第45話 ファウスト ノ 進路

 リズの義手が完成した。


 苦戦したのは神経の接続だったが、リズベットの体に情報を送る器具を取りつけることで解決した。


 性能を上げるために一部金属を使用することにしたのだが、そこそこ見た目も良かったので採用。なんかリズベットも喜んでるみたいだからこれでいいか。


 マンデイとハクに組み込んだルゥ産の未発達な細胞ベイビー・セルの状況だが、マンデイの成長は著しい。目立った変化は四つ。口が出来たこと、皮膚の色が少しづつ薄くなっていること、毛髪が生えてきたこと、運動能力の向上。


 口はまだ形だけで使えない。食べ物も摂取できないし喋れない。口というより亀裂と表現した方が近いかもしれない。


 いままでの外皮は俺産の色、つまり真っ黒だったのだが、それが灰色になってきた。夜間の行動の際に目立たないという利点は薄れてしまうが、このまま人魚の色に近づくのなら歓迎すべき変化なのかも知れない。


 髪の毛は黒色で少し癖がある。短かくて細く、手触りは乳児とかの毛に近いかもしれない。マンデイの成長が嬉しくてべたべたと触っていたのだが、あんまりやると嫌がるからほどほどにしている。将来、マンデイが癖毛に悩むことがあるかもしれないのでパーマ液も造ってみた。


 運動機能の向上は素直に嬉しい。眼球も動かせるようになって、横を見るのに首を振る必要がなくなった。あの動作、可愛かったから少し残念だったりする。


 このまま身体能力が上がっていくのなら、あるいはアシストスーツはいらなかったかもしれない。まぁ造ってしまったし、なにかに応用できるだろうから良しとしよう。それに、まだケガをする以前と比べると動作が緩慢だから、完全に不必要というわけでもない。


 問題はハクだ。マンデイやリズベット程の劇的な効果はない。細胞の翻訳作業の途中で、未発達な細胞ベイビー・セルが弱ってしまうのだ。ルゥと種族的に離れすぎているのが原因かもしれない。ゴマにも効果が薄いし。


 そうなると何度も何度も繰り返し処置を施して成長させる他ないのだが、厄介なことにハク、痛覚を獲得してしまった。


 視覚の方が先かと思ったのだが、体毛の後は、嗅覚、痛覚の順に獲得したのだ。


 処置には針を刺さなくてはいけない。痛覚があるから、もちろん暴れるし、恐怖も感じる。それが導線を伝ってくるわけだ。


 一応マクレリアに麻酔を生成してもらったのだが、効きすぎると副反応が怖い。だから弱い物から順々に試していき、最も理想的な物を探った。


 だが理想的な麻酔にたどり着く頃になるとハクは、麻酔薬の臭いを嗅ぐと逃げるようになっていた。麻酔の後には必ず針を刺されると理解しているのだ。導線が切れるまで走るから壁に激突する。痛覚があるから、そこで悶絶する。導線を繋ぐとまた逃げようとする。そんな姿を見ていると胸が苦しくなった。


 処置の有用性を理解してもらいたいが、いまのハクにそれを求めるのは難しい。こういう時にハクと効果的にコミュニケーションがとれるフューリーがいればいいのだが、彼は(魂の世界)の代表者に会いに行ってから音沙汰がない。


 随分遅いような気がする。面倒事に巻き込まれていなければいいのだが……。


 ていうか単純にフューリーと会いたいな。なんでもいいから話がしたい。アイツといると、なんか落ち着くんだよな。


 携帯電話みたいなのが欲しい。


 まずは電波塔やら人工衛星的な物を造らないとダメだろう。いまの技術力で創造するのは不可能っぽいな。


 いや、亀仙とフューリーって離れてても会話できてるみたいだから、そのシステムを模倣すれば無理じゃないか? うぅん、わからん。


 思考が逸れた。


 犬の細胞で未発達な細胞ベイビー・セルを創造できれば処置の回数は激減するかもしれない、とゴマの細胞を使って発展させようと試みたのだが、これは失敗。というより、ルゥ以外の細胞から未発達な細胞ベイビー・セルを造れない。発見以来、何度も造ろうと試しているのだが、うまくいかないのだ。


 分化の段階で刺激を与えて強制的に成長を止めてしまう。そこからは、かなり幅の広い成長が可能だ、というのが未発達な細胞ベイビー・セルなのだろうが、普通の生物の細胞は刺激を与えて変化させるというのが難しい。


 刺激が弱すぎると変化しないし、強すぎると死滅する。ルゥの強さが細胞の劇的な変化を可能にしたのだろう。


 フューリーは強い個体だから、彼の細胞をベースにしたら、もしかすると成功するかもしれないのだが、いまはこの場にいない。ハクの件はしばらく凍結しよう。


 「ねぇファウスト君。ちょっといいかなぁ」


 そんなある日、マクレリアがマグちゃんを連れて農場に遊びに来た。


 「なんです?」

 「うん、あのね。マグちゃんにもやって欲しいんだ」

 「なにをです?」

 「強くなるやつ」

 「かまいませんが恐らく何度も針を刺すことになると思いますよ。部位によってはかなり痛い場所にもします。麻酔をかけてしてもいいんですが……」

 「何度も、ってどれくらい?」

 「予測が出来ませんね。ルゥの細胞を使うのですが、生物的に近くないと効果が薄いみたいなんです。マンデイやリズみたいに数度の処置で結果が出る保証はありません。マクレリアさんの細胞を使ってみてもいいんですが、いままでの経験上、成功する確率は低いでしょう」

 「そうなんだ。どうする? マグちゃん。痛いんだって。チクッって」


 しばらく考え込んでいたマグちゃんが、呟くように答える。


 「すル……」

 「わかった。可能な限り痛くないように頑張る。でもどうして急に?」

 「それがねぇ」


 まだうまく喋れないマグちゃんの代わりにマクレリアが説明してくれた。


 夜中、マグちゃんがうなされることがあったそうだ。ひどい時は奇声をあげて目を覚ますことも。最も悪かった時は鎮静毒を生成、投与しなければならなかった。


 成体になって間もないマグちゃんはまだ言葉をうまく話せない。マクレリアの真似をするか、簡単な単語を繋げて意思表示をするしかないから、どんな夢を見ているのかわからなかった。


 マグちゃんの生まれ方が特殊だったことから、なにか健康的に問題があるのかもしれないと不安になったマクレリアはルゥに相談、診てもらった。


 ルゥのコミュニケーション手段は、俺やマンデイが使ってる導線とほぼ一緒。それでマグちゃんの記憶を覗いたのだ。


 マグちゃんが見ている夢は声だった。所々途切れる拙い喋り方、難しい言葉のチョイス、偏執的におなじことを言う。


 明らかに(知の世界)、俺の元いた世界の管理者、名のない神の特徴だった。


 「なんて言ってたんですか?」

 「うぅん。聞いてもらった方が早いかな」

 「ですね」


 俺はマンデイを経由して、マグちゃんの頭のなかを見せてもらった。すると、


 「あなた、は友達、を救わ、なくて、は、ならな、い」


 懐かしいな。アイツの声だ。


 「あなた、は友達、の記憶、にある、生物、の情報、を元、に再構成、され、る。あなた、は友達、を好ま、しく思う。支え、なくて、はなら、ない。彼、を」


 いまのマグちゃんの言語レベルで理解できる内容じゃないな。相変わらず聞きとりにくいし。


 「あなた、は友達、の生命、の維持、が容易、に確保で、きる時点、かつ、生命、の創造、に関す、る一定、の発想、に到達、した場合、に限、り再構成、され、る」


 えぇっと。


 つまり俺がルゥとマクレリアに保護されている安全な状況で、かつ生物を創造しようと発想したからマグちゃんが生まれた、と。こういうことか? たぶんそうだな。


 アイツはアイツなりに安全性に配慮していたわけだな。確かに保護がない状況でマグちゃんの卵の再構成がはじまってたら大変なことになってただろうし。


 「あなた、は友達、の精神、の拠り所、にならな、くてはなら、ない。癒し、慰め、なくて、はなら、ない。共、に脅威、に立ち向、かわなけ、ればなら、ない。あなた、は強く、ならな、くてはな、らない」


 俺が寂しくないように傍にいてあげて、俺と一緒に侵略者と戦わなければならない、強くなりなさい、と。


 声は繰り返し、マグちゃんの頭のなかで響く。なにかリアクションしてもそれに答えてくれはしない。管理者はおなじことを、おなじ調子で繰り返すだけだ。


 あるいは音声ファイルのような物なのかもしれない。選ばれた個体以外との直接的な接触は健康に害を及ぼすって話だったし。


 「おおよそは理解できました」

 「そういうわけなんだよぉ。神様の意思は尊重したいし、どう転んでも強くなってて損はないでしょう? もし将来、外に出るようになったらラピット・フライってだけで色々な生物に狙われそうだし」


 そうだな。その通りだ。だが……。


 「マグちゃん。ちょっといいか?」


 マグちゃんはコクリと首肯する。


 「強くするのは一向にかまわない。これから生きていくためには、ある程度の力が必要だろう。だが、どうしても痛くて嫌だったら言ってくれるか? それを約束して欲しい」


 首肯。


 「それとな。無理して俺について来る必要はない。管理者は……、俺の友達はちょっと早とちりをしたんだ。俺は寂しいと言った。だから俺の友達はマグちゃんを生み出した。だがマグちゃんはもう、一つの生物として存在している。やりたいことがあるだろうし、したくないこともあるだろう。マグちゃんの進む道は自分で選ぶんだ。誰かに強制されて選ぶなんて馬鹿気たことをする必要はない」


 首肯。


 「俺はマグちゃんを管理者の代わりにしようだとか、マグちゃんを利用しようだとか、そんなことは考えてない。だから処置もマグちゃんの意思で決めていい。わかった?」


 首肯。


 マグちゃんが本当に理解できたかはわからない。今後、ちゃんとコミュニケーションをとり、マグちゃんが無理をしていなかを確認していかなくては。


 にしてもマグちゃんを見ているとラピット・フライが好戦的だなんて思えないな。とても優しい子だ。


 「あっ、それとねぇ」


 と、マクレリア。


 「なんです?」

 「マグちゃんの通過儀礼があるんだけど、手伝ってくれる?」

 「手伝うのはいいんですけど、なにをするんです?」

 「ラピット・フライは、成体になった後で毛と瞳の色が変わるんだけどぉ。そのために綺麗な場所にいっぱい連れて行ってあげたいの」

 「見たもので変わるんですか?」

 「まぁそうだねぇ」


 第二形態、あるじゃん。


 「俺産だから黒いのかと思ってました。ちなみにマクレリアさんの瞳と毛はどうして赤くなったんですか?」

 「火事だよ。毒を除去するためにルゥが燃やした森」

 「マクレリアさんはそれを綺麗だと思ったんですか?」

 「いいや」

 「じゃあどうして」

 「心に深く刻まれた景色、風景。ラピット・フライの色はそれで決まる。もちろんね、美しい、とか楽しい、とかそういう風に刻まれる色もある。でもね、悲しいとか、怖い、って刻まれる色もあるの」

 「なるほど」

 「マグちゃんには、心から感動した美しい色になって欲しいんだぁ。楽しい記憶と一緒に」


 楽しい色、美しい色、か。


 「わかりました。明日、みんなでピクニックに行きましょう」

 「ありがとう。楽しみにしてるよ」


 よし。そとうと決まれば今日は早く休もう。


 早めに夕食を摂って風呂に浸かって、ベッドに潜りこむ。


 ピクニックか。


 なんかワクワクして眠れない。俺のワクワクが伝わるのか、ハクもなんだか楽しそう。ここ最近は嫌な思いばかりさせてたからな。明日はいっぱい楽しませてあげよう。


 目を瞑るのだが、ピクニックのことしか考えられない。レジャーシートとか創造しておいた方がいいのか、とか考えはじめる。


 ダメだダメだ。別のことを考えよう、と思考をスーツにの方に転がしていく。


 回避能力が高くて、すぐ離脱できて、長期戦闘できるもの。だが考えることに集中できない。思考の背景にはピクニック。マクレリアとマグちゃんがブンブン飛んでいる。


 そのうちスーツと二匹のラピット・フライが混じり合ってカオスなことになる。


 そしてたどりついた。


 あっ。


 フライングスーツ。

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