第42話 獣 ノ 進路

 「ムズムズします」


 と、リズベット。


 「それだけですか?」

 「えぇ」


 てっきり俺が改造された時みたいに痛みを伴うものだと思っていただけに拍子抜けした。まぁいいことなんだけど。


 これからどう変化するかまったく予想できないから、つきっきりで様子をみておこう。


 いまからリズの体は大量のエネルギーを消費するだろうから、栄養価の高い食事を摂取させなきゃ。それと魔力。リズベット用のカプセルも造っておこうか。


 ちなみに俺が眠っている間はマンデイがリズベットの面倒を看てくれることになった。なにがあってもすぐ対応できるように簡易ベッドを創造し、リズベットの隣で休めるように。万が一に備えてね。


 リズベットの受けた傷がなんの問題もなく治癒できれば、次はマンデイとハクの番だ。ハクの成長はまだ止まってないが、マンデイのことを考えると時間の問題だと思う。核の損傷の程度が違うからまったくおなじ進み方をするとは限らないんだけど。


 空いた時間、ヨキの体に見た目のイメージを反映させる作業に移る。


 前回とは違い、いまの体は鏡に映るから俺の協力はいらない。ちょっと覗いてみると、かなり完成に近いレベルまできているようだった。霊体と比べてもなんら遜色がない。真っ白い体に目と髪が浮いている姿は完全にホラーだったから、普通の見た目になってもらって助かる。


 軍服も造らなくちゃだ。ヨキってカッコいい系だから暗い色を基調とした方が似合いそう。体のラインが綺麗でスタイルもいいから、タイトめのやつを創造してみよう。女性が放っておかないくらいの見た目になりそうだ。


 ヨキの体がしっかり動くようになったら剣を教えてもらおう。戦闘技術は多い方がいい。


 ちなみにヨキの体、食事からの栄養摂取はうまくいった。俺の指示通りに有機物を代謝してエネルギーに変換してくれたのだ。少しずつだがいい方向に進んでいる。


 ちょっと落ち着いたし、本格的にパワードスーツと武器の創造にとりかかろうかな。


 パワードスーツはちょこちょこ造っているのだが、性能を欲張るとどうしてもサイズが肥大化する。このままマンデイの体が動かなかった場合を想定すると、ストレスなく着用、運用できる品物がいい。


 薄さ、軽さは絶対に欲しい。ハク用のやつも創造する予定だから、ずっと着ていられる物がいい。本格的に侵略者との戦闘がはじまったら長期の移動が考えられるから、その辺のことも配慮しなくてはならない。


 あっ、ちなみにロボットを造ることもまだ諦めてなかったりするが、それはパワードスーツの延長線上にあるだろう。段階を踏まなくては。


 とにかく、いまあるアイデアをまとめよう。


 まずはマンデイ用のアシストスーツ。


 これは装具としての側面が強い。マンデイの運動障害をフォローする機能、機敏性や柔軟性、魔力のコストパフォーマンスを重視して造りたい。シカの突進のケースがあるから、ある程度の防御性能も欲しいところだ。


 ヨキの体に使った技術を活用してもいいかもしれない。マンデイのエネルギーや指示に従って動く能力を付与すれば、体そのものが動かなくても機敏な行動が可能になるだろう。


 幸いマンデイの戦闘服はもう創造しているから特徴を付与するだけでいい。そうと決まればやってみよう。


 と、戦う使用人・レイブンのコスプレに(マンデイの魔力に反応、動く)の特徴を付与してみる。


 うまくはいったが、色が黒く変色してしまった。未発達な細胞ベイビー・セルは色を指定できたはずだが……。


 もしかすると成長が止まってしまったら色の指定はダメなのかも。未発達な細胞ベイビー・セルの状態だと柔軟に指示を受けて成長してくれるが、成長限界、理想形にまで発展してしまった品物にはもうゆとりや自由度がないのかもしれない。


 「ごめんなマンデイ。間違って黒くしてしまった」

 (いい)

 「本当にすまん」

 (また造ってくれる?)

 「マンデイが納得するまで何着でも造るよ」

 (ありがとう)

 「あぁ。ちょっと実験してみたいことがあるから、レイブンの服を着てもらえるか?」

 (うん)


 一応ブーツやグローブ、メイスにも特徴を付与してあるから、うまくコントロール出来れば、以前のような動きが再現できるだろう。


 「よし、着たな。洋服に魔力を流してみてくれ」

 (うん)

 「それで、動くイメージをするんだ。とりあえず歩いてみよう。出来るか?」

 (やってみる)


 すると、片方の足が急にまえに出て、ステン、と転倒した。


 ガン。


 しちゃ駄目な音がした。盛大な転倒だった。


 「大丈夫か?」

 (痛い)

 「もうちょっとゆっくりしてみようか。嫌ならしなくてもいいが……」

 (する)


 今度は慎重に一歩。もう一歩。


 「どうだ」

 (普通に動く方が楽)

 「激しい動きの補助をしてくれるみたいなイメージだからな。もう少し慣れたら跳んだり走ったりしてみようか」

 (わかった)

 「とにかくそのスーツに慣れてくれ。話はそれからだ」

 (うん)


 慣れの問題のような気もするし、もう少しだけ頑張ってもらおう。動きのフォローをするだけなら俺が愛用しているインナータイプの方がいいかもな。体に密着している方が使い勝手がよさそうだし。


 よし、造っておこう。


 次、ハク用の埋め込み式補助具。


 現段階で、ハクに痛覚がない。大規模な手術をするならいましかないかもしれない。


 マンデイのアシストスーツが完成すれば、その技術を運用して、魔力で動く物質を骨格の周囲に埋め込める。普通に体を動かす+魔力による補助でそれなりの動きが出来るはず。


 もし埋め込むということが可能なら、ヨキに使った栄養摂取の技術や、疑似魔核を使用することも視野に入れられる。


 すべての工程を終了した時、ハクは高い身体能力を使った狩り、捕食、疑似魔核によるエネルギーのストックが可能になるだろう。ゴマと二匹で森に放ってもちゃんと生活できるレベルにまで性能を引き上げられるかも。


 本当は生殖機能も造ってあげたい。せっかく生まれてきたんだから自分の子をもつ喜びを感じて欲しい。だが、いまの技術ではどうしようもないから保留。


 とりあえず生き残ること。これが大事だ。ハクの幸福は造った者の使命だからな。


 あとはマグノリア、マクレリア用の鱗粉対策防具か。


 虫の代表者は鱗粉をもちいて虫の因子をもつ生物を支配する。


 もし敵対したらマグちゃんとマクレリアが操られる可能性がある。本来なら代表者は敵ではないが、虫は性格に問題があるようだから対策をしておきたい。


 鱗粉が吸引式で発動する場合を考慮してガスマスクのような物、皮膚に付着し効果を発揮する場合に備えて皮膚の保護も必要。魔力の遮断も必須。だが、それをすると毒魔法が使用できなくなるから、そこを改善しなくてはならない。


 ちょこちょこ試作してみるか。


 鱗粉のサンプルが欲しいな。今度フューリーに相談してみるかな。


 一応エステルの対策もしておいた方がいいのかな。あの天使も性格、悪そうだし。


 だがどう対策したものか。聞くところによると、厄介なの治癒だけだしな。うぅん。


 思いついた時でいいか。


 あっ、リズの腕も造らないと。普通の腕とおなじ位かそれ以上の性能の物を造ろう。疑似細胞で造ろうかな。見た目にもこだわりたい。時間をかければなんとかなるかな。


 あと俺のパワードスーツもいるな。


 このまま肉体が成長していっても、たぶんフューリーや水の代表者に勝てない。フィジカルで圧倒的に負けてる。共闘した場合に彼らの足手まといにならないよう、様々な用途のスーツが欲しい。


 まず絶対に欲しいのは対侵略者用スーツだ。


 相手は不死身。間違いなく長期戦になるだろう。求められるのは耐久力と持久力、そしてなにより回避性能。


 近距離で打ち合いはN G。仮に近距離の攻撃手段を造る場合も、すぐ距離を置けるような仕組みが欲しい。不死身の魔王を相手にダメージを蓄積されたら確実に押し切られるだろうからな。安全第一。


 マンデイが負傷した場合を想定すると、マンデイを抱えつつ速やかに離脱できるよう機動力、出力は必須。


 最終決戦用のこのスーツは普段使いにしたいな。ギリギリの戦いになれば錬度がものを言う。ぶっつけ本番で使うなんて危ない真似はしたくない。


 耐久力は特徴の付与で誤魔化そうか。(打撃耐性)(斬撃耐性)(魔法適性)この辺りは絶対だ。侵略者が魔術、魔法を使ってきた場合に備えて、(熱耐性)(魔力の遮断)もいるかもしれない。衝撃を受け流すヒダの技術も取り入れようかな。衝撃を魔力に還元すれば長期戦闘が可能になる。持久力のケアにもなる。


 他になにかあるか?


 いや、いまは思いつかない。


 そうだ。水の代表者みたいな巨大生物に対抗するスーツも創造しておかなきゃ。


 巨大生物。


 こっち側にいるということは、あっち側にいてもおかしくない。


 これは動く発電機のような物を考えている。エネルギーをチャージして一発ガツン、と。ロボット、あるいは爆弾。俺が乗って操作するというよりは、遠隔操作したい。巻き込まれるの怖いし。


 問題は持ち運びだけど、ヨキの体の技術でなんとかならないかと考えている。


 普段は小さな粉のような状態で保存、持ち運びをして、使用する時だけ展開する。重量はどうにもならなそうだけど、スペースはとらないと思う。


 いっそトラックみたいなの造っちゃおうかな。運搬用に。


 だが車の仕組みなんてまったく知らないぞ。どうしたものか。


 あとは……。


 逃走用のスーツだな。


 戦況が芳しくない場面では安全に離脱したい。機動力と速度、敵の視覚や感覚を遮断するシステムが欲しい。イカの墨みたいなイメージか。


 いま創造できるのはハク用の埋め込み式補助具とマクレリア、マグちゃん用の鱗粉対策防具、俺のスーツの試作品といったところだろう。ちょこちょこやってみよう。


 スーツを造りながらリズベットの様子を観察していたのだが、悪い変化はみられない。順調だ。




 リズの治療開始から四日目。


 足の感覚が戻った。運動はまだ出来ないが、触覚、温覚は復活した。




 六日目。


 視力の一部が戻った。まだボンヤリとしか見えないらしいが、物の輪郭を捉えることが可能になった。




 十二日目。


 未発達な細胞ベイビー・セル はまだ正常に働いている。足が動くようになった。筋力が落ちているからリハビリが必要であるが、そのうち歩けるようになるだろう。ならなければリズ用のアシストスーツで様子をみながら治療を続ければいい。ちなみにゴマちゃんの離乳食がはじまりました。




 十五日目。


 視力が完全に復活した。以前より視力が上がったらしく、遠くが鮮明に見えるようになり、動く物がスローに感じるそうだ。強化の影響かな?


 歩行練習をしているのだが、すでに補助なしで歩いている。


 リズベットはひたむきだ。ひたすら歩く練習をする姿を見ていると胸が熱くなってくる。彼女の性格はどこかマンデイに似ている部分があるように思う。侵略者討伐に付き合ってもらってもいいかもしれないと考えはじめるようになってきた。




 十六日目。


 リズベットがロリババアだという事実が発覚する。四十二歳らしいです。そもそも悪魔の寿命は長いので、まだ未熟な個体だ、とのこと。合法ロリ? ロリババア? まぁどっちでもいいや。




 繭方式の発達な細胞ベイビー・セルは成功したようだ。


 次はマンデイとハクの番だな。


 夕食時。


 「リズちゃんの視力は上がったんだよねぇ?」


 と、マクレリア。


 「本人の証言ではそうですね」

 「私の羽の動きが見えるんだってぇ」

 「らしいですね。動体視力も向上している可能性があります」

 「これってファウスト君とかにも使えないの?」

 「そうなんですよ。もしかしたら僕の強化もできるかもしれない」

 「使わないの?」

 「うぅん」

 「なになに」

 「農園、見ました?」

 「見たけどぉ。それがなに?」

 「大量の培養液に、保護液、ビン、シャーレ、フラスコ、ガラス管、顕微鏡、抽出器、分離機、冷却器」

 「確かに色々あるねぇ」

 「身体改造にまで手を出したら完全にマッドサイエンティストじゃないですか」

 「しょうがないんじゃない? 君の能力は造ること。将来、強い生物と戦うんでしょう? わがまま言ってられないよ」

 「まぁ、そうですねぇ」


 ゴマも強化できるかな? そのうち野生に戻すんだ。弱いより強い方がいい。


 もちろんハクとマンデイも。


 はぁ。


 覚悟を決めて明日、白衣と色つき眼鏡を造るか。

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