いていないんだ。敵の邪魔をする汚い戦い方をする以上、誰よりも長く戦場に立っていなくてはならないと思っている。最後まで味方のフォローを出来るように。でもいまの【烏】は子機を消費したら戦力がガタ落ちしてしまうだろ? それじゃあダメなんだ。ちょっと導線を繋いでくれ」

 「うん」


 俺が想像しているのはグレネードランチャー。


 毒の弾をポンポン打ち込んで敵の動きを封じる。で、シェイプチェンジでタコ殴り。いい感じに卑怯だ。魔王軍の中ボス的な奴がやってきそうな戦法である。


 自力で飛行する子機をなくせば重量を抑えられる。その分より多くの毒を搭載できるはず。


 早速スーツと水対策の兵器の創造を始めた。


 ある特定の行為をすることによって精神を安定させる。


 趣味に近い、そんな行為を誰しもがもっていると思う。


 例えばマグちゃんは時々、意味もなく速く飛ぶ。たぶんあれをすることで心が落ち着くのだろう。リズはお茶を飲みながら誰かと会話すること、マンデイは鈍器シリーズを眺めたり料理をすること、ハクはなにも考えずに眠ること、ゴマはヨキに遊んでもらうこと、ヨキは瞑想。そして俺は創造だ。


 なにかを造りはじめると、アレも足りない、コレも足りなかったとなってくる。そして創造物にはなんか愛着が湧いちゃって、なかなか捨てられない。そりゃ【エア・シップ】の自爆機能のようにどうしようもない時はあれだけど【妖刀・白夜】みたいな物でも中々破棄できない。たぶんこの傾向は、マンデイやハクも俺が造り出したから、という事実に起因している。あらゆる創造物はマンデイの弟であり、ハクの妹なのだ。


 こんな風だから日頃使わないスーツや武器も手入れしちゃうし、過去に造った物をいらない子にはしたくない。


 「ファウスト」

 「お、どうしたマンデイ」

 「夕食」

 「もうそんな時間か」


 気が付いたら夜になっているなんてザラだ。もっとひどい時は朝になっていた、昼になっていたなんてことも。


 もし俺が前世でちゃんと生き残っていて、社会に適合できるようになっていたら、たぶん社畜になっていたことだろう。気質が完全に社畜のそれだから。


 「本当は今日か明日中に獣に行きたかったんだけどな」

 「急いでもしょうがない」

 「まぁね」


 夕食は肉と芋、綺麗な葉っぱを煮込んだ物だった。


 基本的にマンデイのご飯はいつも美味しい。


 ルゥの料理本を見て学んだからか、ほとんど外れがないのだ。前世では到底お目にかかれないような奇抜な見た目の料理や盛り付け、変な生き物を食材にした物もあるが、どれも美味しい。きっと将来はいいお嫁さんになるだろう。


 そしてこの日の料理は……。


 「なんだこれ」

 「美味しくない?」

 「いや、美味すぎる。特にこの肉が凄い」


 口のなかでホロホロと崩れる肉の筋。じんわりと広がる甘み。 


 「【プア・ラット】の肉。巣があったから捕まえてみた。ファウストが好きならまた捕まえる」


 おバカなネズミ、なんて可哀想な名前なんだ。


 「どんな生き物なの?」

 「確認されている限り、この世界で最も生息域が広い動物。なんでも食べて、どんな状況でも生き延びる。寒冷地、乾燥地帯、雲霧林、高地、低地、盆地、熱帯。とにかくどこにでもいる。動きが遅くてよく捕食されてしまう。ある地域では非常食とも呼ばれてる。全生物中でもトップクラスに繁殖能力が高い」

 「で、こんなに美味しいの?」

 「食肉のなかでは最も安価。味の評価も低い」

 「こんなに美味しいのに」

 「ファウストは舌バカだから」


 なんて自然なディスり方。


 「【プア・ラット】はいいね。また食べたい」


 舌バカでも構うもんか。美味いもんは美味いんだ。


 「あと一匹いるから後で絞める」

 「え? いるの?」

 「鮮度を保つために生かしてる」

 「見せて」

 「わかった」


 と、マンデイが連れてきたのはクリクリとしたお目々、まんまるボディのなんとも愛くるしいネズミだ。キュウキュウと鳴いている。


 「この子を食べたの?」

 「食べれるから」


 なんでも食べれるって話だったな……。


 食卓に並んでいた副菜のサラダにあった瓜的なやつを一つあげてみる。するとハムハムと食べはじめるじゃないか。マンデイに捕まれてることなんて忘れて一所懸命に食べている。


 ハムハムハムハム。


 「なぁマンデイ」

 「なに」

 「この生き物を食べるのは止めよう」

 「なぜ」

 「罪悪感」


 犬派からネズミ派に改宗するかもしれない。いや、ガイマンがいるから鹿派かな?


 「わかった。逃がしてくる」

 「うん、そうしてくれ」


 不干渉地帯での狩りは可哀想なんて考える暇もなかった。


 生息している動物は強力だし、ヘタしたら生物の大量発生スタンピードを起こされる。常に感謝の念をもたないといけないし、オーバーキルはご法度。シンプルに狩りの難易度が高かったのだ。


 だが外の世界では違う。【プア・ラット】みたいに弱くて攻撃手段のない生き物は狩り放題だし、動物虐待をしてもスタンピードはなし。別に菜食主義者になりたいわけではないが、あのネズミはもう食えない。


 しかしどこにでも生息しているって何気に凄いな。【プア・ラット】こそがこの世界の支配者なんじゃないだろうか。


 「残すのは勿体ないから全部食べるけどね。美味しいし」

 「うん」


 この肉は本当に美味い。


 食後、マンデイと軽い組み手をしてまた創造に。


 連続の作業は労働効率を落とすというのは常識だが、俺はぶっ続けでやった方がいい。時々マンデイとかマグちゃんとかと会話して気分がリフレッシュするし、ハクの見下したような目で腹を立てるのも刺激になるからか作業の効率はあまり落ちないような気がする。


 本当は少し眠ってからまた作業をしようと思っていたのだけど、ついつい止めるタイミングを逸して貫徹してしまった。


 成果はぼちぼちといったところ。


 兵器創造は牛歩戦術だ。少しずつ進んでいけばいい。


 一方スーツは劇的な改善があった。【烏】は連携する子機を二機に減らして、グレネードランチャー的な物を装備、ぽんぽんと毒を打ち込む戦法にシフト。子機は物理攻撃主体だ。飛んでぶつかる、斬る。俺のサポートをするために動く。それだけ。


 【烏】のシェイプチェンジ先は【サソリ】。嫌がらせと殲滅を目的としたバトルスーツだ。


 「面倒くさい」


 で、これが試運転でマンデイと組み手をした時に頂いた感想。面倒くさいは最高の褒め言葉です。


 ちなみに組手の時はマンデイもパワードスーツを着用していたが、力こそパワー的な性能のスーツ付きマンデイの猛攻をいい感じにさばけていた。


 最近はマンデイと組み手をして対人戦の訓練をして毎回ボコボコにされているのだが、その経験も地味に生きていてるのだろう。格闘技術の向上を自分でも感じる。


 主人公的フライングスーツ【鷹】は魔力変換式攻撃ギアの出力を上げてみた。魔力変換式攻撃ギアは俺の器用貧乏さを象徴するような性能だ。なんでも出来るけどやれないことが多い。もっと強力にしないと【烏】の下位互換になってしまう。


 シェイプ・チェンジ先の【山猫】は連打が魅力のスーツだったが、他のスーツの品質が上がりすぎてやや使い勝手が悪い。小回りよりも決定力が欲しかったから、火力重視にしてみた。マンデイが日頃使っている水のパワードスーツの風魔法版。スーツ内部でエネルギーをチャージして一気に放出。シンプルな戦闘ならかなりやれる。マンデイのスーツよりは非力で少し速い。そんな感じの性能。名前も【山猫】から【蝦蛄シャコ】に変更。


 マグちゃんが虫の代表者に奪われた時の対策として造っていた【燕】は、これまでもちょこちょこイジってはいたのだが、いい感じに安定してきたような気がする。すべてのフライングスーツのなかで最速。シェイプ・チェンジ先の【ラピット・フライ】も速度と機敏性を上げた。だがマグちゃんには追いつけない。マクレリアくらいならなんとかなりそうだが、マグちゃんは別格だ。


 そして今回の目玉……。


 「マンデイ、目を瞑りなさい」

 「わかった」


 俺は造った物を手に取り、一瞬、躊躇ためらう。


 これで人の頭を殴ったりしないよな……。


 いや、心優しいマンデイのことだ、きっとそんなことはしない。きっとたぶん大丈夫。鉄球にトゲトゲもついているし、これでフルスイングしたらどうなるかくらいは小学生でも想像できる。


 「さぁ、目を開けてごらん」

 「うわぁ! ありがとう!」


 過去最高のリアクションだ。可愛さが百倍増しである。こんなに喜んだのメイスの時以来かもしれない。


 かなり嬉しいみたいで、ブンブンと振りはじめる。


 「こら、室内で振り回すんじゃありまん」

 「ごめん」


 なんかいつもより感情表現が豊かだ。無表情なマンデイもいいが、明るいマンデイもいい。


 「たぶんだけどメイスよりも力加減が難しいから注意して使うんだよ? パワードスーツを使用して思いっきり殴ったりなんかしたら頭が吹き飛ぶ。あとメイスみたいな色んな使い方が出来ないかも知れない。マンデイってメイスでヨキの技を再現したり投擲したりしていたでしょう?」

 「うん」

 「そういうのが出来なくなるかも。下手したらメイスの下位互換にもなりかねない。本当はメイスと差別化するギミックをつけたかったんだけど、アイデアがなかった。すまん」

 「これでいい。好き」


 そうか、好きか。よかったよかった。


 「ねぇファウスト、お願いがある」


 お願いか。珍しいな。マンデイの頼みならなんでも聞いてやりたい。


 「なんだい?」


 俺には夢を叶える能力、創造する力があるんだ。どんな願いでも叶えてやるさ。


 「組手がしたい」


 ……。


 「もしかして、そのモーニングスターを使おうとしてる?」

 「うん」


 俺はキラッキラの笑顔で答えた。


 「断る」


 いくらマンデイのお願いでもそれはノーサンキューだ。

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