第118話 ミクリル
◇ リトル・J ◇
「いつまでウジウジしてんのよバカ!」
(ジェイ……)
「落ち込んでてもなにもはじまらないでしょうが」
(わかっておる。わかっておるのだが)
「あんたのために戦ったわけじゃないわ」
(なんだと?)
「みんなあんたのためだけに戦ったんじゃないって言ってるのよ! 家族や仲間の住むこの世界のために戦って死んだの! あんたが責任を感じて背負い込んで時間を無駄にするのなんて誰も望んでない! まえを向いて戦いなさいよ!」
(すまない)
「わかればいいのよ」
にしても参ったわね。こうも好き放題やられるとは。
いままで味方だった奴がなんの前触れもなく敵に寝返るわ、群れ意識が高いフューリーはテンパって役に立たないわ、まさに阿鼻叫喚の地獄。指揮が乱れて一気に追い込まれた。
いまは敵の攻撃が落ち着いているようだけど、いつ再開されるかはわからない。
獣の本拠地、
森の奥に感じる複数の呼吸、体温、存在。おそらく私たちは完全に攻囲されている。
このままだと数の差で押し切られるわ。
「フューリー、ここで耐久戦をしても未来はない。あんたももう使えないんでしょう?」
(……)
仲間が殺されて冷静さを失ったフューリーはその場で能力を使ってしまった。
普段なら魔力の有無や、もう一つの能力
思えば最初からおかしかった。
虞理山に到着する直前に亀仙からコンタクトがあって、準備する時間も与えられず私とフューリー、ムドベベだけで向かうように言われた。
そして。
――ジェイ、亀仙からの指示だ。援軍が来る。
――助かるわ。敵の重要人物に護衛がいないはずないものね。
――いや、亀仙の感知によると囁く悪魔の周囲には護衛らしい影は一つもないらしいのう。
――え? じゃあこのまま攻めた方がいいじゃない?
――ダメじゃのう。我らだけ攻め入った場合の予知が見えないらしい。なにも。
――なにも?
――亀仙も初めての経験だそうじゃのう。未来の断片しか見えないというのはよくある。だがまったく見えないというのはなかったらしい。
――なにが起こってるの?
――我にもわからんのう。ただ少しでも不審な点があるのなら充分に注意を払っておくべきだ。援軍が来るまで待機しておく方が良いだろうのう。
――そうね。
――
――わかったわ。
――
――ダメよ。前回の再生ポイントは遠いでしょ。激しい戦闘になったらあんたの能力が切り札になる。妥協は出来ない。
――ここで逃がせば今後の世界情勢が大きく傾く。それに
流れが来ていない。うまくいかない時はなにをしてもうまくいかないもの。運が悪い。
言い方はなんでもいいわ。とにかく悪いことが続く。いいニュースなんて一つもないままに時間が経っていった。
そんな状況下で、あれは起こった。
虞理山の盾、白銀の壁と呼ばれた獣。フューリーの盟友ガンハルトの裏切り。
絶対に裏切りなど起きてはならない場所だった。絶対に裏切らないはずの相手だった。絶対に味方からの攻撃など避けられないタイミングだった。
全部が悪い方向へと進んでいく。
ムドべべに乗って空に逃げようにも虞理山から送られてきた援軍は、飛翔能力の高い者が多かった。まるで私たちを処理するために編成されたような部隊。
飛んでしまうと数による多方面からの猛攻に押し切られてしまう。地上にいても連携のとれた動きですぐに攻囲される。個で勝っていても数と連携で抑えられてしまう。
いままで私たちがしてきた手法だから獣の戦い方は嫌というほどよく知ってる。有利な展開だけを選択し続けてジリジリと相手が疲弊するのをまつ。効率的で、安全な戦い方。
フューリーが広めて定着させた最良の狩り方。
「フューリー」
(なんだ)
「私とムドべべが大魔法で敵の注意を引くから、あんただけでも逃げなさい。あんたが逃げ切るだけの時間は稼いであげるから」
(それは出来んのう)
「あいつに……。ファウストに救援を求めるの。それしかない」
(出来ん! お前を置いてはいけん! これ以上仲間を失うわけにはいかんのだ!)
「甘えるな! あんたが死んだら終わりなのよ! 虞理山から送られてきたガンハルトが裏切った! 亀仙の予知もあてんにならない! あんたが生き残らなくちゃ誰が虞理山に残った私の家族を助けてくれるの!」
(……)
「認めたくないけど、あんたは獣の代表者なの。あんたしかいないの!」
(しかし……)
「ゴチャゴチャ言うな! 私にはファウストから貰ったスーツがある。それにもし一人になっても体が小っちゃいし魔法で翻弄すれば逃げ切れるかもしれない」
スーツがある? まだ全然使いこなせてないけどね。
逃げ切れる? 感覚の優れた獣の精鋭相手に? 無理ね。例えもしこれが幸せな
「早く行きなさいフューリー。そして私の家族を頼むわ。きっとみんな脅えてる。ネズミの獣人は戦う力をもってないから」
(必ず戻る)
「信じてるわ」
(うむ)
信じてる。酷な言葉だったかもしれない。さすがにフューリーの足でも往復するのに何日もかかる。その間、ムドベベと生き残るなんて不可能だわ。
せめて、せめて最後にあいつの顔を……。
――ジェイさん、お加減はいかがですか?
せめてあいつに……。
「ムドべべ。死ぬ覚悟は出来た?」
Gyaaaaa!
「獣最高の魔法使いの底力を見せてあげるわ」
◇ フューリー ◇
なんと惨めなのだろう。
最愛の
これでは生まれ変わる以前となにも変わらないではないか。
仲間を救えない群れの長など……。
考えている暇などない。いまは走るしかない。ジェイ、耐えてくれ。
「失礼、間違っていたらすまないが、
ん!?
いま魔術師のルドが見えたような気が……。
【ゲート】
「相変わらずお速いですな、フューリー殿は」
(ルドか?)
「感知の網に
(裏切りがあった)
「なんと!? 裏切りというともしやジェイ殿が?」
(いや)
「ではムドベベ殿が?」
(いや違うのう、獣の援軍が敵に寝返っておった。我の兄弟も、
「なんですと!? それではジェイ殿とムドベベ殿は……」
(囮になった)
「生存の可能性は?」
(わからんのう。おそらくあれは我らを狩るためだけに編成されたチーム。そう長くはもたん)
「すぐに向かおう、フューリー殿」
(しかし相手は獣の精鋭じゃのう、ルドが加わったところで……)
と、その時、我の目のまえに【ゲート】が開く。
そこから出てきたのは……。
(デルア王子ミクリルか)
「フューリー……、良かった間に合ったか」
これは好機。
(ミクリルよ。恥ずかしい話だが獣の裏切りがあった。現状、我も能力を使えない。ファウストに援軍を要請する他、道はない。協力してもらえんか?)
「構わない。そのために来たのだからな。しかしファウストはいま動けない」
(動けない? なぜだ)
「重体だ。マンデイの話では完治までにはひと月は必要だと」
(なんだと!?)
ファウストが? 誰にやられた。なにがあった。
(それでは我が能力を発動する間の護衛を頼みたい。三日はかかるがそれ以外に道はないのう。ジェイとムドベベだけでも救わなければ)
「いや、その必要はない。俺たちが行こう。ジェイとムドベベを救出すればいいのだな?」
(相手は獣の精鋭、状況が悪かったとはいえ、我らが押されたのだ。お主に勝ち目はない)
「勝ち目? 別に勝つ必要はないだろう? とりあえず敵の戦力と状況を教えてくれ」
(それは構わんが……)
「俺たちはファウストに依頼された。獣を救うようにと。あの男がなんの勝算もなくそんなことを頼むと思うか?」
(それでは……)
「あぁ、私たちは生まれ変わった」
我は虞理山から送られてきた者たちのおおまかな数と戦闘能力を伝えた。
おそらく我に対抗する戦力であるガンハルトの部下のハイオーク、ムドベベに対抗する空の精鋭、ジェイの魔法を
恐ろしいほど能率的に我らの対策をした精鋭だ。
(攻撃してきた者はかつての仲間だった。実力も認めておったのう。だが以前より遥かに強くなっておる。まるでファウストに強化されたように)
「敵方にもファウストのような奴がいるのかもしれない」
(我の
「そのようだな」
ミクリルはしばらく考えた後、指示を出した。
まずは竜の乗り手の男に。
「ワイズ」
「はい」
「空をとる。敵を翻弄しつつウェンディの援護を」
「はい」
続いて竜の乗り手の女。
「ウェンデイ」
「はっ」
「空を攻めつつ敵の数を減らす。ワイズと連携して爆撃を」
「はっ」
次に赤髪の男。
「クラヴァン」
「なんっすか」
「俺と一緒に前線を押すぞ」
「えぇーなんで野郎と? 俺はベルちゃんと一緒がいいなぁ」
「ふざけてる場合じゃないだろう!」
「はいはい」
その次は女のような男。
「ルート」
「はいっ」
「空の援護を頼む。ダバス夫妻が討ち漏らした相手を残らず射撃してくれ。可能なら私たちの援護も」
「はいっ!」
そして次にルド・マウ。
「ルドは空と地上、どちらも見てくれ。戦況が悪化したら【ゲート】で場所を変える。機を見計らってムドベベとジェイを救出する」
「仰せのままに」
最後に……。
「ベル! おい、ベル、どこだ」
「は、はい……」
ん? なんだこの小さい女は……。どこにいた。
「ベルは潜入だ。ムドベベとジェイに攻撃をしようとしている敵を殲滅する」
「へ? 一人で? そんなの無理に決まってるじゃないですかぁぁぁああ。まさか王子様、ベルがいらない子だからこの機会に処分しとこうっていうそういう魂胆ですかっ!?」
「落ち着けベル。誰かと行動したらお前の隠密性の効果が減るから単独行動をするんだ。上空からワイズが見て、危うくなったらルドの【ゲート】で救出する」
「間に合わなかったらどうするんですか!」
「では俺と共に戦うか? 戦場で最も目立つ場所だがベルがそう言うなら仕方ない」
「それはちょっと……」
「ウェンディと一緒にデュカに乗ってもいいぞ。
「……します」
「え?」
「潜入しますっ!」
「そうか、助かる」
「死んだら呪ってやる! 絶対に恨んでやるっ!」
「ならば是非とも生き残ってくれ」
むむむ。こやつら、本当に大丈夫だろうか。不安になってきたのう。
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