第134話 剣 ノ 舞 Ⅰ
◇ 剣 聖 ◇
―― 草 原 ――
「お父様。このままでは……」
「業、か」
数えきれないほどの人を
「ヨシュ」
「はい」
「マヤはまだ帰ってこないか?」
「消息すらわかりません」
ここまで追い込まれたのはいつ以来だろうか。まさか自分の息子が敵になるとは。
アマル……。
私はどこで間違ったのだろうか。いまお前が生きていたのなら、なにを言うだろう。愚かな私に。
「剣を」
「お父様!」
「伝えろ。私が敵の足を止めている間に小人の国に逃げよと」
「私も行きます」
「いや、止めておけ」
「なぜです!」
ヨシュ、本当にいい息子に育った。
「お前は未来だヨシュ。これからのセルチザハルを背負わなければならない」
「私などがお父様の役をこなせるはずがないではないですか!」
「私もかつてはそうだった」
「しかしっ!」
私はヨシュを抱いた。なにも言わずに、ただ抱いた。
「お父様……」
「草原の魂を。草原の血を絶やすな」
「はい……、お父様」
肉体は老いても、かつては剣聖と呼ばれた男。私の家族の退路は私が開く。
「おう剣聖、大変そうだな」
ドルワジか。
「我々は草原を離れる」
「そうか。俺らも離れることになったぜ」
「あぁ」
「ちょっと話を聞かせてもらったが、お前さん、一人で敵を止めるつもりだろう」
「そうだ」
「俺にも行かせろ」
「行けば死ぬぞ」
「構うもんか。ハレルはもう一人前の族長だ。あいつがいればドルワジは安泰さ」
「そうか。私もいまヨシュに族長の座を譲った」
ガハハハハと豪快に笑うハヴォイ。
「もう思い残すことはないな、剣聖」
「あぁ、お前と共に戦うのは何年振りか。昔を思い出すな、ハヴォイの坊っちゃん」
「お、言いやがったなモヤシ野郎!」
「フッ」
「老人の底力、見せてやろうじゃねぁか」
「あぁ」
これが私の最後の戦いか。
「お父様、剣を」
「すまない」
愛剣【斬首】。
これで、いままで多くの敵を斬り伏せてきた。
「おいヨジン」
ハヴォイが剣を掲げている。
「草原に光を」
死、か。
「草原に光を」
◇ 飛 剣 ◇
―― デルア領内東部 ――
「ヨキさん」
「あぁ、わかってる」
急所は外してある。コイツの見ているまえで殺しは出来ん。面倒だがしょうがない。
「おい貴様ら。命は助けてやる。もう二度とこんな真似はするな」
「化け物が」
盗賊のリーダー格の男だ。結構な出血があったと思うんだがまだ口をきく体力があったようだな。
「よくわかったな。俺が化け物だと」
「クソ」
「恨むなよ。お姫様を守らなければならないんだ」
「なめ……、やがって」
このまま放っておけば血の臭いで獣が集まってくるだろう。
しかし、よく盗賊と遭遇する。やはり世界の均衡が崩れてきているか。
「ヨキさん、助けてあげましょう」
「コイツらを救えば誰かが殺されるぞ」
「……」
「一度闇に落ちた者はもう這い上がれない。ならず者はいつまでたってもならず者だ」
「本当にそうでしょうか。この人達だって状況が恵まれないだけで世界が安定すればきっと……」
「いつだ」
「え?」
「いつ世界は安定するんだ」
「それは……」
「それまでコイツらは誰かを襲って金品を奪い続けるだろう。無辜の民の命が奪われ、財が奪われる。それがお前の望みなのか?」
「でも……」
ちっ。こいつは本当に甘い奴だ。
「いいだろう。だが治癒は最低限だ。死ぬか生き延びるかはコイツら次第。それでどうだ」
「わかりました。それと私たちの財を少し分けてあげられませんか?」
くそ。
「なぜだ」
「お金さえあればこの人達も人生を立て直せるかもしれません」
「お前が金を振りまきすぎてもう蓄えがないぞ」
「鉱物はどうでしょうか。まだありましたよね?」
「路銀はどうする」
「なんとかして稼ぎます」
はぁ。
なぜ俺はコイツと共に行く道を選んだのだろう。
◇ 剣 姫 ◇
―― デルア領内北東部 ――
料理上手で愛想のいい小太りのご主人。見ているだけで気持ちが暖かくなるような人だ。
「ありがとうね、おじさん!」
「いいってことよ嬢ちゃん。あんたのお陰で
「でもいいの? 本当にタダで泊まらせてもらって」
「気にすんな金なんかより大切な物を貰ったよ」
そんな大袈裟な。ヤクザ者を何人か斬っただけなのに。
「またまたぁ〜あれくらいの奴らなら誰だって斬れるって」
「はははは。嬢ちゃんは本当に変わった子だよ。こうやって話している分には普通の女の子なんだがな。剣を握った瞬間に人が変わりやがる」
あら。失礼な。
「それじゃ私が人斬りみたいじゃない!」
「違うのかい?」
ん? 私って人斬りなのかな? でも実際に人を斬ってるし……。いやいや違う。人斬りになる所だった。
「人斬りって言うのは人を斬るのが好きで好きでたまらない人のことだよ、おじさん」
「そうか?」
「そうそう。私みたいに必要な時とか、悪人しか斬らない人は人斬りとは言いません。今回だっておじさんのためにしょうがなく斬ったんだから。誤解されるようなことを言わないでよね!」
「おう、すまなかった」
「私がどんな人かって尋ねられたら、どうしようもない悪人をしょうがなく斬った女の子って言ってね! いい?」
「おう」
うん。わかればいい。
「じゃあ、またね!」
「おっ、ちょっと待ちな」
「なに?」
「いま女房が嬢ちゃんに弁当を作ってんだ。もっていってやってくれ」
「え? いいの?」
「あぁ、もちろんさ。急ぐ旅でもねぇんだろ?」
「うん!」
やっぱり良い人達だな。助けてよかった。お弁当、中身はなんだろう。楽しみ。
「なぁ嬢ちゃん、いまからどこに行くつもりだい?」
「決めてないよ。出来れば強い人がいるところがいいな」
「強い? 強いって言って真っ先に思い浮かぶのは朱恩寺だな」
しゅおんじ?
「どんな所?」
「どえらく強い武僧が己の身を鍛え上げるために日々修行してる。剣の達人もいるって噂だぞ」
おっ、いい情報!
「どこにあるの?」
「デルア王国の首都、シャム・ドゥ・マルトの北側にシャム・ドレインって名の山脈がある。そこにあるぜ」
「武僧か……。いいなぁ」
行ってみようかな。修行にはもって来いって感じ。
「おっ、弁当が出来たみたいだ」
奥の方からトットットッと軽い足取りで駆けてくる音がする。元気で明るい音。
「お嬢ちゃん、これ、もってっとくれ」
「うん! ありがとう。おばさん」
「いいのよ、お礼なんて。お嬢ちゃんの好きな物をいっぱい詰めたから、悪くなるまえに食べなよ」
「うん!」
目的地も決まったし、愛情たっぷりのお弁当も手に入れた。嬉しい。こんなに幸せでいいのかな。
「あ、最後に一ついいか?」
「なに、おじさん」
「最近ここらは物騒だ。嬢ちゃんの腕なら切り抜けられるとは思うが、充分に気を付けるんだぞ」
「わかった! じゃあまたね!」
「ちょっとまて。まだ話は終わってない」
はぁ。
おじさん、親切で優しいんだけど話が長いんだよなぁ。玉に
「なに〜?」
「特に二人、注意しておいた方がいい奴がいる」
おっ! それは興味のある話題! 大歓迎!
「なになに?」
「一人は金髪碧眼の男だ。この男は半死半生のところを宿屋の女将に救われた。最初は穏やかな好青年だったのだが、ある夜、一変する。調理場の包丁を盗み、宿屋の主人、女将、客を皆殺しにした。その上、駆けつけた兵士も殺してる」
うぁお。それは凄い。
「なにせその男とやりあって生存した奴が少ないから情報も曖昧なのだが、その身のこなしや
「舞将?」
「デルア王国で最も美しい技をもつ者に与えられる称号だ。つまりそんな奴じゃないかと疑われるほどの実力があるってこった」
なにそれ楽しそう。
「その人はいまどこに?」
「おいおい、まさか探し出すつもりじゃねぇだろうな?」
鋭い。
「まさか! そんな危ない奴を探すわけないじゃん! で、どこにいるの?」
「さぁな。それは誰も知らない。金髪碧眼。美しい容姿をしているそうだ。とにかく気を付けろ」
「わかった」
金髪碧眼、いい男。憶えた。探してみよう。
「あと一人は黒髪長身、細い体で細い剣を振る剣士だ。黒い獣とえらく綺麗な悪魔を連れてるらしい」
「憶えた。で、その人がどうしたの?」
「行商やってる客の話だ。九流会っていう剣術一派があった。先制速攻、一撃必殺の剣で名を馳せた流派だ。その男はフラッと現れて言った。攻めの剣を学ばせろとな。とても教えを乞うようには見えない不遜な態度で」
私とおなじ修行中の人かな?
「うん、うん、で?」
「九流会は気性の荒い男が揃ってる。そんな中にフラフラと入っていったんだ。猛獣の檻に迷い込んだも同然。誰もが殺されると思った。だが……」
「だが?」
「傷一つ付けられなかった。九流会の剣士の斬撃は
「へぇ」
こっちも面白そう。迷うなぁ。
「確かに当ったはずなのに手応えがない。そしていつの間にか相手の斬撃を受けている」
その特徴、草原の剣かな? どこで学んだんだろう。
「でもそれって唯の修行中の剣士なんじゃない? もしかしてその人、九流会の剣士を殺したの?」
「いいや、その場で殺しはやってない」
「じゃあなんで?」
「雰囲気だ。さっき嬢ちゃんと話した人斬りの話さ。人斬りには人斬りの雰囲気がある。そういうのはどれだけ隠そうとしても滲み出てくるもんだ。剣の腕だけではなく、その雰囲気も尋常じゃない。間違いなく関わり合いにはならない方がいいだろう」
いい! すっごくいい!
「わかった! で、その剣士はどこにいるの?」
「追うなよ?」
「当たり前じゃん。遭遇しないように居場所を知っておきたいんだよ」
「なるほど。行商人の話じゃ東に向かったそうだ」
「東?」
「明暗だ」
うん、目的地決定!
◇ 舞 姫 ◇
―― デルア領北部 ――
「もう勘弁なりません! 昨晩もですよ? 昨晩も私の部屋にクラヴァンさんが来たんですよ? 安心して眠れません!」
なんでこんな人が仲間なんだろう。本当にもう嫌。なんでミクリル王子について来ちゃったんだろう。本当に嫌なことしかない。
「クラヴァン、いい加減にしろ!」
と、ミクリル王子。でもミクリル王子がいくら叱ってもクラヴァンさんにはなにも響かない。強化術っていうのは心まで打たれ強くなるのかもしれない。
「なんっすか。ただベルちゃんの寝顔を見ようとしただけですよ!」
「そ・れ・がベルを不快な気分にさせるととなぜわからん!」
「だからバレない様にこっそりとですね……」
「バレるバレないの問題じゃない! そもそも女性の寝室に忍び込むな!」
「いやぁ気が付いたら体が動いてるんっすよねぇ」
やっぱりダメだ。この人は変わらない。このままじゃいつか私も変態の毒牙に……。
「あのぉ、ルドさん」
「ん? どうしたベル殿」
「もし魔力に余裕があったらでいいんですけど、夜、休む時に私だけ別の街に送ってくれませんか?」
「なるほど、それはいい!」
ルドさんの魔術なら隣町くらいなら平気で飛べる。さすがに変態のクラヴァンさんでも……。安心、かな?
安心だろうか……。
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