第139話 リーダー ノ 資質
《ここは地獄か 天国か メロイアン》
これは街の入り口の看板に書かれていた文字だ。
そしてその看板のかかった柱には、顔がボコボコに腫れた全裸の男が荒縄で縛りつけられていた。うーうー唸っている。
うわーマジかーと全裸の男を眺めている俺の傍を完全にイッた目のお爺さんが走り抜けていく。「誰か捕まえてくれ! ワシの飯が! ワシの晩飯が!」と叫び追いかけていたのはボロ雑巾みたいな犬。土で汚れた子供が物乞いをしていて、分厚い化粧の女が客引きをする。
「ファウスト」
「なんだマンデイ」
「楽しそうな街」
ものの感じ方って人それぞれなんだな。
俺たちがよそ者だとわかるのか、往来を歩いているとジロジロと見られる。ドロリと湿った暗い視線だ。
そういえばこういう人混みのなかを歩くのって久しぶりだな。不干渉地帯に街なんかなかったから。緊張する。手足の出し方がわからなくなってきた。
気分を変えないと、と周囲を観察。ちょっと歩いた感じ、小メロイアンには様々な人種がいるようだ。すれ違っただけでも人、やけに丸い顔の人、エルフっぽい奴、ドワーフらしき者、小人、手足長い妙な体の生き物、獣人。
人種の
確かにこの街なら獣人だろうと人間だろうとなんの違和感もなく馴染めるだろう。だが、こんな街で生活できるだろうか? アスナたちと別れて何年くらい経ったかな? 不干渉地帯は日付の概念が希薄な場所だったから正確には思い出せないが軽く五、六年は昔だ。
とりあえずメインストリートの廃人通りを目指そう。と、すぐ近くにわりと身なりのいい人がいたから道を尋ねてみた。
「すみません、廃人通りは――」
「うるせぇガキが! ぶっ殺すぞ!」
普通の会話は難しいようだ。
まともな身なりをした奴でこれなら、他の奴に声をかけたらどうなるんだろう。無言で刺されるなんてことになりそうだ。
いかん。心が折れる。
「どうするか……」
こんな治安の街は前世にもなかった。困り果てているとマンデイがスルスルっと路地裏に入って行く。すぐに後を追うが姿がない。
変な空気にあてられた? 空気にも幻覚作用のある物質が混じっているのかも。ガスマスクを装着するべきだった。
『マンデイ? なにをしてるの?』
通信で語りかけてみると、すぐに返事が。
『情報を集める。少し待ってて』
『一人で行動するな。危ない』
『いい』
『とりあえず合流しよう。話はそれからだ』
『待ってて』
イヤイヤループに入っているようだ。マグちゃんもフルフルと首を振っている。マンデイがこの状態になると絶対に聞かない。
『なにかあったら通信で助けを求めるか大声を出すんだよ? いいね?』
『うん』
とはいっても心配だ。こんなゴミ溜めみたいな街であんな可憐な少女が一人で……。
「大丈夫だろうか」
「マンデイなラ、問題なイ」
うぅん。そうは言ってもバカでかいスキンヘッドに力づくで誘拐されて、薄暗い倉庫であんなことやこんなことを。そしてか弱いマンデイは心の傷を負って引き篭るようになり、そこに現れた変な新興宗教の男に心酔して財を投げ打ち、身持ちを崩し、頭の悪い子を生んで酒に走り、ついには悪い薬に依存して、「メロイアンは楽園」みたいなことを言い出す。旦那は酔っ払ってマンデイや子供に手を出し、耐え兼ねたマンデイは子供を連れて家出、スナックを経営しはじめるもマフィアに目をつけられて愛人に。「なんでこんな人生になったんだろう」、眠るまえにはそんなことを考える。「あの時、一人にならなければ……」
ダメだ。やっぱり一人にさせられない。
走り出そうとしたまさにその瞬間、建物と建物の間からヒョコッとマンデイが顔を出した。
「マンデイ! 無事か!?」
「首の折れたアシュリー像がある場所がメインストリートの廃人通り。酒を出す店に情報通が集まるからそこでアスナに関することを聞き出せばいい」
「うん、それはいいんだけどマンデイ。服に血がついてない?」
「返り血だから大丈夫」
返り血て……。
「なにをしたの?」
「情報収集」
うぅん。
情報を集めてきてくれたのはありがたいが、この成功体験で変に自信をつけて危ない行為を平然とするようになったら、寿命を縮めてしまう。ここは親としてビシッと指摘すべきだ。道徳というものを教えてやろう。
「なぁマンデイや」
「なに」
「情報は大切だ。この短時間で有益な情報を集めてきたことは褒めてつかわす。だがしかし! 返り血を浴びるような危ない場に一人で出向くなど言語道断!」
「メロイアンの治安は悪いから、どこも危ない。それに未来は不確定。返り血を浴びるかどうかは、行動するまえにはわからない」
おっと、反抗期か? 可愛い奴だ。
「しかしなぜ一人で行ったのだ。我々と行動すればリスクは減らせたはずだ!」
「ハクみたいな巨大な狼が一緒にいたら誰も近寄ってこない。一人で歩く女に寄ってくる悪人が重武装しているとは考え辛いから、短時間なら一人の方が安全」
ふふふ。やるじゃないか。だが俺だって反抗期の子供に口で負けるほど落ちぶれちゃいない。バッチリと親の威厳というやつを見せてやろう。
「もしなんかあったらどうするの?」
「ファウストよりマンデイの方が強い」
「それはわかってるけど、取り囲まれたら? そうだ! 取り囲まれたらどうするつもりだったんだ!?」
「走って逃げる」
「あ、あ、相手がマンデイより足が速かったらどうするんだよ!」
「相手の目を潰して逃げる。マンデイはファウストより足が速いし、そういう場合に
「でもさっ! 心配じゃんか!? トラブルに巻き込まれてないかなとかさっ!」
「それは感情論」
ふぅ。
あまりイジメても気の毒だ。今日はこのくらいにしといてやるか。
「でもファウストが心配なら今度から気を付ける」
お、わかってくれたみたいだ。少しは親の威厳を見せつけられたかな?
そんな俺とマンデイのやりとりを、まるで排泄物に群がる
お? やるか? この犬っころめ。
マグちゃんが上空に飛び、マンデイ先生が得た情報、首の折れたアシュリー像を探す。それなりに苦労するかと思ったが、アシュリー像はそこそこのサイズがあり、けっこう簡単に発見に至った。
「首だけじゃないな」
アシュリー像は首を折られ、胸元には卑猥な落書き、服の部分は削られている。
デルアへのヘイトが凄い。わざわざアシュリー像を残しているのも、デルアへの憎しみや敵意を忘れないようにするためかもしれん。
俺が知の世界の代表者だとバレればどうなることやら。どう転ぶにせよ、楽しい思い出にならないのは確実だな。
「マンデイ、この街では知の代表者だと名乗らない方がよさそうだ」
「うん」
だが街の入り口よりは幾分か治安はよさそうな印象はある。建物も綺麗だし、人々も余裕がありそうな雰囲気を――
「盗みだ! 捕まえろ!」
おっと。
「あんだ! 喧嘩か? やれやれ! もっとやれ!」
……。
前言撤回。雰囲気は若干よくなっているが、ここがゴミ溜めであることに変わりはないようだ。
「さて、飲み屋を探すか」
前世での社会経験が皆無だから、どういう店がいいかはわからないが、通りに面している方が安全なイメージはある。外観も綺麗な方がいいか。
「おいガキ。いい狼を連れてるな。お兄ちゃんに売ってくれや」
店を探していると世紀末みないなみたいな三人組に絡まれた。
「すみません。この子は売り物じゃないので」
そう応えると、胸ぐらを掴まれ体を持ち上げられた。結構力があるな。最悪の治安のこの街で生き残るにはある程度の力が必要なのかもしれない。もしかしたら【セカンド】が生活してるかもな。アスナ捜索ついでに探してみるか。
「なめてんのかガキがよぉ。俺が売れってことは寄越せって意味なんだわ。大人しくしぇぇええ」
バタン。
やっぱ速いなマグちゃんは。瞬間移動だわ。
「なにしやがった!」
と、世紀末B。
そうなる。そうなるんだよ。マグちゃんはただでさえ速いのに、意識外から攻撃するよう普段から口酸っぱく言われてるから、かなりの実力者でなければ刺されたことにすら気が付かない。
アニメとかで剣の達人がよくやる「もう斬った」を現実でやってのけるのだ。対策されたら完全に詰むラピット・フライ。だが対策されていなかったら無類の強さを誇る。
「内緒です。ところで他人の心配をしている暇があるのですか?」
「なんだと!?」
「足、凍ってますけど?」
「うわっ、なんじゃこりゃ」
売り物扱いされてカチンと来たんだろうな、ウチの女王様は。ルゥ調べによるとフロスト・ウルフは概してプライドの高い生き物らしい。だから彼らのいる場所で
このまま放っておくと面倒なことになりそうだなぁ。氷漬けなんてしてまえば小メロイアンの治安だ、ほぼ確実に報復される。
『マグちゃん、眠らせて』
『わかっテル』
こういう時は意識を奪うに限る。
「ハク、攻撃を止めなさい」
はぁ? なに言ってんだよ、嫌に決まってんだろ、みたいな瞳のハク。
「気持ちはわかるが、いまここで世紀末'sを殺したらメロイアンでの活動がしにくくなる。その上、コイツらの仲間が報復に来て、マンデイやマグちゃん、俺に危険が及ぶかもしれない」
ハクは、クソ、マジで◯◯◯だぜ、最悪の気分だ、的な顔をしている。
「ちょっと待ちなさい。まだ話は終わってません」
なんだよ、うるせぇな、て感じの表情。
「だってハクがやったんでしょ? そういう風に仲間に迷惑をかけてはいけません。氷を溶かしなさい」
あろうことかこのアホ狼、フイと顔をそらしやがった。
「こら! 話を聞きなさい!」
完全無視である。俺はどこで教育を間違ってしまったのだろうか。昔はあんなに……。いや昔からか。昔からこんな感じだったような気がする。
俺の創造する力でも溶かせないこともないが、それではハクの教育上よくない。一人で思い悩んでいるとマンデイが。
「ハク、時間の無駄。ファウストの言うことを聞いて」
と一言。
すると、どういうことでしょう。ハクの野郎、もうしょうがないんだから、一回だけだからね、みたいな様子で氷を溶かしはじめたじゃないか。
なんで? ゲノム・オブ・ルゥのリーダーって俺じゃないの? なんでマンデイの言うことは聞いて俺の存在は無視するの? なんで? ねぇなんで?
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