第91話 毒 ト 号砲

 かなり高高度から行軍中のデルア本隊に接近したのだけど、普通にバレてしまった。あるいは弓将ルベルやその他の目の良い兵士から見られたのかもしれない。


 あれこれ考える暇もなく、ちょっと引くくらいの数の飛竜の群れがリスク無視で突っ込んできた。


 あぁヤダヤダ。


 これだけの数で、しかも痛みを感じない。戸惑いも懊悩おうのうもなく、ただ敵を殺すためだけに動く。面倒臭いったらない。


 「ムドベベ様、毒を落下してください。飛竜は僕が抑えてみます。リズさん、僕に構わず【環境汚染グラス・ヴェノム】を破壊していいです。僕に毒は効きませんから」


 毒対策【適応力】を作動した後、子機を飛ばす。


 欲しいのは一瞬の隙。敵を撃ち落とす必要はない。


 電気の壁を作るんだ。【環境汚染グラス・ヴェノム】から散布された毒が充分に拡散するスペースを確保できればそれでいい。


 子機に魔力を通し、電気に変質させる。



 【電気魔法・投網とあみ



 電気の網に掛かった飛竜は一瞬だけ体を強張らせた。だが効果はそれだけだ。


 数が多すぎる。痛みを感じないのが厄介だ。もっと魔力がいる。火力が足りない。 



 Gyoaaaaa!



 俺のピンチを察したのか、ムドベベ様が翼を広げて魔力を溜めはじめた。風の魔法かな? ナイス状況判断。


 『カバーありがとうございます』


 ノーリスクで高火力の攻撃できる奴はいいよな。俺より全然チートくさい。


 ムドベベ様の様子をチラチラと確認しながら、飛竜がこちらに抜けて来ないように【投網】に魔力を込めて時間を稼ぐ。で、ムドベベ様が魔法を発動する直前、巻き込まれないように子機を回収して、スタコラサッサと避難。


 やはり不干渉地帯の主の魔法は桁違いだ。魔法というより自然災害に近い。やってることは唯の風起こし。だがそれが必殺の技になる。


 ワイズや俺のように風を受け流すということをしない飛竜は揉みくちゃにされて落下していった。


 が、すべての飛竜が落ちて飛行能力を失ったわけではない。例え骨が折れても、例え筋肉が損傷しても、飛ぶ能力さえあれば向かってくるのが死霊術。マジで面倒臭い。一々相手にしてられないし、やっぱり術者をやった方が早い感じだ。


 ていうかムドベベ様の魔法でも割れなかった【環境汚染グラス・ヴェノム】は神だ。さすがはメイドイン俺。


 『リズさん、毒を割ってください』

 『はい!』


 足場がグラついたとしても視界が悪くても、的は動かないし、それなりにサイズがある。感覚を強化された優秀なハンターが外すはずがない。


 銃弾によって割れた【環境汚染グラス・ヴェノム】から、毒が噴出。毒は空気に触れることで気化。細雪ささめゆきのように敵軍の頭上に降り注いでいく。


 これが毒じゃなかったら美しい光景なんだろうに。


 変化はすぐに現れた。


 まずはドミナ・マウに操られていた飛竜がバタバタと落下していった。術者の体が痺れてうまく死体をコントロール出来ないのだろう。


 遠過ぎるせいでハッキリとはしないが、兵士も倒れていっているように見える。


 『リズさん』

 『はい! よさそうです!』


 毒が刺さった。絶対にうまくいかないと思っていたから、ちょっとビックリだ。


 『デ・マウの位置を教えてください』

 『ハマド様の左方、乗っていたスレイプニルの傍に倒れてます』

 『スレイプニル?』

 『馬です! 大きな馬!』


 ハマド様はなんとなくわかる。デカいからね。でも馬? どこだ? 距離がありすぎて見えん。


 『デ・マウに止めを刺しに行きます。リズさんは観察を続けてください』

 『はい。あ、ちょっとまって』

 『どうしました?』

 『敵の一部が立ち上がりました。ん? 噛みついてる?』

 『わかるように説明して!』

 『敵が敵に噛みついてます。そしたら噛みつかれた方が立ち上がれるようになって――』

 『噛みついているのはドミナ・マウが操っている死の兵隊じゃないですか?』

 『はい、たぶん』


 死体のなかに解毒剤を仕込んでいたか。


 今回俺がどの種類の毒を使うかはわかるはずがない。それで解毒されたわけだからメジャーな毒は全部対策してるんだろうな。


 『リズさんは噛みついた順番と最初に噛みつかれた人物の顔を憶えておいてください。可能であれば行動も観察して』

 『はい、わかりました』

 『では敵を見つつ撤退しましょう。リズさん、ムドベベ様、僕は地上班と通信可能な距離まで高度を下げます。バックアップお願いします』

 『はい!』


 で、高度を落としていると、飛竜に混じってよ〜く見慣れた生き物が飛んできた。


 小さな体、ピョコピョコ動く触覚、虫の羽、カラフルな瞳と髪。


 『ファウストさん!』

 『見えてるよ。ムドベベ様、すぐに退きましょう。敵にラピットフライがいます』


 千年間負けなしの国デルア。


 まるでビックリ箱。戦うたびに心が折れそうになる。やることリストに毒の対策も追加だ。


 飛竜とラピットフライの相手をしつつ地上班に接近。撤退の指示を出す。


 仕切り直しだな。こりゃ勝てない。


 予想通り見事なカウンターを食らった。毒の対策はされている。空を埋め尽くすほどの飛竜、おまけにラピットフライ。なんとかそれを抜けてもデルア五将の壁。


 いくらなんでもダルすぎる。




 家に到着すると、すぐにマグちゃんを呼んだ。


 「皆を集めて」

 「わかっタ」


 決戦は不干渉地帯周辺になるだろう。あれは生物の大量発生スタンピードなしでは抑えられない。


 時間はなさそうだ。後悔しないよう、出来る限りのことをしよう。


 「ルドさん、飛竜の谷まで行ってウェンディさんを連れてきてもらっていいですか? 大切な話があります」

 「ワイズはいいのか?」

 「どちらかが谷に残って王国飛竜の世話をしなくてはなりません。作戦の話をするのにワイズさんとウェンディさん、どちらが適任かは明らかでしょう」

 「わかった」

 「あ、ルドさん。マクレリアさんの調子はどうですか?」

 「悪くはないが良くもない」

 「話は出来そうですか?」

 「少しなら」

 「わかりました」


 餅は餅屋、毒のことはマクレリアに相談しよう。メジャーな毒が対策されているなら、死体に貯蔵されていない毒を打ち込めばいい。対策しにくい毒、対策されてなさそうな毒があるはずだ。


 敵が保有するラピットフライについては報告した方がいいのかな。いまのマクレリアの精神に余計な負担はかけたくないが、隠されるのも嫌だろう。


 「マクレリアさん」

 「なぁに?」

 「体の具合はいかがでしょう」

 「いつも通りだよぉ」

 「相談したいことがあるのですが」

 「いいよぉ」


 俺は説明した。ドミナによって毒の対策がなされていたこと、解毒剤がストックされていること、相手が解毒剤を保有していないようなニッチな毒が必要だということを。


 「それならこういうのはどうかなぁ? たぶん対策されてないと思うけど」


 と、マクレリアが教えてくれたのは、戦闘用ではない、かなり特殊な毒だった。


 「マグちゃん、毒を生成して欲しい。マクレリアに作り方を教わってきて」

 「わかっタ」

 「あっ、作る時は言ってね。【ホメオスタシス】を打ち込むから」

 「どうしテ?」

 「その毒を作ると、ラピットフライは頭が変になっちゃうんだよ。半日くらい。だから【ホメオスタシス】を打つんだ。あっ体に害はないそうだから大丈夫。ちょっと頭が変になるだけだから」

 「……」


 ジト目。


 説明の仕方が悪かったな。


 「いや、本当に大丈夫。マクレリアのお墨付きだから」

 「一応聞きニ行ク」

 「うん。ごめんね、ありがとう」


 と、話していると、なにやら騒がしくなってきた。


 なんだ?


 マンデイが男の子を抱えてる。いや抱えているというより掴んでいる。まえの世界なら小学生か中学生くらいの歳の子だ。


 で、その男の子が暴れている。激しく暴れている。


 「マンデイさん、それはなんですか?」

 「離せ! 離せよ! この! このっ!」

 「捕虜」

 「お前たちなんてデルアの軍隊が成敗するんだ! この!」

 「どこで拾ってきたんですか?」

 「聞いてるのか! 悪党共!」

 「さっき」

 「おい! 許さないぞ!」

 「ちょっとうるさいよ君」

 「なんだとー!」


 ギチギチギチギチ


 マンデイの腕から嫌な音が。


 「いでででででで」

 「マンデイさん、止めて差し上げて」

 「なにが?」

 「いくらうるさくても締めちゃダメ」

 「うっかりしてた」


 そうか。


 うっかりならしょうがない。


 「で、その子どうするの?」

 「行軍中のデルア本隊の情報を聞き出す」

 「どうするかなぁ。その子、下っ端みたいだし、たいした情報もってないように見えるんだけど。それにマグちゃんいまから難しい毒の生成をするからさ、魔力とか温存させときたいんだよね。そもそも自白剤が子供にどれくらい効くのかもわかってないしさ」

 「自白剤はいらない」

 「自白剤なしでどうやるの?」

 「マンデイが聞き出す」


 ……。


 えぇっと、それは……。


 ふとマグちゃんと目が合う。


 静かに首を振るマグちゃん。


 だよね。


 「いや、マンデイやめとこう。情報はもうそろってる」

 「近々の軍の内情は知っておい方がいい」

 「わかった。じゃあ俺が聞き出そう」

 「ファウストには出来ない」

 「出来るとも」

 「出来ない」


 くっ、イヤイヤループだ。マズい。どうにかしなければこの子があんな事やこんな事をされてしまう。


 なんとかしなければ。


 「ワ、ワ、私、マンデイのご飯ガ食べたイ」


 ナイスだマグちゃん。


 「ごうも……、情報を聞き出した後で作る」


 いま言ったよね? 拷問って言いかけたよね?


 「お腹ガ空いタ」

 「そもそも食事係はマンデイじゃない」

 「マンデイのご飯じゃなきゃイヤ」


 ……。


 「わかった、作る」


 よくやったマグちゃん。君は英雄だ。




 男の子の名はアレンという。


 王子が誘拐されたと聞き、軍に志願した。キコリの父の元に生まれた、ごく普通の男の子だ。


 「なんだか色々すまなかったねアレン君。君を傷つけるつもりはないから安心して欲しい」

 「早く王子様を返しやがれ! 悪党め!」


 マンデイがいなくなった瞬間強気になるアレン君。相当痛かったんだろうな、あの締められるやつ。


 「ミクリル王子も傷つけるつもりはないから安心してていい」

 「お前の言葉なんて信じるか!」


 お子ちゃまだな。


 「別に信じないのはいいけどさ、それでどうするわけ? 敵陣ど真ん中でさ、返せ返せって叫ぶだけ?」

 「なんだと……!」

 「いやね。そういうのはさ、君のためにならないんじゃないかな。アレン君はミクリル王子を返して欲しいんだよね? なら君は僕にものを頼む立場じゃないの? いいの? そんな態度で。怒った僕がミクリル王子を殺すかもしれないとは考えないの?」

 「それは……」

 「僕が悪党だって思ってるんでしょ? なら慎重に動いた方がいいんじゃいかな」

 「……」


 言い過ぎたかな。


 まぁ静かになったからよしとするか。


 「それじゃあ行こうかアレン君」

 「どこにだ」

 「あっ、外。ミクリル王子も来るからさ」

 「王子様が!?」

 「うん」


 よくわからんがミクリル王子を見れば落ち着くだろう。


 襲撃の際、マンデイたちの場所はバレてなかった。気がついていて、あえて反応しなかった可能性は……。


 ないな。いくらなんでもそこまで警戒する必要はないだろう。


 マンデイたちの位置がバレてないのなら、この子が伏兵だとは考え難い。


 「もしかしてアレンくん、マンデイに捕まった時、用を足そうとしてた?」

 「そ、そうだよ」


 だな。用を足そうと本隊を離れて森に入る。そこにはフューリーとマンデイが。なんとも不運な男だ。


 「さぁ行こうか」


 アレン君はミクリル王子と会って興奮していた。どうやら過去、王子に村を救ってもらった経験があるらしい。


 タイミングよくウェンディが到着したのだが、ウェンディとミクリルの再会は静かだった。兵士であったウェンディには後ろめたさがある。ただうつむいていることしか出来ない。


 そんな彼女に、ミクリル王子は優しく声をかけた。


 「ウェンディ、すまなかった。俺はなにも見ていなかった。お前たちがしたことを責めるつもりはないから、そんな顔をするな」

 「しかし……」

 「世界は生まれ変わった。そして危機に直面している。いままでの風潮や枠組みにはなんの価値もない。俺はそう思う。ウェンディ、そしてアレン。これからの時代にはお前たちのよう者が必要だ。愛する人のため、誰かを救うために、その身を投げ出せるような者が。俺はお前たちを誇らしく思う」

 「ミクリル様……」


 ケッ。


 捕虜の分際で生意気に主人公感だしやがってミクリルめ。


 おいウェンディ。目がキラキラしてるけど王子に惚れたりしてないよな? そんなことしたらワイズにチクるからな。


 「さて、時間も限られてるので作戦を伝えてもいいですか?」

 「あぁ、すまなかった」

 「それでは。今日は各々がすべきことを伝えます。明日は演習をして、その後決戦になるでしょう。まず僕を含むゲノム・オブ・ルゥのメンバーですが、我々は基本的に前線で戦う。不干渉地帯に生み出された大量の生物と共戦することになるでしょう。乱戦になります。僕は上空を抑える。マンデイは前線兼まわりのフォロー、ゴマは純粋な前線、マグちゃんは遊撃、ヨキさんは後衛と、周囲のフォロー。ハクは後衛寄りの立ち位置で相手の動きを封じてくれ。リズさんは壁の上からの狙撃。マンデイ、深追いはするなよ。ゴマが暴れやすいように冷静に立ち回ってくれ」

 「うん」

 「ゴマは暴れろ。でもマンデイや味方から離れて孤立したら危ない。冷静さを失うな。なにがあっても俺の声だけは聞いててくれ。絶対にお前を死なせはしない」

 『ぐzejお』

 「マグちゃん、毒の無駄使いは絶対にしないように。後で映像を共有するが、敵にはラピットフライがいる。おそらく五百年前にデルアが狩った個体だろう。ドミナに操られてはいるが、そこそこの速度だった。毒は効かないが神経節に針を打ち込めば飛べない。そこを狙って欲しい。それに送り雀もいる。ハードワークになるだろうが、この辺の敵はマグちゃんしか相手できない。頼む」

 「わかっタ」

 「ヨキさんは後ろから【朝陽】を飛ばして敵を行動不能にしてください。余裕があればマグちゃんのヘルプを。接近してきた敵には【夜風】。終の太刀は終盤の詰めでお願いするかも知れません。あっ、代えの体は準備しておきますし、魔力補充用の充電器も配備する予定ですので安心して戦っていいです」

 「あぁ」

 「ハクは正面から戦うな。ヨキさんがやり損ねた敵や孤立した敵に襲いかかり、動きを封じ続けてくれ」

 『ぐzejお』

 「リズさんは狙撃です。まずは弓将ルベルを討ち取ることに専念してください。それが終わり、僕が制空権をとったら、今日の襲撃で真っ先に解毒された人物を優先的に狙います」

 「はい、わかりました!」

 「もし危険を感じたらすぐに後ろに下がって欲しい。マンデイ、ヨキさん、治療は任せる。我々にはもう退ける場所がありません。これが最後の戦いになるでしょう。気合いを入れて行こう」

 「うん」「わかっタ」「あぁ」「はい!」『『doぐらryo』』

 「次、フューリーさん、ムドベベ様、ジェイさんは、僕たちと一緒に戦ってもらいます。特にフューリーさんとムドベベ様は、不干渉地帯の先代の主、ハマド様を止めてもらわなくてはなりません。よろしくお願いします」

 (うむ)

 「ジェイさんは僕と一緒に戦います。僕のスーツに特製の席を準備するんで、そこから高火力の魔法をバンバン撃ってください」

 「あ、あ、あ、あんたと一緒に!?」

 「不満ですか?」

 「やる! やるわよ! やるに決まってるじゃないバカなの!?」


 いやバカて……。


 「魔術師班ですが、戦闘の最終段階で動いてもらいます。ですので基本的には潜伏です」

 「えーつまんなーい」

 「オストさん」

 「私ヴェストー」


 ちっ。


 「ヴェストさん。この役目はあなた方にしか出来ません。これがどういうことかわかりますか?」

 「どういうことー?」

 「つまりねヴェストさん、あなたはね、切り札なんですよ。き・り・ふ・だ」

 「切り札……」

 「あなた方の存在が勝敗を決すると言っても過言じゃない。そういうことなんでお願いします」

 「「はーい!」」「了解した」


 マンデイのイヤイヤループに比べたら双子ちゃんのワガママなんて可愛いもんだ。


 「飛竜隊ですが、基本的には魔術師隊とおなじです。詰めの一手になるでしょう」

 「私たちは戦わないのか?」

 「乗り手が二人しかいませんしね。そもそもワイズさんは飛竜を傷つけられるのが嫌で脱走したんでしょう? 死の飛竜が支配する空で戦えなんて言えません」

 「感謝するよ」

 「あなた方には戦闘の終盤、いくつかの物を運んでもらいたい」

 「それだけか?」

 「それだけです」


 個々の指示はこんなもんかな。


 「さて、今回の戦いですが、最も優先的に考えるのが制空権の確保です。つまり狙うのはドミナ・マウと遠距離攻撃をしてくる弓兵、特に弓将ルベルになるでしょう。制空権さえ取ってしまえばこちらの勝ちです。明日、演習で細かい動きを指示します。では解散! 今日はゆっくり休むように」

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