第111話 閑話 悪 ノ 芽吹キ ナド
◇ 悪魔 ト 幽霊 ◇
――商人の街ハルゼン――
リズベット・リーレイン
「おねぇちゃん、これあげる」
「ありがとう、じゃあ代わりにどうぞ」
「え!? こんなにくれるの?」
「えぇ、無駄遣いしちゃダメですよ?」
「わかった!」
子供というのは可愛い。
どんな場所のどの種族でも。
この子達の未来を守るために戦わなくちゃと思う。侵略者に感化されて悲惨な結末を迎えた戦争を目の当たりにした一人の悪魔として。でも、戦うという想像をすると、いつもあの人が出てくる。
傷口から流れる血、脂汗と砂埃で汚れた顔、足で弓を引く姿、殺意。
信じる者は最後まで戦える。例え自らの命がそこで終わっても、自分以外のなにかが残ると知っているから。だから、死の直前まであの人の中には光があった。デルアという光が。
そしてその光が、私の心に影を落とす。
いまの子は猫の獣人だろうか。私があげたお金を握りしめてどこかに走り去ってしまった。
「おいリズベットいい加減にしろ」
「なにがです?」
「そんなことを繰り返していたらいくら金があっても足りんぞ」
「皆にあげているわけではありません。いまの子はお腹を空かせた小さな妹がいるからお金が必要なんです」
「だとしてもだ。いまこの瞬間生き延びたとしても先がないだろう。放っておけ」
「ヨキさんは非情ですね」
「非情にならねば生き残れん環境で育ったからな」
そういえばヨキさんの過去って……。
「ヨキさんはどういう幼少期を過ごしたんですか?」
「なんの面白味もない話だ」
「いいんです。教えてください」
「母の身分が低かったせいで幼少期からひどいイジメを受けていた。剣の腕だけが自分を救うと考えた俺は、必死で鍛練し力をつけた。ようやく半人前程度に剣が振れるようになった時、草原を二分する戦争が始まった。昨日まで仲良くしていた他の部族の男が壁となり立ちはだかり、兄妹のようにして育った男から斬りかかられた。俺の兄には婚約者に刺された者もいる」
「そんな……」
「お前が生まれた国と似ているな」
「えぇ。でもなんでそんな風になったんですか?」
ヨキさんは一度立ち止まって黙って空を見上げた。ゴマちゃんが心配そうにヨキさんの匂いをクンクンと嗅いでいる。
「どうしたんですか?」
「いや、ここの空も低いなと……。草原の空は高くて、どこまでも広かった」
「私も一度行ってみたいです」
「つまらん場所だ。それに草原にはもう俺の居場所はない」
ヨキさんが歩き出す。
「戦争のきっかけがセルチザハルの盟友ドルワジのお家騒動だったことがわかった頃には、草原には多くの死体が積み上げられていた」
「お家騒動?」
「本来、草原の民の家督継承権の最優位は長子になる。だが力に秀でた者、特に人望のある者はその限りではない。族長の一存で次期族長に任命されることもあった。
ドルワジに剣に優れた男がいた。ハダンという男だ。ドルワジのハダンは長子でかつ剣にも優れていたが、器がなかった。先代のドルワジ族長がその任を降りる時に次期族長に任命したのはハダンではなくハレルという若い剣士だった。
ハダンはその決定に怒り狂い、俺の器がいかほどのものかを見せてやろう。そう息巻いて家を出た。狙われたのは俺の父上、剣聖ヨジンだ。ハダンはヨジンの命を取り、自分の器を証明をしようとしたのだな」
「それで……、そんなことで戦争に?」
「ヨジンは草原の顔、そう易々とは近づけない。ハダンは父と斬り合う前に殺された。セルチザハルがドルワジの長子を討ち取った。草原が戦火に包まれるのには充分の理由だった。相手からしたら、いかにハダンが愚かであろうとドルワジの子、家族が奪われて黙っていられないのが草原の血。そして俺たちからしたら、父を襲撃したのは家督継承権第一位のドルワジの長子。これは宣戦布告だと考える」
「もしかしてヨキさんが命を落としたのってその戦争で……」
「違う。草原の戦争でセルチザハルもドルワジも多大な被害を
「ヨキさんは何をしたのです?」
「ドルワジの長子ハダンを一騎打ちの末、打ち負かしのは俺だ。他にも風のハヴァイ、神速のウェイ、敵方の有名な剣士を片っ端から斬っていった」
「すごい」
「戦いの中では感覚が鋭くなる。俺は血に飢えた獣のように強者を求めて戦場を走り回り、気付けば草原の殺し屋などと呼ばれるようになっていた。俺は長子ではない。母も卑しい身分の出だ。しかし父上はそんな俺をゆくゆくは族長にすると宣言した。もちろん兄弟やらやんごとなき家の出の母らは納得せん」
「せっかく戦争で頑張ったのに……」
「いや、族長の立場には興味はなかった。しかし、兄弟はそうではない。セルチザハルを、ひいては草原の民をまとめ上げる夢想にふける兄弟にとって俺は邪魔な存在でしかなかった」
「でもそんなに強いヨキさんを誰が?」
「兄の一人だ。寝込みを襲われた」
「そんな……」
「この話はもう終わりだ」
ヨキさん……。
皆、なにかを背負って生きてるんだ。私だけじゃない。私が命を奪ってしまった弓将ルベルさんにも、戦争で命を落としててしまった人々にも、皆……。
「ねぇヨキさん」
「なんだ」
「私の故郷に行きませんか?」
「なぜだ」
「空が広いからです」
「そうか……」
いつか……。いつか私が全部乗り越えて。失われていく命に見合う世界を創るために戦う覚悟が出来たらその時は、また。
「それまで私を守ってくれますか?」
「無論だ。お前を殺してしまったらあの過保護鳥からなにを言われるかわからん」
また……。
◇ ミクリル遊戯隊 ◇
――農園――
ベル・パウロ・セコ
「皆! 耳を傾けて欲しい」
ミクリル王子が呼んでいる。
なんだろう。怖いな。私またなんかやらかしたかな。怒られる?
どうしよう。逃げようかな。だいたいなんで私、舞将になんてなったんだろう。名前だけなんて甘い言葉に誘われてなってはみたけど全部ウソだった。あぁやだなぁ。教会に戻りたい。なんだかお腹が痛くなってきた。
「ん? ベル! ベルはどこだ!?」
マズいっ! やっぱり私を探してる! 処刑だ! 処刑される! よし、逃げちゃおう。逃亡生活は寂しいだろうけど王子様とかクラヴァンさんと一緒にいるのは嫌だ。いつか死んじゃう。痛いのも怖いのもヤだし戦いたくないし。
クンクン、スンスンスン。
「あっ、ベルちゃん。ここにいたのか! 隠れようったって無駄ださ。このクラヴァン様にかかれば女の子の匂いだげでどこまででも追いかけられるんだからな」
「ひぃぃいいい。止めてくださいクラヴァンさん、襲わないでぇええ」
「いや、襲わないってば」
「いま名乗り出ようとしてたんですぅぅうう。ミクリル王子様、すみませんでしたぁああぁ。この通りですぅぅううう」
「うん、ベルちゃん。ちょっと落ち着こうか」
どうしよう。
「おいベル・パウロ・セコ、どうして
……。
お父さん、お母さん。私もすぐ、そちらに向かいます。
「おいベル。大丈夫か?」
「はっ、王子様!」
「急に白目をむいたから驚いたぞ。体調が悪いなら無理はするな」
「え? 体調は悪くないです。健康です。生きていくのが楽しいです。これからも長生きしたいです。処刑は嫌です。痛いのも嫌です」
「ん? なんの話をしてるんだベル。早くこっちにこい」
「はい! 行きます! すぐさま参ります」
はぁはぁはぁ。
怒ってない? よかった。
「みんな聞いてくれ、これは○イスターという遊びらしい。ファウストからこれを使用するように指示を受けている。一度やってみよう。クラヴァンは審判だ」
「え!? どうして俺が審判なんですか?」
「クラヴァンには使わせるな、とのことだ」
「なぜです?」
「悪用するから、と」
「悪用? どんな遊びなんですか?どれどれ。プレイヤーAと……。ふむふむ。指示された色を指示された部位で……。なるほどなるほど。お言葉ですが王子、これは俺のために開発された遊びですね。俺がやります」
「ダメだ。どうしてもというのなら俺やワイズが相手になる」
「なにが嫌で野郎同士でこんなゲームをしなきゃならんのです!」
あわわわわ、クラヴァンさん、王子様になんて口の効き方を!
「すみませーん。僕はウェンディさんとしかやりませーん。さぁウェンディさん、日が昇るまで僕と○イスターなるものを楽しみましょう」
「おいワイズ君、そんなことを言うな、恥ずかしいだろう!」
「あぁ恥ずかしがってるウェンディさんも素敵だ……」
「はぁ」
あわわわわ、王子様のまえでそんなイチャついて……。
「すみません、ちょっと静かにしてもらっていいですか? 感覚が敏感になったのにまだ慣れなくて……」
「おいルート、王子の命令だ、とりあえず体を起こせ」
「本当に具合が悪いんですよユキさん。近くの人が騒いだり一斉に動いたりするとめまいがするんです」
「ふん、めまい程度で軟弱な男だ」
あわわわわわ、ルートさん五将のユキ・シコウにそんな物言いを……。
「ベル、よかったら私と○イスターをしないか? みんな都合が悪そうだから」
あっ、王子様がこんな近くに。
夢だ。夢だったんだ。
長い夢だったなぁ。
「わわ、ベル様! 大丈夫ですか!!」
なぜリザードマンがこんなところに……。
もうダメだ。なんだか頭が真っ白に――。
◇ 悪 ノ 芽吹キ ◇
―― とある町の宿屋 ――
リッツ・アン・デガルステン
――お兄ちゃん、お腹が空いたよ。
――ちょっと待ってろ。なにか食べ物を盗ってくる。
――ごめんね、お兄ちゃん。
――気にすんな。お前は体を治すことだけに集中してればいいんだ。
「おい、あんた!」
「誰だ!?」
「まったく……」
「すみません、寝ぼけてて」
「大丈夫かい? 随分とうなされてたみたいだけど」
「昔の夢を見てました」
「そうかい。なんの夢かは知らないけど、嫌なことはみんな忘れちまいな。それにしてもアンタ、傷の治りが早いね」
「えぇ、魔法の心得がありますから。体は強い方なんです」
「まぁ、その方が助かるよ。早く働いて宿賃を返してもらわなきゃいけないからね」
「すみません。元気になったら賞金首でも捕まえてお返しします」
「おいおい。もう斬ったはったの世界に行くのは止めとくれよ。折角こうやって知り合ったんだ。別れた瞬間に死にましたじゃやりきれないよ」
「おかみさん」
「いいかい。生き方なんていくらでも変えられるんだ。アンタがどんな人間だったかなんて
「……」
「いまからだって遅くない。真っ当に生きな」
「はい……」
「じゃあ、
「あっ、おかみさん」
「なんだい」
「明日の仕込み……、手伝います」
「無理しなさんな」
「いや、手伝いたいんです。人じゃなくて、食材を切ってみたい」
「あははははは。そりゃいい。それじゃあ日が昇ったら出てきな。寝坊すんじゃないよ」
「はい」
もうひと眠りするか。
俺は充分にやったさ。良い女を抱いて、良い酒を飲んだ。舞将だぜ? 泣く子も黙るデルア舞将。充分だ。
あの消える剣士にやられたのは悔しい。だが、もういいんだ。強くある必要もない。プライドなんて捨ててしまえばいいんだ。
「平和ボケしたかリッツ」
!?
「誰だ!」
「お前には戦場がよく似合う」
なんだ!? 誰だ!? 姿が見えない。
「誰だ? お前を裏切った者は誰だ。お前の命を奪おうとしたのは誰だ。お前を虐げたのは誰だ」
「なぁ何者なんだ、アンタ。ここは俺の寝室だぞ?」
「お前は誰よりも王国に貢献してきた。貧しい家から己の腕だけで身を立て、王国の汚れ仕事は率先して片付けてきたな? お前は、誰よりも優れた兵士だった」
「そうだな、過去はそうだったかもしれない」
「思い出せ」
何者かが耳元で囁いた。すると……。
燃える家の中から叫ぶ母。
――逃げろ、リッツ! 俺は母さんを助けてくる。
――お兄ちゃん!
――走れ! 死ぬ気で走れ! 生き残れリッツ!
お兄ちゃん。お母さん。
――逃がすな! 指輪を取り返せ! ガキも女も殺して構わねぇ。
ここは?
いつかの戦場……。
――リッツ、もう止めな。
――なぜ止めるのですユキさん! コイツらは悪です。当然の報いだ。
――悪人にも事情がある。それを一番よく知っているのはお前じゃないのか?
――くっ。
ヨル……!?
――踏み込みが甘い。お前の剣は……
ヨル。
ヨル……。
「誰よりも貢献してきたリッツ・アン・デガルステン。努力家のリッツ・アン・アンデガルステン。どうして報われない。なぜお前は救われない」
「……」
「あの剣士を斬ろう。努力が報われる世界にしよう。貧困のない世界にしよう。私と一緒に。平和を嫌い、命乞いをする奴を笑いながら斬り伏せ、恩人に唾を吐く。それがお前だリッツ」
「…………」
「自己紹介をしよう。私は囁く悪魔、そう呼ばれている。夜は長い。ゆっくり親睦を深めようじゃないか」
WARNING!
【氏名】
不明
【容姿】
長身細身 金髪 碧眼
【罪状】
殺人 強盗
【詳細】
宿屋の主人、及び宿泊客を皆殺しにした上、財を奪い逃走。
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