第30話 夜 ノ 訪問者

 小さな手にペチペチと頬を叩かれている。


 夢か現実かよくわからない。


 徐々に力が強くなっていっているようだ。


 痛い。痛いってば。


 (止めろマンデイ)

 (マンデイじゃない。起きて)


 目を開くとマクレリアが俺の顔のすぐそばを飛行しながら、頬をビンタしている。


 ペチン、ペチン。


 「マクレリアさん。なんかよくわからないですが、止めてもらっていいですか」


 ペチン。


 「やっと起きたよぉ。もぉ、大変だったんだからぁ」


 おい、最後の一発は絶対に意味ないよね?


 俺の隣にはマンデイが立っている。その隣には無表情のヨキ。


 「どうしたんですか?」

 「緊急事態なの。マンデイちゃんとヨキ君を連れて書庫に隠れててぇ」

 「緊急事態じゃわかりません。ちゃんと説明してください」

 「あのね……」


 先程、異常な索敵範囲を有するルゥのセンサーになにかが引っ掛った。


 その生物は一度の跳躍で壁を飛び越え、非常識な速度でこちらに向かっているとのこと。ルゥは、その謎の生物がマクレリアと同等かそれ以上の実力がある可能性を示唆しているらしい。


 「侵略者ですか?」

 「それはわからないねぇ」

 「二人で対処できるレベルですか?」

 「どうだろうねぇ。ルゥはいま主様とコンタクトをとりに行ってる。もし敵なら、不干渉地帯のすべての生物とルゥ、私を相手にすることになる」

 「同情しますね」

 「早く隠れてて。君はまだ死んじゃいけないでしょ」


 隠れる……。隠れる?


 なんだこの感覚は……。


 デジャブだ。また俺のまえで誰かが傷つくのか。また逃げるのか。


 だがルゥが警戒するほどの相手。俺がなにか出来るとは思えない。


 「もしかして、その生物は僕を目標にしてるんですか?」

 「わからない。ただここを目指しているのは確かだねぇ」

 「そうですか」


 俺たちは書庫へと向かう。


 本当にこのままでいいのだろうか。命の恩人のルゥとマクレリアまで失ったらさすがにもう立ち直る自信がない。


 事態が不干渉地帯全体を巻きこむ大規模なものになればここは戦場になる。生まれたばかりのマグちゃんはどうなる。ヨキは、マンデイは。


 侵入者の目的はたぶん俺だ。


 こんな夜中、不干渉地帯というこのうえなく危険な場所に入ってくのには、それ相応の理由がある。例えば幼い勇者を殺すため、とか。


 俺はまた、黙って見てるだけなのか。


 侵入者は誰なんだ。王の刺客かもしれないし、別の勢力かも。


 「ねぇヨキさん」

 「なんだ」

 「例えば絶対に勝てない敵がいるとして」

 「あぁ」

 「その敵と友人が交戦しようとしているとして」

 「あぁ」

 「ヨキさんならどうしますか」

 「俺なら……。俺がお前の立場なら、強者に任せるだろうな。出ていっても足を引っ張るだけだ」

 「ですね」

 「戦況が不利になる」

 「はい」

 

 ヨキの言う通りだ。いまの俺にはなにも出来ることがない。ルゥ、マクレリアの足を引っ張るわけにはいかないんだ。


 だが本当に俺に出来ることはないのか? 


 前世で家族を失望させ、生まれ変わっても家族を崩壊させ、今度は俺を保護してくれてる善良な人たちに戦わせようとしている。俺はただ見ているだけ。


 俺はまた自分に失望するのか?


 (なぁマンデイ)

 (なに)

 (俺はマクレリアの力になりたい)

 (うん)

 (もしかしたら怪我をするかもしれない)

 (うん)

 (だが約束する。必ず帰ってくると)

 (マンデイも行く)

 (お前を背負いながらじゃ戦えない)

 (ダメ)

 (俺を信じろマンデイ。いままで生き延びたんだ。必ず帰ってくる)

 (……)

 (このまま隠れているなんて出来ないんだ。侵入者の目的はおそらく俺だろう。なにもしないなんて嫌なんだ。もう誰かに迷惑をかけるのはうんざりなんだよ。必ず帰ってくる。絶対に)

 (約束)

 (約束する。俺はマンデイを裏切らない)

 (うん)


 やるんだ。もう後悔しない。


 「おい。どこへ行く」

 「すべきことをしに」

 「助力はいるか?」

 「いまのところは」

 「そうか……」


 上へ戻ると、マクレリアさんはいつも通りの緩い感じで飛んでいた。


 「進展はありましたか?」

 「微妙だねぇ。主様がはっきりしないんだ。たぶんなにかを忘れてて、それを思い出そうとしているんじゃないかなぁ」

 「侵入者の移動速度は落ちてませんか?」

 「こっちに向かってる」

 「ひとつ、試してみたいことがあるんです」

 「なぁに?」

 「侵入者の目的をはっきりさせようと思います。いまから俺が単身でカプセルに飛びます。侵入者が進路を変えれば、なんらかの方法で俺の位置を把握、追跡していることになりますね。デルアと似たような、あるいは同じ手段で。もし目標が俺じゃなかった場合、俺はマンデイとヨキを連れてカプセル付近に避難します。そうすればルゥとマクレリアさんは気兼ねなく戦える。そして目標が俺だった場合、正確な情報が入るまでの時間稼ぎをします」

 「なるほどねぇ」

 「カプセルと侵入者との位置関係を教えてください」

 「いまからカプセルに飛んでも少しの間は安全だねぇ。ただ侵入者の速度が変わらないと仮定した場合の話だけどねぇ」

 「ありがとうございます」

 「うんっ」

 「僕は向こうに行って戻ってきます。侵入者の進路に変化があったら教えてください」


 俺はカプセルまで飛んで、発電機を作動。すぐに家に戻る。


 「どうでした?」

 「急に進路を変えた。君を目指しているねぇ」


 どうやって俺の場所を感知しているのかはわからないが、やはり目的は俺であることは間違いなさそうだ。侵略者か王の刺客といったとこかな。


 「なるほど」

 「それがわかっただけでも充分だよ。隠れててぇ」

 「嫌です」

 「はい?」

 「俺はもう逃げません。そしてマクレリアさんの足手まといにもなりません」

 「なにをするつもり?」

 「足止めです」


 俺はカプセルに飛び、侵入者を迎撃する準備をはじめた。




 「ねぇ、本当にするのぉ?」

 「やります」

 「まだ敵かどうかもわからないんだよぉ?」

 「だからそれを確かめます。もし敵だったら│落とし《・・・》てやる」

 「わかった、やろう。ルゥと主様の許可も貰った」

 「最終確認です。もし味方だったら術は空中で発動させて破棄する。もし敵だったら落とす。術の発動と共に俺たちは家まで避難し、すぐさま通路を塞ぎましょう」

 「わかってる」

 「それじゃあ」


 俺はファウスト・アスナ・レイブ。最も美しい魔法を扱う魔法使いアスナ・ビズ・レイブの息子だ。


 なんの目的かしらんが、俺に危害を加えるつもりなら覚悟しろよ。俺の魔法は甘くないぞ。


 俺はもう、後悔する道は選ばない。


 カプセルのフタを開ける。溜まった魔力を空中に放出させて風の魔法に変化。造るのは風の刃。それを用いて周囲の木々を切っていく。出来るだけ鋭角に。


 視界と打撃ソースの確保は完了。


 続けて右手で風の属性を付与、左手で電気の属性を付与。渦巻き状にして、混ぜながら空へと持ち上げる。


 美しく。もっと美しく。


 ドリルが固い素材を削るような音を立てながら魔法は凝縮していく。


 美しく。強く。


 徐々に音が高くなる。


 もっとだ。もっと緊密に。もっと美しく。もっとだ。


 電気を含んだ魔法の球体は、月のように明るい。


 「ファウスト君。来るよっ」


 かかってこい。


 木々の間から姿を現したのは狼だった。体格は赤い熊か、それ以上。毛の色は銀色。俺の魔法の光を浴びて、キラキラと輝いている。


 綺麗な狼だ。


 と、俺の隣に魔術の通路が繋がり、そこからルゥが現れた。


 役者は揃ったな。


 (とんだ歓迎だのう。知の)


 頭のなかで声が響く。声の主は狼だろう。男とも女とも、幼子とも老人ともとれるような声だ。機械的な印象。管理者の声に似ているか。


 マンデイとのコミュニケーションとは根本的に違うような気がする。マンデイといつもしている会話が映像的だとすると、この狼が使っているのはもっと音声的な手段だ。


 (よそ様の土地に無断で侵入してきたんだ。それなりの覚悟はしろよ)

 (無断、だと?)

 (?)

 (我はフューリー。獣の世界の代表者だ)

 (証明できるか)

 (この状況で退避せずに対話をしていることが証明にならぬかのう、知の。希代の魔術師ル・マウ、厄災最後の生き残りマクレリア・バルグ・トレンチン。そして知の代表者であるお主、この三人を相手にして無事でいられると考えるほど我は楽観的ではない)


 チラとルゥを見る。


 「ファウスト君。魔法を破棄して。敵じゃなさそう」


 たしかに敵ではなさそうな感じはする。ルゥが何者かを知っていて戦おうとする奴なんていないだろうし。




 迎撃態勢を解除、なぜこのような事態になったのかをフューリーから教えてもらった。


 (亀仙より警告はされていたが、これほどとはのう)

 「マクレリアさんから話は聞いてましたがこれほどとは思っていませんでした」

 「しょうがないよぉ。主様はおバカちゃんなんだから」


 獣の世界由来の生物のなかにも、ルゥのようなとんでも生物がいるそうである。


 名を亀仙きせんという。ルゥ並みの長寿であり、特殊魔法の『時』を操る亀仙は、獣の世界由来の生物のなかでも群を抜いたポテンシャルをもっており、発言力、影響力、共に絶大。獣の世界の指導者のような立場なのだ。その亀仙が今回、俺とフューリーが接触するにあたり、事前に主様とアポをとっていたそうなのだが、主様、それをすっかり忘れててしまった。結果、今回のような騒動に発展した、とこういうわけである。


 亀仙が主様に伝えたことは二つ。


 一つは不干渉地帯が俺のバックアップをする、ということ。これはちゃんとルゥに伝わり、俺まで降りてきた。


 二つ目がフューリーの訪問。気の毒なほどバカな主様は、一つ目の用事を済ませてしまうと、二つ目はすっかり忘却。


 本当に気の毒な鳥である。


 フューリーの身のこなしは洗練されていて美しい。見上げるほどの巨体にも関わらず足音はほとんどせず、羽毛のように軽い印象を受ける。


 いかにも勇者といった感じの動きだ。


 とりあえず家に戻ってマンデイとヨキ、マグちゃんを紹介した。


 (知の、本当におぬしが造ったのか?)

 「えぇ、まぁそうですね」

 (とても戦力になるとは思えんが面白い能力ではあるな)

 「マンデイはまだ完成していません。今後戦力になるかもしれませんよ?」

 (そうなるとよいのう)

 「僕の能力は造ることに特化しています。いまはまだ戦闘能力は低いですが時間をかければお力になれるはずです」

 (期待しておる)

 「で、今回の訪問の目的はなんなのです? 顔見せですか?」

 (おお、本題を忘れるところであった)


 その後、軽い調子で語られたフューリーの話は実に衝撃的な内容だった。


 なんとフューリー、すでに侵略者と一戦交えていたのである。


 侵略者はゆっくりと移動しながら出会った生物を無差別に殺しているらしいのだが、徐々にフューリーの住む虞理山ぐりさんに接近してきていた。いま仕留めれば任務が終わると考えたフューリーは侵略者を不意打ちをすることに。


 (奴は人に近い形、卑小な容姿であった)


 フューリーの牙は侵略者の喉元に食い込み、千切った。不意打ちは驚くほど簡単に成功してしまった。フューリーは留めとして、鋭くとがった爪で侵略者の心臓部を切り裂いた。


 (確かな手ごたえがあったのだがのう)


 だが侵略者の体はすぐに再生。何事もなかったかのように立ち上がり、また襲い掛かってくる。


 丸一日、戦闘は続いた。侵略者は何度殺されても復活し、執拗にフューリーに攻撃してきた。攻撃手段は棒による打撃。


 フューリーは相手の攻撃をかわしつつ、何度も殺し続けた。何度も何度も。だがその度に体が再生する。細切れにしても、突き落としても、焼いても結果は変わらない。


 逃げれば追ってきて、有効打も再生で対処される。そのうちに侵略者の取り巻きが集まってきて、フューリーは敗北した。


 (神から授かった恩恵によりなんとか逃げ延びたが、それがなければ間違いなく死んでおったのう)

 「かなり面倒な相手みたいですね」


 それでフューリーは他の代表者と接触して自身の経験を伝え、警告することに。


 (あれとは戦うな)

 「ですがーー」

 (機は熟す)

 「いまのままでは勝てない、と」

 (いまは誰も勝てないのう。水も虫も魂も我も明暗も、そして知の、おぬしもだ)


 そうだな。とても勝てそうな相手じゃない。


 いつか俺もそいつと戦わなくちゃいけないのか。


 不死身系か。嫌だなぁ。


 はぁ。


 聞かなきゃよかった。

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