第80話 嫌 ナ 事

 「双子ちゃんの口論を聞いてて閃いたことがあるんだけどさ、たぶんコレ、欠点だらけなんだよねぇ」

 「話してみテ」


 俺の部屋にいるのはマグちゃんとマンデイ。


 騒がしかった双子はもう眠ってしまったようで、深い森のなかにポツンと取り残された小さな家は、えらく森閑しんかんとしていた。


 「他人にされて嫌なことはやっちゃダメ。当然です。誰かと仲良くなりたいなら、必ず心掛けとかなくてはなりません。じゃあ誰かを傷つけたい時はどうすればいいか。これも簡単です。自分がされて嫌なことをすればいい」

 「つまり?」


 と、マンデイ。


 「俺がされて嫌だったこと、苦しかったこと。それがなにかを考えたらさ、ヨキとリズがシャム・ドゥマルトで襲撃された時、そして安否がわからなかった時、これが一番辛かった。仲間が奪われるという恐怖。傷つけられているのではないか、という想像。そのせいで俺たちはなにもかもが中途半端なまま救援に向かって全滅しかけたわけだ。やられたら困ることをする。もし似たような状況を作り出すことが出来れば、デ・マウをおびき出すことが出来るかもしれない」

 「デ・マウの仲間ヲ連れてくるノ?」

 「そうだね。危険だとわかっていても救わなければいけない人物。デ・マウにとって大切な人」

 「誰?」

 「考えてみたんだ。俺と交戦しはじめてから、デ・マウは王城の中心から動いてない。なぜだろう。なぜ王城から動けないのか。そこに守らなくてはならない誰か、あるいはなにかが存在しているからではないではなかろうか。ではデ・マウを王城に引き留めているモノはなんだろう。俺は王ではないかと考えている」

 「王?」

 「交戦の初期、デルア都市を襲撃した時、俺はいくつかの演技をしていた。一つ目は危ない奴の演技。理由は俺のことを短絡的でちょろい奴だと思わせたかったから。だからわざわざ丁寧に門を破壊して正面突破したように見せかけたり、過剰な恐怖を与える演出をした。なにをしてくるかわからないヤバい奴、余裕がない奴、そう思わせとけば、いつか甘えた行動をとってくるのではないかと考えた。相手は短絡的だからこれくらいは大丈夫だろう。相手はバカだからこれくらいなら問題ないだろう。そういう風に。

 二つ目は狂信者の演技。理由はこちらの本当の狙いを悟らせないため。俺たちはデ・マウさえ処理できればいい。が、デルアは恐らく、俺が国家転覆を狙っているのだと勘違いする。その認識の食い違いがいつか敵にすきを生む。俺はそう考えてた。

 一つ目の演技はまったくムダだった。なんの役にも立ってない。だが二つ目の演技、コレがぶっ刺さってる。

 もしも俺が本当に国家転覆を狙っているなら、警戒しなくてはいけない、国の象徴でありトップたる王の殺害を。だから動けない。

 デ・マウという男は愛国者だ。それも、かなり重度の。優先順位の一位は国、次点で国に利益をもたらす人物。国を奪うことは出来ない。だが人なら奪える」

 「誰ヲ、奪ウ」

 「代えの効かない人物。絶対にその人じゃなきゃダメな人。そう考えるとデルア王、もしくはデルア第三王子ミクリル。でもデ・マウの感知のあみの隙間をって王か王子を誘拐するなんて不可能だ」


 なにやらマンデイが難しい顔をしている。


 「どうしたマンデイ」

 「成功すれば、主戦場はこちらに。形勢は有利になる」

 「まぁ、そうだな」

 「襲撃は一度だけ」

 「そりゃそうだ。何度もやってたらさすがにこっちの狙いがバレる。一回のトライで確実に誘拐しなくてはならない」

 「回数が少なければ、危険も少ない」

 「そう、俺もそう思う。でも現実的じゃないな。デルア王は常にデ・マウに守られてる」

 「王子は?」

 「わからん。だがデルアの最重要人物だ、警備されてないはずがない。それに【ブルジャックの瞳】のせいで俺が近づいたらバレるしな」

 「ファウストが行かなかったらいい」


 はい?


 「俺が行かないで誰が行くの?」

 「ファウスト以外」

 「俺以外ってなんかあったらどうすの?」

 「ファウストがいても、なにかある時はなにかある」

 「とは言ってもな……」


 俺以外のメンバーが王都に潜入して王子を誘拐する。うん、無理。


 「考えてみてよ。無事に帰って来られるわけないじゃん」

 「空から襲えばいい」

 「俺以外のメンバーで行くんでしょう? フライングスーツってそんな簡単に操作できないよ?」

 「ムドベベがいる」


 なるほど。


 「でもさ、そんな都合よく屋外に出る?」

 「まてばいい」

 「簡単に言うけどさ……」


 まつってもなぁ。


 「フューリーがミクリルの動き、行動パターンを把握する。マグノリアが毒を入れて自由を奪う。マンデイとヨキがミクリルの護衛を倒し、ムドベベが運ぶ」


 こうやって聞いてると実現可能に思えてくるのが怖い。


 「それをすべてデ・マウの付与と精神攻撃の効果範囲外で出来ればいいんだけどね。まぁ一応フューリーにマークしてもらおうか」

 「効果範囲内でもいい」

 「なぜ?」

 「ファウストが無効化する物を造る」

 「いやいや、精神支配の仕組みをまったく理解してないからね。そんな簡単に造れないってば」

 「精神支配は相手の魔力を乱し、脳内の分泌物質に作用し対象の気分や感情を強制的に操作する。それに加えて言葉や情報を与えることによって任意の幻覚をみせるもの」


 おっ、懐かしいな。マンデイ知ってたパターンだ。


 「ルゥの著書にあった?」

 「うん」


 どうしたもんか。


 「まぁ、それを聞いたところで造れないかな。何度も実験を重ねないことには完全な製品は創造できないよ。それにはデ・マウに協力してもらう必要がある。あなたの能力を分析、対策したいので手伝ってくださいって言って手伝ってくれると思う?」

 「それを言い出したら絶対にデ・マウに勝てない」


 確かに。だが。


 「皆を危険にさらすわけには……」

 「マンデイも付き合う」


 とは言ってもだな。




 場を移して外へ。メンバーを集めて先程の話を伝えてみる。


 「と、いう案があるのですが、皆さんはどう思いますか?」


 雨が降っていたので、簡易の屋根を造って会議。


 真っ先に口を開いたのはヨキ。


 「聞いた限り、王子の誘拐は機に恵まれれば可能だろう。しかしお前が魔術の実験台になるのは賛成しない。もしお前が死ねばこれからの戦いが圧倒的に不利になる」

 「えぇ、僕も死にたくはないので出来ればやりたくないです。でもいつかしないとダメでしょうね」

 「俺がやろう」

 「いや、精神攻撃くらって体が維持できなくなったらどうするんですか。レイス状態だと弱々じゃないですか」


 するとフューリーが。

 

 (我がやろう)

 「フューリーさんが敵に奪われたらどうしようもないので却下で」


 シュンと尻尾が下がる。可愛い。


 「そもそも魔術ってどうやったら防げるんですかね。付与みたいに直接魔力を使ってくれるんだったら対策のしようもあるのですが……」


 ルドが、手を挙げる。


 「あっ、勝手に喋っていいですよ。どうぞ」

 「魔術は言語や陣を用いて魔力を現象に翻訳するものである。その過程を崩してしまえばあるいは」

 「どうやって崩すんですか?」

 「わからぬ」


 わからないんかい。


 「ちなみに精神攻撃を使える魔術師って他にいたりしませんかね」

 「いまのところそんな話は聞いたことがないぞ。あれはデ・マウの秘術だと言われておる」


 いてくれたら助かったんだけど……。


 ルドが知らないだけで実はいたりするのかな。まぁどちらにせよ探す時間はないのだが。


 ねぇねぇ。とマクレリア。


 「なんです?」

 「デイの魔術ってぇ、魔力を乱すんでしょ?」

 「らしいですね」

 「じゃあ乱れないようにすればいいじゃん」

 「いやまぁそれはそうなんでしょうけど」

 「ファウスト君いっつも言ってるじゃん。魔力関連の物なら造れますけど? って」

 「まぁそりゃあ……」


 乱れた魔力に反応して正常化する製品か……。


 また埋め込み式になりそうだ。肩には翼を操作するための送信機、頭に埋め込んだ通信機、そして魔力を正常化する製品。


 そのうち俺、アンドロイドみたいになるかもしれんな。


 「とりあえず造ってみようかな。完成したら実証実験をする、と」


 デ・マウに接近しなくちゃ実験なんて出来ない。だが俺の動きは【ブルジャックの瞳】でモロバレ。


 「ルドさん。ちょっと質問していいですか?」

 「なんだ?」

 「魔術の通路を繋げて、王城の上空まで一気に移動したいのですが、ルドさんの通路は目的の場所が見えてないと出来ないんですよね?」

 「あらゆる魔術師がそうである」

 「裏を返せば見えさえいれば繋げられるんですよね?」

 「そうなる」

 「じゃあたぶん敵の迎撃態勢が整うまえに距離を詰めれますね。ミクリル王子誘拐に僕も参加できますし、魔術対策の実験も可能です」

 「ん?」


 言葉足らずだったな。


 「いやね、物が見えないのって二つの原因があるんですよ。一つは遮蔽物があること。もう一つは遠すぎて見えないこと。つまり、すっごく目が良い生き物が遮蔽物のない角度から見ることが出来たら、通路を繋られるんです」

 「ほうだがわしの目はそこまで良くないぞ。悪いというわけではないが」

 「いや、うちのメンバーにね、すっごく目が良い悪魔がいるんですよ。そしてその情報を高いクオリティで共有できる子がいて、遮蔽物のない空を飛べる人間がいるわけです」

 「ほう」

 「まず上空に飛ぶでしょ? それでリズさんが見る。で、その情報をリアルタイムでマンデイが送ってルドさんが通路を繋ぐ。相手が徹底マークしてる魔術師はルゥだけ。ルドさんが通路を繋げても気づかないでしょう」

 「出来るだろうか。他人の目を借りるなど経験がないぞ」

 「とりあえず一回試してみますか。成功したらデ・マウの魔術対策の製品を創造してみて、それから実証実験をします。ミクリル王子を誘拐するかどうかはその後で決めましょう。ダメそうだったらマグちゃんマンデイの毒案、それも厳しそうならヨキさんかフューリーさんの案、もしくはその二つの混合かな。あっ、他に攻め方を思いついた方は遠慮なく仰ってください」


 するとリズが。


 「え? 兵糧攻めをするんですか?」

 「いや、最後の最後の手段ですよ。たぶんしないと思います。やるとしてもリズさんの了解を得ないで強行突破するような真似は絶対にしません」

 「本当ですか?」

 「はい。リズさんのそういう感覚は僕たちの良心です。もし、それを無視するようになったら僕たちはきっと間違った方向に進んでいく。だから絶対にリズさんの意見をないがしろにはしません」

 「そう……、ですか」


 俺って本当にリズの信用ないな。このまえの一件、まだ引きずってるっぽい。


 肝に銘じておこう。


 大量破壊兵器は無辜むこの民も傷つけるから。

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