第48話 レース
スタートダッシュは圧倒的にマクレリア。
機敏性という点においてラピット・フライに勝てる生物なんていない。初速でぶっちぎられることくらい最初からわかってた。
俺の狙いは、ゴールの手前でマクレリアを視界にとらえておく。それだけだ。
レースのルールはいつもおなじ。
スタートは家、ゴールは農園の脇に立てられたフラッグ。樹木の上に出るのは禁止。互いの邪魔はなし。ルートは自由。以上。
魔力のチャージは滑空している状態に限るから、このレースではほとんど自前の魔力で飛ばなくてはならないうえ、急旋回や急加速を繰り返すから魔力の管理が難しい。しかも今回、着用しているのはすこぶる燃費の悪い試作品のフライングスーツ【燕】。
これは対ラピット・フライ用に開発したスーツで、毒に対するいくつかの機能、捕獲用のギミック、追い込みのために仕込んだシステム、最低限の防御性能、このへんを除けば速度と機敏性に全振りしている。
ちなみにこのスーツは、マクレリアとのレースに勝つために開発したわけじゃない。
将来、虫の代表者にマグちゃんやマクレリアが操られた時の策として試作を重ねていた。
代表者は敵ではないが、もしものことを考えると対策はしておきたいからね。
開発途中ということもあり完成度は低く、弱点のオンパレード。だが、いま現在所有しているスーツでマクレリアとのレースに勝つ可能性を秘めているスーツはこれしかない。
いままでの勝負で一番善戦したのはフライングスーツ【隼】。常時使用している【鷹】を軽量化、防御性能を落とした物だ。主に移動手段として考えて造り出したものだが、最高速度という面ではなかなか高性能で安定している。だが、それでもマクレリアから勝ち星を挙げたことはない。
呼吸用のヘルメットはどうだ?
問題ない。苦しくない。
ネックサポーターは?
大丈夫。耐えられてる。
基本的なパーツはしっかり機能してくれているようだ。
最も競ったのは半年ほどまえ。タイム差は七分弱。クタクタになるほど魔力を使い、それでも終始マクレリアの背中が見えなかった。俺が到着した頃には、マクレリアはもう地面に寝転がってリラックスモード全開。
――そうだった。勝負してたの忘れてたよぉ。あまりにも遅かったからね。
殺意を覚えた。
それから【隼】のいくつかの点を改良した。
が、それだけで勝てる程ほどマクレリアは甘くない。
今回は本気で勝ちたい。マジで勝ちたい。もう俺を子ども扱い出来なくなるくらいコテンパンにしたい。
そして泣かしてやる。
しばらく飛ぶとマクレリアの背中が見えてきた。さすが対ラピット・フライ専用スーツだ。素の速度が違う。というよりアイツ、手を抜いてやがったな。こんなに早く追いつけるはずがない。
マクレリアは接近する俺に気がつくとニヤリと笑い、さらに速度を上げた。せっかく追いついたんだ、離されるわけにはいかない。終盤戦のために魔力は温存しておきたいが、そんなことも言ってられないようだ。このまま距離を離されたら勝負の土俵にすら立てない。
ちくしょう。簡単に木を避けやがって。俺はいちいち風をコントロールして回避しなくてはならないというのに。
俺もお前くらいのサイズだったら楽勝で……
はっ。
体を小っちゃくするライトとか造れないかな。細胞一つ一つを小さくする、みたいな。そうだな、名前はどうしよう。そうだ! スモールラ……。
やめよう。なんか無理っぽいし、色々な問題を抱えてそうだ。
そんなことより、なんでアイツ夜の森でこんなに速く飛べるんだよ。わけがわからん。
俺もナイトビジョンのお蔭で見えないことはないんだけど、どうしても昼よりパフォーマンスは落ちる。どういう目の構造をしているんだよ、まったく。
ナイトビジョンが完成した時、俺はドヤ顔で勝負を挑んだ。今回は勝てると興奮していた。だって夜に飛べると思わないじゃん? 結果は惨敗。マクレリアは虫の癖に夜目が効くんだ。
あっ! 違う! あいつ、ルゥと感覚を共有してるんだ! 目が見えなくてもルゥの感知範囲内であれば飛べるんだ! いま気付いた!
ちっ。
このままじゃ魔力がもたん。勝負に出るか? ダメだ。まだ早すぎる。一度でも追い越しておけばマクレリアは俺の実力を認めざるを得ないだろう。だがいま使ったら勝負は負け確定。一片のチャンスもない。いや、勝つ必要なんてないか? 追い越すだけ追い越して、後でドヤ顔して終わるか? 試合に負けて勝負に勝ちました、みたいなスタンスで。
だがそれってすっごくダサい。
どうすれば追いつける。どうすれば勝てる。
もうちょっと頑張ってみようか。まだ諦めるには早い。
くぅ、キツい。
悩んでいる間にもう見えなくなった。さすが生物界最高峰の飛翔能力。だがそれだけじゃない。マクレリアはたぶんラピット・フライのなかでも最速の個体の一つだ。
五百年、そんな長寿な個体は彼女の他にはいない。マクレリアは誰よりも長く飛んでいるのだ。普通のラピット・フライではマクレリアの速度には到底
ウダウダ考えてもしょうがないか。
そろそろ最初の山場だ。
家から農場までの間には竹林がある。
最短距離のルートを選択すれば必ずそこを通過しなければならないのだが、迂回するという選択肢もある。
いままでの経験上、俺のスーツは迂回する方がタイムが伸びる。密集して生えてる竹をすべて回避するのは至難の業だ。レースだから高速で飛行する。ぶつかれば痛いじゃ済まない。しかも開発途中のフライングスーツ【燕】は衝撃に弱い。
迂回ルートが無難だろう。
だがマクレリアは確実に竹林を突っ切るはず。体が小さく飛行技術がずば抜けている彼女は、竹に衝突せずに飛行することが出来るからな。
――わざわざ迂回してるの? 普通に飛べるよぉ。あっ、そうか。君じゃ通らないね。ぷぷぷぷぷ。可哀想に。
思い出したら腹が立ってきた。
いかん、集中だ集中。
まぁ普通に考えたら無理だよな。迂回しよう。
いや待てよ。毒対策で装備してる【エア・スフィア】があったな。
揮発性の毒に対応するために造ったんだ。魔力を流せば風の魔法をおなじ形で維持し続ける物。単一の動きしか出来ないから、イメージする必要がなく、ナチュラルで風を生成するするより若干の魔力節約になる。が、展開中は飛行速度が落ちるためラピット・フライの捕獲には適していない。
捨てるの勿体ないし、なにかに使えるかもしれないし、重量も問題にならない程度だったから、機能として残してはいる。
これで突っ切れないか?
うぅん、無理だな。竹の直撃に耐えられる耐久性はない。
捕獲用の網はどうだ。どうにかして竹林を攻略できないかな。
アイデアが浮かばない。
ラストスパートは早すぎる。まだ三分の一も進んでない。いま発動したら確実にスタミナが切れる。
やっぱり迂回しかないか。
面倒臭ぇな、もう。
ルールがなけりゃ高度を上げて直線で飛べるんだが……。
最初にレースの決まりを設定した時、俺は樹木の上を飛べるようにしようと提案した。すると。
――そんなのダメに決まってるじゃん。
と、こう返ってきた。
――どうしてです?
尋ねると。
――ただ直線で速く飛んでなんの意味があるの?
だって。
ド正論だ。飛ぶという戦闘スタイルを選択する以上、速度とおなじくらい機敏性や小回りが必要になる。直線的に突っ込み続けるのはリスクが高すぎるからだ。
ん?
これって竹の上にさえ飛ばなければルール違反にならない? 節の根元の方に激突すると大参事になるが、上の枝葉なら風の魔法とスーツの最低限の耐久でゴリ押し出来ないか? いいよな? これくらいやっても。だってマクレリアって体小さいじゃん。有利やん。ずるいやん。ちょっとくらいグレーゾーンに足を踏み入れても文句ないよな?
ここを越えれば草原エリア、そして低木エリア。
草原エリアは直線的に飛べるからマクレリアの機敏性は生かされない。俺に利がある。低木エリアは俺に不利、もしくは同等。ここで勝負に出なければ負けは確定。
未完成ではあるがエア・スフィアもある。
気は進まないが突っ切るか……。
俺は大きく深呼吸をし、覚悟を決める。
【エア・スフィア】展開。
太腿に仕込んであった小型ドローンが六つ、俺の周囲を飛行する。ドローンはあらかじめ充電しておいた魔力を使って飛ぶ。俺は核となるドローンと魔力の導線を繋ぐだけでいい。ドローンの配置は決まっていて、設計した通りに風を生み出す。
やはり速度は若干落ちるが大丈夫だ。
いける。ただ視界が悪すぎるな。
もしエア・スフィアが途中で機能しなくなったら風魔法で枝葉を掻き分ければいい。魔力温存の観点から見たら、最後までエア・スフィアを使えるに越したことはない。頼む。もってく――
あっ。
壊れた。
しょうがない。風魔法で掻き分けながら進もう。
ちくしょう。もっと真面目に開発しとくんだった。ドローンの一機が竹の葉を巻き込んだか? 一つでも壊れたら連携がとれなくなる。致命的な弱点だなコレ。もうちょっと造り込んでいたら対策できたんだけど。
あぁもう。
しょうがないから風の魔法で竹の葉を押し退けながら進んでいく。本格的に魔力が足りなくなりそうな予感がする。ラストスパートのタイミングを慎重に見極めなければならない。
草原ゾーンで使う必要はない。発動するのは低木ゾーンに入ってから。
俺は無心で竹の葉と細い枝を掻き分け進む。
竹林ゾーンが終わりそうだ。体感的には迂回するよりわずかに速いくらいか。まだマクレリアの姿は見えない。
出し渋りをしていたらマクレリアの背中すら拝めずに終わる。俺の目的は、俺の力をマクレリアに認めさせること。
そりゃ勝ちたいさ。
でもアイツは速すぎる。せめて一回でもいいから追いついておかないと。
ラストスパート、やるか?
でもやっぱり……。
勝ちたいな。
一回でも追い越して見返すとかじゃなくて。
ちゃんと勝ちたいな。
腹をくくって最後の一瞬まで足掻くか。
魔力はラストスパート分だけ温存してればいい。それ以外は速度を上げることだけに集中。
もうすぐ平原エリアが終わるという時に、ようやくマクレリアの背中が見えた。やっぱり速いな【燕】。
俺の接近に気がついたマクレリアは簡単に速度を上げる。まだ速く飛べるか。
まだ少し遠い。
が、いま使わなければ間に合わない。確実に負ける。
俺は速度を維持したまま、わずかに高度を上げ、スーツの機能を停止させた。
見ていろマクレリア。
スーツを粒子に、そして、空中で再構成させる。
マグちゃんやマクレリアを追い詰めた時、その機敏性で翻弄されたら捕獲なんて出来ない。だから俺も彼女たちとおなじ土俵に立たないといけない。
捕獲の詰めの最適解。
シェイプチェンジ【ラピット・フライ】
勝つんだ。
マクレリア、俺はお前を越える。もう守られるだけの子供じゃない。
俺は全魔力を使い、ジェットから風を噴出させる。
四枚の羽は機敏性を飛躍的に向上させる。
ただ、絶えず動かさないといけないし、性質上ボディにヒダを組みこめないために風を受け流せない。だから抵抗は鳥型の翼より多い。
だがこの四枚の羽をうまく使えば速度を維持したまま木々を避けられる。
低木エリアをマクレリア以上の速さで攻略できるはずだ。
あぁくそ、これでもダメか。速すぎる。俺が出せる最高速度だぞ?
わずかに差が縮まる程度。
追い抜ける感じじゃない。いや、ギリ追いつくか? うぅん。微妙なところだ。
ていうか魔力がもつかな。なんかもたないくさいな。体が重くてしょうがない。
ここを越えればフューリーに攻撃するために、木を伐採したエリアに入る。あれから時間が経ったが、生えているのは、まだ草のみ。求められるのは直線的な飛行だから【ラピット・フライ】の利点、敏捷性は完全に失われる。
あっ。ダメだこれ。やっぱ魔力がもたん。
もう低木エリアを抜けるっていうのに。あと少しで勝てるかもしれないのに。
負ける負けるまけるまけるマケル。
低木エリアを抜ける頃にはマクレリアのすぐ後ろにつけていた。
もう少し。もう一歩。
俺は気を失うまえにラピット・フライ捕獲用の網を細くデザインして、フラッグ奥の木に発射した。
網は木に絡みつく。
俺は残った力で懸命に羽を動かし、力いっぱいに網を引っ張った。
「あぁあ、負けちゃったよぉ」
「当然です……、ね」
「網を出すなんて卑怯だなぁ」
マクレリアは額に入れて飾ってもいいくらいの完璧な笑顔を、俺に向けていた。
もっと悔しがると思ってた。なんで負けたのにそんな清々しい顔をしてるんだろう。
「俺の……、勝ち……、だ」
「嬉しいよ。君は本当に成長したんだねぇ」
あぁ眠たい。
なんだ?
マクレリア。やっぱ悔しかったのか。
「ハンカチ……、必要……、みたいです……、ね」
「いらないよぉ。嬉しい涙を拭いちゃうのはもったいないもん」
「そう……、です……、か」
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