第44話 閑話 剣士 ノ 日常

 怖いかヨキ。


 いや、まったく。


 そりゃよかった。心が痛まなくて済む。


 ぬかせ。


 頭上に剣が振り下ろされる。人を殺めるために磨かれた剣だ。


 俺は体を捻って、なんとかかわす。


 男は剣を振った勢いのまま体をぶつけてくる。体勢を崩されたところに逆袈裟の一撃が。


 剣があれば。剣さえあれば防げない攻撃じゃなかった。対処できたはずだ。体勢が崩されていたとしても問題はなかった。


 だがいまは……。


 お前はいつもそうだった。卑怯者め。


 テメーはいつもそうだった。惨めな負け犬さ。




 「ヨキさん? ヨキさーん」

 「なんだファウストか」


 この体が完成してからしばらく経つ。


 レイスとして活動していた頃、俺は休息を必要としなかった。しかし最近、突如として睡眠のような状態になってしまう。


 すると決まっておなじ夢を見る。相手の太刀筋も立ち回りも全部わかってる。しかし俺は毎回殺される。体が切られていくのをハッキリと認識している。


 いくら理解していても、敵の太刀筋が読めていても、結果は変わらない。


 ファウストに報告してみた。すると。


 「新しい体に順応してきているのかもしれませんね。気になるなら造り直しますが」


 と、返ってきた。


 「いや、いい」


 俺はずっとこうやって生きてきた。一度これだと決めたものを極め、使いこなしてモノにする。これからも変えるつもりはない。


 この体はうまく力が入らないし、瞬発力もない。だがこれでも充分に戦える。


 ファウストは不思議な男だ。いままでに見たことのない魔法を使う。子供とは思えないほど落ち着いていて、信じられないようなことを平然とやってのける。


 口から卵を生んだ、魔核から生物を創造した、と聞いた時はさすがに半信半疑だった。しかしコイツは俺の目のまえで、この奇妙な体を造った。


 瀕死の悪魔を救い、短い期間で体を動けるようにした。


 そんなことをやってのける人物を、俺は他に知らない。


 「リズさんも落ち着いてきたし、ヨキさんの身体能力も把握できました。そろそろ剣を造ろうかと思ってます」

 「あぁ」

 「遅くなって申し訳ないです」

 「かまわん」

 「いま考えているのは振動する剣です。ヨキさんの体は力がない。だから触れるだけで切れるような仕組みを組み込んだ方が戦い易いと思うんです。電ノコみたいな」

 「でんのこ?」


 コイツは時々よくわからないことを言う。以前の世界の記憶があるのが原因だろう。


 このまえも鏡のまえで妙な体操をしていたから、


 ――なにをしている。


 と尋ねると、


 ――ポージングの練習です。筋肉を美しくみせるための。


 こう返ってきた。なにを言っているのかよくわからなかったから、適当に返事をしておいた。


 まだ完全に信じたわけではないが、この子供は知の世界の代表者らしい。不思議な魔法や妙な知識が他と違うことは認めるが、だからといって代表者だということにはならない。なんでも鵜呑みにするのは危険だ。


 そもそもコイツは認識が甘すぎるし、行動が一貫していない。


 来たる決戦に向けて戦力がいると言う。しかし俺や犬には戦わせないとも言う。


 強くなるために時間が惜しいと言う。しかし俺を救ったり、戦力として計上していない犬のためになにかを造っていたりする。


 俺が威圧するとすぐに脅えて、目を逸らす。しかし相手が格上だと知っていて戦いを挑もうともする。


 つかみ所のないよくわからん男だ。


 「普通の剣でいい」

 「かなり軽くしないといけないと思いますし、まえの大剣と比較すると殺傷能力は低めだと思いますけど、それでもいいですか?」

 「かまわない」

 「じゃあ切れ味に特化してみようかな」

 「あぁ」

 「あの大剣、本当に崩しちゃっていいんですか?」

 「かまわん」


 もう、俺は死んだんだ。


 最初は受け入れるのは抵抗があった。しかし過去は変わらない。俺は負けて、死んだ。


 「じゃあ造ってみます」


 そう言うとファウストは作業に戻った。


 ファウストは剣を造るのと同時進行で、ステッキのような物を造っている。なにかはわからない。もしかすると俺の武器なのかもしれないが、アイツの考えは読めないからなんとも言えん。


 最近、新しい体に慣れるための運動をはじめた。


 力の流れ、筋肉の動きを意識して、ゆっくりと動かしていく。一つ一つの筋肉を意識しながら、丁寧に。することは死ぬまえと変わらない。


 生前の俺は体を動かす時、呼吸を意識していた。が、この体の呼吸は以前の体とは違う。呼吸はしないならしないでもいい。


 呼吸をしなくても済む体と言うのは、なんとも不思議な気分になる。


 しかし俺は以前とおなじように大きく息を吸って、ゆったりと充分に時間をかけて吐く、ということを繰り返していた。癖のようなものだろう。その方が動きやすかったのだ。


 すると、ある時から呼吸が必要になった。息を止めていると苦しくなったのだ。


 ――成長、ですかね?


 ファウストは言った。


 呼吸をするようになってからは随分と動きがスムーズになったような気がする。


 ――へぇ、呼吸が出来るようになったんですね。


 と、悪魔。


 ――剣士だからですかね?


 と、ファウスト。


 ――かもしれませんね。


 と、悪魔。そしてふたりは俺をジッと見てくる。


 コイツらはたぶん、剣士というものを誤解している。


 運動をしているとゴマが近づいてきた。


 昔から不思議と動物に好かれていたし、俺も嫌いではない。コイツらは正直だ。感覚、欲に正直に生きている。だから好きだ。


 運動を中断してしばらくゴマと遊んでいるとファウストが。


 「試作品が出来ました」


 と、剣をもってきた。細くて少し反りのある、黒い剣だった。刃に波のような模様がある。


 「細いな」


 以前の体なら軽く振れていたのだろうが、この体には少し重いか。まぁ扱えないことはない。


 「どうです?」

 「あぁ」


 それにしても不思議な剣だ。片刃か。それにこの模様。いままでに見たどの剣より綺麗だ。


 「一応ルゥの細胞を使ってるので、その辺の物よりは高品質だと思います。剣というより刀ですね」

 「かたな?」

 「えぇ。昔僕が住んでいた場所で発展した剣の一種です。僕もそう詳しい方ではないのですが、切って突けます。重量の関係上、大剣ほどの耐久性はないので、あまり相手の攻撃を受けすぎると折れる可能性があります。自己修復機能がついているので、刃こぼれした場合は有機物を吸わせてください。肉でも血でもいいです。なんか妖刀みたいでカッコいいでしょ? くすぐられるでしょ? そういうの」


 ニマニマと笑うファウスト。なにを言っているのかよくわからないが、気持ち悪いので無視しておく。


 「試し斬りしてみます?」

 「あぁ」


 ファウストの造った円柱状の的を斬ってみたのたが、刃が触れた瞬間に、ストン、と落ちた。たいした力もいらない。撫でただけだ。


 「これは凄いな」

 「いままでヨキさんが使っていたのってたぶん、押し潰す感じだったでしょ? でも刀は引いて斬る、みたいな感じかな。慣れるまでは大変かも知れませんが、慣れればわりと殺傷能力は高いと思います」

 「あぁ」


 刃の上を光が滑っていく。本当に美しい。


 「特徴の付与を忘れてて後付けしたんで黒くなっちゃいましたが、色はこれでいいですか? なんなら造り直しますが……」

 「かまわん」

 「そういえばその刀、まだ名前が決まってません。なにかアイデアがありますか? あれば銘と一緒に打っとこうかなと」

 「剣に名前がいるのか?」

 「そうですね。浅い知識しかないのですが、僕が知っている刀には名前がありましたね」


 剣の名前、か。いままで俺が振ってきた剣には名などなかったな。どうするか。


 「カタナでどうだ」

 「刀の名前がカタナってのはどうかと思います」

 「お前が造ったんだ。お前がつけろ」

 「僕、ネーミングセンス終わってますよ? それでもいいんですか?」

 「かまわん」


 ファウストは腕を組み、ウンウンと唸る。こう見ていると、ただの子供だ。しかし、この短時間でここまでのものを造ってしまう。やはり不思議な男だ。


 「【夜風】なんてどうですか?」

 「どういう意味だ」

 「まえ僕がいた世界の言葉で夜の風という意味です。昨日の夕食後、マンデイとハクとマグちゃんと一緒に夜空を見たんですが、その時に吹いてた風が気持ちよかったんです。まぁ、それだけなんですけどね。全体的に黒いし夜のイメージと合うかなと」

 「あぁ、それでいい」

 「じゃあ【軍刀・夜風】で打っときますね」

 「あぁ頼む」

 「それと、僕とリズさんとマンデイに剣の稽古をつけて欲しいんですが構いませんか?」

 「あぁ」


 少しして、ファウストが木剣を造ってきた。


 「一応、夜風と重さを合わせてます」

 「それはいいのだが、お前たちがもってるそれはなんだ?」


 ファウストの造った人形は、先に重りのようなものがついた棒を。悪魔はナイフのような物をもっている。ファウストは俺とおなじ木剣だ。


 「マンデイのメインウエポンはメイス、だから訓練もメイス形のものでしようかなと。リズさんはメインウエポンは別にあります。基本的に遠距離で戦いますが、接近されたらナイフを使うことになる」

 「俺は剣しか振れんぞ」

 「構いません。相手を剣士、武術に精通した人物と想定して、攻撃から身を守り、かつ負傷させれるようになる、というのが目標なので」

 「俺は普通に戦えばいいのか?」

 「そうですね。ですが手加減はしてくださいね」

 「わかった。誰からやる」

 「じゃあ僕からで」


 と、一歩まえに出たファウストが一礼する。


 そして飛びかかってきた。


 速い。


 子供の身体能力じゃないな。そして重い。


 だが……。


 「いまなにしたんですか? まったくわからなかった。確かに当たったはずなんだけどな」

 「ファウストさんの二撃目と合わせて剣を引き、その力を利用して反撃したんです」


 驚いたな。この悪魔……。


 「見えたのか」

 「へ? あっ、見えました。目の治療を受けてから、動体視力が上がったみたいで」


 なるほど、そういえばマクレリアが言ってたな。


 「説明をされても、よくわかりませんね。なにも見えなかった。それはヨキさんの流派の技なんですか?」

 「技? 技か……。まぁ技なんだろうな」

 「他にも必殺技みたいなのがあったりするんですか?」


 と、ファウストが目をキラキラさせながら訊いてくる。


 「必殺技なぞない。あるのはいくつかの型だけだ」

 「型?」

 「俺の師は父だった。そして教えは身を守ること。だから型も受けが主体だな」

 「受け、いいですね! 僕好みです」

 「他の流派からは地味だと揶揄されるがな」

 「地味だなんてとんでもない。戦いの基本は守りだと僕は考えてます。死んだら終わりですからね」

 「あぁ、俺もそう思う」


 おそらくコイツに悪意などないのだろうな。俺が一度、死んだことなんて忘れてる。


 「次は誰だ」




 ファウストは身体能力が高い。いまはまだ体が小さく力がないから脅威ではないが、成長すればいい剣士になるだろう。


 人形は学習能力が高い。俺がされて嫌なことを常に考えて動いているのだろう。動きに無駄が多いのが欠点だが、ファウストが造った服を使いこなせれば、そこそこ戦えるだろう。


 しかし悪魔は無理だな。目がいい。ただそれだけだ。素直で読みやすい。すべてが直線的で至極シンプル、驚きがない。経験上わかる。この手は伸びない。


 「これからも、よろしくお願いします」

 「あぁ」




 夜、ブン、ブン、となにかを振る音が聞こえてきた。


 ん? なんだあの悪魔。まだやってるのか。


 「おい。闇雲に振っても意味がないぞ」

 「すみません。早く強くなりたくて」

 「事情は知ってる。だからといって意味のないことを続けてどうする。それなら体を休めていた方がまだマシだ」

 「ですが……」


 チッ


 「ちょっとまってろ木剣をとってくる」

 「へ?」

 「稽古をつけてやると言ってるんだ」

 「あっ、はい。ありがとうございます」

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