第119話 死 ノ 舞
◇ リッタ・H ◇
「なにをしているのです? 相手はジェイと手負いの猛禽だけでしょう。さっさと仕留めなさい」
「しかしエイチ様、敵は猛禽の土魔法で掘った穴のなかに閉じ籠り、激しい抵抗をしております。その上……」
「その上なんだなんです?」
「グジョー様がジェイ様の護衛をしています」
「猿め。寝返ったか」
「同胞のなかにはグジョー様を恐れ逃亡する者も現れはじめています。ジェイ様の生捕りは不可能かと……」
あの猿一匹に尻尾を巻いて逃げるなどなんと情けない。
「いけません。あの女は絶対に生け捕りにしなさい。傷一つつけることは許しません。あれは私のものです」
「しかし……」
「なんです? 貴方も逃亡しますか? どうぞご自由に。その代わり一族郎党地獄に送りますがね。たかが猿一匹に
「「「……」」」
「数をかけなさい。一気に潰すのです。
こっちはもう後がない。欲しいものは全部手に入れる。
必ずや仕留め、手に入れる。
〜 リトル・J 〜
「グジョーあんた、腕」
「おっ
「もう無理よ。あんたが来てくれて助かったわ。でももう無理。腕、上がらないんでしょ?」
「俺様を舐めてもらっちゃ困るぜ兄妹。この喧嘩師グジョー、腕の一本や二本動かなくても
本当にバカな猿。
「強がらないで。まだ相当数がいる。どうにもならない。あいつらの狙いは私とムドベベでしょ? いまならまだ混乱に乗じて逃げられるかもしれない。あんたまで死ぬことはないわ」
「ねぇよ」
「え?」
「ガンハルトの兄貴には返しきれねぇ恩があんだ。ゴロツキだった俺を必要としてくれてよ。お前の腕が必要だって言ってくれて……。世界を救うんだなんて言われたら、お前が必要だなんて言われたら思うじゃねぇか俺みたいな社会のゴミでも役に立つんだってよ。
だから兄貴には最後まで言い聞かせたんだ。こんなことは止めちまえってな。仲間を裏切るなんて兄貴らしくねぇって。でも兄貴は止まらなかった。
これはよ兄妹、兄貴を止められなかったダメな弟分の意地なんだ。ここで俺様がしっかりしなくちゃいけねぇ。ジェイの兄妹やフューリーの親分を殺しちまったらガンハルトの兄貴の顔に泥塗っちまう。兄貴が逸れちまったらよ、道を正すのは弟分の仕事だ」
「バカじゃない? ガンハルトはもうフューリーにやられた。わかる? もう手遅れなの。わざわざ助かる命を捨てることはないわ」
「兄妹、
はぁ、本当に救いようのないバカねコイツは。
「好きにしたら。どうせ言っても止めないんでしょう」
「ははは、よくわかってんじゃねぇか兄妹。おっと、外が慌ただしくなってきたな」
「私たちはもう限界よ。魔法の一発も打てない。援護できると思わないで」
「わかってるよ兄妹。ゆっくり休んでな」
本当にバカな男。さよなら、グジョー。
「おらおら
グジョーが出て行ったと思ったら、外が急に静かになった。
「グジョー?」
まさか、もうやられたの?
「グジョー!?」
「兄妹、ちょっと出てきてくれ! なにが起こってるかわかんねぇ!」
「え?」
なによ。
グジョーの言う通り穴倉から外に出てみると、そこにあったのは獣の精鋭の……。いやかつて獣の精鋭だった奴らの変わり果てた姿だった。
「なにこれ……、あんたがやったの?」
「いや、違う。コイツらが急に倒れていったんだ。バタバタとな。首や胸から噴水みてぇに血ぃ流して」
一番近くにあった遺体を調べてみる。体はまだ温かい。傷は背中、急所に一撃。不意を突いたようだ。
傷口はかなり特徴的。内側から
「グジョー」
「なんだ兄妹」
「味方よ」
「はぁ?」
「たぶん知の代表者が来てる。これは彼の攻撃だわ」
「えげつねぇなこりゃ。こんなすげぇ奴なのか知の代表者ってのは」
ファウストが使う魔力返還式攻撃ギアに違いない。でも不思議だわ。あいつ、こんなに強かったかしら。見た感じだとここにいる全員背後からの一撃で沈んでる。こんな芸当があいつに……。
「も、も、も、もしかしてリトル・Jさんですか?」
!?
「誰!?」
「め、め、め、目のまえにいますぅぅぅううう」
人間? 女?
「何者!?」
「べ、べ、べ、ベル・パウロ・セコですぅぅうう。み、み、味方ですぅぅぅううう」
「味方?」
「は、はいっ! わ、わ、わ、私、ネズミの獣人のジェイさんと大きな鳥のムドベベさんを助けなくちゃいけなくって、そういう風に言われたから来たんですけど、いっぱい獣がいて誰が誰だかわからなくて、でもでもここにジェイさんが隠れてるからってルドさん……、あっルドさんは魔術が得意なおじいさんなんですけど、ルドさんに教えて貰って、だから、だから私……。えぇっとあなたがジェイさんですか?」
「そうよ、私がジェイ。ムドベベはなかで休んでる。この猿はグジョー、こいつも味方よ」
「そ、そっか。よかったです。私の仕事は終わったので、に、逃げますね? 死にたくないので。じゃあさようなら」
「ちょっとまちなさい! 私たちは戦えないの。助けに来てくれたのなら最後までここにいなさいよ!」
「でもミクリル王子様が……、あっ、ミクリル王子様はベルをいらない子だと思ってる王子様なんですけど、その人が言ってました。誰かと行動したら危ないから一人でいた方がいいって。ベルは弱いからここに残ってたらきっと、こ、こ、こ、殺されちゃいますぅぅうう。だから逃げないとっ! ここは危ないんですぅぅぅううう」
「弱い? あんた一人でコイツらをやったんでしょ? 弱いわけないじゃない」
「ごめんなさいぃぃぃいい、怒らないでくださいぃぃぃいいいいい。わ、わ、わ、私が好きでやったんじゃないんですぅぅぅぅううう。ミクリル王子様から命令されてしかたなかったんですぅぅぅううう。命令を断ったらベルみたいな一般市民はきっと衆人環視のなか打ち首にされて財産も没収されてしまいます! ほ、ほ、本当は教会で聖歌を歌ったり畑でお野菜を育てたり踊ったりしていたかったんですけど、名だけの舞将だって騙されてぇぇええ。う、うぇぇぇぇえええん」
な、なにこの女。
会話に……、ならない。
「泣くな! 話が出来ないでしょうが!」
「やっぱり怒ってるぅぅぅううう」
「怒ってないから泣くなっ!」
「うぇぇぇぇぇえええええん」
なにこいつ……。なんなの?
本当に面倒くさい。
「なぁ兄妹、この女の子が知の代表者なのか?」
「ち、違うわよ!」
「じゃあ誰?」
「知らないわ。ミクリルとかルドの名前が出てたからデルアの人間だとは思うんだけど」
「とりあえず味方なんだな?」
「みたいね」
「よし、わかった。いいか兄妹、こういう風に相手が混乱してる時はだな、まずは自己紹介からするんだ。お兄ちゃんをよく見てろよ?」
自己紹介ってまさか……。
「ちょっとやめなさ――」
「お控えなすって!」
やっぱり……。
「早速のお控えありがとうござんす。
まだまだ若輩者ゆえ、仁義にまかり間違いが御座いましたら失礼でござんす。私の生まれも育ちも獣は虞理山。縁もちまして稼業の親は獣の代表者フューリーでぇ御座います。虞理山は山犬一家を名乗らせて貰っております。頭高いですがぁ、御免こうむります。
姓はハドロ、名はグジョー。人呼んで喧嘩師グジョーと申します。まだもって親分、兄貴、お友達衆に厄介、迷惑かける粗忽者。面体お見知りおきの上、
「……」
ポカンと口を開けてグジョーを眺めているベル。
そりゃ、そうなるわ。これってどう反応していいかわかんないものね。
「わ、わ、私はベル・パウロ・セコですぅぅうう。アシュリー教の信者です。ぶ、ぶ、舞将です、一応……。ミクリル王子からの指示でた、た、た、助けに来ました。ど、ど、どうぞよろしくお願いします」
「おっ、ベルさんか。良い仁義を見せて貰った。どうもありがとう」
え? あれで正解なの?
「こ、こ、これで良かったですか?」
「最高だぜベルさん。そう緊張なさんな。絶体絶命のとこを助けて貰ったんだ。感謝こそすれ敵意はない」
「そ、そうですか……」
「で、ベルさんの親分のミクリル王子様ってお方はどこにいるんで? 挨拶がしてぇ」
「王子様はたぶん……、戦ってると思います。敵の注意を引くって言ってましたから」
「そりゃいけねぇ。こうしちゃおれん。なぁベルさん、兄妹を頼めるか? ベルさんの親分の助太刀にいかなくちゃ――」
その時、見慣れた魔術が展開された。
【ゲート】
「ジェイ殿。無事であったな」
「ルド。感謝するわ」
「危ないところであったな」
「そうね、あんた達が来てなかったら……」
「うむ」
「ミクリルは無事?」
「王子はまだ戦っておられるが憂慮なさるな。戦況は拮抗しておるようだ。敵が弱っておったようでな」
「フューリーが三分の一と敵将、私とムドベベも随分と敵戦力を削ったからね」
「ところでジェイ殿、いま敵を指揮しているのは誰かな? この不毛な争いを一刻も早く終わらせなければ」
「たぶんエイチね。リッタ・H。ハリネズミの獣人よ。ねちっこくて執念深くて感情の起伏が激しい。自分のことを虞理山隋一の知将だと思い込んでる痛い奴。まぁ頭が切れるのは事実だけど逆に言えば、それだけが取り柄の下らない男ね」
「ハリネズミの獣人だな」
「小型獣人で戦場に立ってるのは私かエイチ位しかいないから二足歩行してる小さい奴を探せばいいわ。そいつがエイチね」
「うむ、把握した」
【ゲート】を用いて消えるルド。
なんとか危機は脱したようね。
「ねぇあんた」
「は、はい!」
「あんたの味方に治癒魔法が使えるのはいる?」
「わ、私が使えます!」
「そう、じゃあムドベベを治療してあげて。重症よ。その後はグジョーの腕を」
「ジェイさんは?」
「私は最後でいいわ。ムドベベはその穴のなかよ。早くしてあげて」
「は、はい!」
はぁ。
あいつも来てるかな……。こんなボロボロの姿は見せたくない。香水もないのに。
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