第110話 走馬灯

 有能なハク様は、俺のスーツセットだけではなくマンデイのスーツセットまで咥えてもってきてくれていた。出来る子ちゃんだ。よだれでドロドロなのはこの際気にしない。


 メイスがないのは痛いが、アレは重いし持ちにくいからしょうがないだろう。これで戦力は上がりそうだが不安要素も。ハクがなにも装備できていない。


 ハクは俺やマンデイと一緒に戦うのを前提でスーツを造ったから、着脱は俺たちがしなくてはならない。つまり一頭で戻ったハクはなにも装備できていないのだ。テンパってしまい、なにも考えずにとんでも指示を出していた。反省しなくては。というよりハクが自分だけで着脱できるスーツを造らねば。


 『主は俺が保護する。基本的には逃げ。追いつかれたら迎撃。キャンプまで戻れたら【極楽鳥】で逃げよう。マンデイは敵に接近されたら打撃、マグちゃんは全体を見て適宜フォローを、ハクはスーツ無しだから引き気味で絶対に攻撃を食らわないように。優先順位の一番目は死なないこと、次に主。以上』

 『うん』『わかっタ』『fじょrと』


 とりあえず装備。



 シェイプチェンジ【鷹】



 ふぅ、生き返った。


 ケリュネイア・ムースは身体能力が高い、その上サイズもあって、魔法も使える。獣の管理者がここぞという場面で主にしたがった理由がよくわかる。だが、相手が悪かったな。俺たち【ゲノム・オブ・ルゥ】はな、撤退という一手にはちょっと自信があるんだよ。


 賢くて俊足のマンデイとハク、シンプルに速度でぶっちぎれるマグちゃんと、性悪の俺の邪魔。追いつけるもんなら追いついてみろ。


 主を抱える時に石を拾っておいて創造する力で変形。爆弾とおなじ形に。さすがに魔力がなさすぎて精密な爆弾をいくつも創造するのは不可能。だが形を似せる位ならなんとかなる。フェイクを混ぜれば本物が通りやすくなるだろう?


 せこい? 勇者らしくない? 知るか。生き残る方が大事だ。


 主を抱えて驚いた。体は脱力していて、なんの抵抗もない。弱々しく呼吸をしているようではあるし、首筋に手を当てると脈も打っているようだが、想像以上に弱ってる。いつまでもつかはわからない。


 これ以上魔力や血液を失いたくないのだが、死なせたくもない。


 攻撃ギアで自分の掌の傷を開げ、出血。またミルクを創造した。本格的に頭がフラフラしてくる。


 主は必死に舌を動かして、ミルクが溢れないように飲んでくれている。この仔が命を諦めない限り、俺も諦めたくない。


 追手のケリュネイア・ムースはといえば、妙な動きをしていた。俺たちを追跡してきているのは一頭だけ。残りの個体は爆弾でダウンしているアルマンの側でボーしていたり、ツェネルと話し合っているようだ。彼らは知的な生物だ、情報の共有を優先しているのだろう。


 なんにせよ距離を詰めてこないのはありがたい。追ってきている一頭を振り切ったら余裕が出来る。


 毛の艶や筋肉の感じ、体のサイズから、追ってきているのは若いケリュネイア・ムースのようだ。走力はアルマンよりありそうな気はするが、俺たちほどではない。このまま引き離してもいいが、コイツをダウンさせとけば荷造りの時間が確保できるかもしれん。


 『マンデイ、いま追ってきている若い個体をダウンさせて欲しい』

 『うん』

 『爆弾が残ってるけどいる?』

 『いらない。マグノリアが欲しい』

 『わかった』


 マンデイとマグちゃんだけを残して行くのはちょっと不安だけど……。


 『マグちゃん、マンデイの補助を』

 『わかっタ』

 『俺とハクは先に行ってる。無理はするなよ』


 こんなギリギリの状況で別行動するのは辛い。


 デ・マウと戦った時もそうだったが、極限の状況下では味方のすべてをフォロー出来るわけではない。信頼をして、リスク覚悟で動くしかない局面がある。今回もそうだ。俺が先に行っておかないとマンデイが足止めをする意味がなくなってしまう。みんなで一頭を相手にしているうちに他のケリュネイア・ムースが集まってきて、せっかく手にしたアドバンテージを捨てるような展開になったら目もあてられない。


 パワードスーツを装備したマンデイならケリュネイア・ムースの若い個体一頭にはやられまい。頭では理解しているのだが、どうしても悪い結末を考えてしまう。


 マンデイたちと別れてしばらくするとマグちゃんが俺に追い付いた。


 『問題は?』

 『なイ』

 『負傷もしてないね?』

 『うン』

 『どんな感じだった?』

 『まずマンデイが――』


 別れた直後、マンデイはすぐさま追手に駆け寄った。若いケリュネイア・ムースは前蹴りで応戦しようとするが、マンデイは即座に反応。


 蹴りのために伸ばされた前足を無視し、体重のかかった方の足を蹴り、バランスを崩ささせるとそのまま跳躍、畳み掛けるように胴体に回し蹴り。


 相手を倒したマンデイは至近距離からのフラッシュで視界を奪い、無力化させた上で、地形を利用したテコの原理でツノの先端を折った。


 ケリュネイア・ムースは殺されるまいと決死の抵抗をするが、すでに死に体。


 マンデイは折れたツノを相手の肩口に刺した。


 少しでも傷が付けばこちらにはマグちゃんがいる。傷口から注入される毒。意識を失うケリュネイア・ムース。


 『ナイス』

 『マンデイが強かっタ』

 『あぁ、あの子は強い』

 『うン』

 『よし、じゃあマグちゃんはマンデイのところに戻ってまた護衛兼連絡役をしてくれる? 俺とハクは先に行って準備しとくから』

 『わかっタ』


 なんとかここを離れれば。


 農園に辿り着けさえすればなんとかなる。


 森の家の家主は元々ルゥが所有していたから、家自体に防衛機能はない。ルゥがいるというその事実が、あの家の安全を保証していたからだ。


 だが農園は違う。


 当時不干渉地帯に立場がなかった俺が、先代の主、アホの鳥さんムドベベに破壊される可能性を考慮して創造した建造物だ。衝撃に強い材質の壁、壊れにくい構造、極端な侵入経路の制限。外敵には優しくない造りになっている。


 しかも新しい技術の発見、能力が向上する度に補強を重ねてきたから、いまや農園は難攻不落の要塞になった。


 いくらケリュネイア・ムースが優秀な種族だとしても、農園の壁を攻略するのには骨が折れるだろう。地熱発電のお陰で魔力には困らないし、現在はミクリル王子の助力も望める。


 キャンプに到着するとすぐさまスーツを【極楽鳥】に変更し、ハクにもスーツを着用、水力発電で生み出されたごくわずかな魔力を利用して、移動の邪魔になる物を処分した。


 主の状態は過ぎた時間に比例して悪化しているように見える。とりあえず体が冷えないように暖めて、励ましの言葉をかけた。言葉かが通じているはわからないが、なにも声をかけないと不安になる。本当はミルクを作るべきなのだろうが、血もなければ魔力もない。申し訳ないが、なんとか耐えてもらうしかない。


 出発準備をしているとマンデイとマグちゃんが合流した。怪我もしていなければ部位欠損もない。一安心だ。


 「お疲れ様、すぐに出発しよう」


 こういうギリギリの場面ではリズとヨキ、ゴマが抜けた穴を痛感する。


 ゴマがいればもっと効率的に足止めが出来たはずだ。アホ程耐久があって、かつ攻撃力もそこそこあり、なによりガッツがある。無視を決め込むには機動力がありすぎるし、対応すると泥仕合になり、ゴマに時間をかけていると他所から致死レベルの攻撃が飛んでくる。スーツがなくてもそこそこ戦えるのもゴマの強みだった。


 ヨキの剣は生き残るための剣。ディフェンスが無茶苦茶うまい上に状況をみながら戦うタイプだから、そこにいるだけでバランスがとれた。種族的に魔法攻撃には弱い傾向にあるが、物理無効の特性を利用した変則的な守りと確かな剣の腕、そして強力な俺産の武器。もし今回ヨキがいれば、ケリュネイア・ムースが仲間を呼ぶまえにかたがついていた可能性すらある。


 だが最も失った穴を実感するのはリズだ。あの子の超感覚はとにかく便利だ。音を聞くだけで相手がどこにいるかを理解し、最善の行動をとることが出来る。試射なし、観測なし、感覚だけで一キロ半レベルの狙撃を成功させるだけのポテンシャルが彼女にはあった。木々に遮られたこの視界の悪い森でも正確な敵の位置を認識し、的確に行動することが出来ただろう。


 「ファウスト、どうしタ」

 「すまんマグちゃん、考え事をしていた。すぐに逃げよう」

 「うン」


 いないものはしょうがない。俺に求心力がなかったのが原因だしな。


 「ファウスト」

 「どうしたマンデイ」

 「少し休んだ方がいい」

 「そんな時間はない」

 「顔色が悪すぎる」

 「徹夜明けだし、血液のミルクを造りすぎたし、魔力ももうない。だけど休んでいたら確実に捕まる。【極楽鳥】は速度も出ないしな」

 「途中で落ちる」

 「もう一度俺が造った風呂でゆっくり休みたいんだ。死んでも帰るさ」

 「帰れるとは思えない」

 「大丈夫だ。いける。もう一度戦闘になる方がキツい。あれを数頭相手にする自信はあるか? マンデイ、お前が倒した個体はたぶん若い個体だ。戦闘経験の少ない、ただ体力があるだけのな。たぶんアルマンや、その後ろにいた奴らはもっと手ごわいぞ。正直俺はもう限界だ。まともに戦えそうなのはマンデイとマグちゃんとハクだけ。戦えば十中八九やられる。全滅の可能性すらある」

 「……」

 「なんとか逃げるんだ。この土地に来た時とおなじさ。戦える状況になるまで逃げきるんだ」

 「わかった」


 死。


 生きるためには死というエネルギーを代謝し、活用し、弱者から奪い続けなくてはならい。


 端的に表現すると、生きとし生けるすべての者は、狩人なのだ。


 エネルギーを奪う、生きてきた時間を奪う、感覚を奪う、命を奪う。


 狩る者と狩られる者とのあいだにある微妙な関係は、能力の差だったり経験だったり、ちょっとした幸運だったり意図しない不幸だったり、環境だったり状況だったり、そういわずかな要素で簡単に逆転してしまうような、繊細なバランスの上に成り立っている。


 死。


 その時の状況は?


 最悪だった。


 不完全な発電機しかない状況下で無茶な創造を繰り返した直後にスーツ無しの戦闘。自分の血液を使ったミルクを創造した後に仲間の動きや索敵に神経をすり減らしながらの長距離の移動。


 正直、それが来た時、俺の頭はほとんど働いていなかった。


 死。


 巨大な魔力の弾だった。


 遥か後方で数頭のケリュネイア・ムースがツノを合わせているのが見えた。


 「ファウスト!」

 

 マンデイの声が聞こえた。


 これは敵の攻撃なのだと気が付いた時には、もうすでに回避不能の位置に、それがあった。

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