第79話 皆 ノ 案
コンコンコン
ノックの音がする。
作戦会議の翌日の早朝である。
「どうぞ」
入ってきたのはヨキだ。
「どうしました?」
「案があれば伝えろと言ったのはお前だろう」
「なにかアイデアが?」
「あぁ」
〜 ヨキの案 〜
王都を攻めるのは現実的ではない。敵に攻めて来て欲しい。そうだろ?
――えぇそうです。
ならば出入りする商人や旅人を片っ端から襲えばいい。
シャム・ドゥマルトが危険だということが大衆に浸透し、流入する商人や人が減れば、デルアの拠点を襲撃するよりよっぽど効果的に相手を弱らせることが出来るだろう。
——確かに効果的かもしれません。ですがそれだと最初に飢えて疲弊するのは一般市民でしょう。ゲノム・オブ・ルゥの良心が許しませんよ。
良心?
――リズさんです。
これしかないと思えばあいつも認めるだろう。
――どうでしょうか。
なにも全員を殺すとは言ってない。襲撃して物資を奪うだけだ。
――だとしても最初に影響を受けるのが一般市民、それも貧しい人々であることに変わりはありません。それに悪魔の国の前例があります。貧しい人々がより締めつけられると、侵略者に感化される可能性がある。僕はデ・マウを倒さなくてはなりません。しかし同時にこの世界を救うために再構成された代表者でもあるのです。
良い案だと思うのだがな。
――確かに良い案ですが、第一選択ではない。最終手段ですね。
あぁ。わかった。
——あっ、一応リズさんに訊いてて貰っていいですか? 住民のケアさえ出来れば採用してもいいかもしれませんし。
あぁ。
ヨキはちょっと手段を選ばないところがあるな。このまえの戦闘もそうだったし、今回も。
朝食後、新しい味方も増えたしボディリングでも造っとくかな、と魔術師三人組と一緒に農園へ。
ヴェストとオスト姉妹はテンション最高潮。
ねぇこれはなに?
あれは?
すごいすごーい。
ルドは比較的静かにしてたが、ルゥの細胞から造った
「な、な、なんと! ル・マウを取り込めるのか? 儂も出来るか! 頼む! やってくれ!」
あ、圧が……。
「いいですよ。僕も大丈夫だったからルドさんも問題ないとは思いますが、獣人に効きすぎた事例がありますのでリスクがないと断言は出来ません。それでもいいですか?」
「構わん。それで死ぬなら本望だ!」
いや死ぬなよ。
「ヴェストさんとオストさんもやりますか?」
目を見合わせる双子。
「私はやらなーい」
「私もやらなーい」
あら意外。
「どうしてです?」
「「気持ち悪ーい」」
あっなるほど。
そんな話をしていると、ドスドスドスと大股でリズが歩いてきた。
「ちょっといいですかファウストさん」
「いいですよ。なんです?」
「シャム・ドゥマルトを兵糧攻めにすると聞いたのですが本当ですか?」
「ヨキさんの案ですね。採用する予定はありませんよ。確かに兵士は弱りますが、それ以上に一般市民が苦しみますからね」
「よかった」
「一応この世界を救うために再構成されたので、その辺のことは考えます」
「でもこのまえ……」
「あれは本当に反省してます。もう二度とやりません」
「そうですか……」
「しかし、もし一般の市民のケアを出来るなら兵糧攻めもアリかもしれないと考えています」
「ケアってどうやって?」
「さぁ。まったく思いつきません。他になにかいい案があればいいのですが……」
腕を組んで唸るリズ。
そして。
「それならこういうのはどうですか!」
〜 リズの案 〜
一度デ・マウと対談してみるのはどうでしょう! 話し合えばなにか変わるかも知れませんよ。もしかしたら争わないという選択肢が見つかるかもしれません。
そしたら誰も傷つかないし、苦しまないじゃないですか。そうしましょう、ファウストさん。ね?
――対談ってどこでするんですか? ここ? シャム・ドゥマルト?
それは……。
ここですよ。ここでしましょう。向こうでしたら危ないかもしれないから。
――逆の立場で考えてみてください。デ・マウが現れて、「いやーすまなかった。いままでのことは全部水に流して仲直りしよう。話し合いの会場はシャム・ドゥマルトだよ」って言ってきたらどうですか?
罠かもしれないなとは思います。
……。
じゃ、じゃあシャム・ドゥマルトでやりましょうよ。
――デ・マウが現れて言うわけです。「もう争いは止めよう。話し合いをしたいんだけど、会場は不干渉地帯の森な。じゃよろしくー」って、どう思いますか?
なにか企んでるのかなって思います。
――ですね。ていうか敵陣に乗り込んで、五将とか死の
……。
考えてませんでした。
「リズさんの意見は保留しておきます。デ・マウを味方に引き込むことが出来たら侵略者攻略の難易度が下がるでしょうし」
「はい!」
「ただあまり期待はしないでくださいね。僕はずっとデ・マウに攻撃され続けているんです。両親も殺されてるかもしれません。共闘は出来ても真に和解することは出来ないと思います」
「……」
トボトボと家に引き上げるリズ。
戦いたくない、というのが本音なんだろうな。
不幸な人たちを救いたい。だけど戦うことでなにかを失う人々が生まれていく。
わからなくはない。
が、こういう側面が強くなってきたら、リズを戦わせ続けるのは無理かもしれない。きっと、いつか心が壊れてしまう。
近いうちにしっかり話そう。
「ファウスト殿」
と、ルド。
「なんです?」
「一つ忠告をしてよいか」
「どうぞ」
「あの悪魔はいつか
「奇遇ですね。いま僕も似たようなことを考えていました。あのやり取りだけで、よくそれがわかりましたね」
「伊達に長く生きていないからな」
「なるほど」
その後、
本当はジェイの体に馴染んだら本格的にシャム・ドゥマルトの攻略に取り掛かりたかったのだが、現状では戦力差がありすぎてキツい。戦闘に参加してもらうメンバーには強くなっておいて貰うに越したことはないだろう。
「細胞の打ち込みはボディリングが完成してからになります。馴染んでいる最中、魔力がうまく放出できなくなった例があるので」
「魔力を放出する必要があるのか?」
「えぇ、ボディリングは個別に造り分けます。このリングはデ・マウの弱体化対策に造ったものです。仕組みは簡単で、使用者に近づく使用者以外の魔力を吸収する、というもの。使用者の魔力の波長を覚えていないと、その人の魔力まで吸ってしまいますからね。
仲間の魔力の波長は完璧に記憶しているので、その場にいなくても造れますが、ルドさんたちの魔力はまだ憶えてません。造って試してを繰り返すことになるでしょう。しかし魔力に関係する品はもういくつも造ってるのでそう時間はかからないと思います。
あっ、リングをしていても属性変化された後の魔法は普通に食らうので気をつけてくださいね。あと、ボディリング装備中は治癒術による回復も通らないので、そこは理解しておいてください。治癒を受けるならリングを外した後です。
リングが仕上がるのは明日か明後日になると思います。細胞の打ち込みはそれからやりましょう」
「理解した」
作業を終えて家に戻ると、今度はフューリーから声を掛けられた。
(ちょっといいか。知の)
「えぇ、構いませんよ」
(我も策があるのじゃがのう。聞いてくれるか?)
「もちろんですとも」
~ フューリーの案 ~
我がシャム・ドゥマルトに攻め入ろう。
何度も繰り返せばそのうち敵の将や重要人物を消すことが出来る。敵は攻めてこざるを得なくなるだろう。それに敵の戦力は削ることが出来ればデ・マウも倒せる可能性が出てくるのう。
――なるほど。
我は死なん。回数を増やせば、いつか好機が到来する。我の能力はそういう能力じゃのう。
――確かにそうかもしれません。ですが、もし
……。
――フューリーさんは天使と悪魔との戦争に
侵略者と戦いの初戦、
ですが今回はそのどれとも違います。場所は相手のホーム。数にも余裕があります。何度も襲撃を繰り返せばそのうち対策されるでしょう。単騎特攻なら、危なくなってもフォローしてくれる仲間もいません。
そして仮に捕まってしまったら、どうなるでしょうか。精神支配を得意とする世界最高峰の魔術師と会うことになるでしょう。どうなるかは想像するまでもありませんね。もしフューリーさんが敵側に寝返ってしまったら完全に詰みます。それに不死とは言っても痛みは感じるのでしょう? 何度も痛い目にあってもらう、なんてことはナシです。
しかしだな……。
――フューリーさんの自己犠牲や恐怖に屈さないその姿勢は尊敬しています。ですが今回は止めときましょう。リターンは敵兵力の削りと、相手が攻めてくるかもしれないという期待。リスクはフューリーさんを失い、敵に取られること。どう考えても釣り合ってません。
うむ。なるほどのう。
「しかし状況が悪くなりすぎた場面や、奇襲には有効でしょう。参考にさせてもらいます」
(うむ。我にはこれくらいしか思いつかんのう)
「充分です。ありがとうございました」
フューリーの思考回路は相変わらず勇者だ。ちゃんと代表者やってる。だが単騎特攻で戦況を動かせたのはいままでの話。今回は状況が違う。
あっ! マクレリアに相談して、フューリーが追い込まれた時用の毒を準備しとくかな。自害用の即死できるやつ。フューリーの能力って生きたまま捕まっちゃったらなんの役にも立たないから。
家に入ると、マグちゃんとマンデイがなにか話し込んでいる。
「ファウスト、話があル」
と、マグちゃん。
「なにか案があるの?」
「どうしテわかっタ?」
「今日は皆がそれぞれに自分の考えを伝えてくれたから」
「そウ」
「マグちゃんの案を教えて」
「私ト、マンデイの考エ」
「うん、言ってみて」
~ マンデイとマグノリアの案 ~
飲み水二、毒を入れル。遅行性ノ毒。
兵士ヤ、デ・マウが動けなくなっタ所で、とどめヲ刺ス。
――なかなか良いかもしれない。でもどうやって毒を入れるの?
潜入スル。
――誰が?
私ガ。
――もしバレたら?
誰モ私二追いつけなイ。
――悪くないと思う。でも毒を入れた水を都合よくデ・マウが飲むとは限らない。それにマグちゃん一人で王城内の人全員に効く毒を生成できるとは思えないけど?
時間ヲかけれバ。
――可能だろうね。しかしその毒は使用人や子供も摂取する可能性があるし、水分の摂取量には個体差がある。相手の動きを止める系の毒を摂取しすぎると死ぬ可能性がある。違う?
うン。
――かなり良い案だと思う。それをするためには誰がどの水を飲んでいるのか。そしてその水を飲む生物のなかに毒が回りやすい体の小さな個体がいないのかを調べなくてはならない。あと、デ・マウの感知の網の対策もしなきゃ。その点だけ攻略できれば、かなり効果的だと思う。
いままでで一番現実的かも。
おそらくなんらかの毒対策はされてる。だが遅行性の毒が、あるタイミングで一斉に効き始めれば対処は難しいだろう。治療する側の人間も毒に冒されているのだからな。
この作戦の欠陥は一つ、決行するには王都に潜入する必要があるということ。
水源はそういくつもないだろうが、
やるなら兵士やデ・マウの飲み水をピンポイントで狙わなくてはならないのだ。
デルア兵の飲み水についてルドとルゥに尋ねてみたが、二人とも知らなかった。
ルドはデルアの敵だ。王城内に入ったことがあるはずもない。そしてルゥは興味がないことは基本、知らない。どちらにせよ五百年前の情報はあてにならんか。
一応、俺にも案があった。フューリーの
だが今回の攻防で痛感した。そんなことを繰り返していれば、いつか誰かが堕ちる。千年続いた国。歴史の積み重ねが生み出した技術。伊達じゃない。
さてどうするか、リビングで独り考えていると、どこからか双子ちゃんの喧嘩する声が聞こえてくる。
またやってんのか。
俺はラジオを聴くみたいに二人の元気な声に耳を傾けていた。
オストが言い出したんだよ!
ヴェストじゃん!
そうしていると、双子がリビングに。
「どうしたの?」
尋ねる。
「オストがパンを盗もうって言い出して!」
「ヴェストが言い出したんだ!」
「ほう、それで?」
「「マクレリアさんに怒られた」」
なるほど。
「欲しい時はちゃんと言いなさいって」
「お腹すいたらちゃんと食べさせてあげるって」
だな。盗むのはよくない。
この双子の喧嘩はいいな。なんか癒される。
「二人っていつも喧嘩してるけど仲は良さそうですね」
俺が言うと、こう返ってきた。
「本当にされて嫌なことはわかってるから」
「だからそういうことは絶対にしないのー」
大切なことだ。
小学生でも知ってる。されて嫌なことはしちゃいけません。他人からされて嬉しいことをやりましょう。
人間関係を円滑に進める実に簡単な――
ん?
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