第89話 ラスト スパート

 本当はウェンディが目を覚ますまで付いておきたいのだが、あまり飛竜の谷に長居するわけにもいかないから、ワイズに今後の予定を簡単に説明して不干渉地帯に戻る。


 仕事は山積みだ。休んでいる暇はない。


 飛竜が味方になってくれたことで負担は少なくなった。作戦の幅も広がりそうだ。良い寄り道だったかもしれない。


 さて、創造タイムといこうか。


 必要な物品は、対デ・マウの兵器だ。魔力に反応して作動するいくつかの柱、大容量蓄電池、味方の装備の仕上げ、毒の大量生産。


 魔力系の創造物はお手の物、装備も腐るほど造ってきた。


 が、毒の大量生産がうまくいかなかった。無機物ベースの成長する因子グロウファクターは成長上限が低すぎて使い物にならない。試行錯誤を繰り返したが未発達な細胞ベイビーセルもさすがに毒のなかでは活動できないようだ。


 最もポジティブな反応を示したのはマグちゃんの体液で造った成長する因子グロウファクターだった。が、ルゥ産の高性能なものに慣れてしまっているからか、ゆっくりとしか増殖しない毒を観察しているとフラストレーションが溜まる。


 元となる毒が多ければ、短時間で増やすことが出来る。と、いうことで散々搾り取られたマグちゃんはフラフラ、寝不足の俺もフラフラ、介護疲れでマンデイもフラフラ、ジェイは魔法の練習でフラフラ、元気なのはそれ以外のメンバーだけだ。


 吉報が入ってきたのは、その時。


 ムドベベ様の背に乗って哨戒しょうかいをしていリズからもたらされた。


 「デルアが動きはじめました」

 「数はどれくらいだろう」

 「うんざりする程います。死の兵士、空が黒く見えるくらいの飛竜も」


 ガチだな。


 戦力差を埋めるために生物の大量発生スタンピードを利用したい状況。王子誘拐により、デルアはようやく重い腰を上げてくれた。だが純粋に喜んでばかりもいられない。


 少数精鋭で潜入し続ける作戦は早い段階で切り捨てた。人数が少ないということは一人でも欠ければ残されたメンバーの負担が急激に増える。相手の数を削っても死霊術で利用されてしまうから、こちら側にメリットがない。


 城に忍び込んでデ・マウを暗殺する案も却下。そんなに簡単にいく相手じゃない。


 逃げても追われる。


 この選択肢しかなかったはずだ。頭では理解している。だが敵の数を聞くとシナシナと心がしおれていくのがわかる。一国を相手どって宣戦布告をしたのだという事実を突きつけられる。


 「浮かない顔だな、ファウスト・アスナ・レイブ」

 「ミクリル王子。戻って来られたのですね。どうでしたか? 不干渉地帯の旅は」


 ミクリル王子は誘拐後すぐに説得を試みた。マンデイが映像を見せ、俺やフューリーが能力を披露。本物の勇者であることを説明。もし俺が前世、凄腕のサラリーマンとかだったら相手の心を動かすためにあんなことやこんなことを出来たのだろうが、生憎あいにく俺は心を病んだ引きこもり。引き出しには、誠意をもって事情を説明する、以外のものが入っていない。


 だが王子は想像以上に柔軟な思考の持ち主だった。


 俺の話をしっかり受け止めて、彼なりに考えてくれたのだ。


 そして、こう結論を出してくれた。ファウストやフューリーはどうやら本物の代表者らしい。ならば敵対しているのは今後のデルア、世界のためにならない。


 話が早くて助かる。


 もし俺と敵対したうえでデルアが敗戦した場合、不死身の狼やその他の化け物が報復として攻めてくるかもしれない。王子の立場でとれる最良の選択をした、ということだろう。


 「獣の代表者フューリーやお前の言う通りだった。俺はなんとも狭い世界で生きていたのだな」

 「侵略者がいることや各世界から代表者が再構成されたことは認知されてますが、その実態を完璧に把握している生物はまだ少数です。ミクリル王子が特別なわけではありません」

 「そうか……。なぁ、ファウスト」

 「なんでしょう」

 「俺はお前の主張を信じようと思う。そしていままでのぞんざいな態度を改め、誠心誠意、謝罪する」

 「謝罪の必要はありません。知らないというのは罪ではありませんし僕の家族に攻撃してきたのもミクリル王子ではありませんから。それに態度を改める必要もないです。あなたは王子様で僕は一般市民。いままで通りの態度で構いません」

 「しかし私は知の世界の代表者が建国したデルアの王族だ。今代の代表者への態度や対応も考えなくてはなるまい」

 「アシュリーさんはアシュリーさん、僕は僕ですよ」


 一国の王子にペコペコされ続けたら胃に穴が開きそうだしな。


 「わかった。お前がそう言うなら」


 ミクリルの美しいブロンドの髪から覗く、宝石のように輝くブルーの瞳を見て、俺は思った。


 また主人公が現れたぞ、と。また俺の陰が薄くなるぞ、と。


 「デルアは強い国ですね。対面するとよくわかります。次から次にボスが現れる」

 「長い歴史に磨かれてきた刃だ」

 「痛感しています」


 膨大な時間に研磨された技術や戦術、経験、国の骨子となる人や物、金。それらはすべてデ・マウを守る盾になる。


 あまりにも厚い。


 「ファウスト」

 「なんでしょう」

 「人の上に立つ者がそんな顔をするな」


 ?


 「そんな顔とは?」

 「怯えているように見える。犬に吠えられたネズミのようだ」

 「そんな顔してたんですね、僕」

 「辛くても笑え。恐怖に胸を張れ。それが上に立つ者の仕事だ」


 そういえば、マンデイからも似たようなことを言われたな。


 「そうですね」


 もうひと踏ん張りだ。負けるな。


 「マグちゃん!」

 「なニ?」


 可哀想なマグちゃん。三徹明け位の顔色だ。


 「皆を集めてくれ」

 「わかっタ」


 みんな辛い。俺だけじゃないんだ。


 さぁ、気合いを入れ直そう。


 「これから作戦の最終確認と細かい指示を出します。わからないことがあったら挙手をお願いします」


 すっと手を挙げたのはミクリル王子。


 「なんでしょう」

 「どうして外でするのだ。ファウストの作業場ですればいいのではないか?」

 「最初の頃はそもそも農園がなかったのでフューリーさんみたいに体が大きな味方と話し合う時は外でしてました。その名残でいまも屋外です。ミクリル王子がご不満なら場を移しますが?」

 「いや構わない。少し気になっただけだ」


 ……。


 「他にはないようですのではじめます。

 まず第一の襲撃は敵の行軍中。

 作戦はシンプル。広範囲に毒を散布、相手を無力化し高火力の技でデ・マウを仕留めます。必要な毒の生成は明日の夕方には間に合わせますしょう。

 メンバーは僕、ムドベベ様、リズさん、フューリーさん。

 おそらくデルアはなんらかの毒対策をしています。作戦がうまくいかなかった場合は退避しなくてはなりません。ですのでムドベベ様の飛翔能力は絶対に必要です。

 リズさんはムドベベ様に乗り敵の観察をしてください。誰がどう動くか、指示がどう回っているか、毒に対する反応などを見て、記憶して欲しい。そして隙があればデ・マウを狙撃してください。

 フューリーさんと僕は仕上げを。

 毒が効いたらそのままデ・マウを討ち取ります。今後の世界のために処理しなくてはいけないドミナ・マウとハマド様も可能であればやります。

 もしなんらかの対策をされていて、毒が無効化されたらすぐに撤退します。リズさんが情報を集めてくれるので、それを最終決戦に生かしましょう

 残りのメンバーは休養しておいてください。特にマンデイとマグちゃん、ジェイさんはしっかりと休むように。農園にあるミルクは僕が造ったやつで栄養満点なので好きなだけ飲んでいいからね。

 ルドさん、マクレリアさんとルゥさんの様子観察と身の回りのお世話を任せたいのですが構いませんか?」

 「わ、わ、わしでいいのか!?」

 「知識と愛情という点ではルドさん以上の適任者はいないでしょう。オストさん、ヴェストさんは食事当番をお願いします。出来ますか?」

 「「いいよー」」


 自分で頼んでおいてアレだけど、本当にこの二人で大丈夫だろうか。でも双子ちゃん以外に動けそうな人はいないからなぁ。


 「ヨキさんは料理は出来ますか?」

 「出来ないことはない」

 「では双子ちゃんのフォローに入ってください」


 これでマンデイは休めるかな。


 「創造系のお仕事も一段落してきたので体力回復のために僕も眠ります。なにかあったら遠慮せずに報告してください」


 あとは……。


 あっ、いけない。肝心なことを忘れてた。


 「情報の共有を忘れてました。マンデイ、頼む」

 「うん」


 マンデイの胸から伸びる魔力の導線。数は増えたが問題はなさそうだ。


 「ミクリル王子、お願いがあるのですが」

 「なんだ?」

 「デ・マウとドミナ・マウの顔を思い浮かべて欲しいのです。デルアの重要人物の顔はほとんど把握しているのですが、この二人だけはわかってません。思い浮かべるだけでマンデイがシェアしてくれますので」

 「あぁわかった」


 頭に浮かんできたのは以前の世界でいうところの小学校高学年くらいの女の子。顔立ちは純アジア人。日本人に見えないこともない。


 丸っこい顔、小さな八重歯、ショートカット。


 「これがデ・マウなんですか?」

 「そうだ。ここ最近新しい体に乗り換えた」

 「もちろん本人の同意なく、ですよね」

 「死刑囚だったと聞いている」

 「罪名は?」

 「国家反逆罪だと」

 「こんな小さな子が?」


 小さくうなるミクリル。


 「お前に出会うまではデイを悪人だとは考えたことはなかった。デルアの守護神、最大の功労者だと思っていた。だがいまでは価値観がひっくり返ってしまった。あの小さな子がデイに罪を擦りつけられたのだと言われたら、そうかもしれないと思う」

 「そうですか……」

 「質問をいいか?」

 「どうぞ」

 「デルア建国の母アシュリー・ガルム・フェルトは人智を超越した力をもっていたとされている。伝記に残る他の世界の代表者も、圧倒的な能力を保有していた。そして現在げんざい私の目のまえにいるのは不死身の狼と、無から生物を造り出す人。既存の法則や技術では説明しようがない能力だ。

 ファウストとフューリーが他の世界の代表者であることに疑いの余地はないだろう。とすればデイがしてきたこととは世界に対する反逆ではないだろうか。デルア以外のすべての国を敵に回す行いではないだろうか……」


 当然、懸念するだろう。


 「王子が気になさっているのは我々が勝利した後のデルア王国の処遇ことですね」

 「そうだ」

 「僕はデ・マウさえ倒せればいいです。もしも国家が僕の存在をうとましく思っているのなら、僕の敵はデルアだ。ですが王子は僕やフューリーさんが代表者であることも、そして代表者と戦っていたことも知らなかった。王子が知らないとなると、その情報を掴んでいるのは極わずかでしょう。デルアは誤った情報により戦っていたことになる。ですので今回の責任を国に追及するような真似はしません。断罪するのはあくまでも情報を操作し、裏で国を操っていたデ・マウです。フューリーさんはどうです?」


 それまで黙って聴いていたフューリーがゆっくり顔をあげる。


 (我もデルアを攻めるつもりはないのう。目的はここにいる知の代表者との共闘、それと今後世界を害する者の処理じゃのう)

 「そうか……」


 デ・マウの歪んだ愛国心や価値観の押しつけの後だからか、ミクリル王子の愛国心はすっごく純粋に感じる。


 「もうすでにフューリーさんに聞き及んでいるとは思いますが、ミクリル王子は世界を救うキーマンになるそうです。僕はあなたのことを七人目の代表者だと考えています。罪の意識をもつのは王子の勝手ですが、出来れば前向きに今後のことを考えて頂きたい」

 「あ、あぁ。わかった」


 脱線したな。話を戻そう。


 「リズさん、デ・マウの顔は憶えましたね?」

 「はい! 憶えました」

 「この人物はよく観察しておいてください」

 「わかりました!」


 次は……。


 「ミクリル王子、今度はドミナ・マウの顔を思い浮かべてください」

 「あぁ、わかった」


 送られてきたのは若い男性の顔。三十代くらいに見える。長身細身。顔色が悪い。


 「マンデイ、今日のマクレリアさんの体調は?」

 「悪い」

 「話せない?」

 「話せる。でも飛べない」


 容態は徐々に悪化してる。


 「皆さん、ちょっとこのまま待機しておいてください。マンデイ、マクレリアさんに会いに行こう」

 「うん」


 飛んでいないマクレリアを見ていると胸が痛くなる。そのうえ無理矢理に笑顔を作って俺を安心させようとしているのがわかるから、なお苦しい。


 「マクレリアさん、今日は体調が優れないみたいですね」

 「誰に似たのかマンデイちゃんが過保護だからねぇ。飛ぶ為の筋肉が弱っちゃったよぉ」

 「誰に似たんでしょう。さっぱりわかりません」

 「あははは」

 「ところでマクレリアさん。ちょっと確認して欲しい物があるのですが」

 「いいよぉ」

 「ドミナ・マウの顔が判明しました。マクレリアさん達が五百年前に留めを刺した人物かどうかを確認して頂きたい。マンデイ、映像を送ってくれ」


 繋がる導線。


 首を傾げるマクレリア。


 「あれぇ。おかしいなぁ」

 「ん?」

 「いやね、確かに同一人物だよ。これはルゥが殺したドミナ・マウだねぇ」


 うぅん、どういうことだ。さっぱりわからん。

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