第26話 決断
倒した獲物はルゥが家に運んだ。おそろしく重量のある熊の死体をルゥは、手をかざすだけで運んでしまった。
俺が手も足も出ず、時間を稼ぐことしか出来ない熊。それを一撃で倒すマクレリア。そしてそのマクレリアが触れることすらさせてもらえない規格外の魔術師ルゥ。
世界は広い。そういえば主様も熊を一撃で仕留めてた。
いまの俺って、この世界の最底辺なんだろうなぁ。
夕飯時、いつも穏やかでゆるいマクレリアが珍しく真剣な表情だった。深く考え込んでいる感じ。
卵のことでなにか悩みでもあるのだろうかと尋ねてみた。
「どうかしたんですか?」
するとマクレリアは彼女専用の小さなスプーンをふりふりしながら応える。
「最後に一つ確認しとこうかな」
「なんです?」
「ファウスト君は意思をもったレイスに恨まれる覚悟はある?」
恨まれる? 考えてもなかったな。
「どうでしょう。はっきり言ってわかりません。ただ殺したくないだけなんです」
「うぅん。それくらいの考えなら止めた方がいいよぉ。私がやってあげる。君が見てない場所で」
「それもちょっと」
「君のそれは優しさじゃなくて甘さだよ。いつかそれが君を傷つける」
自分でも甘いことをしてる自覚はあるんだよなぁ。
もし俺が一人だったらどうしただろう。最強の魔術師と、バカ強い種族の保護下にいなければ。
きっと発電機を造ることも不可能だった。マンデイの魔力を与えるだけでカツカツ。日々の糧のために奔走。たぶん命すらないだろう。仮に生きていたとしても
レイスを殺して自分たちだけでも生き残ろうとしてたかもしれない。愛着なんて湧くまえに。
「自覚はあります」
「それでも助けたいの?」
「たぶん」
「
「僕にはレイスを殺せません。マクレリアさんが処分するのも嫌です。例え僕の目の届かない場所で行われたとしても」
「気持ちは変わらない?」
「おそらく」
「いまから私が言うことを聞いて。それからまた同じ質問をする」
「はい」
「一つ目のパターン。
魔法でレイスを飛ばす。レイスは個体では狩りが出来ないからきっと消滅してしまう。でも誰も見てない場所での消滅。心は痛まない。運がよかったら生き残るかもしれないしね。
二つ目のパターン。
力を与えた上で逃がす。分裂するまで魔力を与える。そしたら狩りは出来るね。きっと生きていけるでしょう。でも代わりに他の生物が犠牲になる。レイスは弱い個体から狙っていく。未熟な個体、老いた個体。より強い生物に消されるまでそれは続く。被害者はマンデイちゃんかもしれないし、もしかしたら、この子かも。
三つ目。
明日、朝一で処分する。これからのリスクは減らせるし、一番簡単な方法。レイスに苦しいという感覚がもしあるとすれば一番楽でもある。私がやれば一撃で終わらせられるしね。
四つ目。
レイスに意思を与える。もしこれが成功すればレイスは、ある程度の知性を手に入れることが出来る。でも狩りは簡単じゃないよぉ。この森でも魔法やそれに類するものを使える生物は多い。正面からぶつかって勝てる敵を見つけるのは至難の業。かなり苦労するだろうねぇ。
最後、五つ目ね。
意思を与えたレイスを保護する。きっと君が想像しているのは、このパターンだろうね。けど考えてみて。意思をもたされた生物が本当にそれを望んでいるのかを。苦しんで苦しんで亡くなった生物の意思をもってしまったらどうなると思う? 楽に消えてしまいたかったと考えているレイスを。君はちゃんと介錯が出来る? 生前と同じように喋って思考するレイスにとどめがさせる? もしそれが出来たとしても、レイスはまた原始的な状態に戻ってしまう。ふりだし、だね。
他にもこういうパターンが考えられる。もっといい暮らしがしたかったと死んでいった生物の意思をもってしまう。けどレイスの体では物に触れられない。食事も楽しめない。その場合、彼らが諦めるのをまつしかない。生を諦めて消えてしまうのを。
きっと彼らは思うでしょう。どうして静かにしておいてくれなかったんだ、って」
「……」
「もう一度質問するよ? 君はどうしたい?」
そんなの全然考えてなかった。救った後でどうなるかなんて。
そういや俺って行き当たりばったりに生きてきたな。なにも考えずに。
マンデイに命を与えた時だってそうだ。力があるから使っただけ。その後のことなんてなにも考えてない。マリナス、テーゼ、アスナの時だってそうだ。俺が生まれてきたために彼らが被ったリスクになんて襲撃されるまでまったく考えてなかった。呑気に浮かれてて力を行使することを楽しんで、周りのことなんてなにも見えちゃいない。
マンデイは、アスナは、テーゼは、マリナスは、幸せだったのか?
マリナスは仕事に精を出して、酔っ払って、怒られて。あのまま成功を積み重ねていたら地方の商人に留まらずに、もっと高い地位を手に入れてたかもしれない。
テーゼにだって未来があったはずだ。まだ若すぎた。結婚の機会もあったはずだ。きっと良い母親になっただろう。あんなに優しくて気の利く人はそういないから。
アスナはもしかしたら俺じゃない子を授かっていたかもしれない。子供は優秀な魔法使いになっただろう。
あの人たちは普通に生きて普通に老いていく権利があった。俺はその権利を奪ったのではないだろうか。
マンデイだってそうだ。俺のせいで傷ついて死にかけて。そもそも創造していなかったら苦しむこともなかったんだ。
あの子はいま、幸せなんだろうか。
これじゃあ前世となにも変わらないじゃないぞ。力を得たからなんだ。神に選ばれたからなんだ。俺はまた周囲の人間を不幸にしてるじゃないか。また繰り返してるじゃないか。
「少し、考えさせてください」
「いいよぉ。ゆっくり考えて」
その日の晩は、珍しく眠れなかった。
マンデイに魔力を与える必要がなくなって体力が余っているせいもあるだろう。だがそれ以上に後悔や不安が押し寄せてきていた、という側面が大きかった。
目をつぶると家族の顔が浮かんできた。前世の家族、いまの家族。それを振り払うと今度は剣を振るヨークの姿が。息が苦しくなって寝返りをうつと、生まれたばかりのマンデイの姿が浮かんでくる。
本当二 アノ子 ハ 幸セ ナノカ。
頭が痛い。変な汗が出る。
明日。
レイスは俺が殺そう。
中途半端に餌付けした俺の責任だ。マクレリアに任せるわけにはいかない。俺がやるんだ。生きるためにカエルをやったじゃないか。鳥だって、虫だって。だから出来る。俺はあの時、殺すことに迷ったか? 迷ってない。そうだろう? やるんだ。生きるために。
横になっているのが辛くなって上体を起こすと、マンデイがいた。まっすぐに俺をみつめている。
マンデイの胸からゆっくりと導線が伸びて、俺の体に繋がれる。
(どうしたマンデイ)
(マクレリアが、いってた)
(なにを?)
(ファウストを助けてあげて、って)
(マクレリアは優しい奴だな)
(うん)
(みんなそうだ。優しい奴ばっかだ)
(うん)
マンデイはヨタヨタと歩いてきて、俺の隣に腰かける。
(なにがあったの)
(レイスのことを考えてた。どうするのが一番良いのか、って。どうすれば誰も苦しまずに済むのか、って)
(それで)
(処分することにした)
(そう)
(俺が救いようのないバカ野郎だってことがわかった。自分のことしか考えてない勘違い野郎だって気がついた)
(どうして)
(みんな不幸になってる。苦しんでる)
(だれが苦しんでるの)
(マリナスもテーゼもアスナも)
本当はマンデイの名前も挙げたかった。でも出来なかった。
もし肯定されたら。もし不幸だと言われたら。俺はこれからどんな顔して生きていっていいのかわからない。
(せかいがかわったんだ。あかるくなった。よりよくなった。うつくしくみえた)
(ん?)
(マリナスの言葉。こんなにすばらしいことがあるかしら。自分いがいのだれかが、ただ息をしているだけで幸せだっておもえるのよ? こんなにすばらしいことが、あるかしら)
(それは……。アスナか)
(そう。ぼっちゃんがくるしんでいると、わたしもくるしくなるんです。まるで、自分のからだの一部みたいに、いたくなるんです)
(テーゼだな)
(みんなファウストとであえたことを喜んでいた)
(結末さえよければな)
(あのとき、みんなしあわせだった)
(でも不幸になった)
(それをふこうだと、どうしてファウストがきめるの)
(殺し屋が俺を追跡してきたんだぞ! 情報を得るために痛めつけたに決まってる! どんなことをされたかなんて想像したくもない。どんな仕打ちをうけたら家族を売るんだ! そんなことをされて幸せなはずないだろ!)
(ファウストはあたまがわるい)
(なんだと)
(ヨークは正しくファウストをおった。どうして)
(それは情報を引き出したからだろ)
(ファウストのもくてきちを知ってたのはだれ)
(誰?)
(まよいながら、その場で道をかえてあるいたファウストのいる場所を、だれが知ってた)
(誰って)
(だれも知らない)
なん、だって?
そういえばそうだ。誰が知ってたんだ。アスナは孤児院を探せと言い、俺はうなずいた。森に行くとは言ってない。道もランダムに選択してた。なぜアイツらは俺を追ってこれたんだ。どこから情報を得たんだ? いや、情報なんてなかった。その場で決めてたんだぞ。
(なぁマンデイ)
(なに)
(それ、いつから考えてた?)
(すこしまえ)
(今度からそういうことは早めに言ってくれ)
(わかった)
翌日。
「で、どうするの?」
プルプルと震えるレイスの姿からは喜びの感情が伝わってきた。
やっぱ愛嬌があるな。とても危険な奴には見えない。
「少しマンデイと話をしてもいいですか?」
「ご自由にぃ」
俺はマンデイと向かい合う。マンデイはいつもみたいに、まっすぐに俺をみつめていた。
(なぁマンデイ)
(なに)
(俺が進む道は危険を伴うだろう。辛いことも沢山ある。俺はもう少し力をつけたら、ここを出て侵略者と戦う)
(うん)
(一緒に来る必要はない。マンデイは自分の幸せを追及する権利があるんだ。発電機でちゃんとした体を手に入れたら俺に頼らないでも自由に生きていけるだろう)
(うん)
(お前は自分が好きな場所を探せ。居心地がいい場所を。それをみつけるまで俺がマンデイを守り続ける)
(ファウストがいるばしょが、マンデイのいるばしょ)
(辛くなったら我慢するなよ)
(しない)
俺は一つ大きな息を吐いて、レイスを見る。マンデイがいつもするみたいに、まっすぐに。
「マクレリアさん。やっぱりレイスは処分すべきでしょう」
「そうだねぇ」
「ですが、それを理解したうえで意思をもたせてあげたいと思います」
「なぜ?」
「僕は管理者に救われました。マンデイに救われ、家族に救われ、主様に救われ、ルゥとマクレリアさんに救われました。苦しいこともありましたが良いことだってあった」
「そうだねぇ」
「いまは生きていてよかったと思います」
「そっか」
「僕は、僕に出来ることをやるしかないんです。もう誰も失望させないって決めて頑張ってきましたがうまくいかないことばっかです。でも、いまある力でベストを尽くす以外に僕がすべきことはないんです」
「うんうん」
「コイツを生かしてあげたい。もしうまくいかなったら、その場でまた、出来ることをします」
「わかった」
「協力してくれますか?」
「もちろんだよぉ」
マンデイをカプセルに入れると、どっと疲れが出た。夜更かしはよくない。
美容と健康の大敵だ。
「マクレリアさん、ちょっと眠ってもいいですか? 寝不足で」
「いいよぉ」
「すみません」
頭のモヤモヤは幾分かマシになっている。またマンデイに助けられたな。
目を閉じるとすぐに眠気が襲ってきた。風が気持いい。
「ねぇファウスト君」
マクレリアの声が聞こえてくる。夢か現実かはっきりしない。
「なんです」
「もし仮に世界が無茶苦茶になっちゃっても、いつまでも優しい君でいて欲しいなぁ」
「善処します」
笑い声が聞こえる。いい日だ。暖かくて、心地のいい日。
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