第25話 駆除

 「それはダメだねぇ」


 と、卵をナデナデしながらマクレリア。


 レイスの件である。


 「なにがダメなんですか?」

 「レイスは危険な存在なんだよ。群れるし物理的な攻撃は無効化するからねぇ」

 「マンデイはあまり危険視してなかったようですが」

 「ルゥの著書の知識でしょ?」

 「おそらく」

 「あれはレイスの生態について書いてあるだけだからねぇ。彼らに力を与えすぎるのもよくない。レイスは無尽蔵に増え続けるからねぇ。気がついたらレイスだらけ、魔力を吸われ続けて餓死、晴れてレイスの仲間入りぃ、なんてよくあることなんだよぉ」

 「なるほど、やっかいですね」

 「対処法は魔力をまとって殴るか、魔法で吹き飛ばしちゃうか。どっちにしろ魔力を使うから気がついたらジリ貧。逃げる力も残ってない、みたいなパターンもあるあるだねぇ」

 「まいったな」

 「明日、しっかり駆除しよう。あれは面倒だよぉ。私もついていくからさっ」

 「お願いします」

 「で、相談なんだけどぉ。抱っこヒモ、造ってくれない?」


 あぁ、卵もってく感じね。一刻も離れたくないと。




 翌日、発電機に行くとレイスは昨日と同じ場所に浮遊していた。俺とマンデイに気がついたのかプルプルと震わせはじめる。


 「うわぁ。本当に単体なんだねぇ。珍しい」

 「はぐれっちゃったんですかね」

 「そうかもねぇ」


 レイスはまだプルプルと体を震わせている。みようによっては、飼い主の帰宅を喜ぶ犬猫に見えないこともない。


 「ところでコレって駆除してもいいんですかね」

 「どうしてぇ?」

 「いや、主様の逆鱗に触れないかと」

 「大丈夫だよぉ。レイスは獣の世界由来じゃないからねぇ」

 「そうなんですか?」

 「魂の世界由来の存在だねぇ。生物と非生物の中間。世界中のどこにでもあって欲求だけで動く。エネルギーを吸収して分裂、また分裂。ただそれを繰り返すだけなの」

 「へぇ」


 あれを殺すのかぁ。なんか心が痛むな。生物と非生物の中間なんて言われてもねぇ。なんか昨日のことを憶えてて、俺との再会を喜んでくれてるようにも見えるんだよなぁ。


 「嫌なの?」

 「はぁ。出会ってまだ一日ですけどなんか愛着が湧いちゃって」 

 「私もやりたくないんだけどねぇ。けどここに居座られたら毎回魔力をとられるよ? そのうち数が増えてくる。吹き飛ばしても、たぶんまた戻ってくると思う。一度ここで甘い蜜を吸ったんだからねぇ」

 「共生する方法はないんですか?」

 「ないことはないけどねぇ。うーん」

 「教えてください」

 「いいけどさぁ。とりあえずマンデイちゃんに魔力を補給してあげようか」

 「あっ。そうですね。やりましょう」


 緊急停止レバーの動作確認をしてマンデイをカプセルのなかに。


 マンデイの魔力補給をしている間に、レイスの詳しい生態と共生の可能性についてのマクレリアの意見を聞いた。


 レイスを理解するためには魂の世界について理解しておく必要がある。


 七つの世界が並行して存在していて、それぞれの管理者が統治している。その事実を把握している世界は二つだけだ。一つは俺がいまいる場所(偉大な世界)そしてもう一つが、レイスのいる(魂の世界)。


 魂の世界に存在しているレイスは他の世界にある残留思念と結合、プリミティブな行動しかとれない状態から意思をもって動けるようになる。


 「変態するんですね」

 「レイスはレイスでしかないよ」

 「意思をもってもレイスなんですか?」

 「当然」


 魂の世界には物質はないし果てもない。ただ空間だけが広がっていて、レイスがいる。それだけ。残留思念によって空間が再現されるため、山や木々、川、海なども存在しているらしいが、それらに実体はない。すべて虚構なのだ。


 また、レイスが思念によって意思をもつことから、ある程度の知性をもった存在が多いらしい。


 「未練たらしく死を後悔するのは知性をもった生物だけだらねぇ」


 かもしれない。


 「死後の世界みたいなもんですかね」

 「厳密に言えば違うんだけどねぇ」

 「どう違うんです?」

 「レイスはレイス。残留思念の元になったものとは別の存在なんだよ」

 「へぇ」


 例えば最高級の牛肉が食べたかったなぁ、という後悔をもって死んだ人間とレイスが結合するとする。レイスが結合するのは最高級の牛肉が食べたかったという後悔そのものであって、食べたかったと思っていた人間ではない。つまりレイスは生物の一つの側面を再演しているのであって、生物そのものではないのだ。


 そして欲求や願望を満たすと残留思念は力を失い、レイスは元の原始的な状態に戻ってしまう。


 「あっ、じゃあ魂の世界の代表者ってやっぱりレイスなんですかね?」

 「レイスだろうねぇ。そのなかでも強力な個体なんだろう」

 「強いんでしょうね」

 「レイスが強いってあんまりイメージできないなぁ」

 「もしかして凄い数が群れてるとか」

 「あるかもねぇ」


 レイスと共存する方法はつまり、意思を持たせればいいのだ。残留思念と結合させて人格をつくりあげる。そしたら無駄に増えることはないし攻撃してくることもない。


 「具体的にどうすればいいんですか?」

 「そうだねぇ。充分に魔力を吸収させたレイスを、ある生物がずっと愛用していた物とかぁ、骨に近づけてみる。成功するか失敗するかは運次第ってとこかなぁ。もし成功したら分裂が中止されて、代わりに意思をもったレイスになる。たぶんそれしか方法はないなぁ」

 「この辺に墓地とかあります?」

 「ないねぇ。ここは獣の世界由来の絶滅種のなかでも知能が低くめでワイルドな種ばっかだからねぇ。墓なんて建てないよぉ」

 「愛用してた物も……、無理そうですね」

 「無理だねぇ、たぶん」

 「ルゥの魔術で壁の外に飛べたりしませんか?」

 「止めた方がいいだろうねぇ」

 「なぜです?」

 「君は考えなかった? 神様に追跡されないように体を変えてもらって死体を偽装までしたのにどうして追いかけられたんだろう、って」

 「たぶん……。あんまり想像したくはないのですが。両親から聞きだしたのではないかと」


 う。


 考えないようにしてたんだよな。


 ヤバい。思い出すと死にたくなるなコレ。おそらく俺の家族は、なにかしらの拷問は受けてるだろう。あぁ胃が痛い。心が暗くなっていく。


 「私とルゥの考えは違う」

 「え?」

 「すべて予測されていた」

 「管理者がですか?」

 「いいや、別の人物だよぉ。神様がファウスト君に警告する可能性まで視野に入れて、わざわざ家族に残酷な仕打ちをするように指示を出した。脅しだねぇ。お前が逃げると家族がこうなるぞ、っていう。神様に少し先の未来を計算する能力があるのを知っていて、かつファウスト君に警告した場合のことまで考えて行動する周到さを持ち合わせる。思い当たる人物は一人しかいない」

 「王、ですか?」

 「違うよぉ。いまはまだ知らなくてもいい。そのうち教えてあげる。でね、その人物は執拗に君を追跡している。いまは不干渉地帯に守られているけど、外に出たら話は変わる」

 「少し出るだけでも?」

 「どうだろう。たぶん安全だと思う。でも確実に、とは言えない。万が一戦闘になったら私とルゥがいても君を守れるかはわからない。彼と私たちは相性が悪いからねぇ」

 「そっか」

 「私もルゥもね。君たちのことが大好きになっちゃったんだよ」


 と、マクレリアは抱いた卵をヨシヨシする。


 「この子もぉファウスト君もマンデイちゃんもぉ、本当の家族みたいに思ってる」

 「ありがとうございます」

 「だから危ないことはして欲しくないの」


 そっか。この人達ってずっと二人っきりだったんだもんな。


 気をつけよう。この人たちに心配かけないように。


 「あっ、そういえば死体、あるかもしれない!」


 突然マクレリアが言った。


 なんだと!




 周囲の人々はどのように不干渉地帯と向き合っているのか。


 畏怖の対象、土地を豊かにするありがたいもの、アンタッチャブルで神秘的なもの。好意的なものもあれば、悪用する者も現れる。


 ある日、デルアの一部の人間が、不干渉地帯のある側面に着目して利用することを思いついた。


 死体の遺棄である。


 壁を越えてさえしまえば死体が見つかることはない。完全犯罪が可能なのだ。


 死体を運べるのはある程度の重量を乗せて飛翔できる生物。それさえあれば、不干渉地帯に死体を遺棄できる。例えば飛竜のような生物だ。そして飛竜を保有するのはデルアである。


 国にとって不都合な死体を禁足地に遺棄。それだけなら悪意もないし不干渉地帯の生物を傷つけるわけでもない。繰り返すうちに彼らは、死体の遺棄が安全であると学んだ。


 中心部までいくと強力な生物に捕食される可能性があるから壁付近に投げ入れる。


 そのうち一部の竜騎士が裕福な市民から報酬を受け取る代わりに個人的に死体の遺棄を請け負うようになっていった。


 「一年に一度くらいかなぁ。まぁ、ほとんどが食べられてなくなっちゃうんだけどねぇ」

 「それしかなさそうですね」

 「でも捨てられる死体ってわけありばっかだよぉ。大丈夫?」

 「駆除するよりはいいかなと。もしダメそうだったら説得してどこかに行ってもらいましょう」

 「君は優しいなぁ。昔の私を見てるみたいだよ」

 「マクレリアさんはいまも優しいですよ」

 「ダメだねぇ。優しいばっかじゃ生きていけなくてねぇ。冷い奴になっちゃったよ」

 「卵をナデナデしながら言われても説得力がないですね」

 「あはは。そうだねぇ」


 明日、レイスの結合に丁度よさそうな物なり死体を探すことを決めて、話題を変えた。


 どういう話の流れだったかインターネットについて触れたのだが、マクレリアの驚きようは面白かった。いままで見たことないくらい触覚が動いていたし、ぶんぶん飛んでいる。抱っこヒモ、造って良かったな。飛んでないマクレリアってなんか変な感じだもん。


 そんな穏やかなやり取りをしている時だった。ガサガサと背後から音が。


 何事かと振り返るとそこにいたのは……。


 巨大な熊だった。


 趣味の悪い赤のカラーリング、体のデカさ。たぶん、ここにきた時に追いかけられたのとおなじ種類だ。ここは一つ平和的に……。やっぱ無理か。完全に油断してた。いつもならもっと警戒していたのに。


 マクレリアは卵を抱えている。マンデイのカプセルを開けて魔術の通路まで走る余裕はあるか? こんな日に限ってカエルアーマーも装備してない。


 考えててもはじまらん。やるしかない。


 「マクレリア! マンデイを連れて逃げてくれ。時間を稼ぐ」

 「そんなことしなくていいからぁ。この子をヨシヨシしてあげててぇ」


 気がついたら、マクレリアが俺の目のまえにいた。


 は?


 まったく見えなかったぞ。なにがなんだかわからないまま、俺は言われた通り卵を受け取る。


 マンデイを逃がさなくちゃ、とカプセルの方に足を延ばした一歩目。ドスン、と音がした。


 熊が……、倒れてる。


 マクレリアは? どこにいった。


 また、ぶんっ、と音がしたと思ったら、もう彼女は俺の目のまえにいた。


 「しばらくお肉には困らないねぇ」


 倒したの? あの一瞬で? マジ?

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