第59話 一本釣リ
魔術対策の防具は、たぶん造れる。魔力に関係する高品質の製品をいままでも大量に創造してきたという実績があるし、自信もある。
生物兵器も問題ないと思う。マンデイを治療した時に用いた技術を反転させればいいだけだ。
攻撃ギアは発想さえあればいい。あとは、どれだけ重量を抑えた上で高いパフォーマンスを実現するかという点だけ。
問題はゴーグルだな。前世には暗視装置やサーモカメラというモデルがあったから仕組みがわからなくても試行錯誤して一から創造できたが、仕上がるまでには相当な時間と労力が必要だった。
ナイトビジョンもサーモグラスも特定の光を遮断し、残った映像を高いレベルで解析してグラス上に映し出すという代物だが、これを造るまでには気が遠くなるほどの実験を繰り返す必要があった。
当時の俺にはいくらでも時間があったのだが、今回はタイムリミットがある上、すべきことも多いから、もしかしたら間に合わないかもしれない。
マグちゃんサイズの特注コートは時間の問題だな。二回目の王都訪問にはギリギリってところ。
とりあえず必要な物の下準備だけは終わらせた。王都から帰ってきたら仕上げをしてしまおう。
「マンデイ、準備は終わった?」
「終わってる」
メイスの柄をドン、と地面に付くマンデイ。
「まさかとは思うけど、メイスをもっていくつもりじゃないよね?」
「もっていく」
「置いていきなさい」
「どうして」
「どうしてって、そんな重い物をもって長距離移動つもりなの?」
「いい」
「ダメです」
「もっていく」
いかん。このままではイヤイヤループに入ってしまう。
「絶対にもっていくの?」
「もっていく」
考えろ。このクソ重いメイスを置いていかせるにはどうすればいい。
どうすれば……。
「そうか残念だ。実に残念だよマンデイ」
「ん?」
「いつまでもレイブンの背中を追いかけるだけでは、いつかマンデイに限界がくるのではないか。俺はそれをずっと危惧してたんだ。本当にこのままでいいのかってね。そして結論が出た。新しい武器を造ろうと。メイスよりも小回りが効いて凄くクールで突破力のある武器をな。だがメイスをもっていくなら造れない。実に残念だ。今日なら出発までに時間があるし、作業は全部終わらせてしまったから造る余裕があったのだが……」
「どんな武器」
「こんど造ってやるよ。今日はそのメイスで我慢しとけ。まぁ色々創造しなくちゃいけないものがあるから新武器の創造はかなり先になるだろうがな。でもなマンデイ、楽しみってのは先延ばしにした方がいいぞ。ワクワクがずっと続くだろう? いつかちゃんと造るって約束するからまっててくれ。な?」
「どんな武器」
マズい。
想像以上に食いついてきた。完全に見切り発車だったから新武器の構想なんてなにもないぞ。
どうしよう。どうしよう。
マンデイの目がキラキラしてる。ここで期待を裏切ったら間違いなく反抗期、不良ルートに突入する。ううう。
マンデイといったら殴打武器。造るなら鈍器だ。そして軽いもの。小回りが効いててクールだって言っちゃてるから、そういうものじゃないといけない。
殴打武器……。
鈍器……。
スパナ?
どうしよう。武器の知識が皆無だからまともなアイデアが浮かばない。ヌンチャクなんてどうだ。小回り効くし。
くっ、ニッチだ。ニッチすぎる。まったくクールな感じがない。
もう棒みたいなやつでもいいかも。動きによってはカッコよくみえないこともなさそうな感じがしないこともなさそうだし。
だがそれでマンデイが納得する? おいテメェ、これメイスの頭を取っただけじゃねぇか、マジぶっとばすぞゴミがよぉ。なんてことにならないだろうか。
十手! 十手はどうだ! 御用だ御用だ!
クールじゃないか?
十手って正義の象徴みたいなところあるし、小回りも効く。なんて素敵なのファウスト! これならメイスなんてもっていかなくても充分戦えるわ!
ないな。
贔屓目に見ても十手はないわ。ダサい。なによりマンデイに似合わない。
方向性は間違ってないと思うんだけどな。片手でもてて、殴れて、軽くて……。
あっ。
あれがあったな。見た目もいい感じだし、機能性も充分で小回りが効く。
「コホン、その武器の名前はな……」
「名前は?」
「トンファーという」
「トンファー!?」
「なんだ、知らないのか? 攻防一体になった最強の武器、トンファーを」
「知らない!」
「可哀想なマンデイ。ルゥの著書にも載ってなかったのか。そうかそうか。いままでトンファーも知らずに生きてきたんだなぁ、君は。心から気の毒に思うよ。あっ、でもマンデイにはメイスがあるだろう? 二つはもっていけないなぁ」
「造って」
「造ったところで装備してくれないなら意味ないしなぁ」
「もっていかない」
「メイスをもっていかないの?」
「もっていかない」
「もしかして、トンファーを使ってくれるのか?」
「使う」
マンデイの一本釣り。今日はイヤイヤループに初めて勝利した記念日にしよう。
さっそくトンファー造りに着手。
あいた時間に獣組の診察をする。
「ジェイさん、体調はどうですか?」
「問題ないわ」
なんだ? 随分大人しいな。まだ緊張してんのかな。
「もしなにかあったらマクレリアさんに言ってください。成長を止めることが出来ますから」
「えぇ」
次はフューリーだな……。
「ちょっとまちなさい。ファウスト」
ん?
「なんです?」
「これに耐えれば本当に私は強くなれるのよね」
「いままで処置した生物はすべてなんらかの強化がされました。ですが
「いいわ。強くなれる可能性があるならなんでもいい」
なんかジェイって強さに飢えてるのかな。うちのリズベットと似てる感じがする。このタイプは危ういところがあるから、しっかりフォローしなくては。
「そうですか。もう一度言っておきますが、なにか変だなと感じたり、具合が悪くなったらすぐにマクレリアさんに伝えてください。くれぐれも無理はしないように」
「そのセリフ、母の子守唄よりも聞いたわ。クドい男はモテないわよ」
やっぱマグちゃんの方が二千倍は可愛いわ。
「日に二回から五回はカプセルに入って魔力の吸収をしてくださいね」
「それも耳にタコが出来るほど聞いたわ」
「大事なことなので。あと食事はしっかりとって、ちゃんと眠るように。どうしても眠れない時はマクレリアさんに相談を」
「それも頭が変になるくらい聞いた」
なんか機嫌が悪い? まぁいいや。理解してそうだし。
「フューリーさんはどうです?」
(まるで問題ないのう。なにも変わらん)
「なにかあったらマクレリアさんに。くれぐれも変に我慢したりしないように」
(あぁわかっておる)
あとはマンデイの新武器の仕上げ。
(なにを造っておるのだ)
「トンファーですね。マンデイの新武器です。主に狭所や長距離の移動が必要な場面で使う武器です」
(ほう)
メイスとおなじ感じで造ればいいから、すげー楽だわ。数分あれば納得のいく出来のトンファーが仕上がるだろう。
(やはりお主の能力は便利じゃのう)
「弱点だらけだったりしますけどね」
(完璧なものなど存在せん。しかし知の、お主には驚かされてばかりじゃのう。久しぶりに会ったと思ったら飛んでおるしのう)
「あぁフライングスーツはかなり苦労しましたね。単純に飛べる生物って相手にしてて厄介だし、飛行時に魔力の回復が出来たら一生動けるという発想から創造しはじめたんですけど、ヒダを使って発電するのって結構効率悪くて、滑空してないと魔力の収支がプラスにならないんです。しかも飛行することに能力を使ってますから、戦闘能力は低めですね。だからシェイプチェンジや魔力変換式攻撃ギアでカバーしてますが、飛ぶための軽量化が足を引っ張ってたりします。発展途上って感じですかね」
(なにを言っておるのかさっぱりわからんが、お主の飛行は、すでに獣人を上回っておる。たいしたものだ)
「まだまだ満足してないんで、もっと性能を上げていきますよ」
(そうか)
トンファーのおおまかな形は出来つつあるな。あとは彫刻をして、攻撃ギアも仕込んでみようかな。素のトンファーならメイスみたいな破壊力は出ないだろうし。
(のう、知の)
「なんです?」
(お主は疑わんのか? 我や亀仙のことを)
疑う? そういえば、フューリーの言うこと全部鵜呑みにしてたな。
「いやまったく疑ってなかったですね。嘘なんですか?」
(断じて嘘ではない。だが、お主があまりにも素直に信じるものだから、いささか不安になってのう)
「基本的にフューリーさんのことは信頼してるんですよ。フューリーさんって嘘つけないタイプでしょ?」
(自分ではわからんのう)
「僕ってわりと性格悪い方なんですよ。まえの世界ではよく嘘ついてたし、精神の調子が悪くなるまでは、平気で人を欺いたり利用したりしてました。小悪党って感じですね。小心者だから大きなことは出来ない。保身第一。そんなしょうもない奴でした。だから利用しやすい根っからの正直者がなんとなくわかるんですけど、フューリーさんはたぶんそのタイプだと思います。だから疑ってないのかも」
(利用されないように気をつけなくてはのう)
そう言ってフューリーは、ニィと口角を上げる。
「いまはそこそこ真面目な奴になったんで安心してください。人間、全部なくしちゃうと変わるもんです」
ていうかフューリーを敵に回したら秒で殺される自信があるから、下手なことはしたくない。
「さぁ、マンデイ。これがトンファーだ」
マンデイの頭上にハテナマークが飛び交ってる。まぁ初見で使い方がわかるはずないもんな。
「ここをもつんだ。で、突く」
反応がイマイチだ。メイス程の派手さはないしなぁ。
「クルクル回して殴ることも出来るぞ。貸してみな。ほら、こうやって」
……。
やらかしたな。完全にやらかした。トンファーはないよな。わかる。そういう反応になるよな。ごめんよ。
「攻撃ギアも組み込んでいる。俺が使ってるやつだな」
「へぇ」
おっ? 食いついたか?
「トンファーの一番の強みは防御だな。こうやって剣とか槍を防ぐことが出来る。リーチはないが、逆に言えば懐に入ったらこれほど強い武器はない」
マンデイがクルクルとトンファーを回す。どうだ? 気に入ったか?
「ふーん」
「ついでにベスト式のホルダーも造ってみた。腰に巻いてみな。……。で、使わない時はこうやって収納して、スッと取り出して、ほら、こんな風に」
「凄い」
「どうだ?」
「かっこいい」
「だろう?」
あれ? いい感じ?
使いこなすのに時間がかかるかもしれないが、こんな物なくてもマンデイは強いしな。蹴りだけでなんとでもなりそうだし。
いい感じに気に入ってもらえて良かった。あのアホみたいに重いメイス装備して移動なんて絶対にヤダもん。
よし。することしたし、そろそろ出発するかな。王都に。
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