第137話 セカンド
「で、そちらの様子はどうですか?」
(よくないのう)
「と、言いますと?」
(うむ、それがのう)
獣が支配する
フューリーの盟友ガンハルトはかなり求心力のある個体だったらしく、彼の裏切りに追従した者は相当な数に上っていた。このままでは戦争になる。そう考えたフューリーは敵対する勢力との講和を目指した。
とはいえ裏切りの旗頭であるガンハルト亡き現在もフューリーとバッチバチにやり合うような気骨のある者は少ない。だがゼロではなかった。
(オーク系、モグラとネズミの獣人の一部、そして面倒なのは國呑みと呼ばれる双頭の大蛇が敵方に回ったことじゃのう)
オークは確かフューリーの盟友ガンハルトの種族だったか。
モグラの獣人は裏切りを主導したハリネズミのエイチという個体がいたはず。
その辺の関係でフューリーと和解できなかったのかもしれない。この辺はあんまり脅威じゃなさそうだけど、どうだろうか。
ハリネズミって強いのかな。わからん。
オークってどれくらいやれるんだろう。なんかイメージ的に強そうな感じはあるが。
「裏切り者の処分は?」
(……)
「しなかったんですか?」
(うむ)
「さよならって見送っただけ?」
(そうだな)
渋い顔をするフューリー。その表情だけでわかる。彼のなかでも強い葛藤があったのだろう。
フューリーはナイスガイだ。強くて賢く、優しい。非常に付き合いやすい性格をしている。至極まっすぐ育った、気持ちのいい生き物である。
だが良い側面の影には必ず負の側面もあるもので、ナイスガイで優しい彼は、非情になれない。
俺なら……。
いや、俺も似たようなもんかもしれん。マンデイやマグちゃんが敵方に行くと知っていても、その背中を刺すような真似は、たぶん出来ない。
ガンハルトがいきなり攻撃した時、フューリーはどんな気持ちだったのだろう。友を手にかけた時は。そしてかつての仲間が去った時、なにを考えていたのだろう。
想像もつかん。
「そうですか」
(すまない)
「謝る必要はありません」
きっと、俺とフューリーの弱点は似ている。だから六体いる代表者のなかでも一緒にいる時間が長いんだと思う。一緒にいて不快にならないから。
「ところで國呑みとは?」
(かつて亀仙は奴が敵に寝返ることを予言していた。国を呑むほどの巨体、激しい性格のヒュドラじゃのう。多い者は百近い頭をもつが、奴は二つだけ)
ヒュドラ……。
「裏切るとわかっていたのなら、どうして野放しにしていたのです?」
(未来は確実ではない。奴が敵に渡らない未来も存在しておったのだ)
「国を呑む大きさ……。怪獣大戦争がはじまりそうだ」
(かいじゅう……、なんと言った?)
「いえ、こっちの話です」
よりによってそんな奴が敵に……。
正面からは戦いたくない。毒でやるしかないか? いや、必ずしも俺がやる必要はないよな? 誰か適任がいれば、俺はサポートに徹して処理を任せてもいいかもしれない。
「あ、そういえばジェイさんの家族や親族はどうなりました?」
(ジェイの一族は残った)
それは朗報。ジェイの家族の命を奪うなんて鬱展開はごめんだ。
國呑みはワシルやムドベベ、アレン君みたいな怪獣枠になんとかしてもらって、モグラの獣人やオークは毒でも盛れば数がいても大丈夫かな? そんなにうまくいくとは思えないが、まぁいま考えてもしょうがないか。
怪獣枠、増えたなぁ。
これ以上増えないで欲しいが、これだけだとも思えない。世界の荒廃がもっと激しくなったら世界に点在する不干渉地帯とかも絡んできたりなんかして、その主である怪獣がわんさか登場したりして……。
はぁ。
考えただけでも疲れる。
(それとのう)
なんだ? いつになくシリアスな感じ。嫌な予感がする。
「なんです?」
(亀仙が死んだ)
「はい?」
獣に反乱分子が生まれたのとほぼ同時期に亀仙の予知の精度が著しく低下した。
原因はすぐに判明。
敵方に予知を盗み見られたり、
彼は考えた。敵に情報を与えないため、自らの予知のせいで味方を傷つけないようにするにはどうすればよいかを。
「自殺したんですか?」
(いや、違う)
亀仙は眠ることにより神の世界に干渉し、予知を得ていた。
「もしかして眠るのを止めた?」
(うむ。周囲の者がなにを言おうと決して眠らなかったそうじゃのう)
気合で起きてたのか。なんちゅー精神力。
亀仙は種族的に長寿であるが、それだけではなく、個体としての能力に恵まれていた。稀代の魔術師ル・マウと一緒のパターンである。
ただでさえ老いのために多くの眠りを必要としていた亀仙。不眠は老いた体を容赦なく痛めつけた。
(眠らなくなってからは早かったのう)
まず脈に不整が起きた。周囲の者は亀仙に眠るよう勧める。だが彼は眠らない。しばらくすると泡を吐き、痙攣しはじめた。
最後まで周囲の制止を無視し、半死半生のなかでも意識だけは保ち続け、そのまま絶命。
壮絶である。そんな死に方をした生き物が他にいるだろうか。千年近い期間、獣のトップに君臨し続けた個体。普通じゃない。
「凄まじい生き物ですね」
(うむ。それが獣の頭だった)
フューリーをしっかりと保護、育成し、獣を守り続けた賢い生き物。最後まで獣のため、世界のために生き続けた生き物。
「亀仙の生き様こそ代表者として再構成された生き物の正しい姿なのかもしれませんね」
(とても真似できそうにないがのう)
「それは激しく同感します」
俺もそうあるべきなんだろうな。だが、どう考えても無理だ。死ぬまで眠りを拒絶する? 無理無理。
(それで、水はどうなっておる?)
「今代の代表者ワシルと先代の代表者カトマト対侵略者に感化された生物が対立しているようです。戦力を確認しましたが、とても我々がいますぐに手を出せる感じじゃありません」
(どうするつもりだ?)
「策はあります。ですが発動までに一年近くかかりそうなので、それまでは待機する感じですね」
(なにをするつもりなのだ?)
「それはフューリーさんが相手でも言えません。どこから情報が漏れるかはわからないので」
(そう言われると気になるのう)
「すみません」
開発中の兵器の情報がどこから漏れるかわからない。フューリーがなにかのきっかけでポロッと言ってしまったら、そこですべてが終わる。情報統制は絶対だ。
「というわけでしばらくは水の領地、この場所に留まるつもりなので戦力がいる時は言ってください。兵器開発には週に二回くらいここに戻ってこれれば充分ですから、それなりに動けます」
(うむ。そうしよう)
「あ、それとフューリーさんの心の支えを失った時にこういうことを言うのは申し訳ないのですが、亀仙の遺体はどうされましたか?」
(獣は風葬をする)
「燃やすことは出来ませんか?」
(理由による)
「不干渉地帯の内部でルゥの遺体が盗まれました。おそらく死霊術師ドミナ・マウの死体を持ち去った人物の仕業かと。もしかしてガンハルトさんも風葬に?」
(うむ)
「他者の死生観や宗教観に踏み込むような真似はしたくないのですが、風葬や土葬は死者の体を利用される可能性があります。今後は灰になるまで燃やして欲しいのですが……」
(うむ。そうしよう)
「本当に申し訳ない」
(構わない)
それだけ言ってしまうと、フューリーは虞理山に帰ろうとした。
戦いから戦いへ。
真の勇者たるフューリーはまた新たな戦場へと向かわなくてはいけない。
内政だ。
わかりやすい敵がいるシンプルな状況よりもよっぽどタフな戦いになるだろう。フューリーには立場もあるし、保護すべき生物も多い。どっかの洋服屋さんとは違って忙しいのだ。
だが。
「ちょっとまってください」
(どうした)
「確認したいことがあるのですが」
(なんだ?)
ここ数日間。
具体的には獣の空中戦力とケンカする前後、俺は単調な創造ばかりをしていた。発電機に必要な大量のヒダ素材の創造だ。
シンプルな作業中、色々と考える。不干渉地帯に残してきた愛する息子のことや、次にマンデイがごねた時用の鈍器、絶対に死なない侵略者の命を奪う方法、そして、この世界の過去。
そして一つ疑問に思ったことがある。
「先程話題になったヒュドラ、國呑みですが、それは同種のなかで圧倒的に大きな体をもつ個体という認識で構いませんか?」
(ん? それがどうした。確かに一際巨大な体じゃがのう)
「オークとモグラの獣人の一部が敵対したのは理解しました。しかし種族という枠に囚われず、個として敵方に渡った生き物もいる、違いますか?」
少し考えた後、フューリーは答えた。
(うむ)
「それも一匹や二匹ではない。どうですか?」
(そうだな)
「その中でフューリーさんは國呑みを強調した。それはその個体が際立って強力だから。今後、我々の脅威になるから。そうですね?」
(うむ。その通りだが)
いかん。なにが言いたいんだコイツはみたいな目で見られている。確かに少し迂遠だった。
「実は最近、この世界の過去の出来事を調べていたんです。まぁ調べたと言っても適当にマンデイとダラダラ喋っていただけなんですが」
(うむ、それで?)
「僕やフューリーさんのような各世界の代表者を再構成した時、その余波を受けて強力に仕上がった生き物がいるそうなのです。僕は彼らを二番目の個体【セカンド】と名付けました。過去の再構成の時代、明暗の聖者ワトと同時期に高位の悪魔アゼザルが誕生し、女王アシュリーとおなじ時代に希代の魔術師ル・マウが存在していました。代表者が再構成されたのと同時期に【セカンド】は生まれます。獣の國呑みも他のヒュドラと比べて際立って強力なら、我々の再構成の余波を受けて誕生した生き物の可能性が高い」
(言われてみればそうかもしれん)
「ですが、この話には続きがあるのです」
(と、言うと?)
「おそらく【セカンド】は複数体います」
ル・マウの記録をほぼ読破したマンデイは、ルゥと同時期に存在していた特別な生き物についての記事にも目を通していた。他の時代にはいなかった強力な生き物。特殊な能力。巨大すぎる体。
「心当たりはありますか? 他の時代では考えられない際立って高いポテンシャルをもつ個体です」
(ガンハルトが恐らくそうだったのう。他のオークとは比較できないほどの巨躯、そして腕力)
「他には?」
(ないでもない)
やはりか。
となると人のなかにもベルちゃん以外に【セカンド】が潜んでいるかもしれない。
疑わしい人物筆頭はドミナ・マウを操っていた奴だ。何人かの術者を潰したがその後ドミナ・マウの死体がなくなり、ルゥの体も盗まれた。これまでは複数人でドミナ・マウの死体を操作することで、生前と比較しても違和感のない複雑な死霊術を行使していたと仮定していたが、あるいはその術者が【セカンド】で、一人で非常識なレベルの死霊術を使っていたのではないだろうか。例えば生前のパフォーマンスをすべて引き出すような。
ファンが言っていた新しい魔術の潮流をつくった人物も怪しい。ヨキの父親、剣聖ヨジンはどうだろうか。時代的には違うかな。でもルゥの記録のなかにも時系列がおかしな超人がいた。ないとは言い切れない。
「フューリーさん。僕、侵略者とどういう種類の戦いをしているのかが理解できたかもしれない」
(うむ)
この戦いの本質はおそらくスカウト合戦だ。
最終決戦が……、もしそんなものがあるのなら、だが、そこに行きつくまでに、どれだけの戦力を集められるか、それも雑兵ではなく【セカンド】やそれに近い生物を集められるかにかが勝負を決める。
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