第130話 短イ オ別レ

 長いこと一緒にいるけどマンデイが魔核になるまでになにがあったかなんて考えてもみなかった。


 「マンデイ」

 「なに」

 「マンデイは本当にハ・タ・カイさんの子供なの?」

 「そう」


 マンデイの家族、か……。


 なんか軽い気持ちでこの場所に来てしまったがとんでもない事態になってしまったような気がする。マンデイの母親がいるということはマンデイの兄弟や友達がいる可能性もあるんだ。


 まずい。ここはマンデイのホーム。


 もしマンデイがゲノム・オブ・ルゥを抜けてここに残るなんて言い出したら、俺にマンデイを止める権利はない。だがマンデイの代わりがいるのか? いない。絶対に。創造に必要な知識、戦闘における破壊力と戦線の維持力、優れた戦略、冷静で的確な判断、チームの統率、存在感。


 いまのマンデイの役割を完璧にこなせる人材なんて絶対にいない。


 だけどこのままなにも訊かずにこの場所を離れるのは不公平だ。


 俺はマンデイに選択肢を与えるべきなんだ。ここに残るか、それとも俺についてくるのか。


 「マンデイ」

 「なに」


 訊くんだ。ここに残りたいかを。


 「良かったな。お母さんに会えて」

 「うん」


 き、き、訊けねぇぇぇぇぇええええ。


 残るなんて言われたら立ち直る自信がない。その時点で旅終了。絶対にメンタルが崩壊する。


 うわぁぁぁあああ。


 でもあれだよな。訊かないとダメだよな。


 ぐぐぐぐぐ。


 「よし、とりあえず一回【エア・シップ】に戻ろう」

 「なぜ」


 マンデイちゃん。一回戻ろうよ。考える時間をくれ。心の準備をさせてください。


 「頼む。ちょっと考えたいことがあるんだ」

 「マンデイは残る」

 「へ?」

 「ハ・タ・カイから情報収集をしておく」


 あっ、そういうことね。ビビった。心がパリンと割れるかと思ったゼ。ふぅ。この残るは現時点では残るって意味だよね? ずっと残るって感じじゃないよね?


 「すぐに戻ってくる」

 「うん」


 あぁどうしよう。えらいこっちゃえらいこっちゃ。ダメだ、なんも考えられん。本当は喜んであげなくちゃいけないんだ。良かったねマンデイって心から言ってあげなくちゃいけないんだ、いまのマンデイの親として。言えねぇよ。そんな急に大人になれないって。あぁ。マンデイが抜けてしまうことしか考えられん。頭が完全にそのモードになってる。デルア戦で使った【ホメオスタシス】はまだ保存していたはず。とりあえず使ってみるか。冷静にならんことには始まらない。いやまて。だいたい俺は考えすぎなんだ。マンデイが俺の元から離れる? そんなわけないじゃん。いままで二人三脚でやってきたんだぞ? いくら生みの親と再会したからって俺を捨てるわけないよ。バカだな。さっきだってメリケンサック造ってあげたらあんなにキラキラしてたじゃないか。あっ、あれってもしかしてフラグ的なやつ? そうなの? ごめんねファウスト、マンデイここにいたいの、ってなって、色々回想するシーンの中の一つ? なにやってんだ俺。なんでメリケンサックなんて造ったんだ。フラグの神様起きてるかな。眠ってるといいな。ていうかマンデイにとって俺といるメリットがあるか? いまから魔王と戦うんだぞ。俺がマンデイだったら間違いなく逃げる。そんな危ないことするより田舎でフラフラ生きていた方が楽に決まってるじゃん。わざわざ危ない橋を渡る必要なんてない。ここにはマンデイの家族がいるんだ。友達だってぬいぐるみのように可愛い海牛だっている。わざわざ危険な戦地に行くか? 行きません。俺だったら絶対に。俺がマンデイだったら……。


 「ファウスト、どこ二行ク」

 「わっ! マグちゃん!」

 「どうしタ」

 「えらいこっちゃ、えらいこっちゃ」

 「なにガあっタ」

 「マンデイが、マンデイがゲノム・オブ・ルゥを抜けるかもしれない」

 「詳しク話しテ」

 「あぁ。マンデイは元々メロウだろう? だからこの不干渉地帯がマンデイの起源だってことはわかってたんだ。でもまさか主の娘だなんて思ってなかった」

 「主トマンデイに血縁ガあったノ?」

 「そう、親子だったんだ。大変なことになった。まさか親子だなんて思ってなかったんだ。大変だよ。大変なことになった!」

 「それノなにガ大変なのカわからなイ」


 なんでわからないんだマグちゃんは。


 こんな鈍感女子だったか? もっと頭の回転が速い系だと思ってた。


 「家族と再会したんだぞ!? このまま不干渉地帯に残るなんて言い出したらどうするんだ! マンデイが抜けたら誰がご飯を作るんだよ。自慢じゃないが俺はマンデイみたいな美味い飯は作れんぞ。誰が俺のアイデアを実現してくれるんだ。胸を張って言うことじゃないが俺にはマンデイみたいな知識はない。断言する。マンデイが抜けたら絶対に詰む。ユキ・シコウみたいな敵が現れてみろ。俺が辺りを焦土と化すかマグちゃんが辺り一帯を毒で満たすかハクに魔力タンクを使わせて凍結させるしか手がないぞ。あっ、意外といけるかもしれん、ごめん。そういうことじゃなくてだな。えぇっと……リズが抜けた、ヨキも抜けた。これ以上メンバーが減ったらマグちゃんとかハクにかかる負担も増えるんだ。これは由々しき事態だぞマグちゃん!」

 「マンデイが抜けルっテ言っタノ?」

 「言ってない! 断じて言ってない! でもゲノム・オブ・ルゥを抜けるって言い出してもおかしくない状況ではある。俺、変なフラグを立てちゃったかもしれないんだ。メリケンサックを造っただろう? あれがダメだったかもしれない」

 「フラグ?」


 もう! マグちゃんのわからず屋!


 「あぁいう良い雰囲気になったり思い出作りみたいなことをしたらダメなんだよ! あぁいうことをするとメンバーが抜けちゃったり死んじゃったりするんだ。そんなことをフラグの神様が許さないことくらい俺が住んでた世界じゃ常識なんだよ」

 「マンデイに直接訊けバいイ」

 「訊けるわけないじゃないか! 不干渉地帯に残るって言われたらどうするんだよ」

 「残っテ欲しイなラ説得すれバいイ」

 「説得なんてしたらマンデイが一緒に来ちゃうじゃないか! あの子は良い子だから絶対について来るって言う」

 「それデいイ。ファウストが望ムなラ」

 「ダメなんだ。それじゃあダメなんだよ」

 「なゼ」

 「最初から考えていたしマンデイにも言ってきたんだ……。本当について来たいって思わないと一緒に来ちゃダメだって」

 「ファウスト……」


 俺は……。


 「負い目があるんだ。俺が造ってしまったから。だから人生の大切な決定は俺の意見じゃなくて自分の意志で決めて欲しい。嫌な人生だったって思って欲しくないから。最後の瞬間に幸せだったって思って欲しいから……」

 「ファウスト」

 「なに」

 「ファウストはどうすルべきかヲ知っていル」


 マグちゃん。


 そうだな……。


 「マンデイに訊いてくる。不干渉地帯に残りたいか俺たちと一緒に行動したいかを」

 「それガいイ」


 質問するんだ。マンデイが気を使わないように自然な感じで。


 ううう。ダメだ。出来ない。自然な感じなんて無理に決まってる。


 よし、【ホメオスタシス】を打ち込もう。そしたら感情を殺せるはずだ。感情がなければフラットな感じで尋ねられるはず。


 「【ホメオスタシス】を打ち込む」

 「わかっタ」

 「冷静に質問するよ。もし……。もしダメだったらその時は慰めてくれ」

 「わかっタ」

 「生半可な慰めじゃダメだぞ?」

 「わかってル」


 マグちゃんに誘導されて【エア・シップ】に戻り、【ホメオスタシス】の打ち込みを行った。


 これがマンデイとの最後になるかもしれないと思うと涙が出そうになったが、悲しみは次第に消えていく。【ホメオスタシス】はデ・マウの精神攻撃に対抗するために造り出した代物。生半可な性能じゃない。


 「ファウスト、わかってルと思ウけド、【ホメオスタシス】にハ揺リ返シがあル」

 「わかってる」

 「あまり二感情ヲたかぶらセたラ危険だかラ」

 「そうだな。気をつける」


 やっぱりいいなコレ。副作用があることは嫌というほど知ってる。だが、いまみたいに混乱した状況ではこれ以上ないほど頼りになる品だ。


 「では行ってくる」

 「私モ行ク」

 「あぁ、その方がいいだろう」


 【ホメオスタシス】が活動してる。水を打ったように心が静かだ。コレならちゃんと訊ける。もしゲノム・オブ・ルゥを抜けると言われても冷静に見送れるはず。じゃあなマンデイ、って。元気でな、って。


 マグちゃんと二人で島に到着。メロウや海牛がワラワラと集まっている……。その中心には楽しそうに話をしているマンデイ。


 ふぅ危なかった。【ホメオスタシス】を打ち込んでいなかったら心が粉々に砕けて水の不干渉地帯の一部になっていたところだったよ。


 「マンデイ」

 「なに」

 「情報収集はうまくいったか?」

 「水の代表者ワシル・ド・ミラと水龍カトマト率いる集団と反逆者が対立してる。戦況は硬直状態。どちらにも決め手がない。代表者ワシルは反逆者の特殊攻撃に怯えて前線に出れない」

 「怯える? 最強生物なんだろ?」

 「最強が故」


 話が見えてこない。


 「どういう意味?」

 「ワシル・ド・ミラはその強さ故に痛みを感じたことがない。敵は振動を用いてワシルの内部を攻撃した」

 「初めての痛みだったわけか」

 「そう」


 なるほど。とんだヘタレ野郎だな。


 「にしても前世代の代表者である水龍カトマトもいるんだろう? それで戦況が膠着こうちゃくしてるってことは敵も相当やり手なんだろうね」

 「敵のなかにはハ・タ・カイの娘、最高傑作と称されるメロウがいる。甲殻系、強力な超音波を出す哺乳類、怪物と呼ばれる軟体類も」

 「てんこ盛りだな」

 「そう」


 ヘタレ代表者は機能停止していて、戦ってるのは約千年生きた水龍とその仲間、敵はエビ、カニ、イルカ的なやつと軟体類だからタコかイカか貝。そんな感じか。


 いい感じに戦況が膠着しているが、少しでも敵に寝返るやつが現れたらパワーバランスは一気に崩れそうだ。優先順位はヘタレ勇者ワシルに有利をとってる生き物だな。ワシルが戦えるようになったら勝利の女神はこちら側に微笑む。


 「ご苦労。それを踏まえた上で作戦を立てよう」

 「うん」


 さて、お遊びはここまでだ。


 「ところでマンデイ」

 「なに」


 大丈夫。冷静だ。【ホメオスタシス】様々。


 「一つ提案がある」

 「なに」

 「この不干渉地帯にはマンデイの母や姉妹、友人もいる。もしお前が望むのならここに残ってもいい。俺はマンデイが最も充足感が得られる場所を選んで欲しいと思ってる。もしお前が望むのなら俺は止めない。遠慮なく言ってくれ」


 よし、言えた。うまくやれたぞ。いかにもリーダー然とした重々しい口調だ。


 マグちゃんを横目で見ると、うんうんと首を振っている。


 もしダメなら……。


 その時はその時だ。


 キョトンとしているマンデイ。


 返事は……。


 「残らない。ファウストのいる場所がマンデイのいる場所」


 マ、マ、マンデイちゃん……。

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