第90話 情操教育

 ドミナ・マウの顔を確認した俺は、マクレリアの反応をメンバーに伝えた。反応は三者三様。静かに聞く者、難しい顔をする者、露骨に驚く者。


 積極的な発言がなかったため、俺からミクリル王子に尋ねる。


 「と、いうわけですが、ドミナ・マウとはどのような人物なのです?」


 するとこう返ってきた。


 「不気味な雰囲気の男だ。意外と常識人で、国に対する忠誠もある。デイの腹心というイメージがある。知的な人物だ」

 「死人のようには見えますか?」

 「いや、それはないだろう。ドミナの行動や言葉には彼の意思が感じられた。操られた者とはまったく違う」


 うぅん。どういうこと?


 現在と五百年まえのドミナ・マウは同一人物だと考えて間違いないだろう。身体的特徴や使う魔法もおなじ。


 老いもせず死にもしてない。


 「もしかすると、この世界には不老不死的なものが存在するのかな」


 呟いた。


 するとそれを聞き取ったリズが、


 「明暗の前代表者の聖者ワト様は不老不死ですよ。有名な話です」


 と、こう言ってきた。


 実際に前例があるなら不可能ではないかな?


 でもワトは代表者だからなぁ。


 俺含めて各世界の代表者は漏れなくチート能力を与えられている。ワトが不老不死だからドミナも不老不死になれるよ、と結論づけるのは安直だ。


 考えられるのはなんだろう。


 「ミクリル王子、誰かが高度な死霊術を使っているとは考えられませんか? 死体の意思を残すような」

 「すまないファウスト。私は特に死霊術に詳しいというわけではないんだ」


 残念。


 「マンデイ、ルゥの記録のなかにそういう記事はなかった?」

 「意思をもった死体はない」


 やっぱりわからんな。あるいはルゥがデルアから離れた後にそういうじゅつが開発された?


 まぁやることは変わらないか。わからんことを考えてもしょうがない。


 「ドミナ・マウの正体はわかりませんが、することは一緒です。リズさん、本番ではドミナ・マウもよく観察しておいてください。さて、話し合いはこのくらいにしようかな。毒が完成し次第、襲撃を決行するということで」


 毒を生産する方法はある程度確立した。ここから変な成長をしたりはしないだろう。


 襲撃に備えてゆっくり風呂に入って眠ろうかな。




 というわけで風呂に浸かっていたら、マンデイが来た。


 「マンデイも入るの?」

 「うん」


 にしてもマンデイは本当に人間と遜色ない。こうやって服を脱ぐと余計に感じる。どっからどう見ても人間の女の子だ。


 ……。


 はっ!


 「マンデイ、あのさ」

 「なに」

 「その……。なんて説明していいかわからないけどね、男の子と女の子はね、えぇっと……。子孫を残すためにその……」

 「交配」

 「そう! 交配するんだけどね。マンデイ可愛いから男の子が欲情したりするかもしれない。だからあんまり男の子とお風呂には入らない方がいいかな。ほら、裸になるから」

 「ファウストが欲情してる」

 「してない! 断じてしてない! でも他の男の子とお風呂に入ったらどうなるかわからないからね。無理矢理襲われたりするかもしれないし」

 「負けない」

 「いや、そういうんじゃなくてだな。恥じらいとかびとかびとかの問題なんだ!」

 「わび? さび?」


 そういえば情操じょうそう教育をしてこなかった。どう説明したらいいんだ。


 むむむむ。


 「女の子は男の子のまえで裸になってはいけません」

 「ファウストとはいいの?」

 「お、俺は、父親みたいなものだから」

 「ファウストは父親じゃない」


 なんて言えばいいんだ。


 だがこれがきっかけで、反抗期に突入するかもしれない。小洒落たバーで色黒のナイスミドルに口説かれて、「ファウストが一緒にお風呂に入ってくれないの。私、寂しい」みたいな展開になったらどうする。くっ。俺の言葉でマンデイの将来が決まってしまう。


 「好きな男の子のまえでは裸になれます」

 「なぜ」

 「そ、そういうルールです」

 「へぇ」

 「好きは好きでも凄く好きじゃないとダメだよ? なんとなく好きとかそういうのはバツ。そうだな、この人となら子孫を残していい、交配してもいい、ずっと一緒にいたい。心からそう思える相手じゃないとダメだ」

 「お風呂はファウストだけにする」

 「そうだな。それが安全だろう」


 大丈夫かな? 大丈夫だろう。なんか納得してるみたいだしこれでいいか。


 だかなんか違和感がある。釈然しゃくぜんとしないというかなんというか、ノドに小骨が引っかかった感があるというか。


 ……。


 ん?


 ファウストとだけお風呂に入る、ということはマンデイちゃんは俺と交配してもいいと考えているのかな?


 いや違うよな? そういう意味じゃない。たぶん。


 マンデイが俺の視線に気がつきこちらを向く。


 「なに」

 「いや、今日もマンデイは可愛いなと」

 「そう」


 これ以上考えないことにしよう。情操教育はまたそのうち。


 結局、そのまま一緒にお風呂に入って、一緒に眠った。最近バタバタしていて構ってやれなかったから、寂しかったのだろう。かくいう俺も、マンデイとゆっくりすることで気持ちが上向いた。




 目が覚めると、マンデイはもういなかった。


 どうやら寝過ぎたようだ。


 【ゲート】を潜って家に行く。


 なんだか様子が変だ。


 誰もいない。生き物の気配がない。いつも力強い生命の存在感を放っている森も死んだように静かだ。


 その時、トンッと肩に手を置かれる。


 小さな手。


 振り向くと、そこには小さな女の子がいた。丸っこい顔、短い髪、そしてニッと上げた唇から覗く八重歯。


 「デ・マウ……」


 体が動かない。


 と、サラサラと家の輪郭が崩れていく。木々も、空も、全部崩れていく。


 デ・マウの幻覚? どうやってここに来た。ルゥの感知の網をどうやってくぐった。


 「レースだ、ファウスト・アスナ・レイブ」


 レース?


 「どっちが多く壊す。どっちが多く奪う。私は負けない」


 なにか攻撃をしなくては。


 スーツはない。武器もない。魔法だ。魔法しかない。


 落ち着け。ゆっくりでいい。デ・マウを仕留めるんだ。いま。




 「ファウスト」


 腕から血を流すマンデイ。


 見慣れた寝室だ。壁は削れ、物が散乱している。


 「デ・マウは!?」

 「ここにはいない」

 「そのケガはなんだ!?」

 「ファウストの魔法」

 「すまん! 寝ぼけてたんだ。すぐに止血を」

 「いい。治る」


 いくらなんでもマヌケすぎる。なにしてんだ俺。


 「俺はいきなり魔法を撃ったのか?」

 「うなされてたから手を握った。そしたら魔法が飛んできた」

 「本当にごめん。痛かったな」

 「痛くない。傷も浅い」


 大事な作戦のまえだというのに……。


 「ファウスト」

 「なんだ」

 「ヨークに追われていた時もファウストはうなされていたから、マンデイが手を握った」


 もう傷はふさがったみたいだ。よかった。


 「そんなこともあったな」

 「あの時はファウストもマンデイも弱かった」

 「あぁ、小動物を捕まえるのがやっとだった」

 「でもいまは違う。逃げる必要もない。脅える必要も」


 そうか……。


 いま戦ってるんだ。俺の人生を無茶苦茶にした奴と。


 「そうだな。確かに」

 「悪夢にも打ち勝てる。過去とも戦える」

 「あぁ。やろう。勝とう。俺たちならやれる」

 「うん」


 寝ぼけて魔法使わないようにする補助具的な物を造ろうかな。


 マンデイを傷つけるのは精神的にくる。




 毒の生成は完了した。ぐっすり眠って体調もいい。マンデイのお蔭でポジティブにもなれてる。


 後はやるだけだ。


 「さて最終確認をします。【ホメオスタシス】を発動してください」


 戦いの直前の緊張感が和らぎ、頭がクリアになっていく。


 「緊張や雑念がなくなって、頭がスッキリとするような感覚がありますか? あっ、フューリーさん、ムドべべ様の通訳をお願いします」

 (うむ、問題ないのう)


 よし。


 「リズさんはどうです?」

 「はい。大丈夫です」


 オッケイ。


 まぁ何度も実験したし、いまになって【ホメオスタシス】が機能しなくなるなんてことは考えづらい。


 「リズさん、装備の確認はしましたか?」

 「はい!」

 「弾は何発くらいもってますか?」

 「五十発です」

 「それだけあれば充分でしょう。狙う時の優先順位はデ・マウが一番、二番目にドミナ・マウです。ハマド様も仕留めなくてはなりませんが、かなり外皮が厚いようなのでリズさんの弾が効くかはわかりません。狙うなら瞳などの感覚器官か急所にしてください。無駄撃ちはしないように」

 「はい!」


 やっぱり【ホメオスタシス】は優秀だなぁ。常に冷静でいられるっていうのは結構なアドバンテージだ。


 「さて、作戦の細部を詰めていきましょう」

 (のう知の)

 「はい、なんでしょう」

 (さすがにもういいだろう。何度も聞いた)

 「これが最後です」

 (うむ)

 「まずデ・マウの射程外、高高度からデルア本隊に接近します。敵に気づかれる可能性はありますが、それはしょうがない。上空からリズさんが敵軍を観察、デ・マウの位置を確認した後、ムドべべ様が毒の詰まった玉を落とします。これですね」


 俺の自信作。【環境汚染グラス・ヴェノム】。


 イメージしたのは風船。落下や衝撃などには強く、相当な威力じゃないと割れない。だが、針で突くような力が加わると破裂し、内容物をぶちまける。


 針で突く、つまり。


 「落下中の【環境汚染グラス・ヴェノム】が適切な高度に達した時、リズさんが撃ち落とします」

 「はい!」

 「ここから敵のリアクションによってこちらの行動が変わりますので、よく聴いてください。今回使う毒は呼吸をすることで空気と共に取り込まれ、体の自由を奪います。効果が出るまでの時間はとても短い。もしこの毒が敵の自由を奪ったなら速攻でデ・マウを仕留めます。毒の範囲内にドミナ・マウがいた場合もおなじ。その場でやる。フューリーさんは危なくなったらすぐに死の恩恵デス・ベネフィットを発動してください。判断は早め早めにお願いします。また死霊術を使えるのがドミナ・マウだけだという保証はないので死体は可能な限り回収し、燃やして灰にしましょう。もし毒の対策をされていた場合はリズさんが敵の動きを観察した後、速やかに撤退します。デルアが想定する敵のなかにマクレリアさんがいる時点で毒は厳しいかもしれませんが、刺されば御の字、刺さらなくてもリターンがあります。以上、なにか質問はありますか?」


 ……。


 「じゃあ行きましょう。今回の計画は様子見の側面が強いです。くれぐれも無理はしないように」


 直前の確認を終えて準備をしていたらマンデイがツカツカと歩いてきた。


 「どうした?」

 「マンデイも行く」

 「ダメだ。広範囲に毒を撒くから危ない」

 「ファウストが造ったマスクをつける」

 「いまは疲れを取るのが優先だから」

 「もう疲れてない」


 あっ、ダメだ。これイヤイヤループに入るやつだ。気配でわかる。


 「頼むよマンデイ」

 「行く」

 「本番でマンデイが疲れてヘロヘロだったら困るじゃん」

 「行く」

 「絶対?」

 「行く」


 ううう。


 まぁ確かにしっかり眠って調子は良さそうに見える。顔色もいい感じ。それに倒した死体を運ぶとなると、マンデイの脚力とパワードスーツがあった方がいい。


 「じゃあ行くか」

 「うん」

 「フューリーさんと一緒に行動してくれ。なにかあったらすぐに撤退するから絶対に敵に囲まれないようにね」

 「うん」


 うまく行くといいが。


 結果は神のみぞ知る、って感じか。

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