第128話 戦闘民族

 【エア・シップ】を不干渉地帯の近くに着陸させた後、水の不干渉地帯の上空を飛行しながら様子をうかがってみた。パッと見た感じで確認できた生物は二種。メロウと巨大な海牛かいぎゅうだ。


 マンデイの魔核の元でもあるメロウは、イメージ通りの人魚といった感じ。魚類の下半身とヒトの上半身。いくつかの個体と目が合ったような気がするが攻撃してくる様子はない。


 個体によって身体の大きさにばらつきがあり、小さいものは小学校低学年程度の子供サイズ、大きいものは成人したヒトの倍くらいはある。日光浴的なことをしているのか、陸地でゆっくりと横たわっている個体もいて、とても牧歌的な空気だ。女性的な体つきをしている個体が多いようだが、不思議と性的なものは感じない。


 海牛は海牛。前世のジュゴン。可愛い。癒される。サイズは象かそれより少し大きいくらいかもしれない。動きがスローで瞳がつぶら。思わず近づいてしまったのだが、攻撃してくる様子は一切ない。それどころか鼻を近づけてきて、こちらの匂いを嗅ごうとする。警戒心というものはないのだろうか。彼らが絶滅した理由がわかる気がする。


 「そんな感じだった。メロウからも海牛からも敵意や害意は感じない。おそらく安全だと思う。だが、もっと距離を縮めた時にどうなるかはわからない。水中に引き込まれたらアウトだから、緊急脱出用のスーツを創造した後、接触してみようと思ってる」

 「うん」「わかっタ」


 ハクは興味無さそうにあくびをしている。フィールドが水だし自分の出番がないと思っているのかもしれない。


 ということでスーツ造り。【エア・シップ】が魔力を貯蔵しているし、簡単な創造なら俺の魔力なしで造れそうだ。


 造るのはもちろん水中で自由に動けて呼吸も可能なダイビングスーツ。


 ではない。


 なぜと言って答えは簡単。相手の土俵で戦うつもりなんて毛頭ないからだ。そもそも俺がフライングスーツに手を出したのは、地上で戦う相手に一方的に有利を取り、逃げやすいから、だった。


 水棲の相手にわざわざ水中勝負を挑むなんて愚の骨頂。戦わない。これが正義。


 で、俺が造ったのが浮き輪と緊急脱出用のスーツ、そして酸素ボンベ。浮き輪と言ってももちろん海水浴で用いるスイカのボールや、プカプカと浮くただの浮き輪ではない。浮き輪の中に入ってしまおうというやつだ。


 もし割られたらどうするか。そんな時のための緊急脱出用スーツ。シェイプチェンジすると空気を含んだ層を含んだ構造のフライングスーツになる。もしもの時のために攻撃手段もいくつか仕込んでみた。


 水中に引きずり込まれたら酸素ボンベで呼吸を確保しつつ反撃、スーツによる浮力で水面まで上昇し、空に逃げる算段。


 逃げの達人俺。逃避の勇者俺。


 完成した浮き輪を【フロート・スフィア】、新しいフライングスーツを【】と名付けた。


 「行ってくる。安全が確認されたらみんなで行ってみよう」

 「うん」「わかっタ」


 おっ、良い返事。


 マンデイは最近、無理について来るとは言わなくなったな。マンデイが成長したからなのか俺のことを信頼してくれるようになったからかはわからない。考える要素が少なくなったのは嬉しいが、同時に少し寂しくもある。親離れってのは悲しいもんだ。


 悲しみをグッと呑み込んで、【フロート・スフィア】を展開。コロコロ開始。


 水上で【フロート・スフィア】を回していると、なんだかハムスターにでもなったような気分になる。


 島に到着するとその場で待機。メロウか海牛が近づいてきてくれるまで待機。いくら警戒心が薄いと言っても初めて見るわけがわからない球体に入った奴に近づいてくる生き物は――


 いた。


 おい。そんなんだから絶滅するんだぞ。


 海牛だ。つぶらな瞳でこちらを見てる。やっぱ可愛いな海牛。欲しい。魔核が手に入ったら創造してみたいな。


 「やぁこんにちは。僕はファウスト・アスナ・レイブ。敵ではありません。どうぞよろしく」


 ……。


 言葉は理解できないようだ。いや、この不干渉地帯に再構成された生き物は知能が高い。理解できているが構音器官がないと考えるのが自然かも。


 「お話をしたいなと思うのですが、この土地に喋れる生き物はいますか? 一応僕は知の世界の代表者でして、この世界を救うという使命を――」


 と、言葉の途中で海牛が【フロート・スフィア】を掴み、水中に引きずり込まれた。


 ちっ。


 好戦的だったか。可愛いのは見た目だけ。このサイズだ。敵対したら脅威でないはずがない。学ばないな俺。


 攻撃態勢に入ろうとしたその時、海牛はいきなり【フロート・スフィア】を手放した。


 浮力で水中まで急浮上する。海牛は俺を追ってきてまた掴む。そして手放す。次第に別の海牛の個体も集まってきて、何頭かでおなじことをし始めた。


 何度かそれを繰り返されてようやく俺は気付いた。これは攻撃じゃない。


 遊ばれてる。


 まぁ自然界にはこんな物はないだろうし。物珍しさからの行動だろう。


 楽しいのかな?


 いやぁ、マジで警戒心がないなコイツら。繰り返すようだが、そんなんだから絶滅するんだぞ?


 彼らの遊びに付き合って親睦を深めてもいいのだが、そんな余裕はない。なぜって【フロート・スフィア】の内部で浮いたり沈んだりしているとめっちゃ酔うから。このままだと盛大にリバースしてこの密閉された空間で吐瀉物まみれになってハクにドン引きされてこの上なくへこむ未来しか見えない。


 スフィアが浮上したタイミングを見計らって【フロート・スフィア】を解除。フライングスーツ【鵜】でなんとか逃げた。と思ったら、水の塊が飛んで来た。今度はお遊びじゃない。殺意マックスの槍の形をした水の攻撃魔法だ。


 牧歌的な雰囲気はどこへやら。一気に剣呑になった。


 攻撃を放って来たのは一際体の大きいメロウ。表情も険しい。比較的距離が近かったから顔がよく見えたのだが、顔立ちは恐ろしいほど美しく整っている。ぱっと連想するのはマンデイ。非人間的な美。極端に完成された美しさ。


 穏やかな生物が多いと言ってもそこは不干渉地帯。神の土地。侵入者は許さないか。


 このまま戦闘に移行するのはダメ。なぜなら圧倒的に不利だから。こちらが攻撃すれば間違いなく生物の大量発生スタン・ピードを起こされる。数の暴力で水魔法を乱発されたらそのうち墜とされるだろう。


 といって撤退しても事態が好転するとは思えない。


 時間を置いても俺が敵だという認識は覆らないだろうし、戦うとしてもなんとか彼らの相手できそうなのはマンデイかハクくらい。たが、だとしてもこれだけ水が多いこのフィールドで水棲の生き物相手に互角の戦いが出来るはずがない。


 飛行特化じゃない分、フライングスーツ【鵜】の飛行性能は低い。このまま敵の攻撃を回避し続けるのも辛いものがある。


 どうしたもんか。こうも露骨に攻撃されるとは思ってなかった。おそらく海牛は遊んでただけだが、メロウが予想以上に排他的だ。


 交渉……。


 出来るかな。耳はついてるし、喉と口の感じも人間と似てる。構音機能があるという事前情報あるし話してみるか。しかしこうも水魔法をパンパンされると近づけない。


 よし。


 一回出直そう。あれがいる。拡声器。距離をとったまま説得するのが一番良さそうだ。


 毎度毎度のことだが他種族とのファーストコンタクトは緊張するし、うまくいかないもんだな。良好な関係の仲介者が存在していないとリスクが高すぎてやってられん。


 これからはとにかく人脈だな。


 人脈を広げていってどの種族ともスムーズにコミュニケーションをとれるようにしておくというのを最優先にしていきたいもんだ。


 いったん壁の外まで撤退。マンデイに報告する。


 「うまくいかなかった。海牛は【フロート・スフィア】で遊んでるだけだったけど、メロウがどうもいけない。俺のことを完全に敵として認識してたみたいで、がっつり攻撃された」

 「普通はそう」


 と、マンデイ。ごもっともである。海牛が異常なだけだ。


 「拡声器を使って警戒心を解こうと思う。マンデイの故郷でもあるし、本格的に水の攻略に入るまえに不干渉地帯とは友好な関係を築いておきたいが、次挑戦してみて無理そうなら諦める。水の領地を優先した後で不干渉地帯と接触しても遅くはないだろうし」

 「うん」

 「それとメロウの顔なんだが、かなりマンデイと似ていた。極端に美しい。人形のように整った顔。もしかするとマンデイが来たほうが交渉がスムーズにいくかもしれない」

 「そう」

 「マンデイを安全に運ぶ手段を考えてみる」

 「うん」


 さっきの感じだとフライングスーツ【鵜】での回避は面倒でも、【カラス】か【鷹】くらいの飛翔能力があればなんとかなりそうな気がする。マンデイを抱えて飛ぶならパワーがある【鷹】を選択した方が良さそうだ。


 マンデイに緊急脱出用のスーツを創造し、以前ミクリル王子のために造っておいた拡声器を取りだして動作確認を行った。どちらも問題なし。


 拡声器の性能はまったく落ちていなかったし、マンデイのスーツは浮力と呼吸を確保するための仕組みの簡単で軽い物。子機は攻撃というより相手の視界を遮ったり、行動を制限するのに特化したタイプの物を選択した。


 もう少し時間を空けて翌日にでもチャレンジしようと思ったが、待ったところでどうにかなるような問題でもなさそうだし、すぐにトライするにことに。


 「よし、準備はいいかマンデイ」

 「うん」


 ドン、とメイスの柄を地面につくマンデイ。


 おっと。


 「マンデイ」

 「なに」

 「今回はメロウの説得に行くんだよ? 敵の魔法攻撃は避け続けなくちゃいけない。そんな重い物を持って行っちゃダメ」

 「うん」


 ちょっと不服そうな顔をしてトンファーに持ち替えるマンデイ。


 俺の言いたいことが理解できていないようだ。


 「マンデイ、攻撃はしないの」

 「武器がないと不安」


 確かに。だけどトンファーみたいに武器武器した武器を持っていったらさすがに警戒される。もっと武器武器してない武器の方がいい。


 「ねぇマンデイ、新しい武器、欲しい?」

 「え!?」


 キラッキラの瞳で俺をみつめるマンデイちゃん。この子は本当に好きだな。武器。


 「考えてはいたんだよね。新しい殴打武器。スーツを着用できないような場面、日常生活でも装備できて、武器の携帯がそぐわないような場所でも装備可能なやつ」

 「どんな武器」

 「俺がまえ住んでいた世界の戦闘民族が使ってた武器なんだけどさ」

 「うん、どんな武器」

 「拳につけて殴る武器だ。その名も」

 「その名も……」

 「メリケンサック」

 「メリケンサック!」


 眩しい! マンデイのキラキラした笑顔が眩しい!

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