第109話 危機

 俊足のハクがフライングスーツの核を持ってくるまで時間を稼ぎつつ、主を安全な場所まで避難させなくちゃならん。


 動きにくいからと【亀】を脱いでいたのが悪手だった。


 いや、そもそも戦闘を想定していなかったから、メンバーも装備はほとんどしていない。まともに戦えそうなのは治療用に針とスーツを装備してたマグちゃん位だが、この子は一人じゃどうもできん。【亀】さえ装備しておけば余裕で時間が稼げたのに……。


 いや無理か。あのクソ重いスーツで居座っても無視されて終わりだ。ケリュネイア・ムース夫妻の狙いは主なのだからな。


 ハクにスーツを取りに行かせたのは間違いだったか? 時間稼ぎを手伝って貰った方が……。


 相手は不干渉地帯でもトップクラスの戦闘能力を有する種族、それも二頭の成体が相手だ、無装備じゃキツい。ハクは打たれ弱いし、選択は間違ってないはず。


 『俺が攻撃するからそれを合図に動き出すよ』

 『わかっタ』『うん』


 マグちゃんが安全に攻撃するためにも、マンデイと主を逃すためにも、目眩しは必要だ。出来れば目眩しと思われない方法で。


 相手の動きに最大限の注意を払いながら魔力を溜める。


 先に動いたのはケリュネイア夫妻の夫、アルマン。狙いは生まれたばかりの仔鹿。魔法を使われるまえに主を殺そうという魂胆か。


 「マンデイ!」

 「うん」


 ほぼ同着だったがマンデイの方が僅かに早く主を救出できた。被ダメージもなさそうだ。


 「逃げろ!」


 コクリと首肯するマンデイ。


 『魔力が溜まった。マグちゃんはタイミングを見計らってツェネルに鎮静毒を打ち込んでくれ』


 普通の属性魔法でなんとかなる相手じゃなさそうだ。下手したら足止めすら出来ない可能性もある。


 近くにあった朽木を変質。


 即興で三層構造の爆弾を造った。外側はプラスチック、中層に金属片と石、中央に風魔法を収縮させたコア。


 不干渉地帯の中でこんな物騒な物を使用したら確実に生物の大量発生スタンピード事案になる。


 だがこの攻撃は主の命を守るのが目的。獣の神様がちゃんと見てくれてることを祈ろう。ダメだったらその時はその時だ。ここで足止め出来なかったらどっちにしろ終わる。


 『マグちゃん、爆弾を投げる。木の影に』

 『わかっタ』

 


 【榴弾りゅうだん・風】



 破片が飛び散る。が、強い生物特有の外皮や毛の強度のせいで出血はない。少しでも傷がつけばそこから毒を入れられたのだが……。


 しかし幸いにも二頭の鹿は俺の方を向いてくれている。


 『マグちゃん、ツェネルを』

 『うン』


 背後をとったマグちゃんがツェネルに毒針を……。


 『刺さらなイ』


 外皮が厚いか。


 『どうにかして傷をつける。どうしても無理そうだったら眼球から毒を入れよう』

 『失明すルかもしれなイ』

 『背に腹は変えられん』


 爆弾の風圧にやられたのか、鹿夫婦は呼吸が苦しそうだ。もう少し規模が大きいやつなら気絶までいけるかもしれない。


 「ねぇアルマンさん、もう止めませんか? 主殺しは重罪ですよ? 主と知らずに殺したのならまだしも、あなた方もうあの仔が主だと知ってしまった。その上で命を奪えばケリュネイア・ムースの居場所がなくなるかもしれませんよ?」


 俺が喋っているうちに呼吸を整えたアルマンが応える。


 「白い者は同族を食らう」

 「それ、迷信ですよね? 実際にアルビノの個体が同属狩りをしてるところを見たことがあるんですか?」

 「アルビノ?」

 「生まれつき色素がない個体です。あなたのお仔さんみたいに。ケリュネイア・ムースは草食ですよね? アルビノは色素がないだけで食性は変わりません。だからあの仔も草食。同族は食いません」

 「貴様が背で怪しい動きをしてなかったら信じてやってもよかったのだがな」

 「あらら、バレましたね」


 よく観察していらっしゃる。


 『マグちゃん、耳を塞いで口呼吸』



 【榴弾・臭音】



 イメージしたのはアンモニア。プラス爆音と呼吸を阻害する風圧。鼻と耳、行動の邪魔をさせてもらう。獣の感覚器官は侮れない。先に潰しとかないと、どこまでも追跡される。


 『マグちゃん、逃げつつ出血を狙う。ケリュネイア・ムースと距離をとってくれ』


 移動しつつ新しい爆弾を創造したのだが、体力にも魔力にも余裕がない。新しい主を守るためにギリギリまでシェルターや農園の創造をしていたのが響いてる。早いとこなんとかしないと逃げきれなくなってしまう。


 魔力切れでも起こしたら確実に終わり。早くハクが戻ってきてくれればいいのだが、まだかかりそうだ。


 さっきの攻撃でどれくらいの足止めが出来ただろうか……。正直言って自信がない。


 臭いのせいで心が折れてくれればいいが……。いや、希望的予想はやめよう。


 しばらく進むと後ろの方から雄叫びのようなものが聞こえてきた。


 『マグちゃん……』

 『仲間ヲ呼ばれてル』

 『だな』


 詰んだくさい。


 魔力がない状態、一頭相手にするだけで辛いレベルの生き物が集まってくる、どうしようもない。


 個体数が少ない生き物らしいから無茶苦茶な数が集まる感じじゃないだろうが、なにせ一体一体が強い。


 なんとかシェルターまで移動できたら【極楽鳥】を装備して上空まで逃れるのだがな。


 なぜ俺は出産場所とシェルターを絶妙に離れた場所に造ってしまったのだろうか。バカだ。ケリュネイア・ムースとの関係がいい感じだったから急に戦闘になるとは考えていなかったし、引っ越しはシェルターが完成してからでいいと悠長に構えていた。ていうか仕事が多すぎてそんなことを考える余裕がなかった。


 ここ最近で一番のピンチ。


 こんな時に都合よく助けてくれる人なんていない。ミクリル遊撃隊には自宅待機を命じているし、フューリーは囁く悪魔の討伐。亀仙が俺の危機を予知して援軍を送ってくれるみたいなパターンが最も考えやすいかな? いや、ていうか亀仙はなぜアルビノの件を俺に伝えなかったのかな。バカなのかな? こんな感じになるってわかってたら無装備で戦うなんて地獄にならなかったはずなのに。


 そのまましばらく逃げていると、マンデイが突然うずくまった。


 「どうしたマンデイ!」

 「弱ってる」


 はぁ。次から次に。


 「治癒魔法は?」

 「飢えが原因」


 おっとこれは……。


 ……。


 うぅん、無理だ。どう考えても助からない。助けるには母乳がいるが主の母ツェネルにはこの子を救う気がまったくない。むしろ殺そうとしてる。元々草食らしいけど生まれてすぐに草を食うなんて不可能だろう。


 ミルクを造るか? いやぁ、さすがに魔力がなぁ。さっき爆弾を造ったのでギリギリだったし、いくら【極楽鳥】がローコストで長距離移動可能だと言っても限界はある。なんとか拠点まで戻れたのに飛べないなんてパターンは本気で笑えない。


 「ファウスト!」


 木の影から覗く立派なツノと巨体。


 ツェネルとアルマンの二頭しかいないのがせめてもの救いか。


 ふぅ。


 爆弾で時間を稼ぐのも限界がある。


 マンデイも俺もスーツと武器なし。攻撃手段は移動中に創造した爆弾のみだが、それも外皮を傷つけるほどの威力はない。もし捕まれば主は確実に殺されるだろう。俺たちはどうだろうか。忌仔を守った罪で処刑される可能性もある。


 一番安全な手段はは主を差し出して俺たちだけで逃げる、という行動。だがそんなことをしたら獣の世界の管理者からは確実に嫌われる。今後の展開を考えると仲良くしておきたい相手だし、そんな選択肢はとりたくない。フューリーや亀仙に救われた過去もあるから、その観点からもなんと主は助けたいが……。


 うぅむ。だが生き残るビジョンが……。


 「マンデイ、スーツ無しでどこまでやれると思う?」

 「わからない」


 シェルター造りの補助をしていたマンデイも体力的にはギリギリのはず。ていうかゆっくりしすぎると主が衰弱死する。


 決断するならいまだな。


 主を捨てる、ハクがスーツを持ってくるまで戦う、逃げ切れる可能性に賭けて全力で撤退する、説得してみる。


 うううううう。


 「ファウスト、戦った方がいい」


 と、マンデイ。


 「勝てる未来が見えない」

 「勝つ必要はない」


 遅延か。ハクが【鷹】をもってくるまでの時間を稼げば……。


 「わかった」


 とにもかくにも主のケアをしとかないと。衰弱死は避けたい。


 「マンデイ、マグちゃん、少し相手をしててもらえるか?」

 「うん」「わかっタ」


 近くにある葉っぱを使って掌をカット、出した血液を創造する力で変質、ミルクを造る。飲めるかなと口元に近づけると弱々しく吸い始めた。


 急場は凌げたかもしれないが、これじゃ全然足りないはずだ。しかも魔力と血液まで失った。いよいよ危険な展開になってきたな。主が衰弱死するまえに俺が倒れる可能性がある。


 アルマンが突っ込んできた。ツェネルは溜めの動作に入ったように見える。魔法を使うようだ。


 『爆弾を投げる。爆破のタイミングは俺が操作する。出来るだけアルマンの胸部の近くで起爆したい』

 『うん』


 移動しながら造っておいた爆弾を全力投球。


 一度爆弾を食らっているアルマンは警戒して避けようとするが、マンデイがダッシュで爆弾に近づき、蹴りで軌道を変える。


 ファインプレー。


 だが、夫を守るためにツェネルから放たれた魔法が爆弾を直撃した。


 さすがは夫婦。よく連携がとれてらっしゃる。


 「アルマンさん、ツェネルさん、考え直してください。あなた達のお仔さんはこの土地の主になる存在です。この仔にケリュネイア・ムースが滅ぼされるのを危惧しているのでしょう? ですが殺しても神の怒りを受けることになりますよ? 心から種を守りたいと思うのならこの仔を見逃してください。育てろとは言わない。せめてこのまま生かしてください」

 「白い仔を守る貴様らの発言を信じろと?」

 「それしかないでしょうね。神に誓います。僕の言葉に嘘はない。この土地の生き物を救いたい。この世界を救いたい。どうかお願いします」

 「断る」


 やっぱ無理か。だが……。


 「アルマンさん。僕の問いかけに応えてくれてどうもありがとう」

 「ん?」



 【榴弾・風】



 はい直撃。


 風圧で呼吸が出来なくなったアルマンは地面に倒れ込み、必死に息を吸おうとしている。


 「おっとツェネルさん、動かないでください。もう一発爆弾を起爆させてあなたの夫を殺しますよ?」

 「卑怯者!」

 「卑怯で結構。生き延びなくちゃならないのでね。いいですか? 一歩でも動いたら起爆させます」


 これで逃げられるかな。


 『マグちゃん、よくやった』

 『うン』


 ラピット・フライの強みは毒だけじゃない。飛行能力の高さは勿論、体の小ささ、これも強みの一つだ。


 ツェネルの魔法が着弾した個所からは大きな土煙が上がった。敵の視線が切れたと判断したマグちゃんはすぐに爆弾を回収、俺がアルマンと交渉している間に上空に飛び、落とした。


 アルマンとツェネルも夫婦として連携がとれているかもしれない。だがこっちも長い時間、行動を共にしているんだ。なめてもらっちゃ困る。


 『マンデイ、マグちゃん、逃げるぞ』

 『ファウスト、逃げられなイ』


 間に合っちゃったか。


 木の影から覗くツノ、巨体。


 ケリュネイア・ムースの援軍。五、いや六か。


 と、その時。



 パキパキパキパキ



 足元の草が凍っていく。


 よかった。こっちも間に合ったみたいだ。首の皮一枚繋がった。

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