第41話 ヨキ ノ 進路

 ふと、リズの体内にはもうルゥ産の未発達な細胞ベイビー・セルが入ってるということに気がついた。なんちゃって抗菌剤として。


 意外と拒否反応なんてないのかもしれない。


 だが破損した部位を再生って抗菌剤なんかより、はるかに複雑だろう。リズの体のなかに飛び地のようにルゥの一部が存在することになるんだ。安易に使用するのは抵抗がある。


 とりあえずシャーレのなかで実験してみるしかないな。大丈夫そうだったら、そのまま使えばいいし、ダメだったら別の方法を考えればいい。


 と、いうことで早速未発達な細胞ベイビー・セルとリズの細胞をシャーレのなかで融合させ、分化させてみた。


 やっぱり増える量が尋常じゃない。メキメキ増えていく。成長限界がどこにあるのかがわからない。素材として優秀すぎる。


 だが優秀すぎて、強すぎて、少し困ったことになった。出来上がった細胞がルゥの魔力を帯びているのだ。


 細胞の違いを判別する術をもたないのが残念なのだが、細胞が内包する魔力は完全にルゥのものだ。リズの気配を感じない。


 食われたな。


 やはりルゥの細胞とリズの細胞の間に入って緩衝材になる疑似細胞を造らないことには安全に運用できない。さてどうするか。


 ルゥの細胞はリズの体内で増え続ける。それに対応して緩衝材を増やさないといけないが、多すぎても意味がない上、普通の組織を圧迫、代謝の過程で内臓を傷つけるという無用なリスクを生む。そして少なかったらリズの体がルゥに呑み込まれる。


 完全に呑み込まれたらどうなるんだ?

 

 ん? もしかして第二のルゥが造れる?


 頭のなかに安楽椅子に腰かけるルゥが浮かんでくる。ルゥは無言でこっちを見ている。ただジッと見てくる。


 ……。


 ルゥの隣に容姿がそっくりのもう一人のルゥが。


 …………。


 よし、止めとこう。


 良いアイデアが浮かぶまで保留だな。リズには悪いが。


 いっそルゥの細胞だと偽ってリズ本人の細胞を使ってもいいな。どうせわからないだろうし。


 うぅん。ないな。


 そんなことをしたら一発で信頼を失う。


 一方、ヨキの体は順調。着地点が見えつつある。


 骨格や筋肉を単体として考えていたせいで複雑になっていた。それらは互いに関連しあって働いているわけだ。もっと体全体をとらえるマクロな視点が必要だった。


 ヨキが体を使うとき、まず骨をイメージする。結合しやすいように設計しているから魔力の消費量はそこまでひどくないはず。そして他の骨や筋肉、繋がりやすく設計している部位と接着していく。以上の過程で骨格のベースが完成。


 一度体として完成させてしまったら細胞同士が付着して連動するわけだから、維持することに魔力を使わなくて済む。


 問題は攻撃を受けた瞬間にばらして再構成させる際の動きだな。ヒダの長さ、結合の強さを調整していくしかない。イメージは出来てる。近いうちに完成するだろう。


 さて本題だ。


 マンデイのメイスとユニフォームを造ってあげないと。夢見るマンデイが満足する完璧な仕上がりにしよう。


 まずは取材。


 「ルゥさん。レイブンについて聞きたいんです。戦う使用人。メイスの柄の部分や服装についてはなんとなく理解できたんですが、頭の部分の竜のウロコの形というのが、どうもわかり難いんです。僕の頭に映像を送ってもらっていいですか?」


 首肯。


 やっぱり喋らない。だが表情が若干、嬉しそうだ。顕微鏡で観察して初めてわかるレベルで表情が変化している。嬉しいのか? マンデイが自分の小説にはまってくれて嬉しいのか?


 送られてきた映像は野球のホームベース型の頭をしたメイスだった。


 変則五角形で、規則的に溝が刻まれている。なんか公園とかにある外灯っぽい。


 細い柄の部分に彫刻があったり、頭の部分が微妙な曲線を描いていたりと、やや複雑ではあるが造れないことはない。


 殴られたら痛そうだ。マンデイがこれで人を殴るところを想像したくない。あの優しいマンデイが……。


 だがまぁ身を守る術は必要だしな。それにマンデイの期待を裏切りたくない。


 彫刻は水と光を元にしたデザインで造ってあげよう。コートにも刺繍してあげるか。


 家紋みたいなやつがあったらカッコいいな。グローブとかコートの内側に。


 モチーフはどうしよう。


 種族的には人魚? 主様が鳥だし、鷹とかでもいいかもしれない。ルゥの魔方陣のなかに人魚、あるいは鷹みたいな。


 俺が勝手に決めてもしょうがない。マンデイと相談してからだ。


 と、いうことで、デザインの草案をマンデイに見せてみたら、鳥がいいということになった。羽を広げる鳥。


 さっそく型を造って、その後未発達な細胞ベイビー・セルを組み込み、制作。


 なんか洋服造りって楽しい。侵略者やっつけたら洋服屋さんになろうかな。わりとマジで。


 出来上がった洋服を試着してもらったんだけど。正直、似合ってない。


 サイズはいい感じなんだけどね。マンデイって幼児体型だから、コートとか着るとハロウィンの仮装みたいだ。ブーツも足の長さがないと駄目だな。ちんちくりん。


 ノリでベレー帽みたいなやつを造ってみたんだけど、いまのマンデイに似合ってるのはそれだけだ。他はいまいち。


 メイスはマンデイでも振れるように軽く造ったんだけど、それでも機能してない。もつのがやっと、って感じ。目覚めた時よりだいぶ動きは滑らかになったが、運動障害は完治していないみたいだ。


 「よく似合ってるが、それを着るのは大切な時だけにしろよ。メイスもな」

 (どうして)

 「そういうのはな、ここぞって時に使うからいいんだぞ」

 (わかった)


 待ってろマンデイ。いまに八頭身美女にして、なに着ても似合うようにしてやる。メイスだって振れるようになるさ。


 ヨキの体は完成間近、リズの治療法は模索段階。そんなある日、マクレリアが。


 「ねぇファウスト君。ちょっといい?」


 と、言ってきた。


 「なんです?」

 「マグちゃんを寝かしつける時に、背中をトントンしてあげてるんだけどぉ、なかなか眠ってくれないの。たぶんねぇ、ベッドが固いのが原因じゃないか、って思うんだけど……」


 マクレリアが睡眠を必要としないからといってラピット・フライが眠らないわけじゃない。マクレリアが特殊なのだ。マグちゃんは普通のラピット・フライとおなじで眠る。というかかなり長い時間寝てるようだ。体が成体になっただけで、まだ幼い。休眠が必要なのだろう。


 たしかにルゥが生成した部屋についてくるベッドはかなり固い。なんか知らないけど全部ボロボロだしな。そんな場所でマグちゃんを寝かせ続けるわけにはいかないよな。ただでさえ睡眠時間、長いんだから。


 「いいでしょう。造りましょう」


 なんなら繭で造ってあげるか。そこから生まれたわけだしな。俺産の素材より落ち着くだろうし、愛着もあるだろう。


 と、繭を変質させていた時に考えた。


 あの芋虫がいまのマグちゃんになるなんて想像も出来ない。虫って凄いな。繭のなかでどんなことになってんだろう。

 

 なんか羽化って再構成に似てるな。まえの世界からこの世界への翻訳。まったく別物なのにおなじ本質をもつもの。マグちゃんは繭のなかで変態したんだよな。じゃあ俺はどこで翻訳されたんだ? まえの世界からこっちの世界に続く通路みたいな場所だろうか。もしかすると管理者の部屋みたいなのがあるのかな。


 なんて考えながら作業していた。で、俺、いつもリズの体のことを頭の片隅に置いているから、思考が自然とリズの方へスライドしていった。


 すると。


 ん? 繭を造ればいいんじゃね?


 と、こうなった。


 繭で保護された未発達な細胞ベイビー・セルをリズの損傷部位に埋め込む。(リズの細胞への順応、変態)(損傷部位の治癒)(分裂)(特定の魔力の吸収、活性化)(電気刺激による分裂の中止)で、迷ったんだけど、強くなりたいというリズの意思を尊重して、最後に(自己強化)の特徴を付与した。


 シャーレのなかで実験してみたけど、リズの細胞に順応するまでにはそれなりに時間がかかる。だがその工程さえ終わってしまえば、分裂や成長速度はそのままで、リズの細胞が増殖した。ルゥの魔力の気配は感じない。細胞が痛んでいる様子もない。


 早速リズに報告してみる。


 「試してみたいです」

 「どうなるかわかりませんよ。本当は生物で実験したいんですけど……」

 「出来ないんでしょ? ファウストさんの性格的に」

 「申し訳ない。そのためだけに関係のない生物を傷つけるのはちょっと」

 「大丈夫です。私でやってください」

 「一応、電気を流したら分裂は止まります。安全装置ですね」

 「はい」

 「本当にすいません」

 「謝らないでください。マンデイちゃんからファウストさんの性格は聞いていたので驚いてもいません。むしろ私はファウストさんのそういう側面を好ましく思っているのです」

 「よく甘いと言われます。今回もリズさんに負担をかけていますし」

 「でも結局なんとかしてくれるんでしょう? 期待してますよ。ファウストさんは不可能を可能に変える男なんだから」

 「ベストを尽くします」


 なんか……。


 リスベット、いい悪魔だな。健気だし、懐が深い。


 この世界に来てから恵まれてるな、俺。アスナ、マリナス、テーゼ、主様、ルゥ、マクレリア、マンデイ。ヨキはちょっとあれだけど、なんだかんだいい奴だし、それにリスベット。


 絶対に成功させよう。それがマンデイとハクのためにもなる。


 この技術を運用していくともしかすると……。


 まぁいいや。この先の展開はまだ考えないようにしよう。


 マンデイに補助してもらい、リスベットの体に繭を打ち込んだ。順応するのに時間がかかるだろうから、それまでは様子見。


 体調の変化に備えて、呼び出しブザーの作動チェックをしたうえ、リスベットに実際に押してもらい、最終確認をした。


 「いいですか? 具合が悪くなったらすぐに押してください」

 「もう何度も聞きました。ファウストさんの心配性は病気の域ですよ」

 「変なとこは心配性なんですけど、いつも詰めが甘いんです。瀕死のリズさんに対して、なにも考えずに未発達な細胞ベイビー・セルで造った疑似抗生物質を投与したりね。やった後で反省会です」

 「でも結局うまくいったじゃないですか」

 「結果論ですね」

 「それでいいんですよ。そうやって成長していくんだから」

 「あっ、ちょっと話は変わりますが、一つ質問していいですか?」

 「どうぞ」

 「マンデイから僕の性格を聞いてた、っておっしゃってましたが、具体的にどういう風に言ってました? マンデイ」

 「それはですね……」

 「それは?」

 「内緒です」


 なんじゃそりゃ。


 まぁマンデイのことだから悪い風には言ってないだろうけど……。どう思われてるのかが気になる。


 リズに繭を打ち込んだ日の午後、ヨキの体が完成した。


 途中(古い粒子、傷ついた粒子を貪食、新しい粒子を生み出す)の特徴を付与するのを忘れてて、一から造り直すというハプニングはあったものの、逆につまづいたのはそこだけだった。ルゥ産の細胞は分裂、増殖速度が早くて助かる。


 外見がまだ仕上がってないから、ヨキの姿は、真っ白な人型に瞳だけがあるっていう気味の悪い感じになってる。うぅん、ホラーだ。


 「どうです?」

 「悪くない」


 魔力の消費も格段に下がってるようだ。時間をかけてよかった。


 「剣は振れますか」


 と、ヨキが大剣をもつ。


 「重すぎるな」

 「剣自体を軽くするか、筋肉量を増やしてみましょうか?」

 「体はこれでいい」

 「もう少し筋肉があった方がいいのでは? その体、筋トレしても無意味ですよ」

 「バランスが崩れる。お前は凄いなファウスト」

 「剣も振れない体を造ったのに?」

 「完璧なバランスだ。あるべきものが必要な場所に収まってる」


 こうやって褒められると素直に嬉しいな。でもすぐに使いこなしたのには、ヨキの天性の身体能力みたいなものも関係しているような気がする。


 「ありがとうございます。それでは剣を新調しましょう。新しい剣の形ですが希望はありますか? 僕がイメージしやすい物が好ましいです」

 「細身の物だろうな」

 「日本刀か軍刀みたいなのしか思いつきません。突剣は使わないのでしょう?」

 「ニホントウもグントウも知らないな。突剣はない」


 あっ、そうだな。やらかした。


 記憶にある日本刀、ナックルガードがついた軍刀を映像化してヨキに送ってみた。


 「日本刀は両手剣ですね。軍刀は片手剣、かな? 実はよくわかってないんですよね。僕、武器に詳しくなくて」

 「グントウがいい」

 「あの大剣を両手で振ってたんでしょう? いままでとまったくスタイルが違いますが?」

 「不思議と我執のようなものが消えた。いままでに培ったものはもうない。いまの体にはグントウが合うだろう」

 「合わなかったら造り直します」

 「あぁ」

 「ヨキさんが見た目の調整している間に洋服も造りますね。いままで着てた赤い服でいいですか?」

 「駄目だ。ミルの色は階級を表していた。俺はもう死んだ。階級はない」


 空手の帯みたいなもんか? あの服、ミルっていうんだ。デザイン好きだったし色々考えなくていいからミルを着てくれたら楽だったんだけど。


 「デザインは僕が考えても?」

 「かまわん」


 軍服にするか。刀もそれっぽいし。


 あっ、マンデイの服に入れた家紋、刺繍しちゃおうかな。


 てか白い顔に目だけ浮いてるのってスゲー怖いな。出来ればこっちを見ないで欲しい。


 「礼を言う。ファウスト」


 ヨキが手を差しだしてくる。握手か。ヨキらしくないな。モロ幽霊みたいないまの見た目が怖いから、あんまり接触したくないんだけど……。


 「どうした?」


 ひっ!


 拒否したら怒るよね? もう実体もっちゃったし、安易にからかえなくなっちゃったな。


 マジで斬られそうだ。


 もしかして体、造らない方がよかったか?

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