第40話 マグノリア ノ 進路

 「悪魔が目を覚ましたよぉ」


 と、マクレリアが農園に飛び込んできたのは、ヨキの体の粒子を作成している時だった。


 ヨキの細胞だが、骨格や筋肉やそれを繋げる腱のデザインがなかなかに面倒だったりする。実際の物で造るのと粒子の配置で造るのとでは難易度が全然違う。本当に面倒くさい。心が折れそうだ。


 そういうわけで丁度、肩も凝ってきてたし、目も疲れて霞んできてたし、体は脂ぎって気持ち悪い感じになってたし、耳鳴りしてきたたし、若干めまいもしてたし、頭が変になりそうだったし、良いタイミングだった。


 俺、大人になるまえに過労死するかもな。悪魔のフォローが終わったら、ゆっくりお風呂に入って眠ろう。


 「よし、みんなで会いに行こうか」


 悪魔はベッドの上にちょこんと座っていた。


 いままで体ばっか見てたから気がつかなかったけど、顔は結構美形だったりする。ヨキと並んで歩いてたら絵になりそうだ。雑誌の表紙とか飾れそう。悪魔って全員綺麗だったりするのかな。なんか美しい容姿で幻惑するみたいなイメージあるし。


 見た目上の人間との違いは山羊のような角があることだけだ。尻尾とか羽根とかあるかな、と着替えの時に確認してみたんだけどそんな物はなかった。肉体的な違いはそこまでないのかもしれない。


 「こんにちは。私の名前はリズベット・デガン・ルウィル・プルソン・リナリー・ダッシュベル・リーレインと申します」


 なんて長い名前なんだ。


 「こんにちは、僕はファウスト・アスナ・レイブです。どうぞよろしく。ほら、なにやってるんですかヨキさん。挨拶してください」

 「あ、あぁ。俺はヨキだ。ヨキ・アマル・セルチザハル。剣士だ」

 「ファウストさん、ヨキさん。どうぞよろしくお願いします」


 なんか……。


 悪魔っぽくないな。


 がはははは、吾輩の名は○○、跪け愚民ども。


 みたいな感じじゃないのか。


 あっそうか、なんか教養があって穏やかみたいなこと言ってたな、あの犬っころが。


 「具合はどうです?」

 「変な感じです。まるで何年も眠っていたような……。それと目が見えないって不思議な感じですね。まぶたは開いているのに」

 「目と下半身に関しては僕の能力で治せるかもしれません。腕もどうにかなるでしょう。だからあまり悪い方に考えないでください」

 「ありがとうございます。ファウストさんはフューリーさんのお話通りの人ですね」

 「へぇ。フューリーさん、僕のことなんて言ってました?」

 「優しい男だと。なんでも出来て、賢く、いい男だどおっしゃってました」


 なんか照れるな。


 フューリー、俺のことそんな風に思ってくれてたんか。今度ジャーキーでも創造してやるか。


 「身内贔屓も少しあるんじゃないですかね」

 「いいえ、こうやってお話をしていると、ファウストさんの優しさが伝わってきます。今回は本当にありがとうございました」

 「いや、僕は感染に対するフォローをしただけなんですよ」

 「それだけでも感謝に値すると思いますが」 

 「小さなことです。リズベットさんが今後、本当にお礼を言うべき相手はフューリーさんとルゥ、あとここにいるマクレリアさん、マンデイにですね。フューリーさんは言わずもがな。傷だらけのあなたを背負ってここまで走ってきました。短い距離ではありません。聞くところによると彼は、不眠不休で走っていたそうですよ。見ず知らずの相手にそういうことが出来る性格なんですね。なんたってイケメンですから。彼がいなければ、あなたはここにはいなかったでしょう。

 ルゥはあなたの体の調整をしていました。弱りきったあなたの心臓を動かしていたのも、不足していた血液や水分を補っていたのも彼です。もし彼がいなければ、あなたは確実に助かっていません。

 マクレリアさんは毒のスペシャリスト。あなたの体を蝕んでいた毒を症状だけで特定し、適切な解毒を実行しました。彼女がいなければ目が見えないだけでは済まなかったでしょう。

 そして、峠を越えてから、献身的にあなたの面倒をみていたのがうちのマンデイです。体の清潔を保ち、異常がないかを観察し続けました。オムツを替えていたのもマンデイですね」

 「そうなんですね。みなさんありがとうございます」


 悪魔は胸のまえで手を合わせ、微笑んでいる。


 マジで悪魔っぽくない。どちらかというと天使とかそっちに近いっぽいぞ。穏やかな感じだしな。もしかして悪魔の貴族だったりするのかな。妙な気品があるし、可能性はある。


 「いいよぉ。気にしないでぇ」


 マクレリアの触覚がピコピコ動いてる。


 (ファウスト)

 「どうしたマンデイ」

 (マンデイも話したい)

 「いいぞ。すいませんリズベットさん。マンデイが話したいと言ってます。マンデイは構音機能が発達していないので魔力の導線を繋いで話しますが、耳は聞こえます」


 悪魔が首を傾げる。


 「私はどうすればいいんですか?」

 「そのままでいいです。マンデイが導線を繋げます。返事は普通に喋ってもらえばいいので。痛みもないから安心してください」

 「はい。わかりました」


 マンデイの胸からゆっくりと魔力の導線が伸びる。悪魔は緊張しているのか表情が固い。まぁ目が見えないし初めてされることだからな。怖いのは当然だ。


 そして、ぴと、と導線が繋がる。


 「はい、どうも初めまして。

 そうなんですか? はい。はい。なるほど。どうもありがとうございます。

 うん。私のことはどうかリズって呼んでください。はい。うぅんマンデイさんって呼ぼうかしら。私、どうも呼び捨てが苦手なんです。すみません。

 え? そんなことが出来るんですか? じゃあ、お願いします。うわ、本当だ凄い。意外と子供なんですね。

 そうですね。フューリーさんもおっしゃってました。うふふふ。そうですね」


 マンデイ。なに言ってるんだろう。俺のことじゃないよな。子供ってなんだ? やっぱり俺か?


 会話を終えたマンデイはなんか嬉しそうだった。女子会みたいな感じかな。


 心配してたリズベットのメンタル面だが、どうやら大丈夫そうだ。表情も柔らかいし怖がってる様子もない。いまはまだ我慢してるって可能性もあるから、今後しっかり観察していこう。


 この子、まえの世界でいうと小学校高学年か中学に入学したてって感じだけど、しっかりしてるな。強い。


 もう少し落ち着いてからと思ってたけど、この感じだったら話しても大丈夫か。


 「さて、リズベットさん……」

 「あの……、すいません」

 「なんです?」

 「リズって呼んでもらっていいですか? リジーでもいいです。リズベットさんってなんか慣れてなくて」

 「あぁわかりました。じゃあリズさん。今後の話をしていいですか? なくなってしまった腕と視力、下半身の再生計画についてです」

 「はい」

 「損傷した部位に適切な細胞をうまく埋め込むことが出来れば、視力も下半身の感覚も再生可能だと僕は考えています。そして腕は義手を造る予定です。温覚や痛覚の再現も可能なはず。しかしそのためには、いくつかのテストと細胞の採取、造った疑似細胞や新鮮な細胞を埋め込むという工程が必要になります。一度の処置で成功しない可能性もあります。その場合は……」

 「ちょ、ちょちょっとすいません」

 「なんです?」

 「まったく理解できないんですけど。頭がちんぷんかんぷんで」

 「あぁすいません。いま目覚めたばかりで混乱してるんですね。この話は今度にしましょう」

 「いえ。頭はハッキリしてるんですが。腕に義手を造るのはわかりました。あとは……」

 「何度か注射をします」

 「ちゅうしゃ?」

 「針を刺します」

 「それで、治るんですか?」

 「一度で成功する確証はありません。何度も繰り返すことになる可能性もある。ですが、うまくいけば以前とおなじように使えるようになるでしょう」

 「わかりました。お願いします」


 えぇっと。


 それじゃあリズを農園に移すか。そのまえに農園にベッドを造らなくちゃな。リクライニングベッドにしてあげよう。フカフカのやつ。あと、プライバシー用の目隠しもいる。誰かを呼びだすこともあるだろうからブザーも造ってあげよう。ストロー付のコップと、あと移動用の車椅子だな。


 よし、とりかか——。


 「あの、すいません」

 「どうしました? リズさん」

 「もし、もしよかったら私も仲間に入れてもらえませんか? この体が治ってちゃんと動くようになったらでいいんで。足手まといにならないように訓練します。一生懸命頑張ります。荷物持ちでも掃除でもなんでもします。どうか私を仲間にしてください」


 ずいぶん急な話だな。なんでそんなことになるんだ。


 「僕の最終目標は侵略者を倒すことですが、これはかなり危ない道です。ヘタすれば死ぬ。せっかく拾った命を無駄にすることはないでしょう」

 「でもみなさん、戦うんでしょう?」

 「いいえ。戦うのは僕とマンデイだけ。戦況が厳しくなってきたら、二匹の犬ともヨキさんとも別れるつもりです」


 すると。


 「おいファウスト」


 と、ヨキさん。


 「初耳だぞ。じゃあ、お前はなんのために俺の体を造ってるんだ」

 「なんのためにってヨキさんが幸せに生活できるようにですけど?」

 「なんの打算もなくか」

 「打算なんてないですよ」

 「体を造る交換条件として、俺を戦わせることも出来るかもしれないぞ」

 「無理に戦わせようなんて思ってないですよ。体が出来たら好きに生きてください。趣味でも見つけて穏やかに過ごすといい」

 「どこまでも甘い奴だ」


 なんか決め台詞風に立ち去って行ったけど、足元にゴマちゃんがくんくん鳴きながらついていってるから、まったく決まってない。決め台詞を言う時はゴマがいない時にした方がいいと思う。


 「ヨキさん。大丈夫なんですか?」

 「たぶん大丈夫です。時々よくわからない行動をするんですよ。ヨキさんって」

 「へぇ」

 「剣士だからかな」

 「どうでしょう」

 「とにかく仲間になるのはしっかり考えてからにしてください。簡単に決めない方がいい」

 「いえ、心は決まっています。侵略者のせいでダメになっていく方々を見るのは嫌なんです。ただ壊されていくのを見ているだけなのは。私にも出来ることをしたい」


 リズは真剣だった。


 「先程、荷物持ちとおっしゃいましたが、ただ守られるだけなら連れて行っても足手まといになるだけです。戦う術はもってますか?」

 「火の魔法を使えます。弓も引けます。狩りはそこそこ上手です」

 「僕たちが相手にするのは、そこらの野生の獣レベルの相手じゃないですよ?」

 「わかってます」

 「もう一度、言います。死ぬかもしれないんですよ?」

 「はい」


 どうしようかな。戦う意思があればマンデイ以外も連れていこうとは思ってたけど、リズ、か……。


 実際ついて来るって言われるとなんか抵抗あるな。危ないし。


 「フューリーさんから聞きました。ファウストさんは他者を強く出来るのでしょう?」

 「といってもパワードスーツとか武器や防具を造る程度ですよ?」

 「じゃあ私のことも強くしてください。絶対に戦力になります」


 ううう。断わりにくい。なんか苦手だな。こんな風にお願いされるの。


 強くするって言ってもなぁ。マジで防具武器、パワードスーツの提供くらいしか出来ないぞ俺。マンデイとかだったら成長をさせたりとか余地があるんだけどな。うぅん。どうしたもんか。


 リズの体には成長の余地なんて限られいるだろうしなぁ。


 ……。


 ん? 成長の余地?


 「あっ」

 「ん? どうしました? ファウストさん」

 「いや、よくないことを思い付いてしまって」

 「なんですか?」

 「いや、止めときましょう」

 「私に関わることでしょう?」

 「まぁそうですね」

 「じゃあ言ってください」

 「うぅん……」

 「言ってくれないとわかりませんよ?」

 「まぁ言うだけなら……」

 「はい」


 結構グイグイ来るな、リズ。


 「強い細胞があります。それを使ったらリズさんの体の性能が高くなるかもしれないなと思ったんです」

 「やります!」


 即断だな。だが……。


 「ダメです。副反応が予測できません」

 「お願いします。強くなりたいんです。もう大切な人を守れないのは嫌なんです。不条理に押しつぶされるのは嫌なんです」


 どうしたもんか。だがリズで成功すればマンデイやハクにも流用できるかもしれん。


 「実はリズさんの体がその細胞の受け入れに成功したら、マンデイと犬のハクの体の問題も解決するかもしれないんです。だからまぁ助かるっちゃ助かるんですけど……」

 「じゃあしましょう。ファウストさん」

 「失敗したらどうするんですか?」

 「フューリーさんがおっしゃってました。不可能を可能に変える男だ、って」


 マジかフューリー。そんなこと言ってたんか。今度、鮭トバでも創造してやろうな。


 「まぁ出来る限りのことはやりましょう」


 作業が一つ増えた。未発達な細胞ベイビー・セルとリズの細胞の緩衝材になる疑似細胞の作製だ。


 ヨキの体造りと並行してやってるから頭がパンクしそうになる。パワードスーツも理想の出来とはほど遠いというか、時間がないせいで進んでいない。あぁ、時間が欲しい。




 そんなこんなで一週間が経過した。


 作業の進展はあまりない。


 一番のニュースはマグちゃんが羽化したことだ。


 俺産の影響かわからないけど、瞳は黒曜石のように輝いている。髪の毛も真っ黒。対比するように、外皮や触覚は透き通る程に白く、綺麗だ。美しいラピット・フライだった。


 マグちゃんが羽化した日、俺とルゥはいつでもマグちゃんを殺せるように準備をしていた。穏やかな個体が生まれる保証はないのだから。そんな俺たちにマグちゃんは言った。


 「おはよ、ウ。ファウ、スト、ルゥ」


 生まれたばかりで、まだうまく喋れないんだけど、どっかで聞いたことのある感じの、緩い物の言い方。眠そうな目。なにも考えてない感じ。


 俺は直感的に理解した。


 たぶんマグちゃんは、マクレリアと管理者の性質を足して二で割ったような感じだと。ちらとルゥを見ると、彼もおなじように感じたのだろう。警戒を解いてゆっくりと安楽椅子に腰かけた。


 にしてもラピット・フライ。ずいぶん短い期間のうちに卵から成虫になるんだな。


 マグちゃんの教育係は引き続きマクレリアにお願いすることにした。俺にはラピット・フライの教育なんてわからんし。


 毒魔法の使い方、飛び方、生活のし方、そういうのを教育していってもらうとしよう。


 これから成長するにしたがって狂暴になる可能性も一応念頭に入れておかなくちゃな。


 でもいまのマグちゃんを殺せる自信はない。


 と、いうのも。


 「ご飯だよぉ」


 マクレリアが呼びにくるわけだけど、その後ろから、


 「ごはんだヨぉ」


 と、マグちゃん。


 パタパタと一生懸命羽を動かして飛んでいる。


 マグちゃん、殺人的に可愛いのだ。


 幼虫の時も良かったけど、成虫になってからも良い。最高だ。ゴマとマグちゃんがじゃれてるとこなんて破壊力がヤバすぎて失神しそうになる。このまま優しい子に育って欲しいものだ。


 誕生祝いに俺は、形状記憶能力のある羽カバーと、衝撃を受け流すヒダのついたアンダーウェア、黒い髪と瞳に映えそうな鮮やかなグリーンの洋服を造ってプレゼントした。重さは大丈夫かと思ったけど飛行には問題なさそうだ。


 「ねぇファウスト君。私のはぁ」


 しょうがないなマクレリア。お前のも造ってあげよう。

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