第126話 悩ム
日が暮れそうになったから休憩をすることに。
不干渉地帯に引きこもってた頃は、こんな長距離の飛行をするなんてありえなかったからさすがに疲れた。今夜は爆睡できそうだ。
出会い頭にやむなく脅す形になってしまったから、天狗とその子供はかなり意気消沈していたのだが、【エア・シップ】を地上に下ろしてみると、船内ではすっかりリラックスムード。きっとマンデイがうまく緊張を解いてくれたのだろう。天狗の子供たちなんて俺が暇潰し用に創造していた積み木や輪投げできゃっきゃっと遊んでいた。
「すっかり慣れてくれたみたいですねイバリさん」
「えぇ本当にレイブ様には筆舌に尽くし難い程に感謝しております」
「いえいえ、困った時に助け合うのは当然です」
おぉ、と感嘆の声を出すイバリ。
「代表者にも色々なタイプの方がいらっしゃるので御座いますね」
「明暗のエステルは度を越した差別主義者だと聞きます。さぞ苦労なさったでしょう」
「いえいえ、お付のマンデイ様やマグノリア様からもそのように言われましたが、実はそうでもないので御座いますよ」
ん?
「と、いいますと?」
「確かにエステル様は狭量で短気なところがおありで御座いますがね、先の戦争で……、戦争と言いますのは数年前に勃発した明暗の内戦で御座いますが、天使と悪魔が争ったのです。それはそれは大きな争いでした。クチュワルの内戦で御座います。内戦以前のエステル様は大変に嗜虐的で差別的だったと聞きますが、あれ以降は考えをお改めになったようで他種族に対する無意味な処罰や締めつけはお止めになったので御座いますよ」
「へぇ。それではなぜイバリさんは亡命を?」
「先程も申しました通りクチュワルの内戦はそれはそれは大きな争いで御座いました。多くの者が命を落とし、そして同様に多くの者が家族と職を失ってしまったので御座います。治安が悪化し始めましたところ、なぜか聖者ワト様を信奉する一派が隣接する虫の土地に軍を進行させたので御座いますね、はい」
なぜだ。わけがわからん。もしかすると聖者ワトも痛い奴なのか? ん? ちょっとまてよ。うちにも残念な悪魔がいたな。
明暗出身の奴は全員どっかおかしいのかもしれん。
「なぜそんなことを……」
「ワト様はなんとも可哀想なお方です。善良で心根のお優しい方なので御座いますが、どうも取り巻きが良くない」
「取り巻き?」
「国民は皆思っておりました。クチュワルの内戦もワト様の信奉者の仕業だったのではないかと」
「しかし聖者ワトは前の世代の代表者であるはず。信者の暴走を許すほど権限がないとは思えません」
「いえ、レイブ様。ワト様は永遠の命と引き換えにすべての能力を失ったので御座います」
はい? なんじゃそれ。
「それは初耳ですね。詳しく教えて頂けますか?」
「ワト様はその昔、身が亡びることにより世が荒れるのを恐れたので御座います。そんな折に現れたのが悪魔アゼザル。世界の常識を覆すほどの力を有した高位の悪魔であったそうで御座います」
アゼザル? なんか聞いたことがあるような。
「ちょっとまってくださいね、イバリさん」
わからないことはマンデイ先生だな。
「アゼザルって名前に聞き憶えない? どっかで耳にしたような気がするんだけど」
「知の管理者が口にした。代表者を再構成する余波で生まれた例として」
あ、そうかそうか。えぇっとつまり、ルゥとおなじ立場の……。
ヤバい奴なんだろうなぁ。世界の常識を覆すとか言ってるし。はぁ、なんでこう難易度が高いのかなぁ。次から次にまったく。
「すみませんイバリさん。話を続けてください」
「その昔、アゼザルはワト様に取引をもちかけたので御座います。アゼザルは嗜虐的で他人の苦しむ姿を見るのを趣味にしております。取引もワト様が思い悩む姿を見たかったためだと言い伝えられておりますがね」
「取引……」
「えぇ。ワト様のすべての能力と引き換えに永遠の命を授けようと。天使と悪魔が自分の死後、また争い合うのではないかと危惧していたワト様はアゼザルの取引を受け入れ、契約したので御座います。で御座いますのでワト様は槍で突かれても死なず、首を絞めても死なず、その身を炎で焼かれても埋められても切り刻まれても飢えても時が経てば不死鳥のように何度も蘇る体を手にしたので御座いますね、はい」
おっと、それはどこかで聞いたことがある話だ。
「侵略者と似ていますね」
「誠に自らの無知に赤面する思いですが、侵略者というのはワト様のように何度も復活するので?」
「えぇなにをしてもすぐに蘇るそうです」
「ほう、それは確かにワト様と似ているかもしれませんな」
聖者ワトが侵略者説あるか? いや、悪魔のアゼザルがなんらかの関与をしている可能性の方がありそうかな。あるいはアゼザル=囁く悪魔? どっちにしろ鍵は明暗にありそうだ。そういえば最初に大規模な戦争が起こったのも明暗だった。
選択を誤ったかもしれない。海を取られるのはマズイとか獣の国と近いとかそんな気持ちもあって水の統治する土地を選んだが、聞けば聞くほど明暗が臭う。フューリーとはまた違ったタイプの不死身の聖者ワト。彼は敵なのか味方なのか。
「で、聖者ワトはなぜ虫への侵略を止められなかったのです?」
「ワト様にはなんの力も御座いません。アゼザルに奪われてしまったのですからね。いつしか明暗の権力者は自らの行いが正当なものであると主張するためにワト様を利用するようになったので御座います。聖者のお墨付きがあればこそ我らの行いは正しいのだと。しかしその実、ワト様は長い期間、暗くて薄汚れた牢に繋がれいたので御座います」
「イバリさんのような一般の方が知ってる位だからそれは明暗に住む生物にとっては周知の事実なのでしょうね」
「左様で御座いますレイブ様。先の内戦の終結後、とある
知的な生き物の負の側面だな。事実はどうあれ聖者ワトとはそのうち会う必要があるだろう。
「イバリさん、一つ質問をよろしいですか?」
「えぇどうぞ」
「先程の話にとある鬼と出ましたがそれはどういう生き物です?」
その鬼が勇者召喚の余波によって生まれた特別な生物の可能性もある。もしそうであれば敵に呑まれるまえに味方に付けておくべきだ。
「軍神と呼ばれるお方です」
「強いのですか?」
「えぇそれはもう格別の強さで御座います。争いを好まぬ穏やかな性格で御座いまして、あらゆる生き物に平等に接する器の広いお方でもありますね。シヴァ様というお名前なのですが、神に選ばれたのがシヴァ様であったらどれだけ幸せだっただろうというのは明暗の出の者なら皆が思っているでしょう」
うん、ぽい。すっごくぽいぞ。こりゃ俄然明暗に興味が湧いてきた。軍神シヴァ、聖者ワト、高位の悪魔アゼザル。
くぅ。迷う。いまからでも目的地を変更できるか? いや。フューリーが気になってしょうがないしアスナにも会いたい。
いやいや、私的な理由で目的地を決めるのはなしだ。
私的な理由? 本当にそうか?
もし明暗に行けばフューリーのフォローが出来ずに彼が命を落とすかもしれない。フューリーはこの世界屈指の戦士であり代表者でもある。アスナにしてもそうだ。戦場が大きくなればなるほどアスナの大魔法は輝くだろう。救わない手はない。水の代表者は最強個体。失えば戦局は一気に敵方に傾くだろう。
しかしどうだ、もし俺が水に行っているあいだに軍神シヴァや虫の代表者、聖者ワトとその信奉者が敵に呑まれてしまったら世界を二分する大規模な戦争に発展しないか?
「マンデイ、どう考える?」
「なにが」
「俺たちは明暗に向かうべきなのかもしれない。しかし水も気になるし獣も気になる。こうやって話してたらなんかルーラー・オブ・レイスも心配になってきた。虫とも早く接触しておきたい。なんかもうわからなくなってきた」
「仮にルーラー・オブ・レイスが敵方に回ってもファウストとは相性がいいから勝てる。勝てるから優先度は低い。明暗はいくつもの勢力が拮抗している状態にあるように思う。説得や仲介をするのならそれなりの戦力や脅すための数がいる。虫は最悪土地ごと破壊してしまえばいい。生態系を壊してさえしまえば虫の代表者は動けないから。でもフューリーが敵に回ると厄介」
「すまん。ちょっとわからないんだが、なんでマンデイは俺とルーラー・オブ・レイスとの相性がいいと思うの?」
「発電機の技術を保有しているファウストは普通の個体では考えられないほどの量の魔力を生み出す。いくらあらゆる属性魔法に耐性があって物理攻撃も無化するルーラー・オブ・レイスであっても、フルに充電した魔力の塊には耐えられない」
なるほど。ちゃんと考えての発言なのね。
「で、明暗の話は?」
「拮抗した勢力がいくつもある地域を統治し和平を
「なるほど」
やっぱりマンデイはお利口さんだな。知識だけじゃない。俺の二万倍は頭が回る。
「虫はファウストの潜在能力を知らせれば、その存在自体が抑止力になる。もし虫の代表者が手の付けようがないほど侵略者に感化されていた場合は生態系を壊せばいい」
「獣は――」
「手の内がばれてる。フューリーはそれなりに賢い。ファウストがフューリーの能力を理解しているように、ファウストの能力のメリットとデメリットもすべてを把握されてる。敵に回したら真っ先にファウストが狙われたくない個所を狙うはず」
つらつらと話すマンデイの話を聞きながら俺は思った。
この子と結婚した男は大変だろうなぁと。もし喧嘩になったら肉弾戦でも心を折られ、口喧嘩でもメンタルを破壊されそうだと。
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