第135話 ザマァ

 これだけの数を相手にするのはドミナ・マウが操っていた飛竜と対した時以来だ。


 あの時はムドべべ様が味方にいたが、いまはいない。だが死体じゃないから毒は有効。


 毒が使えるからすごく不利ってわけでもないし、ムドベベみたいな助っ人がいないから、そこまで有利でもない。そんな感じか。


 『マグちゃん、俺の影に隠れながら敵に接近して。もしあれが敵の軍勢だと判明したら、倒せそうな奴から倒していこう。これだけの数だから神経毒で動きを止めると言うよりは錯乱させる毒の方がいいかもしれない。戦況を混乱させよう。抑えられそうならそれがベストだけど、ダメそうなら【エア・シップ】に充分に引きつけて、毒霧をお見舞いする。ないとは思うけどマグちゃんより速い奴がいたらすぐに退いていい』

 『わかっタ』

 『準備はいい?』

 『うン』


 子機を展開。


 新スーツの出番だ。


 【カラス】は正面から殴り合うという選択肢を捨てた、どこまでも汚いダーティーなスタイルだ。


 本当は勇者らしく自前の電気や風の魔法で戦いたいのだが、それらの攻撃手段は本当に強い生き物が相手だと火力に欠ける。俺はフューリーやワシルとは違う。なんでも出来る。でもなにも出来ない。


 さすがにこの数だと【エア・シップ】が取り囲まれるリスクがあるかな。


 まえに出ないことにはマンデイたちの安全は確保できない。とりあえず数を削らないと。


 【エア・シップ】を狙う敵の数はしっかり管理していこう。一気に潰されるのが怖い。


 それに【エア・シップ】が高高度を飛行しているのも嫌な感じだ。【ダイバーN1】を使用する展開になった時、地上までの距離が長ければ、その分敵の攻撃を受ける機会が増える。


 ということで創造する力を使い、【エア・シップ】の高度を下げた。


 『マグちゃん。出るよ』

 『うン』


 鳥に食われて死ぬのは嫌だ。冷静にいこう。


 近づいてみると、接近してきたのは鳥の群れで間違いなかった。


 多様な種がひとつの群れになっている感じ。野生でまとまった群れというよりは、何者かの指示で合理的に動いている集団という印象を受ける。


 これは何気に面倒臭そうだ。一つの種の群れであれば攻略も比較的楽なのだが、こうも雑多だと考えることが増える。


 近付きたくない。


 『あれが敵だったら、まずは墨を吐いて敵の視界を奪おうかな。マグちゃんはやれそうな個体を錯乱させよう』

 『わかっタ』


 と、戦闘態勢に入ろうとしたのだが、あることに気が付いた。


 敵の群れの先頭に、やたら群れから離れて飛んでいるせっかちな鳥が一羽いるなと思っていたのだが、よく見るとその鳥は群れの中央を飛行していた。


 どういうことか。錯覚である。


 一匹がやたら群れから離れて突出して速くとんでいるのではなく、やたら体がデカかったのだ。そしてその顔にはよーく見覚えがあった。


 『ムドベベ?』

 『うン』


 マズい。実に困ったことになった。あれが味方ならいい。だがもし敵に感化された状態だったらとても困る。


 ただでさえ数で負けているのにムドべべまでいたら敗戦濃厚。といって退く判断をするにはやや遅い。


 『マグちゃん。風の広範囲攻撃は絶対に食らうな。土魔法もダメだ。食らったら一発で終わる。とにかく回避。なにがなんでも回避』

 『わかっタ』

 『俺一人で接触してくるからマグちゃんは子機の影に』

 『うン』


 神様仏様ムドべべ様、どうか敵ではありませんように。俺のことを記憶していますように。


 とりあえず接触。


 ムドべべの頭蓋骨には、デルア戦の時に通信機を埋め込んでいる。もう少し近付いたら通信圏内に入るはず。


 『ムドべべ様! 僕です! ファウスト! 敵ではありません。攻撃はしないで下さい』


 ……。


 あれ? おかしいな。ムドべべ様の周囲に魔力の歪みが。


 ダメか。


 やっぱ憶えてないみたいだ。アホ鳥め。


 いや、憶えているが侵略者に感化されたせいで俺を敵だと認識している可能性もあるか。


 どっちにしろだな。どっちにしろこのままボーっとしてたら吹き飛ばされてジ・エンド。抵抗しつつ状況を見極めよう。アホ鳥がただ忘れているだけなのか、それとも感化されておかしくなっているのかを。


 『マグちゃん、暴風のモーションだ。俺の近くに。想像より遥かに強いから、しっかり踏ん張るよ』

 『うン』


 来る。


 風で壊れないように展開していた子機をスーツに戻し、マグちゃんを俺の胸のなかに隠す。


 『マグちゃん、食らった折れるから羽をたため』

 『うン』


 正対するのは久しぶりだ。距離があるからまだ精神的に余裕があるが、近付くと威圧感でメンタルがやられる。焦ってしまう。


 何度やっても慣れないだろうな。デカい生き物と戦うのって。


 ムドベベが羽を振る。暴風だ。


 奴が使う魔法は何度か見たが、その度に範囲の広さと規模のデカさに驚かされる。天然の蓄電池。フィジカルエリート。ああいう体に生まれたかったもんだ。


 風の流れを読み、自分の風魔法で周囲の風をコントロールする。真正面から受けようなんて考えてたら大けがをしてしまう。受け流していなす。これが唯一の正解。


 『ムドべべ様。僕! ファウスト!』


 Gyoaaaaa!


 ダメだ。完全に敵対視されてる。


 『マグちゃん、退くぞ』

 『わかっタ』


 無理なことはしません。


 『マンデイ、まだ敵との距離があるから【エア・シップβ】から離脱してくれ。船は捨てていい』

 『うん』


 さて、俺とマグちゃんは足止めだな。なんとしてもマンデイとハクの退路を確保する。


 『最終警告です。すぐに攻撃を止めて下さい。でないと大変なことになりますよ』


 高度を落とすムドベベ。


 おっ、ようやく思い出したかとなったのも束の間、ムドベベの野郎、土魔法を使おうとしてやがる。


 アホめ。地獄をみせてやる。


 すべての子機を展開しても潰されるのは目に見えているから、二機だけ飛ばしながら敵に接近。そのうちの一機をシェイプ・チェンジ。


 ムドベベの魔法はデカくて強い。だから発生も遅い。


 その点、俺の使う兵器はいいよな。いつ使っても発生が早いもん。


 まずは視覚から頂くとしよう。



 【催狂弾さいきょうだん



 モチーフはイカやタコなどの一部の軟体類の能力、墨。本来の形状は液体。だが外気に触れると気体に変化し、爆発的に体積を増す。


 Gyoaaaa!


 この弾は一見すると唯の目眩ましや、こちらから意識を逸らすこと目的の仕掛けに見える。だが実際はそんな生易しいものではない。


 目や肛門、鼻粘膜といった敏感な部分に触れると、焼けたような痛みが走る。気が狂いそうになるほどに。とても我慢できるとは思えないが、我慢してずっとその場にいると皮膚がただれたり失明したりする。


 致死性の物ではない。だが密集して空を飛んでいたりすると……。


 もろに【催狂弾】を食らった敵の一部が落ち葉みたいに落下していく。


 こうなる。


 視覚っていうのは大事だ。特に飛竜隊や獣の空中部隊みたいに、群れて飛んでいる奴らにとっては。


 仲間との距離がわからなくなり、混乱し、衝突。翼を損傷すれば落下。それに巻き込まれた個体がまた一匹と落ちていく。


 汚い? こうでもしなければ生き残れないんだ。


 『マグちゃん、高度を上げるよ』

 『うン』


 敵のなかの誰かが風の魔法を使ったようで、【催狂弾】の霧が晴れていく。


 だね。


 俺がされてもおなじことをするもん。だが無駄だ。二本目の矢があるから。


 子機をシェイプ・チェンジ。



 【催咳弾さいがいだん



 今度はすっごく細かい粉。どれくらい細かいかというと、すっごく細かい。


 特徴は水分に触れると膨張する。どれくらいの膨張率かっていうと、すっごい膨張率。


 この兵器は大変だ。特にどういう時に大変かというと、玉ねぎをみじん切りにした後とか、花粉症で鼻水が止まらない時、あとは粘膜を刺激されるような兵器を使われた後とかね。


 【催狂弾】を受けた敵はその場から離れようと必死で移動する。呼吸をすれば苦しいから出来るだけ息を止めて動く。あえて黒く着色している【催狂弾】の範囲から逃れてやっと一息、大きく呼吸をする。するとどうでしょうか。敵の周囲に散布されていた【催咳弾】は面白いように敵の気道や鼻粘膜に触れるではありませんか。


 視覚を奪ったら今度は呼吸をさせないようにするって寸法です。


 『マグちゃん、小さいのを狙って』

 『うン』


 俺が指示を出すのが早いか、ブンっと消えるマグちゃん。


 そして、やっぱ何度見ても瞬間移動だなコレ、なんて考えているうちに戻ってくる。


 『やった?』

 『二十九匹』

 『上出来だ。逃げるよ』

 『わかっタ』


 体が小さいのに軍や国に重宝されている生き物っていうのはなんらかの能力を持っていたりする。例えば獣のジェイやうちのマグちゃんみたいに。そして体の小さな生き物のほとんどはマグちゃんの毒針を防ぐような外皮がない。刺したい放題だ。


 今回マグちゃんが打ったのは相手を錯乱させる毒。狙ったのは毒の量が節約できる小さな個体。


 ようやく呼吸が出来るようになったと思ったら今度は味方が攻撃してくる。いいですか? こういうのを地獄絵図といいます。


 念のために最後に一発やっとくか。


 子機をシェイプ・チェンジ。



 【催幻弾さいげんだん



 これはマグちゃんの使う錯乱する毒を持ち運び簡単、楽ちん吸入タイプにしたもの。直接注入するやつよりも効果は数段落ちるが、範囲は広い。ダンスパーティーなんかに打ち込んだら最高にクールでホットになりそうだぜ、っていう弾である。


 『よし、退くよ』

 『わかっタ』

 『マンデイ、ハクと合流しといて』

 『うン』


 魔力タンクなんかを積んでる【エア・シップβ】をそのまま空中散歩させていたら、敵勢力に奪われて利用され、脅威になる可能性がある。


 ピンチになって、【エア・シップ】をどうしても捨てなきゃいけない展開になっても、敵に利用されたらどうしよう、なんてことで悩むのは嫌だ。


 ということで自爆機能をつけています。


 【エア・シップβ】の一部をシェイプ・チェンジし、自力で飛べるように変形。振動で爆発するように設定して、絶賛混乱中のムドベベに向けて飛ばした。


 さようなら、ムドベベさん。




 ざ、ざ、ざ……。


 ざまぁぁぁぁあああ! 俺を裏切ったお前が悪いんだよ?


 ざ、ざ、ざま、ざまぁぁぁぁああああ!


 【エア・シップβ】が起爆したのは俺がマンデイたちと合流した時だった。


 もの凄い爆発音と衝撃。そして空にはなにもいなくなったとさ。


 めでたしめでたし。


 いやぁ決まった決った。やっぱり戦闘メインの【鷹】より、嫌がらせに特化した【カラス】の方が向いてるわ俺。


 なにが主だアホめ。


 ざまぁぁぁああああ!


 「ファウスト」


 と、マンデイ。


 「なに」

 「ムドベベがファウストのことを忘れているだけだったらどうする」

 「いや、だって通信機で警告もしたのに攻撃してきたし」

 「通信機を入れたことを忘れていたら」


 そんなバカな。


 「まさか」

 「ムドべべが通信機のことを忘れているだけだとしたら、ファウストは未知の方法でコンタトをとってきた、ただの不法侵入者。この微妙な時期にそんな生き物をなんの検査もせずに自国に入れるはずがない」


 まさか……。


 「で、でも魔法を使って来たじゃん!」

 「拘束するには相手を弱らせる必要がある」


 ……。


 「俺、なんかやっちゃいました?」

 「最後の爆発は余計だった」


 あっ、そうっすか。どうもすみません。

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