第121話 空 ノ 申シ子

 ◇ ワイズ・リン・ダバス ◇



 空中戦は楽しい。ミレドからも嬉しそうな感情の波が伝わってくる。


 本当は戦いを楽しいなんて思っちゃいけないんだろう。それはわかってる。でも楽しい。楽しくてしょうがない。


 「ワイズ君! もう爆弾が切れる!」

 (なにが残ってる?)

 「甲が一つと乙が二つ!」


 ここで僕たちが退けば空はとられる。そうなれば地上で戦うミクリル王子の不利は明白。踏み止まらなくては。


 と、いうよりもっとミレドと一緒に飛んでいたい。まだ終わらせたくないなぁ。


 飛翔能力で負けてる。数でも勝ってない。でも楽しいくてしょうがないんだ。


 (ウェンディさん、高度を上げて。甲を空中で爆破させる)

 「無理だ! かわされる」

 (躱させない)


 当てるんだ。


 (ミレド、もっと飛べるかい。もっと速く)


 Cyuaaaaa!


 (本当にいい子だ。ねぇミレド、もしファウストさんがいまここにいたら、敵の親玉を狙うと思うんだ)


 Cyua?


 (僕たちが危険な存在だと思わせるんだ。誰だと思う? 空の親玉は)


 Cyuaa!


 (そうだね。僕もそう思う。あの黒い鳥だ。あいつを中心に戦ってる。ミレド、主役の座を奪っちゃおう)


 Cyua?


 (僕たちはあの鳥よりもうまく飛べる。空の主役は僕たちだ)


 Cyuaaaa!


 まずとす。そして俺とミレドを敵に印象付ける。


 (ウェンディさん、爆弾はちょっとお休みしてください)

 「わかった! 私はなにをすればいい!?」

 (自分たちの身を守って)

 「了解だ!」


 よし、行こう。


 (ミレド、まず飛翔能力が低い相手を墜とすよ?)


 Cyuaaa?


 (コウモリだね。次は首の長い水鳥)


 Cyuaa!


 (そうそうアレ。あの大きな鳥だね)


 Cyua! Cyua!


 敵はまだウェンディさんを狙ってる奴が多い。結構な数の獣を爆弾で撃墜したから注目されるのは当然だ。


 コウモリはやや後ろで支援的な立ち回りをしている。隙をついて特攻してくる感じ。あれをされ続けるのは厄介。


 (ウェンディさん、僕は更に高度を上げます。デュカ、少しの間頑張れる?)

 「わかった!」 Gryuaaa!


 少しでも遅れればウェンディさんが孤立して囲まれるが、速すぎれば確実に敵を墜とすことは出来ない。タイミングが重要だ。


 (ミレド、高く飛ぼう。あのコウモリが攻めてきたタイミングで降下して墜とすよ)


 Cyua!


 にしても僕がウェンディさんから離れても追って来たのは数匹だけ。ちょっと悲しい。いままでサポート的な飛び方をしていたせいもあるが、ここまで警戒されてないか。


 適当に相手をしながら敵の動きを観察する。


 敵は強い。


 なにをしてくるかわからないファウストさんのような怖さはないが、この数や多様性、連携はいままでに経験したどの敵とも違う。


 ウェンディさんはやっぱり優秀だ。完璧にデュカをコントロールしてる。さすがは僕の奥さんだ。手綱さばきが麗しい。芸術だ。ずっと見ていたい。


 おっ、コウモリが攻撃態勢に入った。


 (ミレド)


 Cyuaaa!


 急降下。


 おぉぉお、全速力になるとミレドの飛翔能力が上がったのを実感するな。それに速くてもぶれない。安定してる。ファウストさんに感謝。


 (ミレド、僕を落としていい)


 Cyua!


 タイミングを見計らってミレドの背を蹴った。ミレドはよく考える子だ。細かい指示を出す必要はない。


 落下の勢いに任せてコウモリの首元辺りに槍を刺す。なんの力もいらず、水に沈むように刺さった。


 いやぁファウストさんの造った槍は凄いなぁ。こんなに性能が高いのにこんなに軽いなんて。もう他の武器は使えない体になりそうだ。


 槍を抜く時も力が要らない。するっと抜ける感じ。


 Cyua


 ミレドが僕を乗せようと近づいてきたが、同時に人より少しサイズが大きい鷹も接近してきた。これはやれそうだ。


 (待って)


 コウモリの背を蹴ってジャンプ、距離を詰めて、大きく開いた鷹の口に槍を突きたてた。刺さった瞬間にミレドが僕の鎧に噛みついて引離してくれる。


 こういう時は経験が物を言う。指示は必要ない。ミレドは僕がどうしたいかを完璧に把握してくれてるから。


 (ありがとう、ミレド)


 Cyuaaa!


 (ウェンディさんが囲まれそうだ。フォローに行く。白鳥は……、遠いね。無理そうだ。しばらく回避優先で飛ぶよ)


 Cyua


 ずっとこのまま空を飛んでいたいけど、戦況次第では撤退まである。その可能性まで考慮して、飛翔能力が高い奴を落としたいが、この数を相手に駆け引きは出来ない。やるなら爆弾の範囲に巻き込んで墜とす、か。


 ウェンディさんの周囲にいる翼の大きな鳥。あれを墜としたい。 


 (ウェンディさん。乙を一つ貰える?)

 「十秒!」

 (わかった。ウェンディさん、スイッチするよ僕が下を飛ぶ)

 「了解!」


 


 十


 (爆弾を投下したらデュカに暴れさせて、その速い鳥を僕の近くに誘導して欲しい)


 九


 「了解!」


 八


 (残り七で落として)


 七


 ウェンデイさんが爆弾を落とす。


 六


 落とされた爆弾を見た敵は即座に距離を開けようとするが、爆弾に視線を奪われ過ぎると、デュカの対処がおろそかになる。


 飛竜の戦い方はかなり特殊だ。シンプルな攻撃ではない。どの敵が誰を見ているのか、どう動こうとしているのかそれらを冷静に分析し、共有しつつ行動する。


 人竜一体。人と竜が一つになるだけでなく、その場にいるすべての竜と人が一つになるのだ。


 五


 いま、敵が見ているのは大型の飛竜デュカ。落とされた爆弾は、もうそこまで注目されていない。何故かと言うと爆弾自身に飛行能力がないからだ。爆弾はただ落下するだけだと彼らは学んでいる。


 四


 (ミレド、爆弾をつかむよ)


 Cyuaaa!


 三


 (最高速で飛ぶんだ。一番敵が密集してるところめがけて)


 二


 飛竜の戦略の一つ。


 特攻。


 僕の代になってからは一度もやっていないが、それが主戦法だった時代もあった。例えば火と油を抱えて特攻。先のことは考えない。乗り手にも飛竜にも命はない。デルアの暗い時代、そういう戦術があったのだ。


 つまりこういう戦術もあるわけだ。爆弾を持って敵陣に突っ込む、みたいな。


 (ミレド、乙の爆風範囲は覚えてる?)


 Cyuaa


 (突っ込む)


  一


 (投げるよ、耳を塞いで)


 これまでの戦いで爆弾は動かない、敵はそう学んだ。だから動かす。いまのところ、まだウェンディさんとデュカが注目されてる。だから僕が仕掛ける。


 とても簡単な話だ。


 さっきコウモリと鷹をとしたせいで何匹かの獣にマークされていた。そういう個体はミレドが爆弾を掴んだ瞬間に警戒の鳴き声を上げたのだが、声に気をとられると、デュカの爪が刺さり、牙が伸びてくる。



 零



 【飛榴弾・乙】



 新装備になってからまだ日が浅いから、戦術が確立していない。これから色々と模索していかなくちゃ。爆弾の当て方にしてもパターンを増やさないと慣れられるだろうし。


 「やった!」

 (まだまだだよウェンディさん。結構残ってる。しかも今度当てなきゃいけないのは乙よりもっと重い甲だからねぇ)

 「そうか! どうする!? ワイズ君!」


 あぁ、ウェンディさんがワクワクしていらっしゃる。なんて愛らしいんだ。女神かな? 女神だ。あぁ女神に違いない。美の女神だな。いや、美の化身か。美しいって言葉はきっとウェンディさんのためにあるんだろうな。ウェンディさんと比べたら飛竜の谷のような壮麗な風景だって、不干渉地帯の大自然だって、シャム・ドゥマルトの街並みだってちんけに見えてしまう。僕は果報者だ。あんなに美しい人の夫だなんて。しかもいつもはツンツンしてるウェンディさんが二人きりになると……。ふふふふふ。


 「おい! ワイズ君! なんちゅー顔をしてるんだ君は! まだ戦闘中だぞ!」

 (ウェンディさんが美しすぎるのがいけないんですよ?)

 「アホ!」


 対空戦は最高に楽しいし、ウェンディ成分も補給できた。僕は幸せだよ。


 さて、休憩はこの位にして飛榴弾・甲を当てる作戦を考えないとな。



 【ゲート】



 あっ、ルドさんの魔術だ。


 (ウェンディさん、指示です。撤退しますよ)

 「わかった!」


 せっかく良い所だったのに。まぁしょうがないか。



 ◇ ウェンディ・ナダル・ダバス ◇



 「お疲れ様。ルドさん、ここは?」

 「先程の主戦場から少し離れた場所である」


 森?


 知った顔はミクリル遊撃隊と獣の代表者フューリー、鼠の獣人ジェイ、怪鳥ムドベベ。知らないのは長身痩躯の……、猿? それとまるっこくて可愛い枕みたいな生き物。


 それと植物のツタで縛られている背中にトゲが生えている鼠の獣人。


 「どういう状況?」


 誰にともなく放たれた私の質問を拾って下さったのはミクリル王子。


 「俺たちは敵の注意を引くために戦っていた。そのあいだにベルが敵地に潜入し、ジェイとムドベベを救出。さらにフューリーの友であるグジョーとノーンを仲間にスカウトし、敵将のエイチをさらってきた。ベルとルドは正に八面六臂の活躍だったと言えるだろう」

 「そうですか」

 「とりあえず紹介しよう。こちらは喧嘩師のグジョー。一対一の喧嘩なら負けなしだそうだ」


 紹介された長身痩躯の猿は、ひょいっと長い手を挙げた。


 「おっす。俺様は喧嘩師グジョーだ、売られた喧嘩は全部買うがモットー、好きな言葉は仁義、義理、情。好きなバナナはスノーホワイト、好きな喧嘩は気合入った奴とする徒手格闘ステゴロ、よろしくな」

 「裏表のないすっきりとした性格だ。でこちらがノーン、怠け者の狸だそうだ」


 フワフワした枕みたいな獣が面倒くさそうに頭を上げる。


 「僕がノーンだよ。怠け者だよ。仕事はしたくないよ」


 よくわからないが獣にも色んな奴がいるみたいだ。


 「ところでウェンディ、訊きたいことがある」

 「なんでしょう」

 「お前たち、地上班が撤退したのにどうして戦い続けた? ルドの【ゲート】が地上に展開されたあと、空に展開するから敵から距離を取るようにと指示を出していたはずだ」


 え? いつ?


 「気が付いていませんでした」

 「ワイズならわかる。だがウェンディ、お前は戦場を広く見れる冷静な兵だったはず。あるいはデュカの体が邪魔で地上の様子が見れなかったか?」

 「慣れない新装備での戦闘で、視野が狭くなっていました」

 「ルドの【ゲート】が成功したからいいものの……」

 「申し訳ございません」

 「あぁ、今後は気をつけてくれ」

 「はっ」


 どうしよう。


 言えない。絶対に言えない。


 私のフォロー中心で立ち回ってたワイズ君が後半、爆弾の残数が少なくなってきたために攻撃的な立ち回りにスイッチした。


 一撃必殺。


 他の竜騎士じゃとても真似できないようなトリッキーな戦い方。まるで教科書のような手綱さばき。どれだけ一緒に飛んでも彼の飛翔への驚きは色褪せない。


 その姿がカッコ良すぎて任務なんて忘れて見惚れていたなんて口が裂けても言えない。


 これは墓場までもっていこう。


 空の申し子、ワイズ・リン・ダバス。


 普段はどこか抜けていて頼りない彼だが、飛んでいる時は誰よりも勇敢で最高にカッコいい私の旦那様だ。

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