第58話 情報収集

 ネズミの獣人、リトル・Jの細胞の打ち込みは恙無つつがなく終了した。


 処置中、彼女は簡単な質問に応答するだけで、いっさい無駄口を叩かなかった。緊張していたのだろう。


 マグちゃんの装備はたぶん間に合わない。ヨキ隊に合流するのはあと少し先になるか。

 

 ルゥの寿命は気になるが焦ってもしょうがない。勇み足になって味方が全滅するなんて事態だけは絶対に避けなくてはならないからな。慎重冷静、賢く立ち回ろう。


 まずは情報収集だ。


 「マクレリアさん。いくつか聞きたいことがあります」

 「なぁに」

 「ルゥの具合はどうですか?」

 「小康状態だねぇ」


 とりあえず安心。


 マンデイからの報告でも俺が見た感じでも危なそうではない、が、なにせ超高齢者だ。突然死なんて結末も視野に入れておかなければならないだろう。出来ればルゥが生きているうちにデ・マウを討ちたいのだが、あまり無理も出来ん。


 ルゥに頑張ってもらうほかあるまい。


 「わかりました。ルゥが生きているうちにデ・マウを討てるよう全力を尽くします。次に先代の主様、ハマドという生物について教えてください。戦闘力や攻撃手段、体格やウィークポイントなど、マクレリアさんが知る情報をすべて」

 「別にいいけど、もう死んじゃってるんじゃないかな。随分昔の話だし」

 「獣の亀仙の予知によると、まだ生きているようです。そして余裕があればハマドも攻撃対象にする予定です」

 「どうして?」

 「ハマドの存在は今後の世界に悪い影響を及ぼすみたいなんです」


 マクレリアは腕を組んで唸る。


 「なるほどねぇ。うぅん。難しいなぁ」

 「なにが難しいんですか?」

 「まずマグちゃんは絶対にあてちゃダメだね。ハマド様に毒は効かないと思っていい。体が大きすぎるんだ。普通の生物とおなじ感覚でやっても絶対に効かない。私でも無理だったからねぇ」


 毒の扱いに関して言えばマグちゃんよりマクレリアの方が何枚も上手うわて。それで無理だというならマグちゃんも厳しいか。


 疑似細胞を使った生物兵器でも造ってみるかな。細胞を食って増殖するウィルスみたいなものを。その場で倒すことが出来なくても、時間をかけてジワジワ殺すことが出来るかもしれない。


 ていうかマクレリア、ハマドに敬称をつけてたな。昔はこの土地の主だった生物だ。呼び捨てにするのは礼がなかった。


 「対面したら逃げるようにマグちゃんに言っておきます。ちなみにマクレリアさんはどうやって毒を入れたんですか?」

 「目からだねぇ」


 目薬みたいな感じか。


 吸入式の毒は周囲の植物や動物にも影響を与えるし、針がないマクレリアのとれる手段はそれしかない。


 「ハマド様の耐久面はどうでしょうか」

 「たぶんいまの主様より上だねぇ。とにかく皮が硬いんだ。ヨキ君の剣でも切れるかどうかわからない。マンデイちゃんはどうだろうなぁ。頭を揺らすことくらいは出来るかもしれないけど、決定打にはならないかもね」


 ヨキとマンデイがダメだったら他は全滅だな。やっぱり生物兵器のようなものでジワジワ殺すしかない。極力苦しめたくはないんだけど、負けたら終わりだ。甘いことは言ってられん。


 というより仲間に引き込めないかな。成長する因子グロウ・ファクター未発達な細胞ベイビー・セルで治療が出来るかもしれない。まぁそんな余裕があればの話だが。


 「正対したら厳しそうなんで、生物兵器のようなもので対応するしかないかもしれませんね。それか巨大な魔力のタンクを使ってマグちゃんに大量の毒を生成してもらうか」

 「生物兵器っていうのがよくわからないんだけど、正攻法を選択しないのは賛成だねぇ。正面からぶつかってハマド様に勝てる生物はそういないだろうから」


 傷、だな。


 ヨキかマンデイ、フューリーに傷をつけてもらう。そして生物兵器を体内に注入する。傷が無理そうなら眼球みたいな無防備な場所、もしくは肛門や鼻腔みたいに粘膜に手の届く場所から注入しよう。


 なんにせよ隙を作らないことにはどうしようもない。【鳥籠】を強化してそれを使ってもいいしでもいいし、一瞬怯ませるだけならリズに任せてもいいか?


 俺が造るべきなのは生物兵器と注入用の針だな。


 あと硬い皮膚を貫く攻撃ギアも欲しい。攻撃手段はいくつあっても困らないからヨキ用に電ノコソードも造っておきたいけど、勝手にやったら怒られそうだな。そういうトリッキーなの嫌いなんだよなぁ、アイツ。【朝陽】の時もかなり説得したし。


 「ちなみハマド様のサイズはどの程度ですか?」

 「主様よりずっと大きいよ」


 そんな気がしてた。


 「次にドミナ・マウという人物について訊きたいのですが、ご存知ですか? この人物も後々僕たちの障害になりそうなんです」

 「ドミナ・マウ? ドミナ・マウ……」


 やっぱり知らないか。ルゥが外にいたのは五百年前だもんな。名字がマウだったからルゥとおなじで長寿なのかと思ったのだが。


 「やっぱり知りませんか……」

 「いや、同姓同名の人物に心当たりがあるんだけど、ルゥが殺しちゃったしねぇ」

 「ここに来る時にですか?」

 「そうだねぇ。間違いなく死んでると思うよ」

 「じゃあ別人ですね。ちなみにマクレリアさんが知ってるドミナ・マウはどんな魔術を使ったんですか?」

 「魔術は使えなかったねぇ、彼、勉強嫌いだったから。その代わり呪術を使った。特殊な魔法だねぇ。死者の体を操る、いわゆる死霊術」


 死体を操る、死霊術、呪術、聞き覚えのある言葉のオンパレードだ。


 「もしかすると同一人物かもしれません」

 「それはないよぉ。ちゃんと殺したんだから」

 「そっか。ならいまのドミナ・マウはマクレリアさんとルゥが倒したドミナ・マウの子孫なのかも。遺伝的な理由で死霊術を使えるようになった、と考えれば筋も通ってそうだ」

 「かもねぇ」


 まぁドミナ・マウがどんな人物かなんて関係ない。問題は能力だ。


 「死霊術、呪術について教えてください。どの程度の数の死体を操作できるのかとか、死体の性能、死霊術の効果範囲などを」

 「私たちが知ってるドミナ・マウは最低でも千人程度の死体を操作してたねぇ。操作が難しい死体なら十人位じゃないかなぁ」

 「生前の能力なんかは引き継がれるんですか?」

 「ある程度はねぇ」

 「なるほど。じゃあ操作された死体の性能を教えてください。倒し方とか対処法を」

 「死体は知能を奪われて、ただ指示に従う兵士になる。痛みも感じないし恐怖もない。一番手っ取り早いのは首を飛ばすことだねぇ」


 俺、それ知ってる。ゾンビだ。


 「毒はどうですか?」

 「出血毒で体を壊してしまうか、脊髄を傷つけて行動不能にするかしかないんじゃないかな。効率は悪いけどねぇ」


 マグちゃんはドミナ・マウにも不利そうだ。活躍できそうなのはマグちゃん以外のメンバー。まぁドミナ・マウ本人に対する攻撃は通りそうだから、マグちゃんも完全に不利というわけでもないか。


 「ありがとうございます。最後にデ・マウのことを教えてください。支援が主体なのは教えてもらいましたが、直接戦闘になった場合はどういうスタイルで戦うんですか?」

 「基本の魔法は全部使える。支援は付与術、魔法の一種だねぇ。魔術は精神に干渉するタイプのもの、幻覚を見せたり戦意を削いだりする。あとルゥの物体を操作する魔術の下位互換、斥力をコントロールする魔術。それとルゥが使ってる感知の網だねぇ。時間が経ってるから、もしかしたら増えてるかもしれないけど」

 「斥力?」

 「反発する力だねぇ。デイに近づく物を跳ね返す。体に触れさせないための魔術だよ」


 なるほどな。なんとなくイメージできた。


 クソみたいな戦法だ。


 自分のことは斥力でガード。敵を精神的に追い詰めて弱体化し、同時に味方を強化する。自分では手を下さず影でこそこそと糸を引く。絶対に友達になりたくないタイプだ。


 斥力は厄介だな。常時発動だとしたら隙がない。不意打ち主体でいこうと思ってたのに。


 「斥力は常時使用しているんですか?」

 「いや、常にじゃない。魔力の消費が激しいから。基本的にあの人は才能に恵まれてないの。そのうえ体も完全じゃない。魔術に関して言えば、全部ルゥ以下だと考えてもらっていいと思う」

 「支援や魔術の射程はどの程度でしょうか。最後に見た時のレベルでいいので教えてください」

 「それは簡単だよぉ。王城に行けばわかる」

 「ん?」


 マクレリアが小さな指で円を描く。


 「王城は二重の円で構成されてる。内側にある小さな円と外側の大きな円。内側の円のなかには王や要人、選ばれた少数の兵士が居住している。そして内側と外側の円を区切っているのは通路。なんとなく想像できる?」


 ダーツの的みたいな感じかな。


 「えぇ、なんとなくは」

 「デイの魔術の射程は小さな円とおなじなんだ。そういう風に設計している。そして通路に立ったら、ちょうど外壁まで魔術が届く」

 「なるほど。わかりやすいですね。ヨキ隊と通信しに行く時にでも王城の観察をしてみます。ありがとうございました。これからフューリーさんと相談しつつ戦略を練ってみます」


 とりあえずデ・マウの弱体化と精神支配の対策をしないと。


 遮断系のスーツなりコートなりを造ろう。というより魔術って遮断できるんだろうか。実験してみるか。


 あと魔力を感知して観察するゴーグルも造りたい。相手の有効射程が見えていないと事故る可能性がある。斥力が発動している時に攻撃しても意味ないから、その見極めも必要だし。


 メッタメタに対策しないと怖くてしょうがない。出来ることは全部やろう。


 一々強化されたら面倒臭そうだから、まず狙うのはデ・マウだな。迅速に突破してデ・マウがいる城の中心まで攻め込む。取り囲んでフルボッコ。まぁそんなにうまくことが運ぶはずはないから、細部はいまから煮詰めるとしよう。


 ハマド様とドミナ・マウは最後の仕上げになるだろう。まぁ無理そうだったら速攻で退却しよう。チャンスは一度じゃない。


 あっ、【コメット】ぶっぱしてもいいかも。


 どれだけ立派な城でも半壊程度にはもっていけるだろう。兵士が再起不能になってくれればデ・マウ攻略もやりやすくなるだろうし。


 でも王子を殺しちゃダメなのか。うぅん。


 これは最終手段だな。王子を救出した後で【コメット】を使ってもいいかな? うまくいけばドミナ・マウとハマド様を巻き込めるかもしれないし。検討しよう。


 王子を傷つけちゃダメってのが何気に面倒臭い条件だ。


 まぁ考えてばかりでもはじまらない。作業にとりかかるとしようか。ヨキ隊との最初の連絡をしなくちゃいけないし、そう悠長なことはやってられない。


 造るのは生物兵器、新しい攻撃ギア、魔術対策の防具、魔力の流れを見るゴーグル。あと、フューリーとリトル・Jの様子観察だな。


 時間が許す限り作業してから王都に飛ぼう。

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