第60話 楽シイ 旅

 『マンデイ。辛くないか?』

 『辛くない』

 『なにかあったらすぐに言うように』

 『うん』


 マンデイの身体能力、特に脚力は目を見張るものがある。空を飛んでいる俺に普通について来るし、もしかしたら原付くらいの速度は出てるかもしれない。


 山越えは抱えていこう。さすがのマンデイでも傾斜があるところは辛いだろうし。


 そういえば俺たちって不干渉地帯に来るまでは、二人でトボトボ歩いてたんだよな。


 あれは最悪の旅だった。


 体もメンタルもギリギリで、食う物もなかったからカエルとか虫とかを口にして命を繋いでた。


 そういえば、あの頃のマンデイは自力でエネルギーを生み出すことが出来なかったから、定期的に魔力の供給をする必要もあったな。


 いやぁ、成長した。移動手段もそうだけど一番デカいのは地図だな。ルゥが作成した代物だから信頼できるし、なにがどこにあるってわかるのが最高に便利だ。安心感が違う。


 『懐かしいなマンデイ。昔二人で旅をした』

 『うん』

 『あの頃は辛かった』

 『いまは楽しい』


 そうか。楽しいか。


 『全部終わったら、また旅をしような』

 『うん』

 『獣の国にも行ってみたいな。人間の国もデルア以外にもあるみたいだし、妖精の国とか異人種の国にも行ってみたい』

 『巨人の国に行ってみたい』

 『いいね、楽しそうだ。確か音楽好きの気の良い奴らなんだろ? 食事が美味しかったらいいけど』

 『マンデイが作る』

 『お! 期待しとく』

 『あ、小麦がいる』

 『小麦?』

 『ルゥの元気がなくなって在庫がない。パンが作れない』

 『あぁ、そうだな。デルアで買ってもいいけど贋金はあんまり使いたくないんだよなぁ。不干渉地帯で収穫できるならそれがいいけど』

 『不干渉地帯には小麦がない。だから雑穀で代用してた。でも家から遠い』

 『へぇ。あれって小麦じゃなかったんだね。普通のパンかと思ってた』

 『ファウストは舌バカだから』


 なんだ? なんか急にディスられたぞ。


 『ん? 俺って舌バカなの?』

 『うん』


 知らなかった。俺って舌バカなんだ。ていうかマンデイにそう思われてたんだ。なんか軽くへこむわ。そこそこ違いがわかる男だと思ってたんだけどな。


 道中、イベントらしいイベントはゴマと遭遇したことくらいだった。なんか大きな生き物が走ってるなぁと思ったらゴマだった。馬に乗った賊らしき三人組に追われてたので、空から急襲して成敗した。


 あんまり目立ちたくなかったんだけど、ゴマのためだからね。たぶん俺もマンデイも顔は見られてなさそうだし、大丈夫だろう。


 なんかゴマが物欲しそうな目で見てきたから馬を一頭食べさせてあげて、バイバイした。お疲れゴマちゃん。


 そんなこんなで、なんとか夜が明けるまえに王都に到着。腹が減ったから、こっちで食事とか摂れたらいいんだけど、そんな悠長なことはやってられないだろう。


 王都はガチガチに守りが固められた城塞都市のようなイメージだった。厚い外壁に守られていて威圧感がある。まぁ壁と言ってもマンデイが飛び越えられる程度なんだけどね。不干渉地帯に比べたら鼻クソみたいな壁だったよ。


 街並みは前世の中東とかのイメージに近いかもしれない。


 建造物は石造りが大半、所々に教会みたいなものがあるが、あれはなんの施設なんだろう。やはり宗教施設だろうか。あと投石器のような物や、設置型の巨大な弓らしき物もチラホラ散見した。


 戦うことを想定した都市設計。全体的にはそういう印象だ。


 『マンデイ』

 『なに』

 『建物の上に乗ったら壊れるかもしれないから、それは避けてね』

 『うん』


 マンデイの脚力なら屋根を踏み抜くくらい平気でやりそうだしな。


 早速ヨキ隊を探してみよう。


 『ヨキさん。リズさん』


 ……。


 移動しながら二人の名前を呼び続ける。ゴマがいたからこっちには到着しているのだろう。後は通信射程に二人が入ってくれればいい。


 しばらく飛んでいると、


 『ヨキだ』


 と、応答が。


 二人がいたのは中心部から外れた地点だった。建物は古い物が多く、ちらほら木造家屋も見える。もしかするとスラム街みたいな場所かもしれない。


 『ここに長く飛んでいると二人の位置がバレる可能性があるので、手短にいきます。問題は?』

 『ない』

 『連絡が二日か三日に一度になりそうです。大丈夫ですか?』

 『問題ない』

 『それじゃあ当初の目的通り、デ・マウやデルアの情報を知っていそうな人物に接近して情報を聞き出してください』

 『あぁ』

 『あっ、そうだ。次かその次のコンタクトでマグちゃんをそっちに派遣しますので、その時までに拠点を決めておいてくれると助かります。そういうことなので毒がなくなる心配はしなくていいです。目立たない程度で自由に使ってもらってかまいません。情報収集中、出来れば殺しはして欲しくないのですが、逃せば危険だと判断した場合には殺してもらって構いません。自己判断でお願いします。死体の処理は時間をかけて【夜風】に吸わせるか、ヨキさんの体の一部として取り込んでもらうのがいいでしょう。なにか質問がありますか?』

 『いや』

 『わかりました。なにかあったらすぐに報告を。【朝陽】の練習はちゃんとしておいてくださいね』

 『あぁ』

 『リズさん。いますか?』

 『はい。リズです』

 『ヨキさんに口説かれたりしてませんか?』

 『えぇ。大丈夫みたいです』

 『おいファウスト。斬るぞ』

 『ここまで刀が届くのなら斬ってもらってもいいですよ。【朝陽】の性能的に刃は届くはずですので、頑張って練習してください』

 『いや、お前を斬る時は夜風で斬る。次に会った時、覚悟しておけ』

 『それは困りました。リズさんも武器の練習は絶やさないようにお願いします。それと奴隷の真似なんてさせて申し訳ない。どうしても嫌だったら帰ってきてもらって構いません』

 『はい。ありがとうございます』

 『最後になりますが、ドミナ・マウという人物と巨大な牛には気をつけてください。ないとは思いますが、もし対面したらすぐに【デコイ】で逃げるように』

 『はい』『あぁ』


 ちょっと話しすぎたな。イレギュラーな行動だった。


 ゆっくりと他の場所も飛行して怪しまれないようにしなくては。


 『マンデイ』

 『なに』

 『高い建物に登って、そこで休んでてくれ。ちょっと王城を見てくる』

 『うん』

 『通信圏外になるだろうから、俺が落ちたり、なにか異変を感じたらフォローして欲しい』

 『うん』


 王城は目立ちまくってたからすぐに見つかった。


 街の外壁よりさらに高い壁に囲われていて、マクレリアの言った通り綺麗な円形をしている。想像したより広く、建物のグレードも高い。二階建ての建造物が平気であったりするところをみると、デ・マウという人物は建築に対して一定の理解があるのかも。


 中心部にある立派な建物が王宮だろう。三階建てかな? あっ。あのバカみたいにデカい熱源はハマド様だな? 地下か。


 内側の円の射程がデ・マウの付与魔法の効果範囲だと考えると、攻め込むのは大変そうだ。


 敵がどんな反応をするのかも見たいし、次に来た時にちょっかいかけてみるかな。


 もちろん安全な場所からね。


 『マンデイ』

 『なに』

 『終わった。デ・マウの魔法の効果範囲は想像以上に広い。あと、ハマド様らしき熱源を見つけた。かなりデカいぞ』

 『うん』

 『厳しい戦いになりそうだ。気合を入れていこう』

 『うん』


 不干渉地帯に戻ると、ゴマが普通に壁の内側にいた。


 ルゥが通路を繋げたのか? と思って聞いてみると、フューリーが迎えに行って地形的に飛び越えれそうな高さの場所に誘導。そこから飛び降りたらしい。


 「また無茶なことを。怪我はありませんでした?」

 (お主はゴマを甘く見ているのう)

 「ゴマはフューリーさんほど体が強くないですし、フューリーさんだって未発達な細胞ベイビー・セルを打ち込んでて万全じゃないんですよ? 気をつけないと」

 (すまなかった。なにも変化がないのでのう)

 「未発達な細胞ベイビー・セルは効果を発揮するまでに時間がかかるんです。いつどうなるかがわからないので、もう少し慎重に動いてください」

 (あぁ気をつける。そういえば知の、ハクとゴマはこの戦いに参加させないと聞いたのだが本当か?)

 「えぇそのつもりです。相手はかなりのやり手みたいですしね」

 (ゴマが愚痴っておったぞ)

 「え? そうなんですか?」

 (あぁ。ファウストは過保護すぎる、と)

 「でも危険ですからねぇ」


 フューリーがはぁ、と深いため息をつく。


 (逆の立場で考えてみよ、知の。群れが一丸となって戦う時に、どうしてハクとゴマだけ家守をせねばならんのだ。もし逆の立場だとしたら、お主はどう思う)

 「それは……。うぅん。嫌ですね」

 (ハクとゴマもおなじように感じておる)

 「かなり危険だと思いますが」

 (理解しておろう)


 そっか。あの二匹がなにを思ってるかなんて考えてなかったな。身の安全に配慮して勝手に満足していた。


 「でもなぁ」

 (ゴマは此度、囚われた獣を解放してきたらしいぞ)

 「え?」

 (悪い人間に捕まっておったらしくてのう)


 マジかゴマ。俺より勇者らしいことしやがって。


 「あっ。そう言えばなんか追われてましたね。常日頃、知的な生き物は食べちゃダメ、って言ってたから逃げてたのか」

 (立派に育っておる。お主が心配する必要もないほどにな)


 うーむ。


 「ちょっと話してきます。もし良かったら通訳してくれませんか?」

 (あぁ)




 なんかハクとゴマとフューリーに囲まれてると怪獣大戦争みたいになっちゃうな。


 「ハク、ゴマ。フューリーさんからお前たちの気持ちを聞いた。自分勝手な指示を出して本当に申し訳ないと思ってる」


 二匹の犬は、目をパチパチさせながら俺を見ている。


 「最初に言っておくが、楽な戦いになりはしないだろう。死もありうる。しかもお前たちの体は大きすぎるから、危険になっても抱えて飛べない。わかるか?」


 ハクとゴマが顔を見合わせる。


 俺の言葉を理解しているのか? 簡単な指示ならちゃんと遂行してくれたけど、複雑な文章は理解できるのかな。そもそも普通の犬の知能がわからない。俺って猫しか飼ったことないし。


 ゆっくりとした動作でハクがこちらを見る。次いでゴマも。


 (それでも戦う、らしいぞ)

 「ハクとゴマはさっきの言葉を理解してるんですか?」

 (あぁ)


 へぇ。思ったより犬って頭いいんだな。


 ん? ちょっと待てよ。言葉が理解できるってことは、通信機が使える?


 「ねぇハク、ゴマ。もしかしたら俺たちが使ってる通信機が使えるかもしれないけど、手術してもいい?」


 手術と聞いてハクがビクッと反応する。ゴマは変化なし。


 (ゴマはやってもいいそうだ。ハクは……、嫌なことを思い出す、と)


 あぁ。未発達な細胞ベイビー・セルの打ち込みか。その節はどうも。


 「じゃあ、ゴマに打ち込もうか。麻酔をかけてやるからたぶん痛くないよ。で、大丈夫そうだったらハクもしないか? あるとすっごく便利なんだ。声に出さなくても会話が出来る」


 ハクはゴロンと伏せて、そっぽを向く。


 (ファウストがどうしてもと言うなら、と)

 「ありがとうハク。あの頃みたいな辛い思いは絶対にさせないから」


 早速、麻酔をかけてゴマの頭蓋骨に通信機を埋め込んだ。生物の体を弄るのは慣れたもんで、なんの問題もなかった。手術が簡単、かつ安全であるのを確認した後、ハクにも施術。こちらも問題なし。


 「さて。通信機は取りつけは簡単なんだけど、使いこなすのが難しいんだ。自分の伝えたいことを念じて通信機に流す。すると、通信圏内にある通信機が振動して頭蓋骨を震わせる。まずは伝えたいことを正しい形で送信しなくてはいけないんだけど、時間がかかるだろうから、ハクとゴマで通信の練習をしてみてくれ。いい?」

 『ヴぉjiprumルhai』


 うん。最初はこんな感じだった。


 「徐々に言葉になっていくから頑張ってみて。あっ、皆が休んでる時はやっちゃダメだよ? どっかのクソ真面目な悪魔のせいでみんなが発狂しそうになったっていう事例があるからね」

 『ジょnropm、ルjaia』


 あとは練習あるのみだ。


 さて、次は報告会だな。


 ゴマとハクの参戦が決定したから、二匹にも聞いてもらいたい。今日からの作戦会議は外でしよう。


 「まず今回、敵方からの攻撃はありませんでした。僕が飛んでいたから攻撃が届かなかっただけかもしれませんが、こっちの動きが把握されている可能性がある以上、攻撃されることは念頭に入れておかなくてはなりません。

 向こうの対空戦力は魔法か弓、飛竜といったところでしょうが、僕の飛行能力があれば問題なく対処できると考えてる。街中で大規模な魔法は使用しないだろうし、それに万が一の場合はマンデイもいます。なんとかなるでしょう。

 以上の理由から今後も定期的に王都に飛べるだろう、と判断しました。

 次にデ・マウの魔法の効果範囲ですが、思った以上に広いです。弱体化の付与はスーツで対策して、強化に関しては発電機を用いて大量の神経毒を生成、散布しようと考えています。テロですね。体が動かなければ強化されても問題ないでしょう?

 相手はたぶん毒の対策をしているでしょうが、それはあくまでもラピット・フライの毒対策です。まさか王城を覆うほどの神経毒を撒いてくるとは考えてもいないはず。

 それに伴い、みなさん用のガスマスクを造ることにしました。仕上がり次第、配ります。

 今回、ドミナ・マウに関しての情報は得られませんでした。ヨキ隊に期待しましょう。

 最後にハマド様ですが想像以上に大きいです。皮も厚く、頑丈らしいので、生物兵器で対策する予定。気合で傷をつけ、そこから感染させます。感染を確認したらすぐに撤退。絶対にまともに戦ってはいけません。なにせ不干渉地帯の前王ですからね。余裕があれば治療をして仲間に引き込むつもりではいますが、たぶん厳しい。治療をするには生け捕りにする必要がありますからね。

 決行はジェイさんとフューリーさんの未発達な細胞ベイビー・セルの工程がすべて終了した後になる。早くて三週間後ですね。

 ここまでが今日の収穫と考察の報告です。なにか質問がありますか?」

 (ハマドとドミナ・マウ、デ・マウを一度に相手にするのは骨が折れそうじゃのう)

 「いや。たぶん全部を相手にする展開にはしません。フューリーさんって僕と初めて会った時、僕の居場所が正確にわかってましたよね?」

 (あぁ)

 「それは能力ですね?」

 (追跡チェイスという恩恵じゃのう)

 「それでデ・マウの居場所を把握しておいて欲しいのですが可能ですか?」

 (亀仙が起きればな)

 「起きれば?」

 (亀仙はよく眠るからのう)

 「なるほど。じゃあ亀仙が起きたらお願いします。ちなみに複数の個体の感知はできますか?」

 (いや。できんのう)


 あとは……。この位か。


 (あっ、それとのう、知の)

 「なんです?」

 (ムドべべも協力してくれることになったからのう)


 あぁムドべべか。ありがたい。


 「それは助かります」

 (あぁ)

 「ところでムドべべって誰ですか?」

 (ん? 不干渉地帯の主だが?)

 「ん? 助けてくれるんですか?」

 (あぁそうだが?)


 へぇ、主様ってムドべべって名前なんだ。なんか妙な響きだな。フューリーが説得してくれたのかな? やっぱイケメンはすることが違いますわ。痒いところに手が届く。


 アホ鳥、スゲー戦力になるだろうな。あの飛翔能力でバカみたいな耐久だからな。


 こりゃ負担が減るぞ。

 

 ……。


 でも、なんかあれだな。また俺の存在が薄くなっちゃうな。


 空からの支援というアイデンティティすらなくなったら、いったい俺になにが残るというのだろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る