第39話 マンデイ ノ 進路
悪魔は新しく生成された部屋のベッドで寝ている。
顔色は少し改善したようにみえるが、かなり損傷してたから、完全復活にはしばらく時間がかかるだろう。意識はまだ戻らない。
ていうかメンタルは大丈夫かな。かなりひどい扱いを受けてたみたいだけど。
いくら創造する力が便利でも心の傷はどうしようもない。彼女が目を覚ましたら精一杯優しくしてあげよう。辛いことを忘れられるように。
だがまぁ一命を取り留めて良かった。今回は俺が造ったものの効果というよりは、ルゥとマクレリアの治療が効いた。たぶんルゥがいなかったら悪魔は助かってなかっただろう。俺が呑気に薬を創造しているうちに手遅れになってたはずだ。
やはり魔術は便利だ。マンデイのパワードスーツとかヨキの体を造ってしまって、悪魔の治療方針が決定したら真っ先に教えてもらおう。
さて、マグちゃんはどうなったかなと、俺の部屋に行ってみると、旧犬タワーにはそれはそれは立派な繭が完成していました。
マクレリアの五、六倍はありそうだ。
これからマクレリアサイズのラピット・フライが羽化してくるのはちょっと想像できない。もしかして第二形態みたいなのがあるのかな?
「第二形態? そんなのあるわけないじゃん」
「ですよね」
「ファウスト君って時々バカになるよねぇ」
ムカ。なんだと。
「焦った時のマクレリアさんの真似していいですか?」
「いいよぉ。やってやって」
「そんなの無理だよぉ。ファウスト君~。そんなの無理だよぉ」
「あはははは。面白い面白い。すっごく似てるよっ」
……。
なんか器の大きさで負けた気する。
チッ。
フューリーは悪魔の容態が安定したのを確認した後、すぐにどこかに行ってしまった。
(魂の代表者に会ってくる)
とのこと。また俺の知らない場所で勇者してくるんだろうなぁ。俺がちんたらちんたら防具やらヨキの体やら造ってる間に。
はぁ。
俺はいつかフューリーに追いつけるのだろうか。
あのワンコロに勝つビジョンはまったく浮かばない。身体能力とかサイズとかが違いすぎる。ファールだろあれ。あの質量でかつ機敏、しかも噛みついただけ、引っ掻いただけで相手を倒せるんだから。
いいよなぁ。体に恵まれた奴は。
いつか俺もやってみたいもんだ。単騎で戦場に突っ込んで無双してドヤ顔。マンデイとかマクレリアが黄色い声援あげて、ヨキが感動のあまり鼻血だしてさ。あっ、でも痛いのヤダな。それはとても困るぞ。ケガしないようにちゃんとした防具を造ろう。
ダメだな。
たぶんこういうとこだわ。こういう思考回路が勇者っぽくないんだわ。気をつけよ。勇者は気持ちから。
さて作業だ。
課題は多い。一つずつ整理しよう。
まずヨキの体。
いまのままでは魔力の消費量が多すぎる。もし我慢して使い続けて魔力切れでもおこしたらヨキが消滅してしまう。だから、そうならないための仕組みや体を造っておかなければならない。目標は一般的な食事を摂取することよって得るエネルギーと日常生活で消費するエネルギーが等しくなるレベルまでもっていくこと。
結局なにがキツイって重力に逆らって体を維持し続けることだと思うんだ。いまヨキの体がやってることは軟体動物が陸上で二足歩行しているような状態。まったく合理的じゃない。重力に負けないためにも、強い芯を造らなくては。
まずは体を支える基盤、骨組みの創造かな。ヨキには外殻か筋肉や骨格をイメージしてもらって、その他の粒子をそれに付着させてもらうわけだ。
外殻は人間っぽくないから、筋肉と骨格が無難だろうな。
よし、その線で考えてみようか。
一つ。
骨なら骨、筋肉なら筋肉を構成する砂の細胞を創造。働きを専門化してしまえば、管理も簡単だ。ヨキは決まった粒子を決まった場所に配置すればいいだけ。
毛や眼球みたいに、明らかに皮膚とは違う印象を与える部位も特別に造っておこう。
二つ。
粒子と粒子の繋がりを強くする。
これをしておくと、わざわざ魔力を使って形をキープしなくてもよくなる。これはヒダを長くして互いに絡め合うようにすれば改善できそう。だがヒダを長くし過ぎると、必要な場面で砂の形状に戻せなくなり、物理無効の特徴を消しかねない。細かい調整が必要になりそうだ。
三つ。
疑似魔核を造る。
これはエネルギータンクだ。粒子の一つ一つにエネルギーを貯蔵させてもいいんだけど、俺の経験上、特徴を欲張りすぎると性能が落ちる。固さと軽さの両立がしにくいように、特徴によっては相克するものもある。ただでさえヒダにエネルギーを受け流す特徴を付与するうえ壊れないように守備方面には充分に力を入れておくのだから、これ以上の特徴の追加はよろしくない。
だから通常の体の部分とは別にエネルギーを蓄え、供給することに特化した器官を造っておきたい。
そうだ。核も砂みたいに崩れるようにしとくか。ふはははははは! バカめ! そこが弱点だと思ったか! みたいな。いいね。それで行こう。
方針は決まった。後は丁寧に、慎重に仕事をこなしていけばいい。
次。悪魔の体。
視力やら下半身はどこが損傷しているかを調べるところからはじまるだろう。
これはマンデイとルゥに手伝ってもらった方がよさそうだ。もしルゥがごねたら今度はベッドでも造ってやるか。二度と起きたくなくなるような完璧なベッドをな。ククク。あのクソヒゲ出涸らし無精じじいの驚く顔が目に浮かぶようだ。
その過程さえ終了してしまえば後は悪魔の体から採取した細胞で造った
最後、マンデイとハクの体。これが一番の難題だな。
ハクを創造した時に、立派な成体に育て上げると誓ったんだ。絶対に成功させたい。マンデイもこのままで終わらせるつもりはないし。といって手段はどうするか。
初めてマンデイの魔核を利用して
だがいまは意思をもって動いており、マンデイに至っては痛覚がある。いまこの状態で魔核を傷つけるのは怖い。記憶の一部がなくなったり、性格に変化が現れるかもしれないしな。処置の副作用やリスクは予測できない。
といってルゥ産の
餓鬼の魔核を利用するという手もあるな。一度造ってみて成長させる。成長が止まった時点で、魔核を削って性格や記憶に損失がないか観察する。あるっちゃあるが、これは越えちゃいけないラインのような気がするんだよなぁ、倫理的に。いくら餓鬼が限りなく原始的な生物だからといって、だ。
マンデイの魔核がかなり損傷したにも関わらず記憶や性格に変化がないところをみると魔核を弄っても問題がないのかもしれないのだが、マンデイとハクの違い、運動障害の原因が魔核の損傷にあったとするなら、似たような事態が発生してもおかしくない。
どうするか。いや、まてよ。マンデイの体はすでに創造する力の範囲外にある。彼女はもう生物に近いんだ。なら皮膚の一部から
よし、やってみよう。
「マンデイ」
(ちょっとまってて)
え?
なによ。
なんか一生懸命に本を読んでる。いつもなら呼びかけたら本を置いて俺の話を聞いてくれるのだが……。
反抗期?
(いいよ。なに)
「皮膚の一部をくれないか?
(どうぞ)
と、また読書をはじめるマンデイ。反抗期か? 反抗期なのか?
「痛いけどいい?」
(いいよ)
こっちを見てすらくれない。俺は悲しいよ。すっごく悲しいよ。
「足とかからもらってもいい?」
(どうでもいい。ちょっと静かにしてて)
あっ、確定した。これは反抗期だ。もう僕は必要ないんだね? 君は成長してしまったんだね?
カボチャの馬車、ファウストみたいだね。はははは、そうだな、マンデイ! あれはいど? そうだぞマンデイ、井戸だ! すごいファウスト! そうだろう、マンデイ! いつかマンデイも出来るようになるかな? なるさ!
いかん、幻聴が。
俺は動揺を抑えつつマンデイの足から皮膚の一部を採取する。俺は知っているぞ。こういう時にオドオドしたら威厳が損なわれるんだ。こういう時こそ優しい紳士でいるべき。
「なぁマンデイよ、痛くなかったかい?」
(痛くなかったから静かにしてて)
はい、静かにしてます。
創造する力って心の傷には無力なんだよな。
娘が巣立つ心の寂しさはどう埋めたものか。
クソッ仕事だ仕事。男ってもんはな。仕事で苦悩を呑み込んで! 背中で語るんだ! なぁそうだろ?
よし、スイッチ切り替え終了。
マンデイの皮膚は、俺が造った頃にはなかった特徴があった。水気を含んでいたのだ。そして保護液に浸したら、緑色の液体が広がってくる。これは光合成の元になってた葉緑素的なものか? マンデイの体が内側から変化しているのは間違いないな。こんなの造った記憶がない。
採取した皮膚を使っ培養実験を試みるが、うまくいかない。なぜだろう。
まぁ、考えてもわからんことを考えてもしょうがない、と、
一応は成功した。が、魔力を流してみると、成長はすぐに止まった。
コレはアレだな。たぶん成長限界が訪れた物質に現れる兆候だ。
ハクでも試してみるか? だが無駄に傷つけたくない。
やはりルゥの細胞を使うしかないか。俺の細胞を使う手もある。ルゥのよりは扱いやすいだろう。なんたって弱い個体だし。いや、魔核を削りだす方が安全か? どっちにしよう。かくなる上は餓鬼で実験するか? 安全性を確保するなら、それしかなさそうだが、ダークサイドに落ちそう。一度やってしまったら歯止めが効かなくなるような気が……。
(ファウスト!)
「どうしたマンデイ」
(メイスが欲しい)
「なにが欲しいって?」
(メイス! 柄は細くて漆黒。頭部は騎士の鎧のような白銀で、その形はまるで竜のウロコのよう)
「えぇっと、メイスな、メイスが欲しいんだな?」
(そう!)
マンデイからおねだりしてくるのって珍しいな。なんか瞳がすっごいキラキラしてる。初めて見たな、こんなマンデイ。
「別にいいけどメイスってなに?」
(殴打武器。あとブーツも欲しい。漆黒のレザーでできたやつを。灰色のパンツと純白のコート、あとグローブも。ブーツとおなじ素材。漆黒)
この子はなにを言ってるんだろう。まぁ造るけどさ。
「ちょっと時間がかかってもいいか?」
(いいよ!)
なんだ、なにがおきてる。
「と、いうことがありまして……」
「そんなの私に訊かれてもわからないよぉ」
「ちょっと声が大きいですよマクレリアさん。マンデイに聞こえます」
「わかったゴメン。たぶん本の影響じゃないかなぁ。それしか考えられないよぉ」
「ですよね? ずっとおなじ本を読んでるんですよ、あの子」
「なにを読んでるのぉ?」
「マンデイにバレないくらい速く表紙を見てきてくれませんか?」
「本人に尋ねればいいじゃん」
「いや、ちょっとまって。マクレーー」
マクレリアは俺の静止を振り切りマンデイの元へ。
「ねぇ、マンデイちゃん。なぁに読んでるのっ! あぁそれかぁ。なるほどねぇ。レイブンでしょ? そうそうレイブン・ガウニチ・ブロンズスター。そんな名前だったねぇ。格好良いもんね。私も大好きだよぉ。うんうん。ありがとう。読書の邪魔してごめんねぇ」
パタパタパタパタパタ。
マクレリアが帰ってくる。
「あれね。アシュリー・ガルム・フェルトの使用人について書いた本だよぉ」
「使用人?」
「レイブン・ガウニチ・ブロンズスター。戦う使用人。空想上の人物だねぇ。ルゥの小説の登場人物。ちなみに処女作だよぉ」
なん、だ、と。
おませなマンデイが小説のなかの登場人物に憧れて、あんなに瞳を輝かせてるのか?
なんて……。
なんて…………。
なんて可愛いんだ!!!
「マクレリアさん。そのレイブンなる人物が空想上の人物だということをマンデイは知っているんですか?」
「さぁ、どうだろう」
「いいですか、一度しか言わないから耳の穴かっぽじいてよく聞いてください」
「なになにぃ」
「レイブンが架空の人物だとマンデイに漏らしたらマクレリアさんのその羽を千切って佃煮にしてご飯のおかずにします。いいですか?」
「つ、つくだに?」
「虫料理です」
「なにそれ怖い! なんかわかんないけどわかったよ。絶対に言わない」
「架空の人物だと理解しているのなら、それはそれでいいんです。ですがそうでなかったら……」
マンデイの夢は、俺が守る!
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