第136話 オ便リ

 拝啓、獣の代表者フューリー様


 時下益々ご清栄の事とお慶び申し上げます。


 最近めっきり寒くなってきましたが、いかがお過ごしでしょうか。風邪などひいておられないでしょうか。混乱極まる情勢の渦中におられる貴方様のお身体が心配です。


 私の方はといいますと、少し心の風邪をひいておりますが、どうか御心配なさらず。


 お手紙でこういうことを書くと心優しい貴方のことだから、「ファウストは大丈夫か」「心の風邪? なんてこった」なんてお思いでしょうが、原因がはっきりしているので寛解に向かうのも時間の問題かと考察しております。


 実を申しますと私ファウストは、貴方様の戦友であられるムドべべ様の命を奪ってしまったかもしれないのです。あぁ、なんと嘆かわしいことなのでしょうか。


 「僕はファウストです。攻撃はしないで」


 私はムドべべ様にこう申したのです。私とムドベベ様のあいだにはそれなりの距離が御座いましたが、遠目であってもムドべべ様の勇ましいお姿は判然はっきりと判別できました。


 争いはなにも生まない。常々こう考えている私は勿論争うことよりも話し合いを優先しようと考えたのです。


 ですが、実に悲しむべきことにムドべべ様は私に向かって魔法を放ってまいりました。二度も! このままでは我が身が危ない。そう考えた私は断腸の思いで武器を手に取ったのです。


 私の攻撃が相手に当る度に胸が締めつけられるような気持でした。なぜこんなことをしなければならないのか。なぜ争わなければならないのか。


 流れる涙を拭いながら、私は戦い続けなくてはならなかったのです。そう、生きるために。


 すべてを終えた頃、私の心にはポッカリと大きな穴があいておりました。敬愛するフューリー様の同志の命を奪ってしまったかもしれないという自責。ムドべべ様だけではありません。私が討ち破った相手のなかにはフューリー様と親しい者もあったでしょう。友人や幼馴染もいたかもしれません。


 なんということをしてしまったのだ。私は自らの行いを恥じました。


 しかし、あの時戦わなければ、私も命を落としていたかもしれない。


 どうすべきだったか、その正解は未だにわかりません。


 もし私の罪を許していただけるなら、今度また、笑顔でお会いしましょう。


 敬具。



 追伸


 本当に悪意があったわけではありません。本当に申し訳なかったと思っています。新しく造ったスーツや兵器の性能テストをしたかったとか、戦っているうちにハイになってしまったとか、そういうことは一切ありません。本当に。




 書けた。中々の自信作だ。悪くない。


 「よし、送ろう。マンデイ、読んでみてくれ」

 「うん」


 もしムドベベが敵方に寝返っていて、俺を攻撃してきたのならなんの問題もない。正しいことをした。


 だが、マンデイの言う通り、ただ警戒して近付いてきただけだった場合、俺がしたことは最悪だ。【催幻弾】を使用したまではよかった。あれまでだったら被害は少なかったはずだ。だが【エア・シップβ】の爆発はダメ。確実にやりすぎた。


 爆発音は聞いていたが、敵方がどうなったかまでは確認していない。全壊まではいかなくても半壊くらいはいっている可能性がある。


 やらかした。フューリーを敵に回したら終わる。脳死特攻されて【再発生リ・スポーン】、そして【死の恩恵デス・ベネフィット】の最恐コンボ。不干渉地帯の主だった狂牛ハマドを一瞬で闇に葬ったあれだ。


 毒で弱らせても全回復されて、邪魔をしてもたぶん身体能力で振り切られる。こっちの戦略や性格もばれてるから、ゆっくり創造する時間なんて与えてくれないだろうし、楽な展開にならないのは火を見るより明らかだ。


 「追伸がいらない」


 マンデイの手紙の感想だ。


 「なに言ってんだマンデイ。その追伸が大切なんだ」

 「わざとらしい。過剰」


 マジか。なんなら追伸だけでもいいかなと思ってたくらいなのに。


 まぁいい。読書家のマンデイが言うなら間違いないだろう。削っとくか。


 デルアを出発した時に飛ばした【伝書鳩】はちゃんと届いたかな。返信ないから途中でダメになった可能性もある。今回も【伝書鳩】でお手紙する予定だが、もしかするとうまくいかないかもしれない。


 胃が痛い。ううう。


 願いを込めて【伝書鳩】を飛ばす。どうか届きますようにと。


 もし俺の行為のせいで獣と揉めるようなことになったら後悔してもしきれない。フューリーにはこちらの武器や戦略、秘密兵器のマグちゃんまで知られている。防衛するだけでも死ぬほど辛そうだ。ううう。ムドベベ相手に一方的に有利な展開を押し付けることが出来て調子に乗った。俺でもやれるじゃんヒャッハー状態になってしまったのが原因だ。


 アホである。度し難いアホである。


 「まぁ、悔やんでもしょうがないし創造でもしようかな」


 水の面々の武器を造っておこう。いまは色々考えたくないから、適当でいいか。ルドにあげた杖みたいなのとか強度のある剣とかで。俺産ってだけでもそこら辺の奴が造った物とは段違いの性能みたいだしな。


 そんな感じで丸一日が経過した。俺の手紙が届いていても届いていなくてもおかしくない中途半端な期間だ。その間、ちまちまと【大風車】のパーツや水の生き物が使える武器を創造していたのだが、そんな折、唐突な来客が。


 彼はまるで立ち飲み屋の暖簾のれんをくぐるような気安さで、フラッと現れた。


 いま一番会いたくない相手、フューリーだった。


 「フ、フ、フ、フューリーさん? き、き、奇遇ですね。こ、こ、こ、こ、こんなところでお会いするなんて」


 処される。


 俺が真っ先に思ったのがコレ。絶対に処しに来たんだ。市中引きずり回しの上、ズタボロのミンチ肉みたいにされて、打ち捨てられるに違いない。


 (奇遇? 我はファウストの便りと天狗のイバリの亡命を確かに受けたと報告をしにきたのじゃがのう)

 「そ、そうですか! それはよかった!」


 ムドベベの件じゃなかったか。二通目の【伝書鳩】はまだ届いていないようだ。よかった。まだ俺は死ぬ運命さだめではなかったみたいだ。


 「報告ありがとうございます」

 (うむ)

 「申し訳ないのですが、僕もそれなりに忙しいので、この辺で失礼つかまつろうかな。どうもありがとう。それではまた。ご機嫌よう」


 と、【エア・シップ】に戻ろうとすると、マンデイに止められた。


 「ファウスト、フューリーに言うべきことがある」


 ちっ、余計なことを。


 処されるぞ? いいのか? 俺たちまとめて処されるぞ?


 (言うべきこと、とは?)


 うわぁ。絶体絶命だ。もう終わり。短い人生だった。


 「直接言うのははばかられるので、またお便りを出したのですが、まだ届いていなかったようですね」

 (言うてみよ)


 はい、詰んだ。おてんばマンデイのせいだ。俺が死んだら枕元に立ってやる。


 「実は……」


 そりゃもう謝った。


 デルアの国宝【ブルジャックの瞳】を破壊した時の謝罪がちんけに思えるほど謝り倒した。一世一代、生死をかけた全力の謝罪だ。


 だが俺が懸命に謝っているというのにフューリーの野郎、あろうことか突然に笑い出したではないか。


 「なにがおかしいんです?」

 (ふふふふふ。ふははははは)

 「ん?」


 なるほど。


 可哀想な犬っころ。戦友ともを失って気が触れたか。こりゃいよいよ処されるな。それも中世ヨーロッパみたいな残酷な方法で。


 (すまんすまん。あまりにもジェイの言う通りの反応だったもので、可笑しくてのう)

 「はい?」


 ますますわけがわからん。


 「説明してもらっても?」

 (うむ。それがのう……)


 一通目の俺が出した【伝書鳩】だが、あれはしっかりと届いていた。だが獣は【伝書鳩】で返信するには問題があった。


 彼らに細胞を正しく取り扱う知識がないことだ。


 手紙の返信はジェイが担当したのだが、【伝書鳩】はジェイの周囲をクルクルと飛び回るだけで一向に水の領地に行く気配がない。返信用に同封していた俺の細胞を【伝書鳩】に食べさせる段階で、ジェイの皮膚片かなにかが混入したようだ。


 フューリーが直々に俺のいる水の領地まで来るという案も出たそうだが、獣の情勢も不安定だったため、見送った。


 そんな折、未確認飛行物体を発見し、警戒に向かった獣の空中戦力がズタボロになって帰ってきたではないか。


 聞けば、見たことも聞いたこともない生き物が、見たことも聞いたこともない攻撃をしてきたと言う。そしてやたら速い生き物が高速接近してきて、正気を失ったと。


 ――ファウストね。間違いないわ。


 ジェイが言う。


 ――しかしジェイ、話に聞く限りでは随分と戦略が違うのう。あるいはまったく別の生き物ではないだろうか。


 ――いや、ファウストよ。


 ――なぜ、そう思う。


 ――こういう時の女の勘は絶対に外れないの。今回はムドベベが威嚇で魔法を撃ったのよね? 先に。


 ――うむ。そう聞いておる。


 ――フューリー、内政のことはいいから、いますぐにファウストのところへ行きなさい。


 ――なぜ。


 ――本当に察しが悪いのね、アンタって。


 そう言ってジェイは説明を始めた。俺に固定されたスタイルがないこと、とんでもなく速い生き物がマグちゃんであることを。


 そして獣にはもう一つ別の事情があった。


 遡ること数日前。イバリという天狗が獣に亡命をしてきた。


 空を飛ぶ生き物の相手は空中戦力、そしてそこのエースはかつての不干渉地帯の主だ。一応注釈を入れておくと、こいつがすっごくアホなのだ。


 力加減とか記憶力とかそういうのが全部バカになってしまった気の毒な鳥は亡命者イバリに対しても、俺に使ったようなアホ火力魔法をぶっぱした。どれくらいの火力だったかというと、イバリの子供が死にかけるくらいだ。


 フューリーはムドベベを叱責した。その一件は幸いにも死者を出さずに終えたのだが、超ド級のアホであるムドベベは懲りない。またおなじ過ちを俺相手に繰り返したのだ。


 ――いい? 面会しに行った時に、もしファウストが穏やかで優しく接してきたのなら裏がある。敵に寝返ってるわ。油断させて眠らせるなりなんなりして、アンタの能力が切れるタイミングを見計らって殺すつもりよ。でももし挙動不審、罪悪感にさいなまれているようだったら許してあげなさい。それくらいの度量はあるでしょう?


 ――許すのは構わん。


 ――ファストが罪悪感にさいなまれてたらたぶんこんな風になるわ。フ、フ、フ、フューリーさん? き、き、奇遇ですね。こ、こ、こ、こ、こんな所でお会いするなんて。


 ――ちょっと想像がつかんのう。


 ジェイはよくわかってらっしゃる。獣で敵に回しちゃいけないのはフューリーよりジェイかもしれない。


 (深手を負った者はいたが幸いにも死者はおらん)

 「そうですか、よかった」

 (にしてもファウスト、誰も殺さずに済ませるとはさすがだのう)

 「いや、わりと全力でやったんですが……」

 (一方的だっと聞いておる。お主は敵に回したくないものだのう)

 「僕もおなじことを考えていますよ。子機三つと【エア・シップβ】の自爆を切って誰も命を落とさない軍勢とは、やりたくはない」


 よかった。とりあえず処されずに済みそうだ。

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