第129話 人魚 ノ 記憶

 「まえの世界に不良という戦闘民族がいたんだ。かなり好戦的な性格で、目が合うと戦闘を挑まれることがあった。戦いに負けると財産の一部を奪われるという厄介な民族だったよ。その不良のなかでもオーソドックスな型、ツッパリというタイプがよく装備していたのがメリケンサックだね。形状は四つのリングに親指以外の指を挿入して拳を保護するというやつ。コンセプトは至ってシンプルだけど持ち運びが便利な上に金属で殴るという性質上、わりと強力だから、それなりに使えると思う。利点は目立たない、奇襲に向いているというところで、難点はメイスやトンファーなどに比べると破壊力やリーチに劣る点かな」

 「いい……。すごくいい」

 「造ってみようか?」

 「うん!」


 嬉しそうでなによりだ。マンデイがキラキラしてるとこっちまでテンションが上がってくる。よし。最高のメリケンサックを造ってあげようじゃないか。


 早速メリケンサック造りに入った。


 といってもマンデイの武器はそう難しくはない。創造する力の能力を最大限引き出せるシンプルな性能の物だ。硬くて壊れないやつ。複雑な要素は一切必要ない。


 マンデイ自身の身体能力が高いし、武器の長所をすぐに理解して使いこなせるだけの賢さがある子だから、変に凝った物よりは簡単で強力な物の方が強くなる。


 完成したのはよくある基本的なメリケンサック。前世の俺は不良とは無縁の世界で生きていたから、どういうメリケンサックがイカしててクールなのかを知らない。機能面にしてもそうだ。どんな風に創造すればいいのかわからない。だからイメージ通りのごく普通のメリケンサックにしてみた。もしなにか不都合があれば造り直そう。


 「どうだろうマンデイ。ちょっと使ってみて」

 「うん!」


 仕上がったメリケンサックを装備したマンデイは、その辺にあった木を殴った。



 ドンッ



 結果は木の表面が少し凹んだ程度。


 脚力が強いマンデイとメリケンサックのシナジーはあまりよくなかったかもしれない。蹴りの補助的な立ち位置のトンファーの方がしっくりくる感じはする。メイスなんかと比較すると威力は数段落ちそうだし。


 「どう?」

 「いい! かなりいい!」


 おっ、以外に好反応。


 「メイスなんかと比べちゃうとどうしてもリーチや威力で見劣りするけどね」

 「手数が違うからいい。リーチも立ち回りでカバー出来そう」

 「気に入った?」

 「うん!」


 なによりです。


 新武器メリケンサックと拡声器を携えて水の不干渉地帯に再度アタックすることに。戦闘をするつもりはないから武器の出番はないはずだがな。


 不干渉地帯上空を飛ぶとすぐにメロウが集まってくるのが見えた。相当警戒されているようだ。


 いくら好戦的ではない種とはいえ、自らの住む土地、ことに神に選ばれた場所の上空を意味わからん奴が飛んでたらそりゃ警戒もする。当然だ。


 早速俺は拡声器を手に取り、メロウに向かって声をかけた。


 「メロウの皆さんこんにちは。僕はファウスト・アスナ・レイブ。知の世界の代表者です。皆さんにお話ししたいことがあって来ました。敵意、害意はありません。ただお話ししたいだけです。絶対に危害は加えないので、そちらも攻撃は止めてください」


 どうだ。


 ……。


 反応はない。ていうか遠すぎて相手がなにをしているのかがわからない。表情もわからん。望遠鏡的な物を造ってくればよかったかもしれない。やっぱ俺って抜けてるな。


 ん?


 なんか反応があった。


 体の大きなメロウがなにかを言っているように見えるし、うっすら声も聞こえる。でも遠くてなにを言っているかわかんない。


 近づくか?


 でも水の魔法が怖いなぁ。やはり望遠鏡を創造して出直すか。


 「マンデイ、悪いけどもう一回拠点に戻ろうか。この距離だと相手がなにを言ってるかわからん。集音機や望遠鏡がないとコミュニケーションがとれない」

 「メロウに敵意はない」

 「わかるの?」

 「わかる」


 同種にしかわからない空気感みたいなやつだろうか。しかしさっきは殺意マックスの水魔法ぶっぱされたし。


 うぅむ。どうしたもんか。


 「本当に敵意なさそう?」

 「うん」


 マンデイちゃんもこう言ってるし、近づいてみてもいいかもしれんが……。


 「わかった。島に降りよう。水に引きずり込まれたら完全に敵の土俵になるから充分に気をつけておいてくれ。いくら脱出用の装備や子機を装備しているとはいえ、相手のフィールドでやり合えばどうしても負ける危険性が出てくる。水辺には絶対に近づくな」

 「うん」


 最大限に警戒する。なにが起こるかわからん。死の危機はケリュネイア・ムースで最後だ。


 「いまから僕たちはあそこの島に降ります。絶対に攻撃はしないでください」


 拡声器を使ってメロウに語りかける。同時に子機を展開。不測の事態に備えておく。


 島に到着。


 メロウからの攻撃はなし。メロウはフォーメーションを組むように一定の間隔をあけて泳いでいるだけだ。


 魔法が飛んできても対応できるようにフライングスーツは起動しつつ、メロウと充分な距離を保ちながら待機。すると一番大きな体のメロウが陸地に上がってきた。


 パッと見た感じだと体長は五、六メートルはありそう。武器の類は携帯していないようだ。下半身のウロコといい髪や顔といい、この世のものとは思えないほどの美しさ。絶世の美女とはこのメロウのような生き物を形容する言葉かもしれない。


 だが同時に怖さもある。会った瞬間に生物としてのセンサーがビンビンと反応し始めた。ムドベベやフューリー、ルゥなどの選ばれた生き物がもつ独特の雰囲気。


 間違いない。これは強い個体だ。


 「こんにちは、僕はファウスト・アスナ・レイブ。知の世界の代表者です。あなたはこの不干渉地帯の主ですか?」

 「そう、主。ハ・タ・カイ」


 ん?


 「なんとお呼びすれば? ハ様? カイ様?」

 「ハ・タ・カイ。私の名前はハ・タ・カイ」


 あれれ?


 「それではハ・タ・カイ様と。突然の訪問をお許しください。いま僕は世界を紊乱びんらんする負の気配の調査をしております。目的地は水の統治する土地。その第一段階としてこの不干渉地帯にお邪魔しました」

 「そう」


 なんか見たことあるリアクション。なんか経験したことある感じ。


 これは……。


 「マンデイ」

 「なに」

 「いや、驚いてるんだ」

 「なにを」

 「メロウが予想以上にマンデイに似てる」

 「そう」


 それそれ! その感じ! まったく一緒じゃんか!


 「ハ・タ・カイ様」

 「なに」

 「実を言いますと僕の相棒のマンデイは元々はメロウなのです。売られていた魔核に体を創造して出来上がったのがこの子」

 「魔核は死。魔核からメロウは生まれない」

 「えぇそれが常識なのですが、僕は知の世界の代表者。創造する力という能力を保有しています。簡単な作業ではありません。ですが魔核から生物を造ることが出来るのです」

 「その子はメロウ?」

 「えぇ。元メロウと言った方が正確でしょうがね」


 クイクイ、とマンデイに手招きするハ・タ・カイ。


 まだ完全に信用したわけではないから近づかせたくはないが、ここで拒否すれば礼を失する可能性がある。変に不興を買ってケンカ別れなんてことになったら笑えん。脱出用のスーツでなんとかなるか? 一回なら逃げられそうな気はする。あんまり気は乗らないが。


 「マンデイ」

 「うん」


 近づいたマンデイの頭を両手で挟んだ、ハ・タ・カイは自分のおでこをマンデイのおでこにコツンと当てた。顔赤いよアンタ、熱あるんじゃないの? って幼馴染からされて、や、止めろよバカって主人公が赤面するあれだ。


 おでこコッツンはあるいはメロウのコミュニケーションツールのひとつなのかもしれない。マンデイも嫌がった感じじゃない。


 しばらくハ・タ・カイとマンデイはそのまま動かなかった。二人の間が淡く発光しているところから判断するに魔力のやりとりが行われているのは間違いないだろう。


 生まれたばかり、感覚器官がなく混乱していたマンデイに、俺は魔力の導線をつないで情報を共有した。この世界では魔力で情報伝達が出来るのかと思ったが、マンデイ以外とはそのコミュニケーション方法は成立しない。ハクも可能だが、マンデイほど鮮明ではないのだ。


 だから映像などの情報を送りたい時はマンデイを介さないとダメ。


 魔力で情報を伝達する方法はメロウ独特のものなのかも。ハクが使える理由は……。わからん。俺が使えるとイメージして造ったから?


 美女二人のおでこコツンは絵になる。とても美しい。この風景を写実して寝室に飾っておきたいレベルだ。


 「ファウスト」


 口を開いたのはマンデイ。


 「どうした」

 「ハ・タ・カイはマンデイの母親」

 「は?」


 そして今度はハ・タ・カイが俺に手招きをする。そしておでこコツン。




 一際小さなメロウが俺の腕のなかにいた。


 いや、これは多分、ハ・タ・カイの記憶だ。


 小さなメロウは上目づかいで俺のことを見ている。


 ――ママ。


 メロウが呟く。


 凄まじい破壊力だ。可愛すぎる。


 わかる。これはまだメロウだった頃のマンデイだ。なんて破壊力。可愛さで世界が崩壊するレベル。


 そしてマンデイが泳ぎの練習を始める。俺はそれを優しく見守っていた。


 海牛と遊ぶマンデイ。水の輪っかを作ってそれを潜るマンデイ。歌を歌うマンデイ。


 明るく活発な幼いメロウ。


 ――お外に行ってみたいな。


 マンデイが言う。


 ――外は危ない。


 俺が言う。


 頬を膨らませるマンデイ。


 いやん。いまのマンデイもいいが子供の頃のマンデイもヤヴァい。


 場面が変わる。


 ひどい雨だ。


 増水して先程まで俺が立っていた陸地も完全に水に呑み込まれている。流れも速い。


 メロウは流されないように藻にしがみついたり、不干渉地帯の壁に身をあずけたりしている。


 皆が混乱するなか、壁の上をみつめる幼いメロウが一匹。


 彼女は意を決し、得意の水魔法で壁の上を越えた。


 憧れた外の世界へ。




 また場面が変わる。視点も変わっているようだ。これはハ・タ・カイの視点じゃない。おそらくマンデイの感覚だ。


 若い男がいる。人間。


 ――逃げろ! 早く!


 男が俺に言う。


 俺は必死に逃げようとするが、ヒレのついた足じゃ陸地は歩けない。


 若い男の後ろからみるからに怒り狂った山賊風の男たち。


 ――商品に手ぇ出しやがってこのガキが! ちっ、ウロコが傷ついてやがる。畜生ちくしょうめ。これじゃあ売り物にならんぞ!


 山賊風が若い男を斬りつけた。


 赤い花が咲く。


 虫の息の若い男。


 ――次は……、どうか……、もっと……、良い……。


 そこで男は息絶えた。


 ――肉と核だけでも売るしかねぇ。おい、集まれ。コイツをさばくぞ。


 山賊の手には錆びた刃物。


 逃げる手段は……。


 ない。




 「マンデイ……」


 これは……。


 「マンデイも忘れてた。メロウだった頃の記憶」

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