第43話 リズベット ノ 進路

 (へん)

 「ダメだな」

 「似合ってないねぇ」

 「にあってないネェ」

 「なんていうか、個性的ですね。わ、私はいいと思いますよ」


 白衣と色眼鏡は捨てることになりそうだ。


 「ところでマクレリアさん。ハクの埋め込み式補助具の手術をしたいのですが、麻酔のような毒を生成することは可能ですか?」

 「すぐには出来ないねぇ。何度も繰り返して効果をみてみないと。ハクちゃんは普通の生物じゃないからねぇ」

 「そうですね」

 「マンデイちゃんと同じ段階になってから考えたら?」

 「出来れば痛覚を獲得するまえに処置をしたいのですが」

 「焦っちゃダメだよぉ。痛みを感じれるようになったら私が協力してあげるからさ」

 「わかりました」


 なんなら野生に戻すまえに考えてもいいか?


 マンデイへの未発達な細胞ベイビー・セルの打ち込み手術は目や耳の感覚器官や、腹部や背部、胸部などの筋肉に一定の間隔をあけて埋め込むことにした。リスクの分散の観点から一斉にはせず、段階的に処置を施していく予定だ。


 一応、足先で簡単に実験してみたのだけど目立った問題はなかった。リズベットの視力も復帰しているし複雑な部位でも問題なく順応できている。だが不安がないこともない。リズベットとマンデイでは体の構造が違いすぎる。


 リズベットの強い希望もあり、彼女の身体の強化は続けていこうと思う。ちなみに俺とゴマにも未発達な細胞ベイビー・セルを埋め込むことにした。ゴマは森に戻った時にちゃんと生き残れるように。俺は侵略者と戦うために。強くて困ることはない。


 目に埋め込んでみると、視力が上がって動体視力の向上も確認できた。


 さて体はどう反応してくれるだろうか。ムキムキになったらどうしよう。マンデイとリズベットと俺、三人がボディビル集団みたいになったところ想像すると、わりと気持ち悪い。


 念のために、いまのうちにポージングの練習でもしておこうか。


 あとは……。


 剣の練習もしたいが、いまは。


 「ルゥさん。僕達に魔術を教えてください」


 首肯。


 「……」

 「…………」

 「………………」


 いや、喋ろうか。




 「まずは知識だねぇ」

 「知識、ですか」

 「そう。魔力を変質させるのが魔法でしょう? じゃあ魔術はなんだと思う?」

 「さっぱりです」

 「現象を起こすの。そのために術者がするのは環境を整えること。ただそれだけ」

 「いよいよわかりませんね」

 「例えばね。ルゥの十八番、魔術の通路はねぇ。入口と出口をまったくおなじ状況にするんだ」

 「状況がおなじだからってワープは出来ないと思いますが」

 「例えば私が移動するとするでしょう? こっちからこっちに」


 と、マクレリアがブンブン左右に飛ぶ。反復横跳びみたいに。相変わらず速すぎて移動はまったく見えない。


 「マクレリアさんが速すぎてすでに魔術みたいです」

 「えへへ」


 その後ろでマクレリアを真似てマグちゃんが飛んでる。まだ若い個体なのになかなかの速度だ。マクレリア程ではないがな。


 「速いのはわかりましたから。話を進めてください」

 「ここには魔術の通路はない。でしょ?」

 「まぁ、そうですね。普通に移動しているだけです」

 「時間という流れのなかで、私が連続して存在している。魔術の通路がなくても私という存在は、ある地点から別の地点に移ってる。魔術の通路もおなじなんだよ。私が動く。それとまったく同じ現象が別のところで起こったら?」

 「なるほどダメだ。まったく理解できない」

 「君は本当にバカだねぇ」

 「知ってます。もっとわかりやすく説明できませんか?」

 「だから入口と出口でおなじ現象が起こってるんだって」

 「双子的なことですか?」

 「うぅん。なんて言えばいいかな……」


 すると、リズが。


 「複製してるってことですか?」

 「そうそう。そうだねぇ。まったく同じものをコピーしてるんだよぉ」

 「なるほど。つまりですねファウストさん。こういうことです……」


 魔術の通路を通る時、俺の体は輪切りにされていると言える。それは細かく細かく。


 時間のあるポイントで、入口は出口と完璧に同一の状況が再現される。入口で消失したものは、出口に現れるわけだ。


 「えっ。じゃあ通路の真ん中で魔術が切れたらどうななるんですぁ?」

 「半分になるよぉ」

 「入口に半分、出口に半分、ってことですか?」

 「まぁ、そうだねぇ」

 「それじゃあ死んじゃいますよ」

 「死んじゃうねぇ」


 なんてこった。俺はそんな危ない物を毎日使ってたのか。


 「それってどうやったら使えるようになるんですか?」

 「知識だねぇ。空間というものを理解して、ミクロの世界を理解して、マクロな流れを理解して、物質と時間を理解しないとダメだよぉ。ぜんぶ完璧にね」

 「理解っていってもどうすれば……」

 「学ぶしかないねぇ」


 んなの無理だろ。どれだけ時間がかかるんだよ。


 「それを知れば使えるようになるんですか?」

 「親和性が大切だねぇ。ルゥ曰く、愛が」

 「愛……」

 「実際、ルゥですら使えない魔術は多い。それはその分野に対してルゥの情熱や理解がなくて、また現象そのものをがルゥを愛していないから。えぇっと……。わかる?」

 「なるほど。一つわかったことがあります」

 「なになにぃ?」

 「無理」


 ちなみにルゥが初めて魔術を使えるようになったのは、彼が二十歳の頃だった。


 通路の魔術だ。それでも一族のなかでは最短。周囲からは天才と称賛された。


 毎日毎日勉強して、世の理を追求し続けて、二十年かかったんだ。いくら俺の成長が早いからといってすぐに取得できるはずがない。


 認識が甘かった。魔法とおなじ位に考えていた。


 魔法はスタートラインに立つのは比較的簡単で、そこから磨いていくのが大変だ。魔術はそもそもスタートラインに立つことが難しい。こりゃ使い手を選ぶわけだ。


 俺はいま五歳ちょい。あと一五年おなじ分野を勉強し続けなくてはならない。地獄である。


 マンデイってルゥの書物を読み漁ってるからもしかしたら使えるようになるかな、と訊いてみたら。


 「文章だけで理解出来るほど、この世界はシンプルじゃないよぉ」


 とのこと。そりゃそうだ。


 で。


 「得意分野からやってみたらぁ?」


 と提案された。得意分野とはなにか。創造である。


 「わざわざ魔術でやらなくても魔法で出来ますし」

 「魔術の利点は、残すことなんだよぉ」

 「残す?」

 「そう。環境さえ整えてしまえば、後は延々おなじものが造れたりするんじゃないかなぁ。例えばそうだなぁ、鉄を別の物質に変え続けたりとか」

 「商売にしか使えないような気が……」

 「まぁとりあえず一個でも使えるようになったら、別の魔術も使いやすくなるから勉強してみたら? きっかけとして」

 「考えておきます」


 創造する力を魔術で再現してもまったく意味ないような気がするな。てか愛ってなんだよ。何年何十年勉強して愛がないから駄目でした、なんて笑えない。超ハードモードじゃないか。


 魔術の通路、使えたら便利そうなんだけどな。


 「あっ、ちなみに重さを無視するような魔術はありますか?」

 「さぁどうだろうねぇ。見たことはないしルゥの記憶のなかにもない。でもまぁなければ造ればいいんだよぉ。それが魔術の醍醐味だねっ」


 あっ、そうですか。


 その後、マクレリアから、いままで確立された魔術について教えてもらった。


 ルゥが使うのは、魔術通路、マンデイの治療に使った結界の魔術、探知に活用している感覚を樹状に伸ばす魔術、サイコキネシスのように物体を操作する魔術。


 これらを応用して、ルゥのスタイルが出来上がっている。未完成だが手を出せるレベルなのが命を造りだす魔術、時間を操作する魔術。これらはリスクを伴うから基本的には使わない。中途半端な魔術は揺り返しという現象を生む。ルゥの体を焼き、彼の技術をもってしても治療が難しい傷を残した現象だ。


 他には、魔術封じの魔術、分解する魔術、空間を拡張させる魔術、人格を乗っ取る魔術、他者の記憶を改変させる魔術、自然現象を再現する魔術、天候を操る魔術などがあるらしい。

 

 「というわけですのでマンデイ、リズさん。かなり難しいみたいですが、頑張ってみましょう」

 「はい」(うん)

 「僕は創造する力を魔術化させる勉強をしようと思います。二人はどうしますか?」

 (わからない)「急に訊かれても……」

 「ですね。自分に合うと思ったものを勉強していきましょう。徒労に終わるかもしれませんがリターンはデカい。がんばってみよう」


 ちなみに魔術は陣を用いて発動する。


 え? なーんだじゃあルゥの魔術の陣を完コピすればいいじゃん。簡単簡単。とはならない。


 陣は現象を図式化した物。そして現象のとらえ方には個人差がある。どう表現するかには個性が出るのだ。ルゥの著書に図式の指南書がありはするが、それはあくまでもルゥの書き方だ。参考にはなるが解答ではない。


 魔術に近道はないのだ。


 俺たちが勉強しなくてはならない最初のステップは、自分なりの解釈の仕方を図式で表現する、ということだ。ルゥの指南書のなかには彼が図式の元になる発想を得るまでの過程が書いてあったがさっぱりわからなかった。相当難しい。


 だがマンデイはその書物をサラサラ読んでいて、リズベットも一日かけて読破した。落ちこぼれは俺だけだ。


 「ファウストさんはまだ子供ですからね」


 リズベットのフォローの言葉が痛い。


 違うんだよなぁ。子供じゃないんだよなぁ。


 「ところでリズさん。スーツや防具造りも落ち着いてきたんで、いまからヨキさんの剣を造ろうかと考えています。同時進行でリズさんの戦闘スタイルに合わせた防具と武器を造っておきたいんですけど、なにか希望はありますか?」

 「私が使えるのは弓と火の魔法だけです」

 「なるほど。じゃあ防具は周囲の景色と同化したり、音を消したり出来た方がいいですよね? 弓って不意打ちが基本でしょ?」

 「まぁ狩りならそうですね。ですがそんな防具を着用している弓使いは見たことがありません」


 普通の対人戦でも隠れて射るのが基本じゃないのか? 弓なんて使ったことないからわからんな。


 「僕のベースとなる考え方を言っていいですか? リズさんもそれに合わせて戦闘スタイルを確立していってくれると助かります」

 「はい。なんでしょう」

 「基本は防御と回避です。攻撃は安全に。危なくなったらすぐ離脱。仲間が危険だと判断した場合もです。弓に関しては門外漢ですが、リズさんもそのように立ち回ってくれると助かる。ですから姿を現して射るのはナシ。敵に認識されている場合は逃げることを優先してください」

 「わかりました」

 「と、いうわけだから、造るのは防具からです。それに合わせて武器を造っていく。なんか指図するようで申し訳ないですが、これから一緒に戦っていくなら、そこのところをしっかり理解しておいて欲しいんです」

 「はい」

 「ちなみに弓の射程ってどれくらいですか?」

 「そうですねぇ。農園の端から端ですかね。か、それより少し長いくらいです。それ以上離れると当たりません」


 五十mから六十m程度か。


 そもそも弓抱えて走れるもん? 悪魔の身体能力ってどのレベルなんだろう。


 もう少し射程があれば、はるか後方から安全に立ち回れるんだろうけど。


 弓のコンセプト的に近距離主体の敵に接近されたらキツイ。そう考えると俺の近くに置いてた方が安全か? まぁでも一応は……。


 「ヨキさんの剣術指導を一緒に受けませんか? 近距離戦闘も出来た方がいいし」

 「はい。頑張ります」


 いい返事だ。リズベットのこういうところ、好きだな。マンデイと似てる。


 射程と近距離戦闘か。


 「スーツは隠れる、逃げれるをベースに考えてみます。デザインで希望はありますか? あっ派手なのは駄目ですよ。色の指定も出来れば遠慮してください。隠れるのが基本なんで」

 「ファウストさんにお任せしてもいいですか? 思いつくのは狩りの時に着てた服くらいですので」

 「とりあえず造ってみます。気に入らなかったら遠慮なく言ってください。何着でも造れますんで」

 「あっはい。ありがとうございます」


 さぁ魔術の講義も終わったしリズベットの方針も決まった。農園で作業を再開しよう。と、魔術の通路をまえに体が固まる。


 そういえばコレ、怖いやつだったな。


 体が輪切りにされるんだよなぁ。でも歩いて行ったら二日くらいかかるらしいしなぁ。


 「どうしたんですか? ファウストさん」

 「いや、なにも」


 ビビってるって思われたら、また子供扱いされそうだ。


 輪切り……。


 わぎり……。


 わ、ぎ、り……。


 ちくしょう!


 聞かなきゃよかった。

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