第81話 戦 ノ 仕度

 結論から言うと、ルドの遠距離【ゲート】は成功した。


 リズが見てマンデイが映像をシェア、ルドが魔術を展開する。このやり方で不干渉地帯の壁上から最も近い山の上空に繋がることが可能だった。


 ルドが魔術を展開するまでにはおおよそ三十秒ほどかかるのだが、それでも普通に飛ぶのとは比較にならないくらい早く移動できそうだ。


 「ルドさん」

 「なんだ」

 「残念なお知らせなのですが、ルゥ細胞の打ち込みは少し延期になりそうです」

 「な、なぜだ!」

 「打ち込んだ細胞が定着するのにかかる期間は二週間から三週間です。それよりもずっと早いケースもありましたが、それは例外ですね。デ・マウの魔術に対抗する製品を造るのにどれくらいの時間がかかるかはわかりませんが、完成し次第実証実験を行う予定です。そして次に王都に飛ぶのは王子誘拐を決行するタイミングになるでしょう。警戒心を弱めるために実験と誘拐、この二つの間は少し開けておきたいので、実験の後で打ち込み、細胞が定着したら誘拐。こういう流れにしたいのです。ルドさんがルゥ細胞の打ち込みを楽しみにしているのは知っています。僕も味方の強化は早めに済ませておきたい。ですが少し我慢してください」

 「そうか。そうか……」


 なんか大の大人が落ち込んでる姿って心に来るものがあるな。


 「本当にすみません。実証実験が終わったらちゃんとやりますから。あっ、もし僕が帰ってこれなかったらマクレリアが代わりにやりますので心配しないでいいですよ」

 「そんな心配はしとらん。必ず帰って来い」

 「えぇもちろん。死ぬつもりは毛頭ないので」


 さぁ、創造のお仕事だ。


 ボディリングは慣れたもんだ。なんの問題もなく完成。


 問題は魔術対策用の器具。


 魔力を乱す、と簡単に言うがどう乱すのかがわからない。わからないなら全部対策しなくてはならない。だがそんなことは出来ない。


 魔力を直接吸収するボディリングとはわけが違う。魔力によって起こされた現象そのものを無効化しなくてはならないのだ。


 アイデアがなければどうしようもない。


 難易度が高めの物を創造するのってわりと楽しいんだけど、こうもアイデアが浮かばないとキツいものがある。


 うんうん悩んでいると、双子ちゃんが遊びに来た。

 

 「「暇だよー」」

 「でしょうね。いまは待機と準備の期間ですから」

 「なに造ってるの?」


 と尋ねてきたのはヴェ……、オスト。


 「デ・マウの魔術対策の器具ですよ」

 「へぇ、どうやって造るの?」

 「アイデアが浮かばなくてね。どうしたもんか」

 「私たちの【障壁】みたいなのを造れればいいのにねー」

 「魔術は複雑すぎてそんな簡単には再現できませんよ。それに体の周りに障壁を張り続けてたら魔力がいくらあっても足りないし、自分の周囲に壁があったら、こっちからも攻撃できないでしよう?」

 「あっ、そうかー」

 「だから難しいんです」


 ルドの細胞の打ち込み、早めにしようかな。見通しが甘かった。結構簡単にいきそうだと思っていたが、中々に時間がかかるぞコレ。


 「色々考えたんだけどさ、脳から過剰に分泌された物質や、敵から受けた体の変化を元の状態に戻すタイプのものにしようかな。埋め込み式で、場所は脳もしくは中枢の神経。その手の知識でマンデイの右に出る者はいないから補助をお願いしたい。実験はいつも通り俺の体を使う。お願い出来る?」

 「うん」


 それと。


 「並行してゴマとハクの新スーツを完成させるから、試運転をしてみよう。俺やマンデイ、リズさんが着用しているような複雑な物は慣れるまでに時間がかかるから、アシスト機能と簡単なギミックを加えたやつにしようかなと考えてる。プリミティブなスーツと高度に発展したスーツの中間くらいのイメージだね。いい?」


 ゴマは尻尾フリフリ、ハクはジト目でこちらを見てる。


 ハクはトラウマがあるからな。


 「痛いことはしないからね。絶対」


 ジー。


 あっ、でも俺の翼みたいに送信機が必要ならなんらかの器具の埋め込みをしなきゃいけないかも。


 「手術はするかもしれないけど、絶対に痛くないようにする」


 やれやれといった感じで溜息をつくハク。


 うん。言葉はなくても君の気持ちがわかるよ。本当にごめんね。


 「次にジェイさんですが、ルゥの細胞はほぼ完璧に体に馴染んだようなので、体を動かす練習をします。これから毎日、僕と訓練に行きましょう。魔力のコントロールが出来ていないようなので、不干渉地帯の外でやります。暴発してスタンピードを起こされる、なんて展開はごめんなので。あと僕は【ブルジャックの瞳】に監視されているので、場所は毎回変えます。いいですか?」

 「えぇ、お願いするわ」

 「なんだか最近、口数が少ないですね。まだ具合が悪いですか?」

 「問題ないわ」

 「また無理してないですよね?」

 「してない」

 「本当に?」

 「何度も訊かないで」

 「すいません。こういう性格なので」

 「そこさえ治せば、まぁまぁ良い男なのにね。勿体ないわ」

 「性格は簡単には矯正できません」

 「ふん」


 最後は。


 「ルドさん。二転三転して申し訳ないですが、細胞の打ち込みは今晩にでもやってしまいましょう。魔術対策の器具が想像以上に時間がかかりそうです。構いませんか?」

 「構わん! そうか! やってくれるか!」


 嬉しそうでなにより。


 魔術対策の器具は延々と続くトライ・アンド・エラー。


 デ・マウの魔術がどう作用するのかがわかっていない以上、すべての対策をしなくてはならない。そうなると器具のサイズがどうしても大きくなってしまうのだが、生物の体はそんな物を収納できるように設計されてはいない。


 散々悩んだ末、機械式ではなく寄生虫のような形にすることにした。俺の摂取した栄養で生きて、繁殖し、死滅した虫は血中に流れ込み、肝臓で代謝される。


 勿論これは、本当の生物ではない。限りなく生物に近い物質。ちょっとまえのマンデイみたいな存在だ。


 俺はこの寄生虫を【ホメオスタシス】と名付けた。彼らは自らが生き残るために、俺の脳内の状態を一定に保とうとする。ある物質が多くなったらそれを吸収し、少なくなったら補充する。正常である、というのが唯一、彼らが安心して暮らせる環境なのだ。


 だがこの寄生虫はある問題を抱えている。


 【ホメオスタシス】は怒りや悲しみといった感情の変化にも反応し、無効化してしまう。つまりコレを使用すると無感情、機械のような人間になってしまうのだ。


 といって感情のない人間にはなりたくない。で、お得意の電気による活動の中止という機構を造った。電気を流している間、この虫は休眠状態に入る。デ・マウと対面する時にのみ活動させておく感じである。


 方向性が定まったので増殖させておく。働きが働きだけに人体実験をするのが怖いが、いつかは試してみないと実戦に投入できない。


 ゴマとハクのスーツは至ってシンプルだ。


 簡易で創造したゴマのスーツは重すぎるという欠点があった。アシスト機能をつけてはいるが、それでも重いものは重い。普通に動いているだけで体力を消費するのだ。


 と、いうことで、衝撃吸収系にシフトした。昔、自分のために造ったカエルアーマーの品質を向上させたような代物だ。よろい系よりよっぽど軽いし動きやすい。欠点は剣や弓矢にいくらか弱くなる、というところ。だが打撃系にはかなり有効だと思う。そのうち、俺のシェイプチェンジの機能を搭載とうさいして、どちらにも対応できるようにしていきたい。


 ハクのスーツは簡単な運動アシスト機能と、機敏性を損なわない程度の防御性能、そして氷魔法を使いやすくするギミックを二つばかり仕込んでみた。


 一つは攻撃系。二つ目は防御系。使いこなすのに時間はかかるだろうが、なにせ簡単なギミックだからルドの細胞定着までの期間にどうにかなりそうな気もする。


 ジェイは、なかなか良い感じだ。


 元々彼女は獣の国屈指の魔法使いだったのだ。魔法に対しての理解が深く、頭がいいから変化に対しての順応も高い。


 未発達な細胞ベイビー・セルで強化されたのは魔法のみ。魔力の産出量が大幅に上がり、体の小ささに似合わない巨大なスケールの魔法を使えるようになった。魔術のなかにも天候を操るものがあるらしいのだが、ルド曰く、ジェイの魔法はそのレベルだそうだ。


 俺が真っ先に感じたのはムドべべと似てる、ということ。膨大な魔力を消費して放つゴリ押し。能力差の押しつけ。


 たぶんジェイはいま、未発達な細胞ベイビー・セルで強化された生物のなかで最も強い。もちろん接近することが出来ればマンデイの一撃で沈むだろうし、リズから遠距離攻撃をされれば命はないだろう。マグちゃんの速度についていけるとも思えない。だが、しっかりと運用すれば、うちのメンバーの誰にも真似できないほどの破壊力をもった範囲攻撃、天災レベルの攻撃を、一方的に押し付けられる。


 弱点は体の脆さだから、落ち着いたらスーツを造ってあげよう。これで空を飛べるようになってマンデイみたいに殴れるようになったら怖いものなしだ。


 ルドの細胞の打ち込みは、いまのところ問題はなさそうだ。


 そもそもルドはルゥの直系の子孫。もちろんおなじ種族だし、遺伝子も似ている。人生経験が豊富だから無茶なビジョンもないだろう。


 不安な要素がなにもない。


 あ、ルゥのこととなると変な感じになっちゃうところがあるから、それは若干不安かもしれない。気になるのはその位だ。


 こんな感じで一つ一つ順調に進んでいたのだが、ここで恐れていたことが。


 ルゥの体が食事を受けつけなくなったのだ。


 そして突然ふっと意識を失う。するとマクレリアの意識もなくなる。しばらくすると回復するのだが、そういうことが日に数度ある。


 俺はマンデイ監修の元、血管内に管を通し、食品を加工して造った栄養素と水分を補給することにした。最初はそれすら拒んでいたルゥだが、なんとか説得し、処置を受け入れてもらった。


 終わりの時が迫ってきている。


 なんとかルゥが生きているうちに。デ・マウをやりたい。感情論だけじゃない。【ブルジャックの瞳】で監視されているルゥ。彼が命を失えば敵もそれに気が付く。そうなれば均衡は一気に崩れる。

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