第29話 規格外 ノ 殺気
「あはははは。ダメだダメだ。笑いが止まんない。この子天然だ。あはははははは。あぁ、息が、息が出来ないよぉ」
爆笑しすぎて、ルビーの複眼から涙出てる。虫も涙を流すんだな。
ヨキは顔真っ赤。レイスも恥ずかしいと赤面するんだな。
「貴様が紛らわしい言い方をするからだろう!」
「ねぇ聞いた? ファウスト君。紛らわしいって! あははははははは」
「叩き切ってやる!」
と、ヨキは背中に手を回す。だがそこに大剣はない。くわっと目を見開いた後、少し悲しそうな顔をする。
ヨキでも振れる剣、早く造ってあげよう。
「ごめんごめん。言いすぎたよぉ」
「もういい。それで、どういう意味だ」
「マグちゃんはね。ファウスト君が生んだんだよ」
「なに?」
「口から卵を吐き出してね」
止めろヨキ。そんな目で見るな。俺も驚いたんだ。
「ちなみにマンデイちゃんもファウスト君が生み出したんだよ! 魔核に体を造ってね」
「魔核から生物を造ったのか?」
「そうだよぉ」
「そんなの聞いたことないぞ」
「私たちも初めて聞いたんだよぉ」
「そうか……」
だからヨキ。そんな目で俺を見るな。悲しくなるから止めろ。
「ファウスト君ってすごい人なんだからね」
「みたいだな」
「あっ、そろそろルゥが上がってくるからまっててねぇ」
「ルゥ?」
ヨキの頭の上にいくつものハテナマークが飛んでいる。
そういえば俺も最初の頃そんな風だった。マクレリアの説明っていつもこんな感じだしな。
補足しとくか。
「ルゥは魔術師です。おそらくこの上なく優秀な魔術師」
「魔術師か。初めて見る」
やっぱり珍しいんだ。魔術師。
「ちょっと怒ってるけど、急に噛みついたりしないから大丈夫だからねぇ」
「なぜ怒ってるんだ?」
「君が私を侮辱したからだよぉ」
「そうか、失礼な発言をした。ルゥなる人物にもしっかり謝罪する」
「それがいいよ。ルゥを怒らせると怖いからねぇ」
だろうな。想像したくもない。
ちょっと怒ってるってどの程度だ。面倒なことにならなければいいが。
そのまま、なんとなく皆でまっていると空気がピリピリと震えだした。壁がミシリと嫌な音をたてて鳴る。
心臓が早鐘を打つ。
ドアが開くと、威圧感? 殺意? のようなものが一気に部屋を満たした。
ヤバい。これはちょっとのレベルじゃない。
怒りの矛先が俺に向いていないとわかっているのに汗が止まらない。意識していないと呼吸することを忘れそうだ。
寒い。震えが止まらん。ルゥから目が離せない。離したら、終わる気がする。
大丈夫だよな? 急に暴れたりしないよな? ここで魔術を発動されたらひとたまりもないぞ。みんな木端微塵になる。
ルゥと初めて会った時、俺はルゥに嫌われていた。不気味、怖い程度の印象は持ったが、いまほどではなかった。あれは好む好まないのレベルだったが、これは違う。
これは敵意だ。
止めないと。
殺される。俺もヨキもマンデイも。
「ルゥ! 止めてくれ! ヨキは謝罪したんだ。俺たちの敵じゃない」
「……」
「マクレリア、通訳してくれ」
「もういい、って」
気がつくとルゥの殺気は消えていた。俺は腰が抜けてその場にへたり込んだ。
ヨキは? 宙に浮いている。気を失ってる、のか? 死んでないよな? 幽霊って死ぬのか?
「やりすぎた、ごめん、だってぇ」
なんだそれ。
頼むよ。心臓が破裂するところだった。
「死ぬかと思った」
「怖いよねぇ」
軽いよマクレリア。怖いなんてもんじゃない。あれは……、災害並のトラウマだぞ。
そんななかでも満腹になったマグちゃんはすやすやと眠っている。この子は大物になる。絶対に。
そういえばマンデイは? 無事か?
(大丈夫かマンデイ)
(すごかった)
(正直、ちびりそうだった)
(うん)
表面上はいつも通りに見える。
トラウマになってなきゃいいが。PTSDとかなったらマジで訴えるからなルゥ。
死んだようになっているヨキはただ気絶しただけだった。よかった生きてて。ん? もう死んでるのか?
気がついた時にルゥがいるとマズいだろう、と考え、迷惑この上ないじじいには書庫へと降りてもらった。マグちゃんは相変わらずぐっすり眠っている。俺はショックからまだ完全には立ち直ってはいない。たぶんマンデイも似たようなもんだろう。
そんな俺たちの周りを退屈そうにクルクルと飛ぶマクレリア。
きっと彼女はもう慣れてるんだろうが、慣れるもんだろうか。あれをされる度にガクガク震えて失禁する自信があるのだが。
敵意だけで相手が気絶する能力、俺も欲しかったよ。
「にしてもルゥは底がしれませんね。敵意だけで相手の意識を奪ってしまうんだから」
「そうだねぇ」
「ルゥが本気を出したら侵略者も退治できるかもですね」
「かもねぇ」
本当にありそうで怖い。
「そういえば二人って侵略者についてなにか知らないんですか?」
「知らないねぇ。少なくとも外にいる時は侵略者の話なんてきいたこともなかったよぉ」
「最近生まれたんですかね」
「かもねぇ」
興味なさ気に飛んでいるマクレリア。
いま気づいたけど、飛べるって便利だな。移動とか楽そうだし。
いいなー、飛翔能力のある種族は。俺もマクレリアみたいに飛べたら楽だろう。なにが来ても逃げれそうだし。
あっ、でも俺ひとり飛べても無駄か。マンデイを置いて行くことになるなんて嫌だな。いや、一緒に飛べばあるいは……。
「ところでファウスト君」
「なんです?」
「さっきので有耶無耶になっちゃったんだけどねぇ、実は今日、ルゥからプレゼントがあったの。プレゼントっていうか権利の譲渡なんだけど、どうする? いま伝える?」
「いまでいいですよ。直接がいいですよね? 書庫に行きましょうか」
「怖くない? 大丈夫?」
「さっきは死ぬほど怖かったですが、もう落ち着きました」
「無茶苦茶ビビってたもんねぇ」
「あれは二度と経験したくないですね」
「ファウスト君の真似してあげよっか?」
「遠慮しときます」
「俺たちは敵じゃない! 敵じゃないんだッ!」
こんのヤロー。なめやがって。憶えてろよ。そのうち佃煮にしてやっからよ。
「全然似てない」
「自信あったんだけどなぁ」
で。
ルゥからのプレゼントを要約すると、こんな感じだった。
世界の治安の安定は、不干渉地帯の生態系を守るという観点からも有益である。これは主様のメリットだ。
他の世界の代表者を救うことは世界全体の救済、自らの世界を救うことにも繋がる。これが(獣の世界)の管理者のメリット。
つまり俺の手助けをするということは、そのまま(獣の世界)全体の利益になるわけだ。
よって不干渉地帯は俺を支援する。これがプレゼントの内容だった。
では支援とは具体的にはなにか。
戦力の補強である。この森に住む生物を旅に連れて行く許可を貰ったのだ。気の毒なくらいバカな鳥の主様から、生物を管理する権利を一部だけ譲渡される形になる。
それは助かる。単純にありがたい。魔王様がどれほど強いかなんてわからないんだ、戦力は多いに越したことはないだろう。
ただ一つ問題がある。
不干渉地帯の援助は権利の譲渡、その一点のみ。連れて行くと俺が勝手に決めたところで、その生物が俺の命令に従うかは不明。あくまでも生物の意思を尊重する、ということだ。つまり戦闘能力だけで選んでしまい、油断した隙に食い殺される、なんてケースもありうる。
味方にするなら最低限の知性はいるだろう。
「なんの生物でもいいんですか?」
「まぁそうだねぇ」
真っ先に浮かぶのは、あの熊だな。
というより、ここに来てから遭遇したのは熊かあの憎っくきシカだけ。だけど熊はマクレリアがワンパンしてたしな。熊から逃げたことから推測するにシカは食物連鎖のピラミッドの下の方だと考えるのが自然。あいつらが戦力になるかはわからん。
武器を使えない生物はキツいかもな。俺の創造する力とのシナジーが悪そうだし。
他にも強い生物がいるのだろうか。
「ちなみにお勧めの生き物っていますか? シンプルに強いでもいいし、便利でもいいし」
「んー。なんだろう。タンキーはお勧めかな。体が強いし大人しいし。グラス・バブーンもいいね。知能が高い」
「どういう生物なんですか?」
「タンキーは大きな……。あれ、なんて言えばいいんだろう。角が生えてて、皮膚が固くて、突進するの。動きはビックリするほど遅いけどぉ、なかなかタフだよっ」
「なるほど。知能はどの程度ですか?」
「たぶん主様以下じゃないかなぁ」
「却下で。他のやつはどうです?」
「グラス・バブーンだね。その名の通り、ガラスを使うほど高度な知能をもったヒヒだねぇ。といっても自分たちで造るわけじゃなくて、人とか小人が造ったガラスを割って武器にしてた、ってだけだねぇ」
なに? 武器を使えるのか? そりゃいい。俺の能力とシナジーがいいじゃないか。
「いいですね」
「まぁ発情期以外はねぇ」
「発情期はどうなるんですか?」
「メスなら種族関係なく手当たり次第に交尾しちゃう感じかなぁ」
「却下で」
「でも強いよぉ」
「マグちゃんが犯されてもいいんですか?」
「却下だねぇ」
「却下ですね」
マンデイが被害にあうリスクもあるしな。一応。
どうするか考えなくちゃな。この森の生物か。難しいな。
まぁそんな焦らなくてもいいだろう。そのうちだ。
そうして俺たちは書庫を後にした。
戻ってみると、部屋の隅で呆然としているヨキが。
目が覚めたんだな、よかった。
マグちゃんはまだ眠っている。この子、本当に食うか寝るかだな。まぁ赤ちゃんなんてそんなもんか。にしても幸せそうに眠ってる。
マグちゃんが愛らしくなってきた今日この頃。
いかん。そんなことよりヨキだ。the・放心状態。俺たちが戻ってきたことにも気づいてない。
「ヨキさん。ヨキさーん」
「はっ。ファウスト」
「大丈夫ですか?」
「あぁ、無事だ。あれが魔術か。油断していた。あれほどとは思ってなかった」
「あれは魔術じゃないと思いますよ」
「じゃあなんだというんだ」
「たぶん殺気とか敵意とかいったものじゃないですかね」
「それだけで俺は……」
「ルゥは特別ですから。ねぇマクレリアさん」
「そうそう。だから落ち込んじゃダメだよぉ。ファイトファイトッ」
「なんなんだここは。口から卵を生んで魔核で生物を造る子供、絶滅したはずのラピット・フライ、殺気だけで俺を気絶させる魔術師。こんな場所があったのか……」
口から卵の件はあんまり言わないで欲しい。なに気に引きずってるから。その他は概ね同意。
「まぁ特殊なメンバーではありますね」
「特殊、か……」
可哀想なヨキ。驚きでキャラが崩壊していらっしゃる。
その後、すべきことを済ませたあと、寝るまえにマンデイに相談してみた。
(どういう生物がいいと思う?)
(ロックリザードはいい。強い、固い)
(知能はどの程度?)
(辞典を読むかぎり、ない)
(無いの? 低いとかじゃなくて?)
(そう。げんし的)
(却下。他は?)
(シュレッド・ホーンはこうげき力が高い)
(知能は)
(そこそこ)
(いいな)
(でも長く角をといでいないと、変になる)
(変がすごーく気になるのだけど)
(角をとぐために、木とか生物にとっしんする)
(研げばいいんだろ?)
(といだ後はためし切りをする。手当りしだい)
(却下で)
(むずかしい)
(だな。とりあえず眠るか)
(うん)
ベッドに戻って目をつぶる。
今日も色々あった。でも夜は皮肉なほど静かだ。
と、マンデイのベッドの方から物音がする。体を起こしてみると、マンデイがヨタヨタと歩いていていた。
(どうしたマンデイ)
(そばにいたい)
(一緒に寝るか)
(うん)
そう言って俺のベッドに潜りこんできたマンデイだが、動きは緩慢でたどたどしい。明日はマンデイの軽量化計画に着手するか。体が軽くなれば少しは動きやすくなるだろう。ヨキの剣も造らなくちゃな。
忙しくなる。
マンデイはジッと天井を眺めてる。そういえばこの子、眠れないんだな。目は見えるようになったけど、それ以外はまだまだだ。
これからも、新しいことを体験させてあげたい。眠ることもそうだ。音を聞かせて、手を握る感覚を味あわせてあげて、美味しい物も食べさせたい。課題は山積してるが、少しずつ、着実にまえに進んでる。
なんか、忙しいのも悪くないかもなぁ。
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