第138話 小メロイアン
フューリーとは【セカンド】に対する我々の姿勢を確認し合ってから別れた。
フューリーは良い狼だ。会えば心がスカッと晴れ、気持ちよく別れることが出来る。
風のように駆けていくフューリーの後ろ姿を眺めていると、絶対にあんな感じにはなれないなと思う。だがフューリーにしか表現できないスタイルがあるように、俺にしか出来ないこともあるはずだ。誰かの心を浄化し、上向かせるような……。
いや、無理か。根暗ヒッキーの俺には荷が重い。
ところで俺とフューリーが決めた【セカンド】に対する姿勢だが、もしも味方になりそうなら積極的にスカウト、敵対したら近くにいる味方勢力と結託して潰す。以上。
國呑み、稀代の魔術師ル・マウ、高位の悪魔アゼザル、天才ベル・パウロ・セコ、軍神シヴァ。【セカンド】だと確定している個体もいるし、俺の予想の
疑わしい奴は数をかけて潰す。安全に敵戦力を削っていって数で優位に立つ。
侵略者を捕縛、隔離して殺す方法を模索するのは外堀を埋めたあとだ。
【セカンド】の対応はこんな感じでいけばいいが、怖いのは侵略者の目撃情報がパッタリと途切れていることだ。最後に奴が現れたのはフューリーとルーラー・オブ・レイス、ワシルが三体で追い込んだ時。それ以降の情報がなにもない。
相手の命を奪うまで戦い続けるという性質上、対面した生き物が全員死に絶えて情報が外に漏れないというパターンも考えられるかもしれないが、にしてもだ。一件も目撃情報がないのはさすがに意味わからん。
いま侵略者はどこにいるんだろうか。わからないのが一番怖い。
有能な戦力のスカウトと並行して、侵略者の情報収集もやっていかないとな。
「ファウスト、ヒダ素材は順調に増えてる」
「そうだね」
創造する力の扱い方にも慣れたもんだ。昔のようなイージーミスはしなくなった。何気に【エア・シップ】の創造が俺の技術を飛躍的に高める鍵になったような気がする。いままでは質の高い一点物を造ることが多かったが、【エア・シップ】のように超大型なボディ、似たような素材が大量に必要となれば、求められる能力も変わってくる。再生可能エネルギーによる均一された規格の製品の大量生産。これが創造する力を次のステージへと高めてくれる鍵だった。
「少し目を離しても大丈夫そうだから、行ってみようか」
「うん!」
おっ、嬉しそうだなマンデイ。この子、アスナに懐いてたもんな。そういえばアスナもマンデイのこと大好きだった。相思相愛ってやつだ。会えたらいいが。
あ、移動用の小型飛行船【エア・シップβ】は自爆させてしまったから、また造らないとな。【大風車】の建築を急ぎたい気持ちもあるが、水の攻略は一年計画だし、あまり焦ってもしてもしょうがない。もし獣やデルアからの応援要請があった時に、小回りがきく小型の【エア・シップ】がないのも考え物だし。
というわけで新型の【エア・シップγ】の創造を始めた。性能は前機とほとんど変わらない。迎撃用の大砲や充電のシステム、比重の軽い気体で満たした層による浮力の獲得、自爆用のシェイプ・チェンジ。
ただβに積んでいた毒のストックは爆発と共に
しょうがないから毒霧は諦めて別の攻撃手段を搭載してみた。
足止め用の電気の網、それと空気の破裂による風圧で肺を押し潰す兵器である。そのうち魔力や毒に余裕が出来ればまた毒霧を仕込むとしよう。毒は弱個体にも強個体も刺さってくれるから汎用性が高くて使いやすいし、用法容量さえ守れば他の兵器よりもメリットが多い。
三機目の【エア・シップγ】が仕上がったのは充分なヒダ素材が揃う一歩手前という段階だった。
とりあえずいま手元にあるヒダ素材を海に面した岸壁に貼り貼りして、魔力タンクに接続。変な生き物にイタズラされるリスクを考慮し、ヒダ素材に栄養はないし、苦い味にしているからたぶん大丈夫だと思う。これで大型の初号機【エア・シップ】とヒダによるエネルギーの確保が可能に。これで備蓄されたエネルギーで風車を造ってしまえば基地造りはほぼ完了する。
俺の戦略、創造する力の運用は非常に地味な作業の繰り返しだ。まるで勇者感がない。せっせせっせと素材を造り、それを半日かけて貼りまくるわけだ。いくらなんでも地味すぎ。
引きこもってた前世では、よく妄想をしていた。妄想や空想は味気ない生活から現実逃避させてくれるいいスパイスになっていたのだが、生まれ変わり、勇者的な立場になっても俺の本質は変わらない。地味な生活から脱却した生活を妄想したりしている。
単調作業、ヒダ素材が造られていくのをただ漠然と眺め、マンデイと世間話をしたり、あっそうだ、最近戦闘訓練もしているんだ。いつも一方的にボコボコにされてるけど。そんなことを繰り返していると、ふと理想の勇者像みたいなのが頭のなかに浮かび上がってくる。キラキラの鎧、伝説の剣、美しくてエロい味方、忠実な家臣。その世界線で俺は誰からも慕われていて、なんの苦労もせずに魔王を討伐する。地味さとは無縁。
妄想のなかの俺は、なんでも出来るがなにも出来ない器用貧乏の権化のような男ではないのだ。剣を振れば歓声。ニコリと笑えば歯からはキラキラと星がこぼれる。
「ファウスト」
「うん、準備は出来てる」
確かに理想とは程遠い。でも前世よりはマシだ。なんたってここにはマンデイがいる。
「毒ノ備蓄ハ?」
「いらない。小メロイアンはかなり治安が悪い所みたいだから速攻で戦闘になるかもしれん。毒の備蓄より体力を温存しておいた方がいい」
「わかっタ」
マグちゃんもいる。
そして……。
いってらっしゃい、もう帰ってこないでいいよ。みたいな顔で俺達を見ているハク。
「おい、ハク。お前も行くんだぞ?」
はぁ、マジ言ってんのコイツ。ガッテムなんだけど。超ガッテムなんだけど。みたいな顔だ。
「もしかして留守番するつもりだったの?」
ったりめーだろうがガキがよぉ。凍らすぞ? カチコチにすんぞあぁん? って感じの雰囲気。
「ダメダメ。ダメに決まってんじゃん。ここにいてもご飯ないよ? それに水の戦況が悪化して巻き込まれるかもしれない。いいの?」
クソ。しょうがない付き合ってやるか、って目をしている。
「よし。行こう」
ハクはアレだな。プライド刺激されたりしたり、うっかり怒りのツボに触れたりすると凄いパフォーマンスをするんだけど、いつもは面倒臭がりの女王様だ。そして最近は特にその傾向が顕著。どこで育て方を間違ったんだろう。
早速、新しい船【エア・シップγ】に乗り込む。地図は頭に入ってる。おおよその街並みの映像もユキから送ってもらった。でも……。
『小メロイアンに行くのはいいんだけどさ。まずどこを目指せばいいんだろう。俺、なんの
やっぱ肝心なところが抜けてるな、俺は。
かなり治安の悪い街であり、猛者が集まる場所、非合法な商売が横行する環境。俺が知っているのはそれくらいだ。それなりに武装はしていくつもりだし、警戒を解くつもりもないが、小メロイアンでどう立ち回るべきかくらいは訊いておくべきだった。
『メインストリートの廃人通りにある飲み屋で情報を収集すればいい』
俺の通信に答えてくれたのはマンデイ先生。
『それもルゥの本に書いてあったの?』
『ユキに教えてもらった』
即答である。
いつの間に……。
『貨幣はデルアと一緒?』
『デルアの貨幣は価値が低い。鉱物、特に
『何グラム単位?』
『十グラムもあればひと月の宿代になる』
『了解。情報は金で買い取ろう。ちなみにそれもユキ情報?』
『いや、クラヴァン』
それこそいつの間に、だ。いつ話してたんだろう。久しぶりだな、この感覚。なぜか不思議と浮気された夫の気分になるやつ。
ん? ちょっとまてよ……。小メロイアンの話が出たのって確かクラヴァンと別れた後だったような……。
『いつ話したの?』
『ルゥとは違った新鮮な情報は常に収集していた。今後ファウストが世界に進出する時に情報がなければ困るから。そのなかに小メロイアンの話も出てた』
『助かる』
マンデイはやっぱり有能だ。隙がない。
『クラヴァンに変なことをされなかった?』
『足を触られた。顔が気持ち悪かったから指を折った』
『折ったのは指だけ?』
『そう』
『今度はアバラもいっとこう』
『うん』
小メロイアンまでの旅路は平穏そのもの。獣の土地の上空も通る必要がないし、というか避けて行ったし、イバリとの出会いみたいなハプニング的なものもなかった。まぁこれが普通なのだろうと思う。
【エア・シップ】系の飛行高度はかなり高く設定してある。本来そんな場所に生き物はいない。イバリみたいに興味本位で接近してくるか、狩る目的で襲ってくるか、あるいは国土防衛の目的で攻撃してくるか。本来ハプニングが起こるとしたらそれくらいなのだ。
小メロイアンの近くの山岳地帯に【エア・シップγ】を降ろす。イタズラされたりしたら困るから、三時間くらいかけて山賊ホイホイを設置。具体的には落とし穴や飛び出す毒針、電気の網、ピアノ線、丸太でコツン、飛ぶナイフ、ギロチン、風の爆弾、そんな感じ。これなら大抵の山賊はホイホイされるだろう。一応善良な生き物が罠にかからないように注意書きを立てた。
『罠があるから【エア・シップ】には近づかないでね。死ぬよ?』
よし、完璧だ。
「ていうかいま思ったんだけど、メインストリートが廃人通りってネーミングセンスがぶっ壊れてるね」
「他にもアルコール依存症の患者がのうめき声が絶えないラム通り、娼館が建ち並ぶ梅毒通り、幻覚を見てる人々が死霊のように歩く楽園通りがある」
えぇっと……。
「本当にアスナたちはそんな場所にいるの?」
「わからない」
アスナには会いたい。でも、もしかすると再会しない方が幸せかもしれない。
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