第27話 オヤ?

 「じゃあ行ってくるねぇ」


 小さな手を振るマクレリアは、ルゥが繋げた通路を潜っていった。


 本日、彼女は壁付近を探索する予定だ。遺棄された死体なり残留思念が残った物を見つけるために。


 まぁ最初から一日で終わると思ってない。期待せずにまっていよう。


 マクレリアはその辺の生物に負けない。というより逃げ切れる。無駄な戦闘や殺生にリスクが伴うこの場所では、戦闘能力より彼女の飛翔能力が光る。あの速度についていける生物はそういないから。


 ちなみにルゥは最初、面倒だからと協力を渋っていた。すかさず俺はゲーミングチェアばりの椅子を創造。それをルゥのまえにチラつかせた。


 どうだルゥ。


 貴様のゴミみたいな椅子と比べてみろ。高さ調整機能付き! 背もたれは角度、固さを自在に変えられ! 座面は柔らか親切設計! 作業の疲れを癒す肘掛には勿論ドリンクホルダー! 吸水性、通気性に優れ夏でも快適! なに? 冬はどうするんだって!? そんな欲張りな君のためにつけたヒーター機能さ! こだわったこのラインに括目せよ! 辞書を引いてみな! 麗しいって言葉はこの椅子のためにあるってことがわかるから!


 「手伝ってくれるんだってぇ」


 なにが規格外だ出涸らしジジイめ。ちょろいもんだ。


 卵を託された俺は日課のカプセル通いを中止した。危ないから一応ね。


 急に暇になっちゃったし、ちょこちょこマンデイに魔力を補給しながら今後の活動に必要な武装について考えていた。


 俺に与えられた二つの能力。これを最大限に生かせる防具、武器はなんだろうか。


 イメージでいうと剣だ。勇者=剣、剣=勇者の図式はやはり根強い。だが俺はこの世界で剣を主軸に戦う強者を一人も見ていない。ヨークはいるがアイツに教えを請おうとは思わないし、戦闘だって管理者経由で見た映像がすべてだ。あれだけの情報で剣がうまくなるとは思えない。


 いっそ銃でも造ってみるか。だが弾が面倒臭そうだなぁ。弾切れでジ・エンドみたいなのは笑えない。なんか重そうだし。


 というか戦闘中に弾切れしたら、それなりの魔力を消費して弾を造ることになりそうなのだが、それだったら最初から魔法でよくないか? だいだい銃の仕組みなんてよくわかんないな。火薬で金属の破片を飛ばすって認識しかないぞ。


 あぁ、じゃあ弓でよくないか? 飛ばすだけだったら。だがこれも結局、銃と同じ問題を抱えているよな。矢がなくなったらどうする? 創造する。魔力を使う。なら魔法でよくないか?


 遠距離攻撃は魅力的ではあるが保留。矢とか弾って重そうだし。なによりマンデイを守りにくい。


 いろんな武器を造ってみて練習するか。メインは矢とか銃で、近づかれたり弾切れしたらサブで対処する的な。マルチウェポナーって格好いいよな。勇者成分は少なめだが。


 武器ってなにがあるよ。剣、刀、槍、薙刀、斧、ナイフ、あぁ、鈍器もいいな。鈍器……。鈍器……。


 スパナ?


 やめよう。鈍器はなしだ。


 ていうか武術って独りでやって上達するもん? 誰かに師事する感じじゃないの?


 稽古はマンデイとするとして、いまの運動能力のマンデイとやって強くなるとは到底思えない。というより例え稽古だとしてもマンデイを傷つけるのは無理。いっそマクレリアかルゥと稽古するか? 一方的にボコボコにされる未来しか見えないな、やめとこう。


 この世界にきて会った強い人の真似をしてみるのもいいかも。


 筆頭はルゥだ。間違いなく最強。神のギフトなしにも関わらず創造する力並みに使い勝手がいい魔術。膨大な魔力。戦闘経験の豊富さ。非の打ちどころがない。が、俺の能力で模倣できる種類のものじゃない。


 アスナも無理だな。あれは長年の鍛錬で身につけたものだ。一朝一夕でどうにかなるもんじゃない。


 マクレリアはどうだろう。最強の一角ではある。でもあれって種族的なものだしなぁ。まてよ、毒を生成する機構とか造ったら強いかも。麻痺させるみたいな。いや、動き止めるだけだったら電気でいいか? だったら魔法を上達させた方がいいかもな、適性あるし。麻痺だけが毒じゃないから、一考の余地ありか。


 主様も強いけど、あれも種族的なものか。熊もまぁ強い。あれも種族的な強さ。いいなぁ、体がデカいって。それだけで圧倒できるもんな。


 その時、俺のなかでなにかが弾けた。


 ロマンだ。ロマン武器があるじゃないか!


 (マンデイ!)

 (うるさい)

 (あ、ごめん)

 (なに)

 (俺はロボットを造ろうと思う)

 (ロボット?)


 俺は五色のタイツを着たヒーローが乗るロボットや、情緒不安定な少年が操作する紫のロボット、三機並べた黒いロボットを想像してマンデイに送る。


 (へん)

 (大きいっていうのは、それだけで強いんだぞ! 想像してみろよ。あの熊よりずっと大きな機体を! ぺちん、だ。ぺちんで終わりだ)

 (どうやって動かすの)

 (そんなのはどうでもいい! 俺は造るぞ! 最強の機体を)

 (すればいい)


 マンデイはおませさんだからな。ロボットのよさなんてわからないさ。あれの良さがわかるのは、いつまでも少年の心を忘れない俺のような純粋な男だけさっ! この一件が終わったら創造してやる。まってろ熊。お前なんてぺちんだ。


 マクレリアの帰りをまつ間、俺はロボットの装備や動力についての考察をしていた。


 魔力を使って動かすのは現実的じゃない。どれだけのコストがかかるかわからないうえ、魔力が切れたらなにも出来ない。それが敵陣ど真ん中だったりしたら死ぬか捕虜になるかの二択。


 燃料タンクを大きめにするか、効率のいい固形燃料みたいなのを開発してみてもいいかも。レイスって魔力吸うんだよな。それを活用できないかな。敵がいる限り動けます的な。最強では? これって最強では? ヤベ、テンションが! テンションが!



 おや



 タマゴのようすが



 卵が揺れ出した。なかでモゾモゾ動いている。生まれるか? 生まれるのか?


 (マンデイ。孵りそうだ)

 (ルゥに)

 (わかった)


 俺は卵を落とさないように気を配りながら書庫へと急ぐ。


 マクレリアの種族の幼体だよな? 人間の赤ちゃんですら抱いたことないぞ。生まれたらどうすればいい。体を冷やしちゃダメだよな? いまのうちに柔らかい布を創造しとくか? まったくわからん。どうしよう。よりによってなんでマクレリアがいない時に孵化するんだよ。管理者クオリティ。チッ。


 たしか泣かせないといけないんだよな? そうしないと気道が通らないんだ。それは人間だけか? もうちょっとまってくれ。ルゥならなにかわかるはずだ。


 「ルゥ!」


 そこにいたのは椅子の背もたれに頬ずりをするルゥ。


 見てない。俺はなにも見てないぞ。


 「卵が孵りそうなんだ。早くマクレリアを」


 無言のままルゥがうなずく。指示を出してもらわないとどう行動すればいいのかわからない。


 ……。


 喋れよ。面倒くさいなんて言ってる場合じゃないぞ。


 「俺はなにをすればいい」


 首を振るルゥ。あくまでも喋らないつもりか。このジジイ。


 「なにもしなくていいのか?」


 首肯。


 「わかった。早くマクレリアを」


 ルゥが手をかざし、空中に円を描く。するとそれが魔術式になる。


 ハッとするくらい美しい魔力の流れ。この美しさと完成度はいまだに見惚れるな。慣れない。


 術が完成した瞬間、ぶん、と羽音。気がついたらマクレリアがいる。相変わらずのスピードだ。まったく見えん。


 「どれ! 見せて! 早く!」


 俺が卵を差し出すと、その周りをぶんぶんと飛ぶ。速すぎて影分身みたいになってる。羽音がうるさい。風が煩わしい。ちょっと落ち着け。


 「生まれるっ! 生まれるよぉ!」

 「どうすればいい」

 「机に置いて。もうっ! 邪魔」


 机のうえに乗った書類を豪快に吹き飛ばすマクレリア。悲しそうな顔をするルゥ。


 マクレリアの指示通りに卵を置くと、殻の動きが激しくなる。


 生まれるのか? なんか感動だわ。


 あっ。なんか出てきた。うわっ。出てきた。出てきたぞ!


 うぁぁぁあああ! かわい……。


 !?


 いやね。マクレリアって人型だから、当然人型の赤ちゃんが生まれると思ってたわけですよ。だって普通そうじゃん?


 まさか芋虫だと思わなかったからね。そういえばマクレリアって虫だったね。すっかり忘れてたよ。蛹になる系なのね。




 ラピット・フライの幼虫は草食らしい。俺とマンデイは、その辺の草を摘んでマクレリアの元へ。マクレリアは親馬鹿が爆発してる。


 「よちよちよちよち。おなかちゅきまちたねぇ。いまもってきまちゅからねぇ」


 草を与えると幼虫は、もそもそと口を動かして咀嚼する。飲み込む度に、体がうねうね動く。色は紫。大きさは俺の掌よりちょっと小さいくらいか。


 もろだな。もろ芋虫だ。朽木からこれが出てきたら食ってたかも。


 (かわいいね)


 珍しく自発的に発言したマンデイ。そういばこの子、虫は平気系だった。


 (そ、そうだな。可愛いな)


 ものの感じ方って人それぞれだ。


 「おいちいでちゅかぁ? マグちゃん」


 まぁそこまでグロくはないな。確かに見ようによっては可愛いかもしれん。


 あぁあぁ、ルゥが独りで飛ばされた書類を一人で整理してるよ。背中から哀愁が漂ってる。マクレリアもあんなに吹き飛ばさなくていいじゃないか。にしてもマグちゃんはよく食べるなぁ。その辺の雑草が美味しそうに思えてくるわ。マグちゃんだって……。


 「ん? いまなんて?」

 「ん? おいちいでちゅかぁって」

 「いや、その後」

 「マグちゃん」

 「マグちゃん?」

 「この子の名前だよっ」


 なに勝手に決めてんだよ。こういうのはみんなで決めるだろ普通。


 「ダメ?」


 うぅん。


 ま、いっか。いま一番喜んでるのはマクレリアだし。


 「いいですよ。マグですね」

 「違う違う。マグノリアだよ。マグノリアのマグちゃん」

 「なんかややこしいな。マグノリア、マクレリア」

 「私の妹の名前なの。子供の頃に病気で死んじゃった」

 「あぁ。いんじゃないですか、マグノリア」


 なんか断れない感じだしな。他にいい名前の案なんてないし。


 「でしょでしょ? ありがとうっ。よかったねぇ、マグちゃん」


 マグちゃんの世話係はマクレリアが担当することに。ラピット・フライの幼虫はかなりの大食らしく、いまみたいに一回一回草をもってきてたららちがあかないそうだ。


 護衛を兼ねて、誰かがマグちゃんを草地に連れて行かないといけないのだが、俺じゃ力不足、ルゥはやる気なし。


 というかマクレリアほどの適任者はいないだろう。知識はあるし力がある。なにより愛情がある。文句なしだ。


 卵騒動ですっかり忘れられてた探索の結果は、大剣が一本、人の頭がい骨の一部が一個、婦人用のハンカチが一枚だった。


 レイスの件、うまくいけばいいが。


 明日だな。明日ゆっくりやろう。


 レイスとロボット。


 忙しくなるぞ。

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