シャム・ドゥマルト攻城戦

第47話 六年後

 『ファウストです。見つけた。木に遮られてよく見えないけどたぶん一頭。子供はいない。オスの個体だと思う。ヨキさん、いまどこにいますか?』

 『お前の後ろからついてきている』

 『その場でゴマと潜伏してください。マンデイ、ゴマから降りて接近してくれ』

 『潜伏、把握した』


 と、ヨキ。


 やっぱり場所が悪いな。樹木のせいでよく見えない。マンデイが接近したら高度を下げて、俺も森に入るか。


 『作戦を確認する。マンデイは挑発してアイツをヨキさんの潜伏場所におびき寄せる。子持ちだった場合は作戦を中止するから、いつでも離脱できるようにしておいてくれ。ヨキさんは一太刀で仕留めて。もし出来なければ僕、ヨキさん、マンデイ、ゴマで一斉に仕留める。マンデイは位置についたら報告を』

 『あぁ』

 『うん』


 マンデイが接敵するまでに、わずかに時間がある。


 いまのうちに滑空状態で魔力の補充をしておこう。なんかあったらいけないからな。自分の魔力を使うと疲れるし。


 『位置についた』


 と、マンデイ。


 『よし、やろう』


 高度を下げて森に入る。ターゲットの頭上を周回して、子持ちでないことを再度確認。俺に気づいたターゲットが大きな口を開けて威嚇してくる。


 『やはり子持ちじゃない。単体だ。マンデイ、挑発を』

 『うん』


 マンデイはひと飛びでターゲットとの距離を詰め、メイスで地面を叩いて音を出す。ビリビリと空気が揺れた。


 ターゲットのレッド・ベアは頭上を飛行する俺を一瞥いちべつした後、小さく唸り、マンデイを追いはじめた。空を飛ぶ俺より目の前のマンデイを狙った方がいいと考えたのだろう。レッド・ベアは懸命に走るが、スプリンターのマンデイに追いつけるはずもない。


 周囲を警戒しながらマンデイとレッド・ベアの後を追う。


 マンデイの走ってる姿って、やっぱカッコいいな。スポーツしてる女の子って良いわ。おまけに料理も上手で面倒見も良くて頭もキレる。中学校にいたらマドンナ的な存在になってたな、コレ。男子学生が勉強に集中できなくなっちゃう。


 『ヨキさん。もうすぐ着きます』

 『聞こえている』


 いつかマンデイにも好きな男とか出来るのかな。


 お前にお父さんと呼ばれる筋合いはない、とか言っちゃうのかな、俺。結婚するなら相手は金持ちがいいなぁ。身長高くて爽やかで笑うと歯がキランって光って。でもうぶな方がいい。遊び人は嫌だ。


 興奮したレッド・ベアが息を切らしながらヨキの射程に踏み込んでしまう。


 その瞬間、首が飛んだ。


 巨体が前のめりに倒れ、地面が震える。


 うん。今日の狩りも完璧だ。


 『リズさん、聞こえますか?』

 『……』


 届かないか。俺は翼を折りたたんでヨキとマンデイ、ゴマの元へ。


 「お疲れ様でした。家から離れすぎて通信圏外に来てしまったみたいなんで。ちょっと飛んできます。ヨキさんとマンデイは周囲の警戒を。ゴマ、頭食べててもいいよ。あっ、ハクの分はとっとけよ」

 「あぁ」「うん」


 ゴマは尻尾を振りながら、俺に体をすり寄せてくる。重い、そして熱い。またデカくなったかコイツ。食事も大変だし、そろそろ成長も打ち止めにして欲しい。正直、このスキンシップもしんどくなってきた。


 「じゃ、行ってくる」


 フューリーとルーラー・オブ・レイス、水の代表者の活躍で、世界は今日も平和だ。


 魔王に感化された生物の話も聞かない。ちょっと静かすぎて不安になるくらい。まぁ俺の能力は時間をかければかけるほど結果を出しやすいから、テンポが遅くなるのはありがたいことではある。


 ちなみに五年の間に虫の代表者が、二度、侵略者と戦っている。基本的に虫は自分では戦わず、軍隊を指揮しているだけだから無傷だったりするらしい。なんか卑怯だ。


 結果はお察し。侵略者は殺せない。


 氷は冷たくて火は熱い。そして侵略者は死なない。当然だ。


 『リズさん、聞こえますか?』

 『あっ、はい、聞こえます』

 『レッド・ベアを一頭狩りました。今日はシチューかハンバーグですね』

 『えぇ、楽しみですね。なんなら私も……』

 『いや、結構。マンデイが作るから大丈夫』

 『でも……』

 『食材を無駄にし続けたらスタンピードを起こされる可能性があるでしょ? リズさんの料理の練習は不干渉地帯を出た後、食材が豊富にある時にしましょう』

 『はい』

 『ルゥに通路を繋げてもらってください』

 『わかりました』


 冬は寒い、夏は暑い、そしてリズは料理が出来ない。常識だ。


 なんでだろうな。リズベットって学習能力高くて器用で、なんでも卒なくこなしちゃうんだけど料理だけは出来ない。まぁわずかに上達して生ゴミを造る天才から、動物のエサを造る天才に格上げしたんだけど、まだそこで止まってる。


 味覚が鈍いんだよな、リズベットって。成長する因子グロウ・ファクターで色々な感覚が鋭敏になってるはずなんだけどな。もしかして種族的な上限値だったりするのかも。


 リズベットは同時に色々なことを考えられない。だから一つの作業をしていると別の部分がおろそかになる。


 ――丁寧にこなしていけばいいんだよ。


 と、言っても。


 ――いいえ、それでは上達しません。


 こう返ってくる。


 なまじ向上心があるのが厄介だ。動物のエサを食わされる身にもなってほしい。まぁ食べるけどさ。


 狩場に戻ると、もうルゥが通路を展開していた。


 うん、問題はなかったな。


 だが家に帰るまでが狩りだ。最後まで気を抜かないでいこう。


 家に帰ると、ハクがお出迎えしてくれる。コイツもゴマほどではないが体が大きくなっている。見た目は純白の体毛に薄いブルーの瞳。綺麗な狼だ。


 性格はクールな女王様気質。元気でちょっとお馬鹿さんなゴマとは見た目も性格も対極だ。まぁ仲良さそうだから、性格違ってもなんの問題もないのだけど。


 「立派だねぇ」


 と、マクレリア。


 「大きいネ」


 と、マグノリア。


 並んで飛んでいると姉妹みたいに見える。マクレリアって歳とらないみたいだから肉体的にはマグちゃんの方がお姉ちゃんだったりするのかもしれない。


 そういえば、なんかマグちゃんって変な訛りがある。外国人が喋る日本語みたいな感じ。なにがどうなってそういう結果になったのかはさっぱりわからないが、俺は管理者がなにかのミスをしたんじゃないかと踏んでいる。アイツ、おっちょこちょいだから。


 今日の晩ご飯は楽しみだな。マンデイ、なに作ってくれるんだろう。


 「ちょっと皆に聞いて欲しい話があるんだけど、いい?」


 晩ご飯の熊肉を使ったポトフと、硬めの黒いパンを食べ終わった後、マクレリアが言った。


 なにせ突然だったし、表情も硬くシリアスな感じだったから誰も返事もせずに黙ってしまった。だから代表して俺が。


 「いいですよ。なんです?」


 と、返した。


 「うん、実はねぇ。ルゥの体が限界なんだ」


 そうか……。いつかとは思っていたが……。


 車イス生活になってから、元々華奢だったルゥの体からは更に肉が削げ落ちていって、いまはトクサみたいに細い。


 ここ最近は少し動いたらゼイゼイと荒い呼吸をして、二日に一度、魔力補充用のカプセルに入らないと普通の生活が送れなくなった。といってもカプセルに入るのは体内で魔力のシェアをしているマクレリアの方なのだが。


 「もう一度、訊きます。僕はルゥを助けることが出来ますが……」

 「いや、いいよ。必要ない」

 「どうしても?」

 「どうしても、だねぇ」


 頑固じじいめ。


 「ルゥが死ねばマクレリアさんも死にますよ?」

 「私は最後までルゥと一緒にいるよ。マグちゃんも立派なラピット・フライに成長したしねぇ」


 それを聞いたマグちゃんはダイニングを飛び出して自分の部屋に。


 ルゥの最後に対するマクレリアとマグちゃんの意思は、別のベクトルに向いたまま交わることがない。


 「わ、私は反対です。ルゥさんはともかくマクレリアさんはまだ生きれるじゃないですか。なのにどうして」


 リズベットは涙を浮かべている。この悪魔はよく泣く。共感的で繊細だから。


 「リズちゃん。私はずっと昔に死んじゃったの。みんながいま見ているのは、かつて私だったもの」

 「でも……」

 「それにねぇ。私とルゥって繋がってるでしょう? だから伝わってくるんだ。ルゥの寂しさとか、悲しさとか。ルゥを一人に出来ないよ」

 「そんな……」


 パン、と手を打つマクレリア。


 「さぁ、ここまでは前置き。ここからが本題。私とルゥには最後の大仕事が残ってるの。使命、だね。仮に失敗したとしても、私たちはやらなくちゃいけない」

 「なんですか? その使命って」

 「内緒だねぇ」

 「どうしてもですか?」

 「どうしても、だねぇ」


 そんなこと言われたら気になるのが人の性。


 「私たちがそれをしている間に君たちは不干渉地帯から脱出できる。逆に言えば、そのチャンスを逃せば次の機会にいつ恵まれるかはわからない」

 「脱出くらいならどうとでも出来ると思いますがね」

 「君はまだ自分の置かれてる状況を甘く見てる」


 なんか嫌な展開だな。


 たぶん、マクレリアは俺たちの退路を確保するつもりだ。俺を狙う奴を足止めするつりなんだろう。


 死の番人に故郷を追われた時と一緒だ。あの時もただだ逃げた。


 「その大仕事、僕も手伝うわけにはいきませんか?」

 「ダメだねぇ」

 「理由を教えてください」

 「危険だからだよぉ」


 はぁ、このおバカちゃんは。


 「危険だからなんだって言うんですか。マクレリアさんは僕の過去を知ってるじゃないですか。ルゥさんやマクレリアさんを置いていけるわけないじゃないですか」

 「君はやっぱりバカだなぁ。私たちはどうせ死ぬんだよ? 君たちには未来があるでしょう?」


 コイツ……。


 「バカなのはマクレリアさんの方です。マンデイ、俺たちはこのままマクレリアさんを置いて行くべきだと思うか?」

 「思わない」


 マンデイはまっすぐにマクレリアをみつめている。


 「リズさん、マクレリアさんとルゥさんのためになにか出来ることがあるとして、それをせずにのうのうと生活していけると思いますか?」

 「思いません」


 涙を拭いて、リズベットが答える。


 「ヨキさん。二人が危険な場所に赴くと知って、それに背を向けることが出来ますか?」

 「答える必要があるか?」


 腕を組んだままヨキが答える。


 「マクレリアさん。もう一度、言います。バカなのはマクレリアさんの方です」

 「だから嫌だったんだよねぇ、伝えるの。君ならそう言い出すって思ってたからさぁ」

 「当然です」

 「はぁ。でも、なにを言われてもダメだねぇ。君たちはまだ弱い。必ず後悔する」


 子供扱いか。


 「ふざけるな」

 「そんな怒らないでもいいじゃない」

 「表に出てください。レースをしましょう」

 「どうして?」

 「俺が本当に弱いのか、その目で確かめてください」

 「君、私に一度も勝ったことないじゃない」

 「いままでは、そうですね」

 「今回もおなじ結果になるよ」

 「なりません。させません」

 「君が負けたら素直に私の言うことを聞いてくれる?」

 「聞きません。ですが負ける気はありません」

 「ならレースするメリットないじゃん」

 「あれ? マクレリアさん。もしかして負けるのが怖いんですか?」

 「安い挑発だね。そんなのに乗るはずないじゃん」

 「そうですね。安い挑発です。でもいいんですか? この世界の全種族のなかでもトップクラスの速度を誇るラピット・フライが勝負から逃げて。僕は別に構いませんよ? ラピット・フライは負け戦から逃亡する卑怯な種族だって喧伝するだけですから。そしたらもう畏怖の対象じゃなくなるかもしれませんね。絵本の敵役も別の種族になるかも。よかったですね、マクレリアさん。嫌われ者を卒業できますよ。あぁよかったよかった。最速の生物から臆病でひ弱な生物に格上げになりますねぇ」

 「だから……」

 「せっかく造ったハンカチは使うことなく処分ですね。だって逃亡したら負けることもありませんもんね。ラピット・フライは最速の生物でした。僕が現れるまでは」

 「はぁ。こうなると君もなかなか頑固だからねぇ」

 「マクレリアさんやルゥには負けますけどね」

 「一回だけね。付き合ってあげる。でも負けたらちょっとは私の意思も尊重してよねぇ」

 「だから嫌だって言ってるじゃないですか」

 「本当に君ってやつは」

 「さぁ、表に出やがれです」




 俺は試作品のフライングスーツ【燕】を身につける。そして夜の飛行用に造ったゴーグル・ナイトビジョンを装備。


 「ハンカチは準備してます」

 「今回も使うのは君だねぇ」


 大きく息を吐く。


 集中。集中。


 マンデイが大きくメイスを振りかぶる。


 そして……。



 ドンッ。



 地面が揺れた。

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