第120話 魔術 ト 盾

 ◇ ミクリル・クレン・フェルト ◇




 「クラヴァン、無事か!」

 「これくらいかすり傷っすね!」


 予想以上に敵が強い。単純に動きが速い上、よく統率がとれている。


 見通しが甘かったか。あるいはベルも危ういかもしれない。


 クラヴァンの方へ視線を奪われた瞬間に虎が飛びかかってくる。即座に槍を投げるが反応されてしまった。


 盾を構えて攻撃を受ける。かなり大型の虎の突進だが盾が衝撃を吸収してくれたから体勢を崩さないで済んだ。いままでも色々な武具を使ってきたが、やはりファウストの造った物は格が違う。


 先程投げた槍が地面に刺さっている。槍と私の間には虎。この位置関係なら……。


 小手に魔力を流す。高速で戻ってくる槍。貫かれる虎の腹。


 「クラヴァン! 一匹をやったぞ!」

 「王子がその子猫ちゃんと遊んでる間に俺は二頭やりましたよ!」

 「やるじゃないか! このまま前線を維持!」

 「へいへい!」


 このまま時間を稼げればルドとベルがやってくれるはずだ。俺たちが注目を集めるほど彼らが動きやすくなる。


 後ろから飛んでくるルートの矢がなんとも心強いな。的確に敵の急所を突いて倒していく。


 クラヴァンも……。


 動けているようだ。あいつのタフさは尋常じゃない。ちょっとやそっとの怪我じゃダウンしないだろう。


 しかしどれだけの数がいるんだ。次から次にキリがない。


 む!


 「王子!」

 「済まないクラヴァン! 助かった!」


 なんだこの生き物は、頭が二つ? いかん、考えるな。雑念は腕を鈍らせる。


 くっ、一匹を相手にしていると別の獣が後ろに回ってくる。種も体のサイズも運動能力もてんでバラバラなのになんて連携だ。下手するとデルア兵より動きが良い。


 クラヴァンが苦戦している。熊か。拳が通らないようだ。


 ルートが熊に矢を放つ、が。


 ダメだな。


 矢は熊の目を貫いたがそれでも倒れない。


 これが……。


 これが戦場か。状況はめまぐるしく動く。あちこちに手がいり、油断すれば流れをもっていかれる。


 ファウストは……。あいつはこんな場所で平然と指示を出し、敵を観察していたのか。


 「クラヴァン! 離れろ!」

 「へ!?」

 「私がやる!」



 【衝撃】



 なんとか熊の体を持ち上げることに成功。狙うは下顎したあご。頭を吹き飛ばしてやる!


 貫け!



 【投槍】



 「おぉ、やりますね王子!」

 「油断するな!」

 「わかってますよ!」


 しかし本当にキリがない。一瞬でも気を抜くな。こんなところで命を落とすわけにはいかない。私も、私の五将も。


 『えぇ、上空から報告。ルドさんが【ゲート】を繋げました。おそらくベルさんと接触しているものと思われます。いま見える敵戦力は五百位かな? このままいくとミクリル王子が押し切られます。僕とウェンディさんも劣勢。爆弾の数も残り少ないです。飛翔能力的に、この数の敵を肉弾戦でさばくのは不可能。退きつつ応戦を』


 五百か……。


 「クラヴァン! 聞こえたか!」

 「退きながら応戦っすね!」

 「そうだ!」


 辛いな。戦況が悪い。


 ファウストの強化を受けて慢心していたかもしれない。獣の精鋭、ここまでやるとは。


 ベルは無事だろうか。無理な指示を出した。あいつならやられるまえに逃げてくれるとは思うが……。


 「王子様っ、矢が切れました! 僕もまえに出ます!」

 『このままではお主もやられる。我も参戦しよう』


 ルート。フューリー。


 「助かる! お前たち! 絶対に死ぬなよ!」


 私は盾だ。デルアの盾。世界の盾。


 絶対に守り抜く。




 ◇ リッタ・H ◇




 「報告しなさい。なにが起こってるのです?」

 「敵援軍のようです。人は三から四、上空に飛竜一頭と見慣れない竜が一頭、それぞれ騎士を乗せています。ジェイ様の攻略をしていた部隊は全滅した模様」

 「そうですか」

 「援軍の敵も数は少ないですが並大抵ではありません。しかも人の後方にはフューリー様が控えています」


 戻ってきたかフューリー。このままでは私のジェイが……。


 「兵力を分けなさい。半分はジェイに、もう半分はフューリーに。両方とも取りますよ」


 ジェイに見合う男は私だけです。世界で唯一、私だけなのです。


 「ねぇエイチ君。兵力を分断させたらダメだよ。負けちゃう。見た感じだといまのところ飛竜は押し勝ってるみたいだし人も数をかけたら大丈夫そう。それよりジェイちゃんの方が……」

 「ノーン、最後まで喋りなさい」

 「ごめんね、エイチ君。急に喋るのが面倒になったんだよ。全軍をまとめてジェイちゃんの方に動かしたらいいよ。人は後からでも対処できるから。わざわざ分断させる意味はないんじゃないかな」

 「敵勢力は二つ。自軍を分けないと挟撃されるやもしれません」

 「挟撃のなにが怖いの?」

 「なにが怖い?」

 「これだけの数の差があるのに効果的な挟撃が出来ると思っているの?」

 「あなたごときが私に意見しないで頂きたい。怠け者のノーン」

 「もういいや、面倒くさいから僕は抜けるよ」

 「裏切るつもりですか?」

 「いやぁ、グジョー君の時も思ったけどさぁ。先に裏切ったのはエイチ君とガンハルト君でしょ~?」

 「なぜ理解できないのですかね。これが後に獣のためになると」

 「虞理山が戦場になって怠けられなくなるよって言われたからついてきたけどさぁ。やっぱりおかしいよねぇ」

 「御託を並べる暇があるなら貴方も前線に出たらどうです? ノーン」

 「そう言うならエイチ君が自分で戦ったら?」

 「軍師は自らが戦うことはありません」

 「君さぁ。戦えもしないくせに偉そうな態度ばっかとってるけどさ、気をつけないとダメだよ?」

 「戦えないのではありませんよ、ノーン。私は戦わないのです」

 「言い方はなんでもいいけどさ、いま前線で戦ってる子って君の直の部下じゃないでしょ? 後ろでコソコソやってばっか、その上に間抜けな指示ばっか出してるとさ、やられるよ? 背中から」

 「私は獣の今後を考えて行動しているのですよ? あの連中も理解しているはず」

 「もういいや、本当に面倒だ。君と話しててもらちがあかない。バイバイ」

 「待ちなさい!」

 「皆にも言っててね。僕が抜けたって。あとさ、止めに来るのは自由だけど、もし僕に近づいたら吹き飛ばすからね」


 くっ!


 「次から次に……」




 ◇ ルド・マウ ◇




 「む?」

 「どうした、ルドの兄弟」

 「いや、ハリネズミの獣人らしき者は感知した。だが誰かと言い争っていたようだ」

 「言い争い? どんな奴かわかるか?」

 「四足歩行、丸くて小さい。体高で言うと儂の半分ほどしかないだろう。大儀そうに歩いている。トテトテと」

 「たぬきか!?」

 「たぬきとは?」

 「丸いんだろ? 小さい耳、短い手足、大きな胴体」

 「うむ、特徴はそのようだな」

 「ノーンの兄弟だ。ははっ。そうか! やっぱノーンの兄弟もこっちに来てくれるか!」

 「ノーン?」

 「面倒くさがり屋の狸さ兄弟。なぁ、俺様をノーンの兄弟の所へ連れて行ってくれ。あいつは良い奴なんだ。俺様は知ってる。あいつぁいつも面倒くさそうにしてるが、実は一本筋が通った男前なんだ。なぁルドの兄弟、いいだろう? あいつはつえぇし戦力になる」

 「接触するのはなら構わんが、いままで敵だった相手だろう?」

 「大丈夫、俺様が保証する。ムドベベの兄弟の治療はまだかかるだろう。いまのうちに迎えに行こうぜ。ノーンの兄弟なら問題ねぇよ。獣の連中は最近なんか変になっちまってる奴が多いが、ノーンの兄弟なら大丈夫さ、なんたってあいつは元々変な奴だからな! はっはっはっはっは」


 うぅむ。根拠ははなはだ薄いが、先程敵将と揉めていた様子に偽りはないだろう。戦力になるなら大歓迎だ。


 まずはたぬきの周囲を子細に感知。


 完全に孤立しているようだ。


 次に空気の流れ、物の動き、密度。空間を把握する。



 【ゲート】



 「繋がった」

 「おう。ありがとなルドの兄弟」

 「危険でないとは限らん。共に行こう」

 「おうよ」


 たぬきのノーン。感知した段階で薄々感じてはいたが、会ってみて確信した。此奴、まったく覇気がない。


 「よぉ、ノーンの兄弟。達者みたいだな!」

 「やぁグジョー君も元気そうだね」

 「おめぇもこっちに来てくれるのか」

 「こっちもあっちもないよ。やっぱり君の言う通りだ。エイチ君も変になってる」

 「だな。ノーンの兄弟も合流したことだ。さっさと終わらしちまおう」

 「面倒だなぁ」

 「おいおい、頼むぜ兄弟。これ以上獣の同胞に血を流させるわけにはいかねぇ。だろ?」

 「まぁいいけどさぁ」

 「よし、そうと決まれば即行動だ! ルドの兄弟。エイチは近くにいるんだろう?」


 感知の網を広げる。

 

 「その先だ」

 「わかった。とっちめてくる」

 「だがグジョー殿、其方、腕が上がらんのだろう?」

 「問題ねぇよ。エイチは戦えねぇ。じゃ、ちょっくら行ってくるぜ」


 ぴょんぴょんと地面を蹴るグジョー。すぐに見えなくなった。


 獣はの連中はみな速いな。


 一応、感知しておくか。


 ……。


 接触したな。


 む? 護衛を殴った。一撃か。


 エイチを捕まえた。


 追われてる。


 片腕じゃ反撃は不可能か。しかし速度ではグジョーに分がある。


 敵に追いつかれるまえにこちらに着くだろう。



 【ゲート】



 「ノーン殿、先に【ゲート】に入ってくだされ。ジェイ殿の場所に繋げた」

 「ん?」

 「敵将は捕らえたようだが追われておる。片腕では反撃できん。逃げに徹しておる」

 「ここに入ればいいの? 君たちがしてたみたいに」

 「うむ」


 む? グジョーが動きを止めた?


 「もう一遍言ってみろ! この喧嘩師グジョー様が逃げるって!?」


 はぁ、なにをやっておるのだ。



 【ゲート】



 「グジョー殿……」

 「おぉルドの兄弟。ちょっくら喧嘩してくるから先に行っててくれ」


 敵は……。イタチか? 数は十前後。ここで時間を浪費するわけにはいかん。


 「グジョー殿、戦闘は無用」

 「それは聞けねぇ相談だなルドの兄弟。売られた喧嘩、買わずに逃げりゃ漢がすたる」

 「買えば、いいのだな?」

 「あん?」


 一気に潰そう。



 【重力】



 「お、おい。なにしてんだルドの兄弟」

 「相手の動きを止めておる」


 重いだろう、獣よ。


 儂の術、その鈍重な身体で躱してみせよ。



 【結界】



 杖に魔力をためる。


 そして、潰す。



 【斥力】



 「おいおいマジかよ」

 「重力で動きを止め、結界で捕獲、斥力で潰した。殺してはおらんがしばらくは動けんだろう」

 「それがルドの兄弟の魔法か?」

 「否、魔術である」

 「すげぇな」

 「儂などまだまだ道半ば。魔術の祖、ル・マウの魔術は儂の比にならんぞ」

 「へぇそんなすげぇ奴がいんだな。会ってみてぇもんだ」

 「ル・マウは死んだ」

 「そりゃ残念だ」

 「肉体はな。だが儂の心のなかだけにはおるのだ。ククク。そういう意味ではル・マウはまだ生きておるのかもしれんな。あの美しいお姿……。儂のなかに。ククククク」

 「お、おう」

 「グジョー殿が手にしているのが敵将エイチだな?」

 「あぁ。いまは伸びちまってるが」

 「では戻ろう。この争いを終わらせるのだ」

 「おうよ」

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