第38話 可哀想 ナ 悪魔
たぶん欠損した腕は、俺の能力で再生できる。
マンデイのケースがあるから視力もどうにかなりそうだ。下半身が動かないのはどうだろう。原因さえわかればなんとでもなる気がする。まぁこの辺は峠を越えてからだな。
とりあえずは体を清潔にしよう。
臭いがひどいというのもあるけど、それ以上に、こんな不潔な状態のまま置いておけない。
「マンデイ。治療できる傷を塞げ。俺は体を綺麗にする」
(わかった)
しかしひどいな。どんな攻撃うけたらこんなことになるんだ?
俺は部屋に戻って布を変形、病衣を造る。本当は汚れが目立つように白い方がいいんだろうけど、そんなことも言ってられない。(通気性の向上)(非生命の有機物の分解)(吸水性)(消臭効果)の特徴を付与する。ついでにオムツも造っておく。せっかく清潔化してもまた汚れられたら困る。
久しぶりに自分のみの魔力で創造した。そういえばこんな風だったな。酔ったような感じ。やっぱ発電機って偉大だよ。
体の汚れを分解した上で、湿らせた布で体を拭いてあげて着替えさせる。なんだ、女性だったのか。髪が雑な感じで短く切られてたから男の子かと思ってた。
なんか体が熱いな。これは悪魔の特徴だろうか。
「どうだマンデイ」
(誰かが一度、治ゆ魔法をかけてる。あまり意味がない)
「そうか。体が熱いんだが、悪魔はみんな熱いのか?」
(人と変わらないか、少し低い)
「じゃあ発熱してるんだな」
(なにかに感染してる。いまも体が死めつしていっている)
「わかった。たぶんそれは俺がなんとか出来ると思う。ルゥ、俺が戻るまでこの悪魔の命を繋いでくれ。マンデイはルゥの補助を」
(うん)
ルゥが首肯するのを確認して、簡易のシャーレと保護液、針を創造。血液を少し拝借する。俺はそれを農園にもっていき、
発電機って最高だ。これだけの作業をして魔力が枯渇しないのは便利すぎる。
作業終了。
念のため実験してみようと準備をしていた時、マクレリアが飛び込んできた。
「ファウスト君、どうしよう」
間に合わなかったか。
「なんです!?」
「マグちゃんが蛹になりそう」
いま!? なんてタイミングが悪いんだ。チクショー管理者め。問題ばっかもってきやがって。
「まてませんか?」
「無理だよぉ」
マクレリアが泣きそうになりながらブンブン飛んでる。かなりテンパってるようだ。
なんか混乱している人を見ていると落ち着いてくる謎現象ってのがある。いまの俺がまさにそれだ。マクレリアの混乱のお蔭で冷静になっていく。今度取り乱したマクレリアの真似して、からかってさしあげよう。
「マクレリアさんはマグちゃんについてあげてください。悪魔は俺たちでなんとかします」
「わかった。行ってくる」
と、マクレリアが消える。いいなぁ。あれだけ速く飛べたらさぞ気持ちがいいだろう。
いかん、作業に戻らなくては。
やっぱりルゥの細胞は優秀だった。
ちゃんと指示通りに悪魔の細胞以外を攻撃しているようだ。採取したての頃は弱っていた悪魔の血液が、元気になっている。しかも分裂速度が早い。発電機とルゥ産の
家に戻ってみると、悪魔の容態は少し落ち着いているようだった。
「どうだマンデイ」
(ルゥは凄い)
そんなのわかりきってることだ。
とりあえず薬を……。
あっ、どうしよう。あ。俺、注射なんて出来ないぞ。注射器造っても使えなくちゃしょうがない。
俺ってどっか抜けてんな。管理者のこと批判できない。仕方なく腕の一部をさっき創造した針で切って疑似細胞を埋め込んだ。
ごめんな悪魔。痛いよな。
そこまでした後で気がついた。悪魔の体内と外界に通路を繋げてもらったらよかったのでは? ルゥなら簡単に出来たのでは?
うん、やっぱ俺抜けてんな。てかルゥ、喋れや。てめーが喋らないせいでこういう時、コミュニケーションとりにくいだろ。いま通訳もいないんだぞ。
「ルゥさん、他になにか出来ることはありますか?」
ルゥは静かに首を振る。後はこの悪魔の生命力に賭けるしかないか。
「手伝えることがあったら呼んでください」
首肯。
やれることはやった。体力が戻ったら腕と視力と下半身をどうにかしよう。
とりあえず一段落したようなので、フューリーのところへ。
ドロドロに汚れた体を綺麗にしてあげた後、尋ねてみた。
「どういう経緯ですか?」
(うむ。あのまま殺しておくのは不憫でのう。実はな……)
と、フューリーがことの経緯を話しはじめた。
彼が明暗の代表者の元を訪れた時、戦況は最悪だった。
悪魔と戦争していた天使たちだか、そもそも彼らは彼らでは内戦をしていたらしい。先の時代の代表者・聖者ワトを信奉する革新派と、新しい代表者・天使エステルを支持する保守派が争う図式だ。
革新派は友和路線。今回の侵略者に対し他種族と協力して立ち向かおうという思想をもっている。ちなみに革新派の旗手である聖者ワトは、危険思想の
一方の、保守派は天使至上主義。他種族は天使に尽くすために生まれていると固く信じている。今代の代表者・天使エステルは、保守派の大将として、そして一人の戦士としてこの軍と行動を共にしているそうだ。
天使同士の戦いは泥仕合になることが多い。付与術、治癒術に優れた彼らは、形勢が不利になると退避、回復してまた戦線に復帰する、という流れを繰り返す。決着はどちらかの心が折れるか、戦闘が維持できなくなるまで続くのだ。
そもそも今回のいがみ合いも、何百年という単位で続いている。侵略者の登場によって、燻っていた火種が再燃しただけだ。
そんな情勢のなか、突然悪魔が攻めてきた。
革新派は守りを固めるという戦略をとった。
天使の守りは固い。城なり拠点で、延々と回復しながら戦い続けるのだ。天使の拠点には常に兵糧攻めに備えて備蓄をしているらしく、長期戦に持ち込んでも効果は薄い。長い戦闘で相手の軍は疲弊し、攻めの継続が不可能になるのだが、長く敵対してきた悪魔は、その戦略を熟知している。だから守りを固めた天使たちと正面からぶつかるなんて愚行はしない。睨み合って、孤立した天使を狩る、それが対天使の常套手段だ。
しかし保守派は別の戦法をとった。彼らには他種族より優れているという
天使の戦闘の主軸は前線ではない。後衛だ。
回復と付与、それを間断なく繰り返すことで戦況を安定させていく。だから天使と争う場合、極端な話、前線は無視していてもいいのだ。後衛、拠点さえ崩してしまえば天使の戦力は半減する。
争う相手がなんの知識もない種族だったら問題はなかった。戦闘を引き伸ばしさえすればよかったのだから。そうすれば敵は疲弊していくのだ。だが、今回の相手は長年争ってきた悪魔だった。
悪魔はタイミングを見計らい、一点に集中して前線を突破、潜伏していた遊軍で囲み保守派の軍を分裂させることに成功した。そのまま押し切れると踏んだ悪魔は攻撃の手を緩めない。戦況は最悪だった。
フューリーが到着したのはこの頃だ。彼は戦場を駆けまわり、孤立した天使軍を支援して回る。悪魔はフューリーを攻撃目標にする。が、当らない。当たったとしても倒れない。その隙に一部の天使が回復する。一気に戦況は安定化した。
さすがイケメンだ。登場するタイミングもやってることも勇者感しかない。しかもこれを一頭でやってるんだからな。絶対に真似できない。
(あれはどの天使より優れておるのう)
「でも戦況をひっくり返したのはフューリーさんなんでしょ?」
(その後だ)
形勢が均等に戻ると、代表者・エステルが能力らしきものを使った。
発動までにそれなりに時間がかかるものの、彼女の能力は凄まじい。保守派のすべての兵士の傷が治った上、能力の付与がかかり、極めつけはなんと死者まで復活したのだ。死者の蘇生はルゥですら出来ない。さすがチート能力といったところか。
戦況は完全に逆転した。
保守派は次々と悪魔を
フューリーは頃合いをみて、休戦するようエステルに迫った。侵略者の脅威に立ち向かわなくてはならない現在、無益な戦闘で種の力を喪失するのはよろしくない。だが。
(あれは言った。ゴミを掃除してなにがいけないの、と)
それを聞いた勇者フューリーは単騎で悪魔軍に攻め込み、侵略者に感化された悪魔の首をとった。そして保守派、悪魔たちに向かって宣言した。
戦争は終わった。まだ争いたい者があれば名乗りでろ。
と。
カッコ良すぎて鼻血が出そうだ。主人公すぎる。
そうして戦闘は終了した。
「あれ? あの悪魔が出てきてませんね。戦争で負傷したのですか?」
(違う、あやつはな……)
あるところに、一体の悪魔がいた。
裕福な家庭で育った教養のある、穏やかな悪魔だった。
ずっとこのままの静かで平和な日々が続くのだろう、彼女はそう思っていた。だが、そうはならなかった。なんたって人生の筋書きを書いたのはクソ野郎なのだ。
ある日、侵略者に感化された若者が広場で叫んだ。どうして俺たちは天使どもにいいようにやられてるんだ、と。友和を受け入れるということは敗北するということだ、と。
最初は愚者の
なぜか稚拙なスピーチが至言であるかのように響きはじめたのだ。裕福な者、冷静な者はまだよかった。だが、生活に余裕のない者、熱しやすい者は広場で行われる愚者の演説に心奪われた。天使との戦争に勝利すれば明るい未来がまっているかもしれない、と考えるようになったのだ。
穏やかで教養のある悪魔。この悪魔の父親もまた人格者だった。荒れる若者たちを見て居た堪れなくなった彼は行動をおこす。天使と戦争になれば多くのものを失う、いまより裕福な生活なんてとても望めない、と広場でスピーチしていた若者に指摘したのだ。
彼を囲んでいたのは貧しい者、不満を抱えた者たちである。そんななか、しっかりと仕立てられた高級な服を着た理知的な悪魔は、群衆の瞳にはなにか邪悪なもの、負の権化のように映った。
誰かが彼を殴った。誰かが唾を吐いた。誰かが踏みつけて、誰かが石を投げた。暴力が暴力を呼び、群衆が冷静さを取り戻す頃には、彼は息絶えていた。
罪を犯してした後ろめたさが群衆の繋がりをより強固にする。自らの行いを正当化し、擁護し、罪と責任を富や天使に転嫁させた。この出来事から、思想はさらに過激になっていった。
それを知った娘は、なんとか戦争を阻止しようと天使サイドに事の顛末を伝えに行った。悪魔の熱は不可逆的だと判断したのだ。
聖者ワトか天使エステルか。どちらを選ぶかで彼女の運命は大きく変わったはずだ。
彼女が選んだのは天使エステルだった。なんたって今代の代表者なのだ。こんな種族間の争いより世界のために行動してくれるだろうと期待していた。だがそうはならなかった。
優しい悪魔は天使至上主義者による手酷い虐待の対象になった。長く美しかった髪は切られ、千切られ、毒を飲まされ、殴られ、様々な責め苦を受けた。挙げ句の果てに、散々痛めつけられた後、彼女は戦場の真ん中で盾にされた。そのせいで、どこでどの傷を受けたかわからなくなるほど、体は損傷してしまったのである。
だが彼女の悲劇は終わらない。
戦争が終わった後だ。
保守派は勿論、彼女を治療しようとはしない。保守派に肩入れしたという理由で革新派も治療を拒否。裏切り者の手助けはしないと悪魔側も拒否。彼女は死を待つだけだった。
一人の老いた悪魔がフューリーの足元にひざまずいて泣きはじめた。どうかこの子を助けてください、野花のように優しい子なんです、と。
老いた悪魔から情報を聞きだしたフューリーは天使を脅し、瀕死の悪魔に最低限の治療をさせた。
そして誰がこの可哀想な悪魔を救えるかと考えた時、俺の顔が浮かんだ。
フューリーは悪魔を自分の背中に
と、いうわけだ。
「フューリーさん」
(なんだ)
「僕、侵略者を討伐したらエステルを殺します」
(やめておけ、知の。おぬしが手を汚すことはない)
「ですが」
(感情のままに力を振るえば、おぬしもあれと同類になろう。気高くあれ、知の)
「はい……」
あぁ、ムカムカする。
天使エステル。なんて性格がねじ曲がった奴なんだ。
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