第140話 最悪 ノ 街

 この街のせいだ。


 こんなふざけた街に来てしまったからハクの反抗期に拍車がかかったに違いない。おのれ小メロイアンめ。許さん。こんな街……。


 こんな風に心の中で愚痴って気持ちの切り替え。


 いま俺たちは非常に危険な街で衆目を集めているという面倒な状況におちいっている。ダラダラしている暇はない。


 『マグちゃん、世紀末'sのうちの一人に睡眠毒に拮抗する毒を打ってくれ。あと鎮痛毒を準備。ハク、体で住民の視線を遮ってマグちゃんの体を隠しなさい』

 『わかっタ』


 マグちゃんは良い返事だ。だが小憎たらしいハクはいかにも面倒臭そうに俺の指示に従う。ぐぬぬぬぬ。


 いったい俺がなにをしたっていうんだ。思い付くことといえばハクが生まれたばかりの時に当時まだ開発途中だった成長する因子グロウ・ファクターを打ち込みまくったことくらい……。


 ハッ! あれか……。あれが原因なのか!


 幼少期に植え付けられたトラウマが成長と共に肥大化していって現在の女王様気質が形成されてしまった。いや待てよ。となれば俺の補助をしていたマンデイが嫌われていないのはおかしい。なぜだ、なぜなんだ。


 『終わっタ』

 『ありがとうマグちゃん』


 こういうトラブルは日常茶飯事なのか、誰かが俺たちに接触してくる様子はない。世紀末'sの仲間らしい奴らが襲ってくる感じもゼロ。本当はこのアホ共を放置して行ってもいいのだが、目撃者がいる以上、変なことして睨まれたくはない。俺がコイツらを助けるところまでしっかりとアピールしつつ飲み屋の情報を聞き出そう。


 そのまえにコップの創造だ。なんの特徴もないただの器。これくらいなら自前の魔力でも楽勝さ。


 「うぅううう」


 おっ、目を覚ましたか。


 「お兄さん、大丈夫ですか?」

 「テメェはさっきの……。ぐっ!」


 頭を抱えている。そうだな、痛いもんな。慣れるまでは結構痛いんだよ、その毒。


 睡眠作用のある毒に拮抗する毒。どういう原理かはわからんが、毒で意識を奪った敵を無理矢理に起こす時に使用するこの毒は、覚醒時に強烈な頭痛を誘発する。


 「お兄さん、まだ無理をしてはいけません。さぁ、これを飲んで」

 「こりゃなんだ?」

 「鎮痛ど……、コホン、鎮痛剤です、お兄さん。随分と痛そうなので」

 「すまねぇ」


 おほほほほほ。弱っている時の人間ほどつけ込みやすいものはありませんね。おーほほほほほ。


 ゴクリ、と一息に呑み込む世紀末B。


 「即効性のあるど……、薬です。じきによくなるでしょう」

 「なんかよくわかんねぇが助かった」

 「いえいえ、これくらいならお安い御用です、お兄さん」

 「いったいなにがあったんだ。まったく憶えてねぇよ」


 よし。マグちゃんに刺された自覚はなし、と。


 「お答えしましょう。僕が連れている狼はとあるお方の私物なのですが、大変に気性が荒く、なにか気に食わないことがあるとカチンコチンに凍らせてしまうのです。丁度長旅で気が立っていたところを運悪くお兄さんに出会ってしまい、その苛立ちから氷の魔法を使ってしまった次第。本当に申し訳ありませんでした」

 「ったくしつけくらいちゃんとしとけよな」


 はっ! 殺気!


 振り返るとハクがプルプルしてる。俺と世紀末Bを冷凍保存してやりたそうな顔をしながら。


 『ハク、我慢して。ファウストは嘘をついている』


 マンデイ女神の一言。


 ハクは……、なんとか我慢できたようだ。


 「本当に面目ない。今回はこれで示談というわけにはいかないでしょうか」


 金のかけらを渡す。


 「その狼を寄越せ。それで勘弁してやる。毛皮と肉を売りゃこんなもんじゃねぇからな」


 ダメだコイツ。


 「わかりました。お譲りしましょう。ですがこの狼は私の私物ではありません。持ち主に確認しないことには――」

 「うるせぇよガキ。さっさと寄越せ」

 「いいんですか?」

 「あぁん?」

 「正直、私自身この獣を持て余していたのでその申し出は非常に助かる。しかしあなたにタダでお譲りしたと報告をすれば持ち主はきっとあなたを探し出すでしょう。私もお咎めを受けるでしょうが、あなたも……。いや、これ以上は言いますまい。で、それでもいいのですか?」

 「誰だよ。その持ち主ってのは」

 「お教えしたいのですが、生憎、機密事項ですので」


 チッと舌打ち。


 「そうだ。いまから持ち主と合流するので、ご一緒しませんか? あなたが直接持ち主に交渉すればきっと互いに甘い蜜を吸えますよ? 彼は頭の切れる方だから」

 「なんで俺が……」


 面倒な奴だ。反抗期か? なに言っても素直な言葉が返ってこない。


 「アシュリー像の近くにある飲み屋を知りませんか? お恥ずかしながら私、店の名前を忘れてしまいまして。教えて頂いたらあなたのお仲間さんも救助しますよ? 報恩は人の基本だから」

 「仲間の救助? なに言ってんだテメ――」


 仲間が全滅してることにいま気付いたようだ。わかりやすく焦ってる。


 「おそらく日射病でしょう」

 「にっしゃびょう?」

 「えぇ、氷の魔法で冷やされた者が急に日射で暖められて気を失うのです」

 「んなの聞いたこともねぇぞ」

 「氷を使う獣は少ない。ですが私が育った場所では一般的な病でした。このままではあなたもお仲間二人も死にます。間違いなく」

 「なんだって!?」

 「頭痛が治らないでしょう? それは次第に悪化していき、最後には……。手持ちの薬であなたの意識だけは復活しましたが、これも一時のもの。一刻も早くこの狼の持ち主に会い、薬を貰わねばあなた達は……」


 おっ、ようやく効いたみたいだ。わかりやすく狼狽ろうばいしてる。


 「《リール》って店じゃねぇだろうか。早くなんとかしてくれ。オメェの薬を飲んで少しはよくなったがまだ痛えんだ。死にたくねぇよ」

 「《リール》の場所は?」

 「クソッタレのアシュリー像の北側。黄色の看板に赤い文字」


 なるほど憶えた。この男はもう用済みだ。


 『マグちゃん』

 『うン』


 最初は助けようとも思ったが、いいや。コイツら非常に面倒臭い。もう関わらない方がいいだろう。


 はぁ。


 初日から目立ちまくったな。こんな感じの街なら今後はもっと隠密気味に動くか。夜、人が寝静まってから行動してもいいかも。


 なんて考えてる間に《リール》に到着した。廃人通りは小メロイアンの中心部だ。それなりに栄えているし、一見すると平和な街に見える。この飲み屋もそうだ。どこにでもありそうな小奇麗な店構えをしている。だが、一皮剥けば。


 「てめぇみたいなガキが来る場所じゃねぇ。有り金置いて帰んな」


 こんな感じだ。初見の客にカツアゲみたいな真似をする店があるか? ない。小メロイアン以外にはな。


 「なぜお金を置いていかなければならないのです?」

 「てめぇがガキだからだよ。ほら、金を出せ」


 こりゃダメだ。この街にはまともな会話が出来る奴が一人もいない。さすがはゴミ溜め。こんな街【コメット】で更地にしてやった方がこの世界のプラスになるのではないだろうか。


 「おい、マスターその辺にしてやんな。すまんな坊主、マスターにもわけがあんのさ。許してやってくれ」


 お? 初めてのまともそうな人。モジャモジャの髭で背の低い。体全体や指、首、全部のパーツが太め。ドワーフかな?


 「わけって?」

 「お前さん、人探しだろ?」


 なぜバレた。


 「店先にいる護衛の狼、ありゃ立派なもんだ。そして顔の似てねぇ妹か姉、腹違いってところだな。バカみてぇに丁寧な物腰、高そうな服。これだけそろってりゃ誰でもわかる」


 え? なにが?


 「おめぇさん、どこぞやの立場のある奴のせがれだな? そんなのが小メロイアンに用があるったら逐電した家族を探してんのさ。相続問題ってところか」

 「いえ、違いますけど?」

 「嘘言っちゃいけねぇよ」

 「嘘じゃありません。確かに僕は人探しに来ましたが、両親は至って普通の身分でした。それにあの狼は護衛じゃなくて仲間、そしてマンデイは妹でも姉でもありません」


 沈黙。


 なんかドヤ顔でまったく見当違いの推理をされたから反射的にバッサリ斬ってしまった。こんな空気になるなら適当に話を合わせてた方がよかったかも。


 「とにかくだ。この街は外の人間の協力なんてしない」

 「なぜです?」

 「ここは楽園さ。駆け落ち、殺し、放火、ヤク。他所様には言えねぇようなすねに傷のある奴らが最後の安息地としてこの街を選ぶ。外に出りゃ処刑や監禁、拘束されるような連中が集まってんだ、誰もここを出ようとはしねぇ。俺たちは後ろめたい過去がある者同士、互いに助け合う。おめぇみたいな余所者、しかも人探しがくりゃ、誰もが一様に口をつぐむ。なにも知らねぇってな」


 面倒臭い街だ。


 「外の状況が変わっていたら?」

 「というと?」

 「僕が探している人は、ある人物に狙われたことが原因でこの街に逃げてきたのですが、そいつはもう死にました。外に危険はない」


 ガハハハハと豪快で笑う男。うん、ドワーフだ。イメージ通り。


 「口でならなんとでも言えるさ。なぁガキ、よぉく憶えきな。この街じゃあ本物の方が少ねぇんだ。身分も嘘なら経歴も嘘。誰も彼も自分を偽って生きてる。俺たちも深くは詮索しねぇ。嘘かも知れねぇなと知りながら付き合う。おめぇの言うことは真実かもしれん、だが嘘かもしれん。どうせ騙されるなら身内の嘘のがいい。おめぇの言葉を信じる奴はこの街にはいねぇ」


 嫌いだなぁ。この街、すっごく嫌いだなぁ。


 本来ならこういう時、警察的な組織が頼りになりそうだが、メロイアンにそんなものは存在してないんだろうなぁ。


 治安が最悪で排他的、そして変に仲間意識が強い。


 なぜ不干渉地帯脱出後の最初の街が小メロイアンなんだろう。もっと他になかったかね。もっと楽しそうな街とかワクワクする街とか。これで小メロイアンにアスナはいませんでしたー、みたいになったら俺はブチ切れるだろう。感情に任せて街を丸ごと焦土にするくらいは怒れる自信がある。この街の話題を出したユキのことも嫌いになるかもしれん。そのレベルだ。


 この街はない。この街だけは。


 アスナの捜索はしたいが、俺たちは一度、衆人環視のなかで問題を起こしてるし、そしてなによりここの空気は精神衛生上よくない。


 「帰るか」


 俺が言うと、マンデイが尋ねてくる。


 「なぜ」


 なぜって。


 「俺はこの街が嫌いだ。一刻も早くここを離れたい。でもアスナやマリナスがいる可能性があるなら捜索したいという気持ちもある。だから小メロイアンとの関わりを減らしつつ安全に捜索できる手段を考えた」

 「言って」

 「自白剤と暗殺用の新しいスーツ、あとは暗闇でも動きたいから【ナイトビジョン】がいる。夜の闇に紛れて人を襲って情報を集めるんだ。暗器もあった方がいいかな」

 「マンデイも暗器が欲しい」


 うふふふふ、まったく可愛い奴だ。暗器が欲しい、か。癒されるぜ。


 メロイアンのせいで汚れていた心が浄化されていく。


 「いいよ、なんか造ってあげる」

 「うん!」


 短い潜入だったが非常に疲れた。完全に小メロイアンに対して苦手意識が生まれてる。出来ればもうここの住民とは絡みたくない。


 帰路、俺の気持ちは深く沈んでいた。


 アスナが生きていた場合、ユキの推測の通り小メロイアンに流れている可能性はある。だが小メロイアンは最悪の環境。辛い生活を強いられているだろう。もしメロイアンではなく、他国に逃れていたとしても現在情勢が安定している場所なんて数えるほどしかない。


 明暗なら最悪だ。少なくとも一度は大きな戦争を経験してるし、獣人のアスナとヒトのマリナスにとっては完全にアウェー。生き延びている保証はない。


 比較的安全なのは獣だろうが、亡命している可能性は低いだろう。フューリーが見逃し続けているとは思えないし。


 どこに逃れたとしても幸せな生活をしているビジョンが見えない。そもそもアスナとマリナス、テーゼが逃亡生活を送る羽目になったのは100%俺のせいだ。


 心ががズルズルと沈んでいく。


 【大風車】予定地に到着して、ご飯を食べてリラックスしても気分は最悪だった。


 家族は俺の記憶に垂れ下がる重いいかりだ。なにかのきっかけで振り向いてしまうと、それを思い出す。そして気分が沈み、推進力を失ってしまう。


 「ファウスト」


 無表情のマンデイが声をかけてくる。


 マンデイは表情の乏しい子だ。俺が訪ねた水の不干渉地帯の主ハ・タ・カイも感情が顔に出るタイプじゃなかったようだから、たぶんこれは種族的なものだろう。


 しかし俺にはマンデイの気持ちがなんとなくわかる。誰よりもこの子と向き合った時間が長いから。


 「心配しなくていい。大丈夫だから」

 「うん」


 ヒダ素材はそろそろ数がそろう。


 あと必要なのは水にプレゼントする武器と風車のパーツか。


 今日は自前の魔力で創造しようかな。すべてを出し切らないと眠れない気がする。

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