第31話 犬派

 フューリーはしばらく滞在することになった。


 次の目的地に危険を伴う可能性があり、準備をする必要があるらしい。


 どんなことをするのかを尋ねてみたが教えてもらえなかった。(我の能力に関わること)だそうだ。


 フューリーはなかなか気持ちの良い奴だ。前世の記憶があることも原因かもしれないが、ラピット・フライに対しての偏見もないし、ヨキやマンデイとも普通にコミュニケーションをとっている。


 彼がいると、なんかこう、空気がいい感じになるのだ。みんなリラックスしているようだ。


 (まえの世界では群の長であったからのう)


 なんか出来る上司みたいな感じ。


 狼の美醜の判断基準はよくわからないが、接しているとイケメンに見えてくる。毛並みは美しいし動きも洗練されて美しい。狼界のモテ男だったりするんじゃないだろうか。


 コミュニケーション手段は念話。俺とマンデイの導線による会話を洗練させたもの、みたいな印象。俺も使えるかと思ったのだか、これはフューリーの種族的な能力らしく、習得できなかった。


 「とりあえず今日は寝ましょうか。眠たくてしょうがないので」

 (すまんかったのう。遅うに来てしもうて)

 「まったく問題ないです。騒ぎになったのだってフューリーさんのせいじゃないですし」

 (そう言っててもらえると助かるぞ。知の)


 さぁ寝よ寝よ、と家に入ろうとした時に気づいた。俺やマンデイ、ヨキには個別の部屋があるがフューリーの部屋がない。といって誰かの部屋に入るには彼は大きすぎる。


 「部屋、生成してもらいましょうか?」

 (構わん)


 と、フューリーはそのままゴロンと横になった。


 やっぱり格好いいな。ただ休んでいるだけなのに絵になる。勇者って感じだわ。うん、イケメン。こんな危険な場所でも普通に外で眠れるって羨ましい。


 なんにせよ明日だな。眠くてかなわん。


 緊張から解放されたからか、夜は夢を見る余裕もないほどぐっすりと眠った。


 目が覚めてから日課のマンデイの魔力の補給に向かう。フューリーは朝早く出かけたらしい。


 なにしてんだろ。強い奴はいいよなぁ、自由に行動できて。あいつ足が速いし、走るだけで爽快感ヤバそう。そのうち背中に乗せてくれないかな。一回でいいからやってみたい。狼の背中に乗るやつ。


 昨日、周囲の木々を切り落としていたおかげで視界がいい。敵が近づいてもすぐに気がつくだろう。少し安全性が向上したかな。


 マンデイの補給をしている間、ヨキの剣を造ることに。大見得きってしまったから造らないわけにはいかないんだけど、アイデアが浮かばない。実体がない人が振れる剣、か。難しい。


 霊刀みたいなやつかな。そもそも剣ってなんだ? 斬れれば剣なのか? ヨキの体と合わせて造ったらたぶん実体のないものになる。それじゃ普通の物質に干渉できない。斬る斬らない以前の問題だ。ただ振っていても、それは剣とは呼べないだろう。呼べるのか? 剣士の気持ちなんて女心とおなじくらいわからん。


 いっそヨキの体を造ってしまうか。


 迷う。


 体を造ってしまったらレイスの生態上不利になる。レイスは生きた生物から魔力を吸い取って生活しているのだ。実体のある体と剣を造る、その状態で狩りをしたら、ヨキは普通の生き物とおなじように戦う羽目になるわけだ。しかしそれだと相手を拘束なり無力化したうえで魔力を吸収しなくてはならない。野生のレイスより数段ハードモードだ。


 体を造るということは物理無効のレイスの利点を殺すこと。


 ジレンマだ。


 ヨキがこれから俺と一緒に行動するかなんてわからない。途中で俺が死ぬ可能性だってある。ヨキが一人になっても生きていけるようにしてあげたい。


 難題だなコレ。


 ヨキの希望も訊いとくか。


 「ヨキさん」

 「なんだ」

 「剣について考えてました。いまのところアイデアはありませんが漠然とした方向性ならあります」

 「言ってみろ」

 「一つは実体のない剣を造るというものですが、これは斬れません。概念としての剣、といったところですかね」

 「もう一つはなんだ」

 「ヨキさんの体を造るという手段です。実態があるから斬れるようにはなるけど問題がある」

 「問題?」

 「レイスは本来、物理無効の体で強引に距離を詰めて相手の魔力を吸い取るという方法で狩りをしています。ですがヨキさんが体を獲得したら相手の攻撃を受けてしまう。なのでヨキさんは相手を無力化した上で魔力を吸収しなくてはなりません。おそらくそれは普通に狩りをするよりよっぽど難しい」

 「それで剣が振れるなら、そうしてくれ」

 「狩りをする上では不利になりますが」

 「それでいい」

 「じゃあその方向で考えてみます」


 本人の意思は尊重したいし、体を造る方向でやってみるか。


 幽霊って言ったら鎧みたいなイメージあるな。あとは……。


 人体模型……。


 ダメだなこれは却下だ。あっ、それこそロボット的なのでもいいかな。人間サイズの。ヨキの魔力に反応するような素材を造って培養、増殖してあげて……。


 時間をかければ不可能じゃないか。


 魔力を吸収する以外のエネルギー源も欲しいな。狩りが出来ない状況でも生きていけるように。無難なのは光合成か。マンデイもやってるし。


 いっそ飯が食えるようにしたらどうだ? そしたら俺と別れた後も街とかで暮らせるよな?


 うーん。


 そうするといまのヨキの見た目に近い体を造るのがベストだよな。誰が見ても違和感がないくらい完璧な体が欲しい。


 生物に近い体を造るとして、過程はどうするか。中途半端に体を造ってしまっても生命維持が出来なくて細胞が死滅する。


 臓器ごとに創造しておいて保護液みたいなのに浸しておいて保管、一気に組み立てみるか。狂科学者みたいで印象良くないけど、しょうがない。ルゥも喜びそうな案件だし協力してくれるかもしれないな。


 本当に可能なんだろうか。出来たとしても気は進まないな。なんか、倫理的に。グロそうだし……。


 でもなー。他に方法あるか? やっぱ鎧的なのにしようか。いや、鎧で日常生活が送れるとは思えない。そもそも実体のあるものを動かすのにかかるコストってどれくらいなんだろう。ちょっと歩いただけでカツカツになる程度だったらまったく実用性ないし。


 ヨキがちゃんと幸せな生活を送れる体を造りたい。わがまま言ってる場合じゃないのはわかってる。だが一から体を造るのはなー。


 でもなー。うーん。


 「おい」

 「ん? なんです?」

 「散歩に行こう」

 「はい?」

 「散歩に行こうと言っている」

 「意味がわからないのですが。暇つぶしですか?」

 「急に散歩がしたくなったんだ」

 「危ないからダメです。この森の生物は危険なんですよ?」

 「頼む。散歩がしたいんだ」


 なに言ってんのこの人。意味がわからん。なんで急に散歩したくなるんだ。


 「カプセルが視界に入る場所しか行けませんよ?」

 「すぐそこだ。そこでいい」


 ヨキが指さす。随分ピンポイントだな。


 考えが停滞してたとこだし、まぁいいか。


 「わかりました。行きましょうか」


 突然のヨキの散歩発作に付き合わされ、テクテクと歩き出した。


 今日は良く晴れてて気持ちがいいなぁ。こういうゆっくりしたのも悪くないかも。


 「そういえばヨキさんってなんで死んじゃったんですか?」

 「くだらん覇権争いに巻き込まれたんだ」

 「えっ、ヨキさんって貴族かなにかなんですか?」

 「一族の覇権争いだ」


 俺の質問に答えてくれはするのだが、心ここにあらずといった様子。なんかずっとキョロキョロしてる。


 「なにを探してるんですか?」

 「なにも」


 嘘つけ! いやなにその嘘。なんか探してるよね? キョロキョロしてるじゃん。


 わからん。なんか怖くなってきた。


 「そろそろ戻りませんか? あんまり離れすぎると、なにかあった時に対応できませんし」

 「もう少しだ。もう少し歩こう」


 ヨキの顔は真剣だ。ただでさえ怖いのに、シリアスな感じだと余計に威圧感ある。


 なに考えてるかわかんない人ほど怖いものはない。


 この人はあれか? 不思議ちゃんなのか?


 そのまま歩いていると、なにかの鳴き声が聞こえてきた。か弱い感じの、ちょっと高い声。犬?


 「ヨキさん。これ以上は進めません。なにかいます」

 「大丈夫だ」


 なにを根拠に言ってんだこの人。


 俺の制止を無視してヨキは森のなかに入っていく。そして、


 「なんだこれは!」

 「どうしたんですか?」

 「来てくれファウスト」


 駆け寄ってみると、そこには子犬が。どこかに怪我をしているようで、血を流している。


 「こんなところに子犬がー。おやおや、しかも怪我をしているぞ。大変だ。これは大変だぞー」


 ヨキがびっくりするくらいの棒読みで言う。そしてチラチラこっちを見てくる。


 こいつマジか。


 俺が考え事をしている時に見つけたんだろうな、怪我した犬を。で、散歩のフリをして俺をここまで連れてきた、と。


 すげーわかりやすいな、ヨキ。


 この犬、親とかいないのかな。周囲にはいなさそうだけど。


 どうしたもんか。


 治癒魔法、一応マンデイから教えてもらったけど苦手なんだよな。


 助けるか? でも親とか出てきたら面倒だ。


 どうしよ、悩むわ。


 しかしこのまま放っておくのも寝覚めが悪い、怪我だけでも治してやるか。


 「とりあえずマンデイに診てもらいましょうか」

 「そうだな」


 噛んだりしないよな? たぶんこっちの世界には狂犬病のワクチンなんてないだろうし。気をつけて気をつけて。


 と、抱いてみたのたが、抵抗する気配は一切ない。一応、噛まれないように口は離しておいたのだが、まったく攻撃するような感じじゃない。


 ハイエナ? まえの世界のハイエナに似ているような気がする。毛並みはまっ黒。首を回してこっちを見てくる。丸くてつぶらな瞳で。


 なんだこいつ。すごい大人しい。本当に野生の獣か?


 くーん。くーん。


 俺って犬派じゃないんだけど。なんだ。こいつすげぇ可愛いのな。一瞬でチャームされてしまった。


 フューリーといいこいつといい、最近なんか犬に縁がある。


 ところで……。


 「ヨキさんって犬派なんですか?」

 「なんの話だ」


 絶対犬派だ! この人、犬派だ!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る