第127話 乱心

 休憩中は泥のように眠った。


 こんなに眠ったのはデルアを追われて不干渉地帯に逃げ込んだ日の晩以来かもしれない。長距離の飛行は本当に疲れる。魔力は【エア・シップ】による発電でおおよそまかなえるのだが、ずっと地面に足がつかないストレスや、自分が落ちたら仲間の動きがとれなくなるという精神的重圧がわりと辛かった。


 「おはようファウスト」

 「おはようマンデイ。少し寝過ぎたかな」

 「昼過ぎ」

 「申し訳ない」

 「休息は必要」


 そういえば獣の不干渉地帯に逃げ込んだ時もマンデイがずっと支えてくれてたっけか。あの時はひたすら歩いた。足を怪我して、食べれるかわからない生物を食べ、とにかく生き延びるために歩き続けなくちゃならなかったんだ。何度も心が折れそうになった。何度も感じた限界。それでも前に進めたのはマンデイがいてくれたからだった。


 「マンデイ」

 「なに」


 いまじゃ【エア・シップ】がある。発電機の技術もかなり発展した。なにかと戦闘になっても逃げる以外の選択肢をとれる。昔に比べると恵まれた環境だ。でも変わったのは表層だけなのかもしれない。マンデイと俺の関係だけは以前とおなじように続いている。本質は今も昔も変わらない。


 「いつもありがとう」

 「うん」


 この世界がこのまま終わってしまうかもしれない。もしこの世界が崩れてしまったら俺が住んでいたまえの世界も消滅してしまうだろう。とんだ重荷を背負わされた、と思わないことはない。不満がないと言ったら嘘になる。だが、この世界での出会いや出来事はすべて、俺の宝物だ。


 マグちゃんだってそうだ。この子は俺の口から産まれた。少し無鉄砲なところはあるが仲間想いのとてもいい子。恩人マクレリアの忘れ形見でもある。魔核から産まれたハクもちょっとむかつくけど最高の家族だ。


 この子たちと出会えて本当に良かった。


 なんでも出来る夢の能力、創造する力。便利な反面弱点も多い。そもそも発電機などの魔力関連の創造物の熟練や、未発達な細胞ベイビー・セルを筆頭とした生物系の発見がなければ本当に産廃だった。ランニングコストが高すぎて実用的な運用は出来なかったはず。精々質の高い武器や防具を創造する程度が関の山だったかもしれない。


 「あぁ、お腹すいた。ご飯ある?」

 「うん」


 やっぱりマンデイの創造は偉大だったな。思えば未発達な細胞ベイビー・セルもその前身となる成長する因子グロウ・ファクターもマンデイのための発見だった。


 リズとヨキの二人との出会いもデカい。ヨキに創造した砂の体と、アホの子リズに造ってあげた様々なアイテムも俺の視野を大いに広げてくれた。


 あるいは強さの本質というのはこういうことなのかも知れない。大切な人のためになにかをしたいという気持ち。仲間を守りたいという想い。それを突き詰めていった生物こそ最強の名に相応しいのかもしれな――


 はい!?


 「マンデイちゃん?」

 「なに」

 「これはなにかしら」

 「天狗の主食。作ってみた」

 「主食ってこれ……」

 「穀物。彼らは大地の乳と呼んでいる」

 「米じゃん」

 「違う。これは大地の乳」

 「違う違う。これは米なんだって。イカの塩辛とか梅干しとかがバッチリ合って止まらなくなるやつやん」

 「違う。これは米じゃない。大地の乳」


 いや、この際呼び方はどうでもいい。これは米だ。間違いない。


 どこかにあるとは思っていたが天狗が栽培していたか。もしかして明暗は米文化なのか? だとすると俺はやはり目的地を間違ったのかもしれない。真っ先に向かうべきだったのは明暗だ!


 いかん。となると味噌だ。味噌の創造が急務。世界の平和とか出会いに感謝とか生温いことは言ってられんぞ。なんたって米だ。米が食える。強さの本質は米と味噌汁を食うってことさ。だってそうだろう? お米をいっぱい食べるお相撲さんは強いじゃないか!


 「マンデイ、実は俺はこの食べ物を探し求めていたのだ」

 「大地の乳を」

 「うん、そう。俺のまえの世界ではコメと言っていた。俺たちの民族は日に三度これを食い、年老いた田舎の母親は遠くで独り暮らしする息子にこれを送ってやり、息子は米を食い故郷を思い出して感涙、死者への手向けの仏飯としても使われ、神事にも用いられていたのだ。魂の飯。まさにこれは俺たちのソウルフード! この世界のどこかにあるとは思っていたんだ。こんなに嬉しいことはない。イバリさんどうもありがとう。一期一会に感謝。頂きます」


 パンも良かった。だがやはり米だ。なんたって米文化で育ったんだからな。


 早速食おう。


 固い! 臭い! でも米だ!


 マンデイは米の下処理や調理方法を知らないのかもしれない。よし俺が教えてやろう!


 あっ、いかん。俺米なんて炊いたことない!


 なんたって俺は生粋の親の脛かじり引きこもり野郎だったんだからな!


 「美味いなマンデイ!」

 「パンの方がいい」

 「そうか! 俺は美味いと思うがな!」


 米を手に入れた俺に敵はない。さささっと水の土地でも救うとしよう。


 ここ最近で一番気分が上向いたかもしれない。




 その日は飛んだ。それはそれは飛んだ。


 いままでの疲労が嘘みたいに体が軽い。ストレスも感じない。これほどメンタルが大切だと痛感した出来事もなかった。


 天狗一家のイバリさんとの別れの場所までその日のうちに到着したのは、いつもより速度が出ていたからかもしれない。


 「本当にすみませんイバリさん。米があるとモチベーションが上がるんです」

 「いえいえ、私のような下賤な者が代表者たる貴方様のお力になれるなど身に余る行幸で御座います」

 「あっ、それとこれを」

 「これは?」

 「僕と行動を共にしていた証明です。魔力を流すと空気を振動させて僕の声を再現し、フューリーさんへのメッセージになる。これさえ所持していれば僕との関係を証明するのは容易いでしょう」

 「おぉ、レイブ様なにからなにまで申し訳ありません。心より感謝いたします」

 「いえいえ。しかし一つ注意しておいて下さい。獣の国の情勢もどうなっているかはわかっていません。僕と接点があると敵方にバレたら命を狙われる危険性もある。いまお渡した物はフューリーさんかネズミの獣人ジェイさんにだけ見せるようにして下さい。フューリーさんとジェイさんの容姿は後で映像で送ります」

 「レイブ様……、貴方というお人はなんと……。なんと素晴らしいお方なのだ……」


 と、イバリが泣き出した。なんかちょっと一緒しただけだったけど本当に良い天狗だった。


 「まぁ代表者なんで」


 お米をくれたし。


 移動中の事件といえばイバリさんとの邂逅かいこうくらいのもので、その他はたいした変化もなかった。米は残り十食分くらいある。ここぞという時に食べたい。そのうち味噌とか醤油とか前世で食べてた物も再現したいものだ。


 しばらく飛んでいると巨大な壁が視界に入ってきた。まえの世界の常識では想像も出来ないほどの規模の大河の一部を囲うように壁が広がっている。パッと見た感じ陸地は一割程度。思ってたよりも高低差があり、不干渉地帯の内部に滝があったり、島のようのものも確認できる。


 地形から考えるに河の一部なのだろうが、とてもそうは見えない。河というより湖、湖というより海に近いようだ。


 あれ? 壁があるなら水が流れないじゃないの? と言いたくなるだろう。というより俺は言った。


 ――ていうか壁で囲まれてたら水が澱むんじゃないの?


 するとマンデイ先生が間髪入れずに答えてくれた。


 ――水中は網のようになっている。スタンピードに必要な空間は水上に出た壁の部分と、水中に存在している円柱型の建造物の内部にあると言われている。


 知識欲の鬼であるルゥの調べである。


 そんなマンデイの言葉に耳を傾けている時に、ふと思った。


 「ねぇマンデイちゃん」

 「なに」

 「もしかして米の存在も知ってたりした?」

 「知ってた」


 おっ、今日もご機嫌だねマンデイちゃん。いや、これは俺が悪いか。米を知ってますかって訊かなかった俺が悪い。


 しかし俺は失敗から学ぶ男。もう二度とおなじ過ちは犯さない。


 「なぁマンデイ」

 「なに」

 「大豆って知ってる?」


 大豆があれば味噌や醤油が造れるかもしれん。豆腐も食えるぞ!


 「わからない」


 この返答は想定内。【大豆】とそのまま言って伝わるわけがないんだ。きっとこの世界での呼び名は違う。特徴を伝えなくちゃ。


 ……。


 えぇっと……。


 「豆なんだけど」

 「数えきれないほどの種類がある」


 そうだな。その通りだ。


 「丸い豆だ」

 「豆は丸い」


 えぇっと、えぇっと。


 「乾燥してて黄色い」

 「乾燥させて黄色く変色する豆は多い」


 そっか。これは俺が悪かった。


 「美味しい!」

 「調理法によってはほとんどの豆が食べられる」


 あぁぁあもう!


 大豆なんてどうでもいい。だってそうだろ? 俺はこの世界を救うために再構成された勇者なんだぜ? なにも豆腐や味噌を食って醤油を舐めるのが目的じゃない。


 気持ちを切り替えて、仕事にとりかかるとしよう。


 この不干渉地帯での主な目的は情報収集だ。それは間違いない。


 だが実はそこまで期待していなかったりする。もちろん不干渉地帯で水の情勢についての情報を得られれば御の字なのだが、実はそれよりも気になることがあるのだ。


 世界に点在している不干渉地帯は、その場所場所によって特色が異なる。


 例えば俺が暮らしていた獣の不干渉地帯は、戦闘力が高い生き物が多いという特徴があった。似たような力関係の生き物をおなじ土地の中で再構成しないと、生物のバランスが著しく偏ってしまう。一種の生物が覇権を取ってしまい、弱い種が虐げられるのなら、わざわざ再構成させる意味はない。


 つまりこの不干渉地帯にも偏り、特徴があるのだ。


 「この土地には水出身かつ知能が高い生物が再構成されるんだ」

 「知能ガ高イ?」

 「あぁ、社会性があり言語的なコミニュケーションがとれて好戦的でない種。例えば人魚、メロウとかね」

 「メロウ?」

 「そうだ。つまりこの土地はマンデイの出身地だったりする」

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